円花は昇治の首に両腕を伸ばし、彼を引き寄せて抱きしめた。
「あとは、先生の好きにしてください」
「大丈夫か」
「はい」
正直、異物を受け入れている下腹部には多大な違和感がある。彼が少しでも動けば、ちりっとした痛みが走るような気がしている。
けれども、彼に抱かれているのだという嬉しい事実が、そんな痛みも上書きしてくれるに違いない。
「先生……動いて?」
円花は目尻に涙の痕を残したまま、昇治を見上げてねだった。そこに子供のようなあどけなさはなく、男を誘う一人前の女の色香を感じて、昇治はたまらない、と思った。
「円花……好きだ」
そう言うやいなや、昇治はゆっくりと腰を引き、そして再び前に打ちつけた。円花の体が、乳房が揺れ、その表情は苦しそうなものに変わる。しかし、昇治の腰はもう止まらない。
甘い声で啼く円花を見下ろしてどうしようもない征服感に満たされながら、昇治は夢中で抽送を繰り返し、そして果てた。円花の開かれたばかりの女壺の最奥へ、コンドーム越しに熱い子種を注ぎ込む。ああ、こんな薄いゴム越しではなく、いつかはじかに、この熱さを注入して孕ませたいと、昇治はふと自然に思った。
「私も好きです、里田先生」
気持ちだけのつながりではない。体もこうして彼に抱かれたということは、間違いなく自分は彼の恋人なのだ。そう思えた円花はどうしようもなく嬉しくて、とろけたように笑うのだった――。
◆◇◆◇◆
(恥ずかしいこと、思い出しちゃった)
初めて昇治の部屋を訪れた日――すなわち、初めて彼に抱かれて処女を失った日を思い出していた円花は、ぺち、と軽く自分の頬をたたいた。
あれから抱かれたことはないが、今日は時間に余裕があると言っていたので、もしかしたら再び彼の部屋に行って抱かれるかもしれない。そうされてもいいし、むしろ抱いてほしいぐらいの気持ちで円花は準備をしてきた。
しかし昇治はというと、どうやら何かいい靴を見つけたようで、店員を呼び止めて別のサイズを出してもらっている。邪魔をしては悪いと思い、円花は店の外で待つことにした。
(そういえば……まだ答えていない)
どうして昇治のことを好きになったのか。
初めて体を重ねた日、昇治は「終わったあとでいいから教えてくれ」と言った。けれども行為が終わったあと、ぐったりしてしまった円花を気遣ってくれたのか、昇治はあらためてその答えを求めはしなかった。
(それに、私も知りたいかも……どうして里田先生も、私のことを好きになってくれたの?)
何か明確なきっかけがあったわけではない。授業後に一度や二度、質問をしたことはあったが、それは「教師と生徒」という範疇内でのやり取りにすぎなかったと思う。それなのに、自分でも不思議なことだが、昇治の何かにどうしようもなく惹かれたのだ。
(几帳面なところ? うーん……真面目なところ? 背が高くて顔が整っていて格好いいから? うーん……)
どんな言葉も決して的外れではないのだが、その言葉ですべてを表現はできない。「恋慕の情」というものは、わかりやすい言葉でかたどれない感情だからこそ、昔から人は和歌だの映画だのドラマだの、あらゆる手段でそれを表現してきたのだろう。
「ねえ、かーのじょっ。なに悩んでんの?」
「えっ」
その時、両腕を組んで小首をかしげていた円花にふと野太い声がかかった。驚いた円花が横を向くと、タンクトップに派手な柄の半袖シャツを重ね着した男が一人、ガムを噛みながら好奇の視線を円花に向けていた。
「待ち合わせ? ここ、メンズの店じゃん。俺ともっとイイところに行かない?」
「い、行きませんっ」
やけに馴れ馴れしい笑顔を作る男から視線をそらし、円花は首を横に振る。しかしそれで男が諦めることはなく、彼は円花の手首を掴み上げた。
「いいじゃん、今からちょっとお茶でもしない? 奢るからさ」
「はっ、放してくださいっ」
「ちょっとだけ、ね、ちょっとだからいいじゃん、ね?」
「嫌です!」
円花は手首をぶんと振って男の手を振り払おうとしたが、逆に男にぐっと強く握られてしまい、そこに痛みを覚えた。泣きそうな表情で断りを入れるも、男が諦める気配はない。
「大丈夫だって、イイところだから。じゃ、行こうぜ」
「やっ……!」
とうとう男は円花の手首を引っ張り、強制的に連れて行こうとする。
これはナンパではなく、もはや拉致ではないだろうか。白昼堂々、あまりにも強引な男の腕力の強さに円花は恐怖を覚え、心の中で叫んだ。
(里田先生、助けて……っ!)
「おい、放せよ」
「あ? なんだよお前」
ドスの利いた低い声が聞こえて、円花ははっと顔を上げた。円花の心の声が届いたのか、威嚇するように険しい目つきで男を睨みつけている昇治の姿があった。
「その子のカレシだよ。わかったら失せろ」
「チッ」
昇治の凄まじい気迫に嘘は言っていないと判断したのか、男は情けない舌打ちをすると円花の手首を乱暴に放って、すごすごと店の前から去っていく。円花は呆然とした表情で、男に掴まれていた手首を反対の手でさすった。
「円花、大丈夫か」
昇治は円花の後頭部をやさしくなでながら、それまでの鬼の形相とは打って変わって、とても心配そうに円花を見つめた。その声にようやく現状がつかめてきた円花は、昇治の右腕にぎゅっと抱き付いた。
「おい」
「うぅ~」
「泣くなよ」
「こ、怖かった……です」
「一人にさせて悪かった。お前を放って、ちょっと夢中になりすぎたな」
円花は昇治の腕に顔をくっ付けたまま、首を横に振った。
昇治は悪くない。勝手に店を出て一人になったのは、自分のほうだ。昇治はこうして助けてくれて、その姿がとても頼もしくて安心する。
「里田先生、助けて、って……」
「ん?」
「心の中でそう呼んだら……本当に来てくれました」
「そうか」
「はい……ありがとうございます」
円花は昇治の腕から顔を上げるとはにかんだ。少しくしゃっとしたその笑顔にようやく昇治は安心し、円花の手を取って歩き始める。
「里田先生、お買い物は?」
「今日はいい。デザインはよかったんだが、ちょうどいいサイズがなくてな」
「二人とも、何も買わずじまいですね」
「そうだな、今日は不発だ。仕方ないから俺の家に行って、誰かさんにお仕置きをするか」
「え……ああっ!」
「さて、どんなお仕置きをするかな」
目を見開いてはっとした顔つきをする円花に、昇治はくつくつと笑った。
ナンパ男のせいですっかり気がゆるみ、円花は「先生」呼びをして丁寧語も使ってしまっていた。だが、今さら気が付いても後の祭り。やると言ったことは必ずやるのが、この里田昇治という男だ。
「あ、あの……だって、その……仕方がなくてっ」
「これから徐々に慣れていけばいいが、円花がなるべく早く慣れるように、俺は手伝っているんだ」
「むぅ~……違うっ、楽しんでますよね!」
「そうだな。楽しくて仕方ないのもあるな。恥ずかしがったり慌てたりする
円花もかわいいからな」
そう言って昇治は円花の手をぎゅっと強く握った。
そうだ、彼のいいなと思ったところの一つに、有言実行という点がある。彼が「次回はここまで進めるからこれだけは予習しておけ」と言った場合、本当にその進捗で授業は進み、こなした予習はまったく無駄にならなかった。ということは、冗談ではなく本当にお仕置きをされるに違いない。
その日の夕方、昇治の部屋を再び訪れた円花は、初めてだった前回以上に甘く激しく愛された。その最中も思わず「里田先生」と呼んでしまったので、「次のお仕置きも決定だな」と言って昇治は意地悪に笑った。
円花がお仕置きを受けなくなる日までは、まだまだ時間がかかりそうだ。