年明けの挨拶の際に約束していた雪ノ下母への俺の1日貸し出しの日がとうとう来た。日が開いてしまったのは、小町の受験が終わってからの方が良いだろうということで気を遣ってくれていたかららしい。
雪ノ下は由比ヶ浜と買い物に行くので同席はしない。なんでも新しい下着を買うとか。俺も行きたかったけど約束が優先だ。新しい下着は見てのお楽しみにしておくとしよう。白がいいとは伝えておいた。
リムジンで雪ノ下家まで送ってもらい、約2ヶ月ぶりくらいに雪ノ下家に戻ってきた。相変わらずデカい。以前はそのデカさに圧倒されたが、2回目ともなると前回は見えなかった部分にも目が行く様になるというものだ。うむ、相変わらずデカいな。
メイドさんに連れられて屋敷に入ると、今回は応接間ではなく雪ノ下母は執務室にいるとのこと。ドラクエみたいにメイドの後ろに付いて屋敷内をトコトコと歩き回り、執務室まで案内された。帰り道よくわからんから迷いそうだけど大丈夫かな。
執務室の扉の前に立つ。
さてと。前回は雪ノ下が俺に喋らせなかったが、今回は俺1人だ。しかも、雪ノ下母が俺と話したいと言って用意された場所だ。
シミュレーションは何回もした。今更感はあるが、しっかりと挨拶をして雪ノ下の結婚相手として恥ずかしくない姿を見せなくてはいけない。身なりを整え、ノックをした。
「開いていますよ。入りなさい。」
雪ノ下母の声が中から聞こえた。扉を開け中を見ると、正面の机に雪ノ下母が座っている。横のソファには陽乃さんがいた。雪ノ下父か姉が同席してるパターンも想定済みだ。問題ない。
「お久しぶりです。前回はしっかりご挨拶できず申し訳ありませんでした。改めまして、比企谷八幡です。今後とも宜しくお願いします。」
言えた!いや、まぁ言えて当然なんだけど、姉が挨拶を邪魔してくるパターンも想定してたから、言えてよかった!
「挨拶の件は雪乃から聞いています。今日は八幡君と軽いお話しをしたいから呼んだだけなので、そんな畏まらずに肩の力を抜いてもらって結構ですよ。妹さんの受験はどうでしたか?」
「無事に終わりました。自信もあるようで、合格はしていると思います。雪乃さんが妹の勉強を見てくださったおかげです。ありがとうございました。」
「雪乃が役に立ったようで何よりです。誰かに何かを教えると言うのは教える側も成長できる物なので、雪乃にも良い経験になったことでしょう。八幡君自身も勉強はできると聞いていますし、兄妹揃って優秀ですね。」
「いえ、私も雪乃さんから勉強を教わってやっと上位にいられる程度です。雪乃さんが特に優秀なだけで、私達はそれ程ではありません。」
「ふふ、そうですか。さて、それでは本題に入りましょうか。比企谷八幡くん。まずは貴方に謝罪をしなくてはなりません。」
サクサクと話を進めてくあたり、雪ノ下の母親って感じはするな。にしても謝罪ってなんのことだろうか。
「謝罪ですか?心当たりがありませんが……」
「雪乃から聞いていませんか?貴方の事を勝手に色々と調べた事に対する謝罪です。知られたくなかった事もあったでしょうから。」
「その件でしたら謝罪の必要はありません。自分がやらかした失敗を隠すつもりはありませんし、知られて困る様な事をした自分自身の責任です。」
雪ノ下母が言ってるのは俺の中学時代の話だろう。その件は折本とも話がついてるし、雪ノ下が救ってくれた。俺の中学時代はトラウマではなく思い出に変わっているので、謝られても困る。
「この件に関して、雪乃からどこまで聞いていますか?」
「雪乃さんから大まかな話を、葉山隼人からは詳しく聞いています。ですので、齟齬はないと考えています。」
「隼人君からも聞いてるのなら、後は…」
雪ノ下母の視線が俺から陽乃さんに向く。陽乃さんは俺の方を見てニコニコと手を振ってきている。気楽なもんだな。
「陽乃さんからは何も聞かされていませんが、聞かされていないという事で話の裏付けが取れたと認識しています。」
陽乃さんが口パクで『大正解』と言っている。この件に関しては葉山から謝罪とともにかなり詳しく聞いているが、葉山の話自体も抜けや葉山自身の思い込みが含まれていた。雪ノ下から聞いていた話と、陽乃さんの性格、年明けに実際に会った雪ノ下家の印象を照らし合わせることで、俺を調べた理由が分かっている為、責めるつもりもない。
呑気にニコニコとこちらを見てくる陽乃さんだが、俺が考えてる通りなら葉山は陽乃さんに対して大きな誤解をしている。まあ、それに関しては陽乃さんに直接聞く話なので今は関係ないだろう。
「では、この件はここまでにしておきましょうか。少しカマをかけてみたのですが、引っ掛からないのですね。話に聞いていたよりも優秀なようで安心しました。」
「雪乃さんのお陰です。私自身は大した者じゃありません。」
これは単なるカマ掛けではないのだろう。雪ノ下母は折れず曲がらずな性格を好むため、相手の考えを試す問いかけをしてくるらしい。そして、嘘はつかない。真っ直ぐに俺を見据えた目を見れば分かる。雪ノ下と同じ目だ。
「雪乃が変わったのも八幡君のお陰でしょうね。先にそこのサインを済ませておきましょうか。婚姻届を出してもらえる?」
「分かりました。少々お待ちください。」
持ってきた額縁の鍵を開けていく。雪ノ下謹製の額縁は四方に同じ種類の鍵がつけてあり、ご丁寧にシリアル番号が消されている。つまり、開ける時は4種類を総当たりで試して行かなければ開けられない。泥棒対策だそうだ。ガチャガチャと俺が解錠に手間取っているとため息が聞こえた。
「はぁ……あの子はまたこんな事にお金を使って………」
雪ノ下自身は質素な生活を好むが、お金を使う時はかなり贅沢に使う。この額縁だって1万や2万で済まないだろう。鍵自体にも意匠が凝ってるという徹底ぶりなのだ。よし、やっと解錠できた。
「こちらです。宜しくお願いします。」
紙を渡すと、雪ノ下母は欄外に新規で枠を作ってサインを書いていた。その後に陽乃さんに渡していたので、陽乃さんも書くということなのだろう。
「夫は後で来るのでそれまでこれは少し預かります。さて、雑談の続きをしましょうか。八幡君もそこに座りなさい。」
「はい、失礼します。」
促されてソファに座る。すげぇ、めっちゃふかふかだ。身体が沈み込む。高級品のソファってこんなのなんだな。
俺がソファの柔らかさに衝撃を受けていると、雪ノ下母が対面に座りなおして質問を投げかけてきた。
「八幡君は雪乃のどこが好きなんですか?」
「全部です。」
「良い答えですね。では、雪乃は八幡君のどこを好きだと思いますか?」
「全部です。」
「青春とは良い物ですね。懐かしくなってきました。折角なのでもう一度聞いておきましょうか。雪乃の何処が1番好きですか?」
「何度聞かれても変わりません。俺は雪乃さんの全部が1番好きです。」
「ふふっ、やはり私が話に聞いていた八幡君とは少し違うみたいですね。失礼とは思いますが、そう答えるとは思っていませんでした。」
実際俺は雪ノ下の全部が好きだし、雪ノ下は俺の全部を好きでいてくれてる。馬鹿みたいな回答ではあるが、事実ならそう答えるしかないし、そう答えれるようになったのだ。
「心境の変化がありました。年明けにこちらに挨拶にきた時と今では別人かもしれません。」
「もう少し先だと思ってましたが、若者の成長は早いということですね。それか、やはり八幡君が優秀なのでしょうか。」
「………雪乃さんのお陰ですよ。」
年明けの生徒会での一幕。俺が大きく変わったあの日の雪ノ下とのやり取り。雪ノ下が俺の劣等感に気付いていたのと同じように、雪ノ下母も気付いていたのだろう。
「最近は私の言う事を全く聞かないようになって手を焼いていたのですが、ちゃんとやる事をやっていたのなら安心しました。」
「はい。雪乃さんには感謝してもしきれません。」
「雪乃も八幡君には感謝してるそうですよ。たまに食事を一緒にする際は八幡君のことばかり話していますし。」
そういえば、雪ノ下は俺の事を他人にどう話しているんだろうか。俺は戸塚や材木座に惚気まくっているが、雪ノ下が惚気話をしている姿はあまり想像がつかない。
「そう言われると少し気恥ずかしいですね。」
「良いではありませんか。お互い感謝の気持ち持ててるならそれに越した事はありません。これならもう少し踏み込んで話しても良さそうですね。」
「………お手柔らかにお願いします。」
まるでこれまでが踏み込んでなかったかのような口振りだ。これまでの問答がそもそも正解だったかどうかも怪しいので、そろそろお暇したい。何処かでボロがでてしまうかもしれない。お義父様早くきてくれないかな。
「ただの雑談ですよ。肩の力を抜いて楽に答えてくれて構いません。さて………まだ八幡君は緊張してるようなので面白い話題の方がいいかもしれませんね。
たとえば、
八幡君は雪乃に裏切られたらどうしますか?」
「雪ノ下は俺を裏切らないです。あっ、すいません。雪乃さんは俺を裏切らないと思うので、質問が成立してません。」
ついつい雪ノ下って言ってしまった。雪乃さんなんて言い方慣れてないから仕方ない。それに、まさかこんな的確に俺の地雷を踏み抜いてくるとは思わなかった。なにが肩の力を抜いて楽にしてだよ。その質問の何が面白いんだよ。
「雪乃の呼び方は雪ノ下でいいですよ、慣れた呼び方で雑談は続けましょう。自信があるんですね。なぜ雪乃が八幡君を裏切らないと思うのですか?」
「雪ノ下は俺を幸せにしてくれると言ってくれたからです。俺が裏切られることはありえません。」
「では、雪乃が八幡君を幸せにしてくれる保証は?」
「俺が雪ノ下を幸せにするからです。」
「そんな風にお互いに依存しきった関係が長続きするとは思えないし、八幡君を買い被り過ぎたかしら。それとも、やっぱり雪乃とは学生の内だけの恋愛でしたか?」
「俺も雪ノ下もお互いがいたから壁を乗り越えて成長できました。依存できる相手がいたから今の俺と雪ノ下があります。これからも俺と雪ノ下はお互いを支え合って幸せになっていきます。学生の内ではなく、死ぬまでです。」
「どちらかの成長が止まったらどうするの?たとえば、八幡君の成長が止まって、雪乃の依存を受け止められなくなった時。雪乃が裏切るんじゃなくて、八幡君が雪乃を裏切らせる事になるんじゃない?八幡君は雪乃とこれから先ずっと釣り合えるのかしら?」
凄いな、ここまで神経を逆撫でされたのは初めてだ。俺の地雷をなんでここまで正確に把握して踏み抜けるんだよ。雪ノ下が母親が怖いと言っていた理由がやっと分かった。
「その時は雪ノ下が俺を引き上げてくれます。仮に雪ノ下が止まってしまっても、俺が必ず引き上げます。お互いが幸せになる為に、お互いが依存して、補完し合って、これから成長していきます。」
「雪乃の事は私の方がよく分かっています。八幡君に依存させなくても私が引き上げれば済む話ではありませんか?」
「雪ノ下はお義母様が思ってるほど強くありません。俺じゃなきゃ、俺だから、雪ノ下を幸せにすることができるんです。」
長い静寂が部屋を包んだ。
雪ノ下を幸せにするのは俺だ。
雪ノ下への思いだけは誰にも負けないと誓った。
たとえそれが雪ノ下の親だとしても、これだけは曲げない。
「お義母様、ね。賭けは私の勝ちよ、陽乃。」
「あちゃ〜。比企谷くんはお義母さん派だと思ったのになぁ〜」
「八幡君は礼儀正しいから様付けだと思っていたわ。」
「きっとお母さんが怖いからだよ〜」
雪ノ下母と陽乃さんがワチャワチャと話している。
2人が話してる内容から察するに、
俺が雪ノ下母をどう呼ぶか賭けていたということだろう。
なんて最低な親子だ。
俺は揶揄われた恥ずかしさと怒りでソファをバスンと殴る。くそ!このソファ!!殴り心地まで良いじゃないか!!!
「八幡君。これは嘘をついた罰だから自業自得ですよ。」
「嘘なんて俺は一つも付いていません。」
「雪乃のどこが1番好きか聞いた時、どう答えましたか?」
「全部です。これのどこが嘘なんですか。」
「いいえ。八幡君は雪乃の目が好きなんですよ。雪乃は相手の目を見て話します。八幡君はそんな雪乃に惚れてるから、相手の目を見る癖が付いているんです。気付いていなかったでしょう?」
…………言われてみれば、俺は雪ノ下の全部が好きだが、特に雪ノ下の目が好きだ。明確に順位が存在するのだとしたら、あの問には全部ではなく目が好きと答えるのが正解だろう。全部と答えた事に嘘はないが、雪ノ下母の目が雪ノ下に似ているから、1番好きなのは目と答えるの無意識のうちに避けた。確かに、俺は嘘をついていた。
「八幡君は私と話してる間、私から目を逸らしませんでしたね。私の目を見て話せる人はそうはいないので、少し意地悪が過ぎましたが、嘘をついた罰として受け止めておきなさい。」
「…………わかりました。」
「ちょうど私の夫も来たようね。彼も私の目が好きって言ってたから話が合うと思うわ。後は男同士で話しておきなさい。」
雪ノ下母と陽乃さんは2人で仲良く部屋を出ていき、入れ違いで雪ノ下父が部屋に入ってきた。
優しい目をしている。
上機嫌な妻を見て、全てを察したんだろう。
俺とお義父様の話は絶えることなく1時間以上も続き、帰り際にメアドも交換した。
やばい。本気でお義父様の跡を継ぎたくなってきた。
次に読みたい話はどれですか?
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雪乃の独白(雪乃視点で文化祭以降を回想)
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葉山の独白(八幡と友達関係になった話)
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男子会と女子会のワチャワチャ話
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平塚先生の彼氏作りをお手伝いする話
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女たらし八幡の浮気疑惑裁判