※この作品はR-18です。

依存性ゆきのん   作:葵転青

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プロム_中編【一色いろは】

海浜総合高校との合同プロムに向けた会議が終わった。

 

幸先の良いスタートとは言えなかった。

 

だが、一色は良くやってくれた。

 

苦手意識のある海浜の生徒会長相手にプレゼンし、

海浜の教師に睨まれながらも逃げずに席に座り、

生徒会長として意地を見せていた。

 

一色には何も落ち度はない。

 

今回のことで落ち度があるのは俺だ。

 

俺は平塚先生からプロムについて懸念があると伝えられていたが、俺と雪ノ下で作りあげた企画なら問題ないと考えていた。一色と俺の2人だけで海浜に出向いているのも、俺がいるなら問題ないと雪ノ下が任せてくれているからだ。

 

その結果がこれだ。一色の責任ではない。

 

明日も海浜の教師を説得出来なければ、おそらくその次も説得出来ないだろう。玉縄がクリスマスで陥っていた状況に俺も追い込まれる予感がする。明日、海浜側を説得出来なければ合同プロムは失敗する。

 

流石にこれは一色には荷が重い。俺の仕事だ。

 

海浜総合高校から最寄り駅まで俺と一色は無言だった。

 

俺の苛立ちと焦りを察したんだろう。

 

いつもなら明るく話題を振ってくる一色だが、帰り道では時折俺の顔を覗き込んで目が合うと避けてを繰り返していた。

 

心配しなくても明日にケリをつけるさ。

 

 

駅改札を通り、一色とは方向が逆なのでここでお別れだ。

 

俺は総武に戻って明日の資料の準備をしておきたい。

 

「じゃあな一色。明日はまた生徒会室で待ち合わせして海浜だ。明日もよろしく。」

 

「先輩はこれから総武に戻るんですよね?」

 

「………ああ。資料の準備を少しだけな。」

 

「私も手伝っていいですか?」

 

「必要ない。ここから先は俺の仕事だ。」

 

「なんで、私に手伝わせてくれないんですか?」

 

「………女の子に夜道は危ないかなって。」

 

「なら先輩が家まで送ってくださいよ。」

 

俺のミスに一色を巻き込みたくないし、本当なら手伝わずに帰って欲しい。だが、ここで無理やり拒否してしまうと一色に不信感を抱かせてしまう。聞かれさえしなければ黙って残業しようと思ってたんだけどな……

 

「わかった。ただ、親には連絡しとけよ。2人で帰ってる時に職質されたら捕まるかもしれんからな。証明してもらいたい。」

 

「先輩って見た目は不審者みたいですもんね。」

 

「目の腐りは一向に治らないんだよなぁ……」

 

雪ノ下が言うには、目の奥に溜まっていたヘドロの様な濁りが最近無くなったからそのうち澄んでくるとのことだ。

 

俺は目の奥にヘドロがあったことにシンプルに凹んだ。

 

凹んだ俺に焦った雪ノ下から『私はヘドロも好きよ』という善意100%の嘘を貰った。雪ノ下が嘘ついてるとこを初めて見た瞬間だった。

 

 

総武に着いたのは下校時間の少し前。これから明日の資料の用意をするとなると、完全下校時間で終わるか怪しい。いくら生徒会が自由とは言え、校則を無視するような無法は許されない。

 

というわけで、平塚先生にヘルプをお願いした。

 

教師が監督していれば多少の無法は通る。

それに、そのまま流れで晩飯も奢ってもらおう。

 

メール送ると、ちょうど生徒会室で雪ノ下と一緒にいるらしい。もしかして雪ノ下は第六感で俺が生徒会室に戻る事を予期して、俺の事を待ってくれているのだろうか。以心伝心だ。

俺と雪ノ下は心で繋がったんだ!

 

そう思ったら、今日の疲れが吹っ飛んだ!

 

これから徹夜だって出来そうだ!!

 

「一色!今日は徹夜しちゃうか!!」

 

「え!?そこまではしないですよ!?急にどうしたんですか??」

 

「生徒会室に雪ノ下がいるらしい!ほら!徹夜したくなってきちゃうだろ?」

 

「雪ノ下先輩はカフェインか何かなんですか?というか、今日は外回りの筈なのにわざわざ生徒会室まで戻ったんですね。」

 

「俺が戻る事を感じたんだろうな!生徒会室のドアを開けたら雪ノ下が抱き付いてくるだろうから、一色はもう帰っていいぞ。生徒会室は今日から俺と雪ノ下の別邸だ!!」

 

もしかしたら裸エプロンかもしれない。前にお願いしてみたら満更でもない顔をしていたし、サプライズかなぁ。楽しみだなぁ。早く会いたいなぁ。

 

「それなら私がドア開けますね。あと先輩がキモイです。あっ、先輩の顔がキモイです。」

 

「雪ノ下は俺を待ってるんだから、無関係の一色が部屋に入ってきたら投げ飛ばされちゃうぞ??ドアは俺に任せろ!」

 

「嫌です!目の前でイチャイチャされたくないです!」

 

「大丈夫!!1時間くらいだけだから!!」

 

「仕事!!仕事の時間なくなっちゃいます!!」

 

「仕事なんて後回しだ!」「ダメです!絶対やらないじゃないですか!!」「やる!やるから!」

 

一色は勘違いしている。雪ノ下とイチャつく1時間は相対性理論を超越して無限に圧縮された時間だから一瞬な筈だ。物理法則は絶対だ。

 

俺と一色が生徒会室のドアの前でどちらがドアを開けるかで取っ組み合いの喧嘩をしていると、ドアが開いて平塚先生がこちらを見て呆れていた。

 

「…………何をやってるんだ君達は。」

 

「ちょっと物理学の勉強を。」

「校内の風紀を取り締まってます。」

 

「意味がわからんぞ。まぁいい。雪ノ下の話は終わったから次は君達だ。雪ノ下はもう下校時間だから早く帰れ。」

 

生徒会室に入ると、雪ノ下が帰り支度をしていた。

帰っちゃうのか。まぁ一目会えただけで充分だけどさ。

 

「今日の外回り、なんかあったのか?」

 

雪ノ下が1人で平塚先生と話をするというのは珍しい。

とんでもないクレーマー保護者でもいたんだろうか。

 

「プロムに否定的な保護者の集まりがあって、そこの代表がお母さんだったの。」

 

「え?お義母様にはプロムの事は伝えてる筈だろ?」

 

雪ノ下の両親には、合同プロムは地域の活性化になるだろうから議員の仕事で利用できそうなら使って下さいと伝えてある。今さら否定されるわけないと思うが。

 

「今回は保護者側に勝ち目の無い話し合いだし、私達と遊びたいだけよ。昔の校則まで無駄に引用してきてたから、確認作業が本当にめんどくさいわ。」

 

「だから平塚先生に確認してたってことか。昔の校則がどういう運用されてたかなんて資料だけじゃ分からんし、大変そうだな。」

 

「まったくよ。そういえば比企谷君が別行動だと伝えたら寂しがっていたし、もし暇なら明日見に来てもいいわよ?」

 

雪ノ下母と雪ノ下の舌戦か。見応えありそうだし、面白そうだ。とは言え明日は流石に無理だな。

 

「こっちもこっちでやる事あって行けそうにないし、由比ヶ浜あたりに話は聞かせてもらうよ。由比ヶ浜は会うの初めてだろ?どうだった?」

 

「そう、比企谷くんも頑張ってね。由比ヶ浜さんは私とお母さんが話してる時に親子喧嘩しちゃダメって止めに入ってたから、きっと面白い話が聞けるんじゃないかしら。」

 

雪ノ下母も戸惑ってるだろうな。雪ノ下家にとって由比ヶ浜は天敵なのかもしれないな。これから雪ノ下母に会う時は由比ヶ浜に付いてきてもらうとしよう。絶対面白い物が見れる。

 

「由比ヶ浜は相変わらずだな。じゃぁまた明日。」

 

軽く抱き締め合った後、雪ノ下は俺から離れてドアに向かっていった。もう少し抱いていたかったけど、多分時間が無いんだろうな。

 

俺と雪ノ下は最近それほどイチャイチャしていない。お互いにやる事があるから別行動が増えた。というより、別行動ができる様になった。

 

俺と雪ノ下が人目を憚らずイチャイチャしてたのは、そうでもしないと維持できない関係だったんだ。どれだけ身体を近付けても近付けても、心に出来ていたトラウマという溝は埋める事ができなかった。

 

それが埋まったのだから、イチャイチャする必要はない。身体は離れていても、俺達はもう大丈夫だ。

 

雪ノ下を見送ったので俺も仕事をしようと生徒会室の棚の資料を漁っていたら、何やらドアの辺りが騒がしい。

 

一色が雪ノ下をカバディみたいに通せんぼしていた。

 

何やってるんだろうか。

 

体力の無い雪ノ下にカバディで勝ち目はないし、助けに行くか。カバディのルール知らんけど。

 

「少しだけ!少しだけ雪ノ下先輩!時間下さい!」

 

「聞くわ。聞くってば。その動き怖いからやめて。」

 

「………何やってんだ?」

 

「雪ノ下先輩に聞きたい事があって。雪ノ下先輩って合気道使うので、逃がさない様にしてました。」

 

雪ノ下の合気道はカバディに対応してなかったらしい。俺も陽乃さんに絡まれたらカバディ使ってみようかな。いや、めちゃくちゃ馬鹿にされそうだからやめとこう。

 

「雪ノ下が逃げる様な事聞くつもりなのか?」

 

「まあ、ある意味そうかもしれないです。」

 

「私は逃げたりしないわよ。ちゃんと聞かれたことは答えるわ。ちなみに比企谷くんは逃げるから、その動きは比企谷くんにだけやりなさい。」

 

酷い言われ様である。俺だって逃げない。たぶん。絶対。

 

というか、雪ノ下が逃げる様な質問ってなんだろうか。もしかして、俺の何処が好きかとかそういう話かな。雪ノ下はそういう系はたまに照れてるし、内容次第では確かに逃げるかもな。

 

一色は覚悟を決めた様に雪ノ下を見据え、口を開いた。

 

 

「雪ノ下先輩が今やってる問題って、私は必要ないですか?」

 

「一色さんの協力は不要よ。別行動を取ってるのだから、こちらの問題はこちらで処理するから安心して。」

 

「そういう事じゃないです。なんで、問題が起きてるのに私に教えてくれないんですか。」

 

「別行動を取ってるからよ。私が責任を持って対処するから、一色さんが気にすることではないわ。」

 

「比企谷先輩も雪ノ下先輩も、なんで私に責任を取らせようとしないんですか?そんなに私、頼りにならないですか?」

 

「そんな事はないわ。一色さんはよくやっているもの。私は頼りにしてる。誓って嘘じゃないわ。」

 

「本当ですか?嘘はつかないでくださいね。雪ノ下先輩は『私を』頼りにしてくれてるんですか?」

 

雪ノ下の返事が止まった。先ほどまではテンポ良く返事をしていたが、止まってしまった。見て取れるほど動揺した雪ノ下は絞り出すように、嘘ではない言葉を選んだ。

 

「…………私は……頼りにしてるわ。」

 

「………….分かりました、雪ノ下先輩はもういいです。比企谷先輩はどうですか?一色いろはは生徒会長に相応しくなれてますか?先輩は、私を頼ってくれますか?」

 

雪ノ下は一色の覚悟から逃げてしまった。

 

雪ノ下は誰に対しても厳しい。けれど、それは自分と同じ立場や上の立場の人に対してだけだ。自分より下の人に対して、例えば、年下には甘い。小町にも留美にも、そして一色にも甘い。だから、『(比企谷八幡がサポートしてる一色を)頼れる』という言い方で逃げた。『頼りにならない』と言えなかったんだろう。

 

雪ノ下が悪いわけじゃない。

 

一色の面倒を見るのは俺の役目だ。

 

一色がどれだけ成長しているかを知ってるのは俺しかいないのだから、雪ノ下が答えられる訳がない。

 

俺が一色に伝えるべきことだ。

 

「俺は一色は生徒会長に相応しいと思ってる。」

 

「本当に思ってますか?」

 

「本心だ。嘘じゃない。だけど、今回は一色に責任を取らせるつもりはない。」

 

責任を全く取らせない訳じゃない。

やった事の責任は当然取ってもらう。

だが、やってない事の責任まで負う必要はない。

 

雪ノ下母に関しては、相手が雪ノ下だから問題が表面化しただけだ。これは雪ノ下の責任だ。

 

そして、海浜の件は俺の判断ミスで、俺の責任だ。

 

「責任取れないのに生徒会長に相応しいんですか?」

 

「責任を取ることが生徒会長の仕事じゃない。一色が総武の為に、総武の生徒を楽しませる為に、努力してる事を俺は知ってる。」

 

一色はモテるためだとか内申点の為だと言ってるが、年明け頃から明らかに考え方が変わっている。分かりやすいのが企画したイベントだ。

 

年末のクリスマスイベントは総武の生徒にとって関係はない。そして、総武高にとっても旨味はない。一色の実績作りの為だけのイベントだった。

 

それとは対照的に、バレンタインはわざわざ強制参加にして在校生全員を対象にしていた。

 

そして、プロムは卒業生だけでなく、総武高校の魅力として対外的にアピールできるイベントだ。

 

どんな心境の変化があったのかは分からないが、一色は総武高と生徒の事を考えて行動できている。

 

だから、俺も胸を張って言える。

 

「今の総武高校で1番生徒会長に相応しいのは一色だ。前に言っただろ?俺は一色の隣でずっと一色のやってる事を見てきた。俺が1番一色のことは分かっている。」

 

「生徒会長だと認めてくれるんなら、何で頼ってくれないんですか?今日だって、私が言わなかったら1人で遅くまで仕事するつもりでしたよね。」

 

「あれは俺のミスだからだ。一色には関係ない。」

 

「ありますよ。私は生徒会長で、先輩は副会長です。部下の失敗は上司の責任です。なんで1人で抱え込んで私を頼ってくれないんですか。」

 

「一色だから頼まないわけじゃない。それこそ雪ノ下にだって頼むつもりはない。」

 

雪ノ下が暇してたら話してたかもしれないが、あくまでも雑談の範疇でだ。仕事をお願いするような事はしない。俺と雪ノ下はそんなヌルい関係ではない。

 

「先輩達はそうですよね。でも、それはお互いがお互いを信頼し切ってるからですよ。

 

私、年明けの先輩達の話を聞いて、羨ましいと思ったんです。お互いに信頼し合ってる2人が、幸せそうな2人が羨ましいって思ったんです。

 

私も誰かに信頼されたいって思いました。

 

私を幸せにして欲しいって思ったんです。

 

だから、私も先輩達みたいに誰かを幸せにしようと思いました。誰かを幸せにすれば、その人が私の事を幸せにしてくれるんじゃないかって。」

 

俺と雪ノ下の関係は普通じゃない。

誰かが真似したところで上手くはいかないだろう。

俺達の真似をしなくても、やり方はいくらでもある。

 

だけど、一色は俺達の関係に憧れた。

それがどれだけ大変だとしても、

幸せになりたいと願うことは理屈ではない。

 

一色は目に涙を溜めながら俺に向かって話し続けた。

 

「私は生徒会長ですから、生徒全員を幸せにする事にしました。

 

そしたら1人くらいいるかなって思ったんです。

 

バレンタインイベントは沢山頑張りましたよ。

 

沢山の人からお礼されました。

 

私は沢山の人を幸せにできたんです。

 

でも、誰も私を幸せにしてくれないんです。

 

声を掛けてくる男は、

『頑張ってる一色いろはを甘やかしてあげる』

って上から目線な人達ばっかりなんです。

 

どれだけ頑張っても頑張っても、みんな私を下に見てくるんです。

 

私を対等に見てくれる人なんて誰もいなかったんです。

 

だから、

 

もし先輩が私を生徒会長として認めてくれてるなら、

 

私のことを見てくれるだけじゃなくて、

 

私を頼って欲しいんです。」

 

底抜けに明るい生徒会長の一色の姿はそこには無く、そこにいたのは俺の胸に顔を埋めて泣いてるただの一色だった。

 

一色を頼るということは、海浜の教師陣と一色を戦わせるという事。そして、教師の説得に失敗し合同プロムが達成できなかった場合、海浜の卒業生から恨まれるリスクを背負わせるという事だ。

 

一色には荷が重すぎるんだ。

 

俺は一色にそんなリスクを背負って欲しくない。

 

だけど、一色はどれだけのリスクを負うことになるとしても、前に進みたいと願っているんだ。

 

俺も腹を括ろう。

 

 

「俺は今の一色にはまだ頼れない。」

 

俺に抱き着いて泣いている一色の腕に力が入るのを感じる。

 

「だったらいつになったら頼ってくれるんですか。」

 

「明日の会議は一色に任せる。俺も手伝わいはするが、一色がメインだ。一色がどこまでやれるか、俺に見して欲しい。」

 

「いいんですか?先輩が失敗してたのに、私がやっても失敗しちゃいますよ。」

 

俺の胸元に顔を埋めている一色の表情は読めない。しかし、自信なさげな顔をしているんだろう。

 

「明日は失敗なんて気にするな。もし失敗が怖いなら俺を見ろ。俺がずっと一色の隣にいて、ずっと一色を見ててやるから、何も怖いものなんて無いはずだ。

 

一色なら俺が出来なかった事もできるはずだ。

 

だから、俺に一色を見してくれ。

生徒会長一色いろはの頼れる姿を、副会長の俺の目に焼き付けてくれ。俺が頼りたいと思える程の一色の姿を俺は見たいんだ。俺のお願い事、叶えてくれるか?」

 

一色が抱き締めてくる力が強くなる。

それに応える様に俺も一色を強く抱き締めてやる。

一色も雪ノ下と同じで弱いんだ。

弱いから強気で振る舞っていただけなんだ。

 

抱き締め合いながら数分間泣き続けた一色が俺から離れた。

目は真っ赤で涙と鼻水でメイクも崩れているが、いつもの元気な一色の顔に戻っていた。

 

「分かりました。先輩のダサいお願い事、私が叶えてあげます。私、明日頑張ります。絶対成功させます。」

 

「ああ。一色なら大丈夫だ。頑張れ。」

 

今の一色だったら小町や留美に胸を張って紹介できる。

俺の高校の生徒会長、頼れる自慢の生徒会長だと。

 

一色は鼻水を拭いながら恥ずかしそうに話しかけてきた。

 

「でも、やっぱりちょっとだけ怖いです。勇気が欲しいです。一歩踏み出せるような、勇気が欲しいです。」

 

勇気?あんまり人を激励する言葉とか得意じゃないんだけど、何を言えばいいんだろうか。

 

ラノベのセリフでもパクろうかと考えてると、一色は雪ノ下の方を向いた。雪ノ下は平塚先生と一緒に部屋の隅で立っていた。まだ帰ってなかったのか……

 

「雪ノ下先輩。いいですか?」

 

「いいわよ、遠慮なくどうぞ。一色さんには必要だもの。」

 

いきなり何の話だ?

一色は雪ノ下にも頼って欲しいということだろうか。だとしても、別行動してる雪ノ下をどうしたらいいのか。テレビ電話とか繋げるのかな。

 

俺が色々考えていたら一度離れた一色がまた近付いてきた。

 

もっかいハグしたいってことかな。俺の制服は一色の涙と鼻水でグチャグチャだからハグなら雪ノ下にお願いした方が良いと思うが………

 

ウェルカムと言わんばかりに手を広げて一色を迎え入れたら、いきなり唇にキスされた。

 

 

 

え?

 

 

 

「いいい、一色。ど、どうした?」

 

不意打ちで反応出来なかった。というか雪ノ下がいる前で他の女とキスしちゃったんだけど。どうしよ、雪ノ下が嫉妬でキレちゃうぞ。

 

「やっぱり、先輩は年下に甘いです。全然逃げないし…もうちょっとだけ勇気を貰っときますね。」

 

正面から抱き付くようにして首に手を回され、今度はさっきの様な一瞬ではなく、数秒のキスをされた。

 

俺は動けなかった。引き剥がそうにも、目を腫らしてさっきまで泣いてた一色を引き剥がすようなことは、俺には出来なかった。

 

俺から離れた一色は満足そうにしている。

 

「これで私も頑張れそうです!雪ノ下先輩、ごめんなさい。1回のつもりだったんですけど、2回も先輩を貰っちゃいました。」

 

ペコリと頭を下げる一色を雪ノ下は優しい目で見ていた。

 

「構わないわ。明日、頑張ってきてね。」

 

え??俺は全然納得できてない。めちゃくちゃ構う。陽乃さんに続いて一色まで。俺は雪ノ下に貞操を誓っている。浮気じみたことをするつもりはない。だけど、そんな事を言える雰囲気ではない………

 

俺を除いて和やかな雰囲気になったのを見計らって平塚先生が手を鳴らして注目を集めた。

 

「さて、盛り上がってるところ悪いが、もう下校時刻も近い。雪ノ下も一色も比企谷も帰りたまえ。やる事があるなら明日の授業時間にやればいい。教師には生徒会活動だと言って休む事を私から話しておく。」

 

授業を休む事はしたくなかったが、仕方ないか。

学校側としても夜中に労働させるよりはそっちの方がマシなのかもしれないしな。

 

「雪ノ下は一色を車で送ってやれ。比企谷は私が送ってやろう。今後のことで話すべき事があるしな。」

 

「え?雪ノ下の車に乗って帰りたいんですけど。」

 

「飯を奢ってやるから言うことを聞け。」

 

「それならいいですけど……」

 

 

 

一色は初めて乗るリムジンに興奮していた。

羨ましい。俺も雪ノ下と帰りたかったのに。

 

俺は平塚先生に連れられ、近くの定食屋に連れられた。お酒は飲めないので、軽く軽食を摘みながら会話を始めた。

 

「それで、話ってなんですか??」

 

「君には先に伝えておこうと思ってな。明日は一色が何を言おうが海浜側は首を縦に振らない。」

 

「なんでそんな事がわかるんですか?」

 

一色が明日何を言うかなんて俺にも分からない。俺が分からないのに、平塚先生が分かるわけがない。しかし、平塚先生は嘘を言ってるようには見えない。

 

「海浜側の教師とは数年前に色々あってな。考え方は分かってる。彼らが一色の話をマトモに取り合う事はない。」

 

「理由はなんですか?」

 

「やはり気付いてないか。本来ならこの役目は一色ではなく君だったんだ。一色だろうが君だろうが、君達の説得は失敗に終わる。」

 

「つまり、理由はプロムの内容ではないと?」

 

「そうだ。今回の原因が何なのか少し考えてみたまえ。」

 

原因………内容が問題ないとしたら、なんだろう。

 

「初めからプロム自体をやりたくない事情が海浜側にあったとかですか?」

 

「ちがう。もっと単純だ。」

 

「玉縄がされた様に生徒を虐めるのが好きなクズ教師とか?」

 

「玉縄というのが誰か知らんが、クズなのは正解だ。」

 

クズなのは正解なのか。数年前に何があったんだろう。

 

「分かんないですよ。答え教えて下さい。」

 

「全く、もっと考えろ。まぁ時間もないし答えを教えてやろう。君たちが子供だからだ。」

 

「いや、今更なに言ってるんですか。」

 

俺たちが子供なんて当たり前だろう。高校生は大人に片足突っ込んでるみたいなこと言う人もいるが、成人してないんだから子供だ。

 

「君は雪ノ下の両親に会ったと言っていたな。彼らと話してどう感じた?子供扱いされたか?」

 

2人には優しくされた。優しくはされたけど、雪ノ下の婚約者として対等に接してくれていた。特に雪ノ下母は俺を信頼してくれていた。

 

「いえ。そんな事はされてません。俺はご両親を尊敬してます。」

 

「だろうな。しかし、世の中の大人というのは彼らのように素晴らしい人間ばかりじゃない。君達が子供というだけで、君達の話をマトモに聞かないようなクズも多いんだ。」

 

確かに雪ノ下の両親は上澄みだ。俺は無意識のうちに、彼らを大人の基準として考えてたのかもしれない。大人ならこうあるべきだと。

 

「じゃぁ、俺の仕事はそんな海浜の教師を矯正するところから始めなきゃいけないってことですか?」

 

「君達はそんな事をしてる暇はないだろう。クズな大人の将来など気にするな。もっと簡単な解決策があるだろ。」

 

「もしかして、平塚先生が乗り込んだら一発解決ってことですか?」

 

「その通りだ。大人である私が顔を出して責任を持つと言えば、それで解決だ。昨日の段階では大人は海浜側のみ。彼らはプロムの失敗の責任を取りたくないんだよ。」

 

答えを聞いてしまえばくだらない事だと笑えるが、当事者からしたらたまったものではない。俺なんて徹夜してまで資料を作ろうとしてたんだぞ。

 

ん?ちょっと待てよ……。

 

「これ、本来は俺の役目だって言ってましたよね?平塚先生のシナリオではどうなってたんですか?」

 

「おっ、気になるか。最近の君は人生が上手く行き過ぎてるようだからな。海浜側に全く話を聞いて貰えず心も身体もズタボロになった君を私が颯爽と助けて、人生とは理不尽なのだと教える予定だったんだ。」

 

確かに、俺がやってたら意地張って限界まで海浜とやり合ってた気がする。一色がやる気出してくれてよかった。

 

「つまり、今回は一色がある程度まで海浜とやり合った後に、タイミング見計らって平塚先生を呼べばいいんですね。」

 

「その通りだ。流石に一色を君と同じ様に扱うわけにはいかんからな。程よい刺激を与えたら私を呼べ。明日は近くの駐車場で待機しておく。」

 

「俺にもそれくらい優しくして欲しいんですけど……」

 

「だからこうやって飯を奢ってるだろ。ほらほら、好きなだけ食うといい。ここは餃子が美味いぞ。」

 

平塚先生に餃子を口に押し込まれながら、俺は安堵していた。なんにせよ、これなら一色の成長は期待できる。出来レースになってしまうが、一色が失敗してしまう未来が無いのならそれに越した事はない。

 

 

 

翌日。

基本的には平塚先生のシナリオ通りだった。

 

一色による説明の数々は俺よりももっと分かりやすく、

一色らしい遊び心を兼ね備えた物で、素晴らしいものだ。

一色の努力と想いが充分伝わる説明だった。

 

それらは海浜の教師には伝わらなかったが、俺にな伝わった。一色は本当に成長した。見違えるほどだ。

 

そして、一色にある程度の世界の理不尽さを感じてもらった後、平塚先生を召喚し、合同プロムは正式に海浜総合高校からの承諾をえることができた。

 

プロムの準備は少し予定が遅れたものの、ここからは問題らしい問題が起きることなくスルスルと時間が過ぎて行った。

 

 

一色は今回のことで自信を付けたようで、清々しい顔をしている。雪ノ下から『遠慮なくどうぞ』と許可を貰っていると言って、事あるごとにキスをしようとしてくるのが難点だ。雪ノ下は雪ノ下で、言ってしまった事は曲げないと意地張ってしまってるし、俺の貞操が危ない。

 

そして、今回のプロム事件の元凶の平塚先生だが、話を聞くと海浜の教師からめちゃくちゃ嫌われているようだ。

俺達が入学する前。つまり、陽乃さんと共に海浜と大喧嘩して海浜を消し炭にしたらしい。

平塚先生が好き勝手やってる割に他の教師から何もお咎めない理由が少し分かった。陽乃さんと平塚先生のコンビって、想像しただけでめんどくさそうだ。

 

 

色々あったが、プロムまで残り1週間。いよいよ大詰めだ。

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