「早川は今日で生徒じゃなくなるわけだし、今日からお付き合いよろしく、ってことだ」
「えっ、うそ……うそ、ですよ……ね……ええっ!?」
「嘘じゃない。今日から俺とお前は、教師と生徒じゃなくて、カレシとカノジョ。いいな?」
「はい……はいっ」
その時のとても嬉しそうな円花を撮影しておけばよかった――のちに昇治はそう深く後悔した。それくらいに、まだあどけなさの残る円花のはじけるような笑顔はとてもかわいらしかったのだ――。
◆◇◆◇◆
「かわいいけど値段が高いなあ。それに、もう少し小さいほうがいいかも」
白塗りの壁に、大きなショーウィンドウ。生活雑貨を多く取り扱っているその店に入ると、外から見る以上に奥行きがあって、実に様々な品があった。円花の探している照明器具もあれば、なんとも形容しがたい不思議な置物も置いてあった。大皿サイズの陶器の上に所狭しと載った大小様々なカエルたちのオブジェなど、いったい誰がどんなふうに部屋の中に置くのだろうかと、円花は不思議に思った。
「そもそも、置くスペースはあるのか」
「えっと……片付ければたぶん」
「不安だな。サイズはちゃんと測ったほうがいいぞ」
「ふふっ」
昇治のコメントに、円花はくすりとほほ笑んだ。
彼はあまり自覚していないのだろうが、意外と几帳面な性格だ。
円花はどちらかというと真面目で模範的な生徒だったが、「なんとかなる気がする」と思って、細部をおろそかにする一面もある。その結果の失敗も少なくはないのだが、昇治にはそうした面がない。男性にしては細やかな点に目が行き届くところが、彼の授業や何気ない言動でも見て取れて、そこを好きになったように思う。
「なんだよ」
だが、昇治はそういう部分を前面に押し出さない。どちらかというと少し尖っていて、とっつきにくい印象を与えやすい。事実、彼の授業はわかりやすいが、「里田先生はちょっと怖い」という感想を述べる友人もいた。教師陣の中では若いほうなので、気安く話しかける生徒たちも多かったが、いつも笑顔であたたかく生徒を受け入れる教師か、と問われたら、円花は首を横に振ってしまうだろう。
それでも、言葉で表現しきれない彼の何かにとてつもなく惹かれて、卒業式の日に告白しようと決めた。この恋心は諦める気でいたので、まさかこうして恋人という関係になってデートができるなど、夢にも思わなかった。
(里田先生は私のどこを好きになってくれたのかな……)
そのあと、円花がいいなと思ったサイズの照明器具はあったがデザインが気に入らず、逆にデザインを気に入ったものは、求めているものよりもかなりサイズが小さかった。値段が手頃なものもあったが機能性は充実しておらず、どれも一長一短で決め手に欠けるため、結局何も買わずに店を出た。
「また今度、別の店で探してみるか」
「そうで……あ、えっと、そうだね」
「サイズは測っておけよ? せっかく買ったのに置けないのは、結構落ち込むぞ」
昇治の口ぶりは、その失敗を実際に経験していることをうかがわせた。彼にもそんな初歩的なミスをするところがあるのかと思うと、なんだかかわいらしいと円花は思った。
「円花、ちょっと靴を見ていいか」
「うん」
雑貨店をいくつか過ぎ、アップルパイの店も過ぎると、メンズシューズ専門店が見えた。歩きやすい歩道の商店街には、本当に様々な店がある。レトロなものが多いとの触れ込みだったが、そうした店だけでなく、最新のブランド品を扱っている店もあるようだ。
(靴……)
革靴からスニーカー、スポーツ用の靴まで、あらゆる種類のメンズシューズが店内には置かれている。おまけにサイズも豊富で、足が小さい男性もターゲットにしているようだ。
それらの靴を見ていると、約二週間前、昇治の住むマンションの部屋を初めて訪れた時のことを円花は思い出した。
◆◇◆◇◆
――卒業式の日に昇治と付き合い始めてから、一カ月と少しが経った頃。円花は大学に進学し、講義も始まっていよいよ学生生活が本格的にスタートした。短時間ではあるが、家と大学の間にある大きな駅ビルの中のレディース服のアルバイトも始めた。
新しい学びの環境と、初めてのアルバイト、それから、年上の恋人とのお付き合い。何もかもが新鮮で、少し目まぐるしくも思えたが、どれも待ち望んでいたものなので、円花は毎日を楽しく過ごしていた。
そして四月の中頃の土曜日、円花は昇治に招かれて初めて彼の部屋を訪れた。
最寄駅から徒歩十分ほどのマンションの一室はそれほど広くはなかったが、三点ユニットバスではなく、風呂も洗面所もトイレも別だった。この部屋を借りる際にそこにこだわったのだろうかと思うと、昇治の隠れた几帳面さや綺麗好きな面を感じた。そしてまた、玄関に並んだ黒い革靴やスニーカーが、ここは男性の住む場所なのだということを如実に感じさせ、円花は妙に緊張した。
最初は、大学生活がどうとかアルバイトがどうとか、そんな話をしていた。昇治は一年生の担任になったそうで、昨年度よりも忙しくなりそうだと、少し困った表情をしていた。
「んっ……」
たわいない会話が続いたが、円花としては、この部屋に来る前から期待を――いや、覚悟をしていた。もしかしたら今日は、二人の関係が進むのではないかと。そしてそれは、おもむろに昇治から口付けられて確定したように思う。
「焦らなくていいし、俺はまだ待てるけど……どうする」
円花の唇を解放した昇治は、曖昧な言葉で尋ねた。きっと昇治も、
だが、昇治には年上としての責任があるのか、決して早急に、そして円花の了承なしに事を進めるつもりはないようだった。だから、二人の関係を進めるかどうかの決定権は円花にある。
「里田先生とお付き合いできているの、まだ信じられない……夢みたいです。でも夢じゃないって……現実なんだ、って思い知りたい。だから先生、お願いします」
テレビの前に敷かれた、ソフトな感触のラグ。その上であぐらをかいている昇治の首に両腕を回し、円花は甘えた声を出した。
「抱いて……ください」
円花自身も、焦らなくていいと思っていた。まだ大学に入ったばかりで、付き合い始めたばかりでもあるのだから、と。けれど、では逆にどういうタイミングが正解なのかと考えても、答えは出そうにない。それなら、熱に浮かされてしまっているような気もするけれど、春の日差しが心地よいこの日を、自分のハジメテの日にしてもいいような気がした。
「ふっ……ぅん……」
円花の後頭部をなでてから、昇治は再び円花に口付けた。やわらかな感触を割って、ためらう間もなく舌を挿入する。ぎこちなさを残す円花の舌を舐め回し、己の唾液をからませ、頭の中がしびれるような感覚を覚えながら鼻で呼吸をする。
「せっ……先生っ」
「ベッドに行くか」
激しいキスに息苦しくなった円花が軽く昇治の体を押しのけると、昇治は円花の手首を掴んでベッドに向かった。そして円花を仰向けで寝かせると、その上に覆いかぶさり、彼女の茶色い瞳をじっと見下ろした。
「俺もまだ、実感がない。終わったあとでいいから教えてくれないか。ほとんど話もしなかったのに、どうして俺のことを好きになってくれたのか」
「えっ……それ、は……あっ」
いま話を聞く気はない。そう言わんばかりに、昇治の手のひらが円花の服の中に潜り込む。そしてまずはブラジャーの上から、控えめな乳房をふに、と揉んだ。
「ん……っ」
円花は異性に体をさわられるという初めての経験に緊張して、思わず全身に力が入る。すると昇治は円花のスカートをめくって、すべすべの太ももをなでながら苦笑した。
「体の力は抜け。ゆっくり息をすればいい」
「はい……」