比企谷には大きな借りがある。
雪ノ下(雪乃)さんのこと。比企谷のこと。鶴見さんのこと。
そして俺自身の、葉山隼人のこと。
高校1年の頃。雪ノ下家からお願いされ、俺は比企谷がどんな男かを調べた。その時の俺の態度は最悪だったろう。陽乃さんと共に比企谷の行動を分析し、何度も煽っていたからだ。
結局、最後は陽乃さんが直接比企谷に会いに行き、俺の役目は終わった。俺は雪ノ下さんと比企谷の邪魔をしただけだった。
失敗を取り戻そうと躍起になった俺は鶴見さんの件で空回りし、またしても雪ノ下さんと比企谷と、そして鶴見さんに迷惑をかけた。
この失敗を契機に、俺は葉山隼人を演じるのやめた。
俺は皆が憧れる葉山隼人を演じていた。雪ノ下陽乃のように、誰もが憧れるような存在を目指していた。
だが、それをスッパリと諦めた。俺は陽乃さんの様にはなれない。陽乃さんと距離を取り、俺は俺自身の力で周りを変えていこうと思った。
最初は全く上手くいかなかった。
絶対的なリーダーの葉山隼人から、普通のリーダーの葉山隼人になった。周りが俺を俺として見てくれず、すべて上手くいかなかった。けれど、これでいい。こうでなくては意味がない。俺が普通のリーダーとしてクラスを纏めてこそ意味がある。
以前までは近寄ってこなかった雪ノ下さんと比企谷が、この頃から少し話しかけてくるようになった。そして、優美子も俺の行動に気付いてくれていた。俺を見てくれる人がいるだけで、気分が楽になった。救われた気がした。
それから、俺はしっかりとクラスをまとめることができるようになった。比企谷は奉仕部から生徒会に鞍替えし、俺と比企谷はちょっとした休憩時間にも話す程に仲が良くなった。
比企谷は過去のことについて俺の謝罪を受け入れる事はなかった。雪ノ下家の命令に従って比企谷を調べ回り迷惑を掛けた事すら、当時を考えたら当然の行動だから謝る必要は無いと。
実際、比企谷は大して気にしていないだろう。そういう男だ。だが、俺は何とかして比企谷に恩を返したかった。仲良くなったのだから、友人として気兼ねなく接するようになりたかった。
年末に珍しく雪ノ下(雪乃)さんから連絡があった。生徒会の仕事を一部手伝って欲しいと。本当に珍しい。しかし、何となく察しはついた。雪ノ下さんが俺に頼まなければいけないほどの何かが、比企谷に起きているのだろう。
当然承諾した。きっと雪ノ下さんはこの事を比企谷には伝えないだろうし、俺も言うつもりはない。比企谷が恩を受け取る気がないというなら、知らぬ間に受け取らせればいいだけだ。
年明けの三が日に比企谷が雪ノ下家に挨拶に来た。結婚の挨拶をするらしい。結婚?まぁあの2人ならおかしいという程でもないが、いつの間にそんな関係が進んでいたんだろうか。比企谷から聞いていた話では、性交渉自体がまだまだ先だと思っていたが。
結局、挨拶の場は雪ノ下母娘の舌戦で終わった。比企谷はいったい何しに来たんだろうか。まあ、雪ノ下家は女系だからこういうこともあるだろう。珍しくソワソワしてる比企谷が面白かったので、年明けに会ったらこのネタで弄ってやろう。
新学期が始まった。
俺と比企谷は仲はいいが、わざわざ時間を作って話す程の仲ではない。暇なら話す程度だ。だから、新学期が始まって比企谷と話したのは数日経ってからだった。
比企谷の様子がおかしかった。普段から少しおかしい奴だが、今日は何故か俺に対していつも以上にへりくだっている。珍しく『雪ノ下家』なんて単語まで比企谷の口から出てきた。年明けの事を引きずっているのかもしれないな。
『葉山家でも雪ノ下家には頭が上がらないんだ。家の格は努力でどうこうなる物じゃないのだから、気にしても仕方ない。割り切ってしまった方がいい。元々、俺たちじゃ釣り合わないさ。』と伝えた。
俺の見る限りでは、雪ノ下さんは比企谷と結婚する為なら雪ノ下家を捨てる覚悟もあるように見える。今更、家の格を気にする必要なんてないと思うが。まあ明日にはケロッとしているか。比企谷は頭いいし、考えすぎているだけだろう。
やはり、翌日には比企谷は元気になっていた。
というか、元気過ぎだ。気持ち悪い。
何故か戸塚も比企谷を見てソワソワしている。
戸塚に理由を聞いてみたら、比企谷は生徒会室でズボンを脱いでパンイチの状態で勃起してしまったらしく、それを生徒会室のメンバー全員が見てしまったらしい。昨日心配して損した。何をやっているんだこいつは。
その日以降、比企谷との関係が大きく変わった。
端的に言えば心の距離がかなり近くなった。
関係が変わったのは俺だけじゃない。
比企谷の友人関係が全体的に一気に加速した。
元々、比企谷が一定の距離を取りたがっていたので皆が遠慮していただけで、比企谷が距離を詰めた場合は一気に詰まるのは必然だった。
戸塚は比企谷にベタベタとセクハラされるようになり、材木座は新たに奉仕部に据えられて比企谷と話す時間が増え、俺は事あるごとに呼び出されたり無茶振りされるようになった。
距離が詰まったのは男だけじゃない。
優美子に対して軽口を叩くようになり、結衣に対してはボディタッチを含めたツッコミを避けずにするようになり、海老名にはアニメのネタで盛り上がるようになっていた。
知らない人が見たら比企谷を別人と思うだろう。
だが、俺達は比企谷を知っている。
あの比企谷が距離を詰めてくれたことがわかる。
友人として、これ以上嬉しいことはない。
部活の休憩時間に優美子からメールが来た。
どうやら比企谷が女子と距離を詰めすぎたせいで、嫉妬した雪ノ下さんにボコボコにされる寸前らしい。
馬鹿な友人を持つと大変だが、助けてやろう。
もう、比企谷に借りなんてない。
だが借りなんてなくても助けるのが友人だ。
俺と比企谷は友達になったんだ。
肝心の比企谷は結衣の胸を見て無様に勃起して土下座をしていたので捨て置いた。ダメだなアイツは。雪ノ下さんにボコボコにされるべきだろう。
さて、俺はもうすぐサッカー部の部長になる。
馬鹿は無視して練習に励むとしよう。