――世界が一瞬で白く染まり、すべての時がピタリと止まった。
カケルが目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋の天井ではなく、境界線の曖昧な、静寂の広がる幻想的な空間だった。困惑し、周囲を見回す彼の前に、空気を切り裂くように舞い降りてきたのは、神聖な光を背負った美しき存在――この世界を統べる女神であった。
「目覚めましたか、カケル。……単刀直入に申し上げます。あなたに、滅びゆくこの世界を救っていただきたいのです」
「……あぁ!? 世界を救うだぁ!? おいおい、コスプレか何か知らんが、いきなり変なコト言ってんじゃねぇよ! 俺はただの高校生だぞ!?」
どこからどう見ても怪しすぎるシチュエーションと壮大すぎる話に、カケルはイラ立ちを隠さず第一声を突っぱねた。しかし、目の前に浮かぶ彼女の身体からは現実離れした神秘的な光が溢れ、空間そのものを支配する圧倒的な神威が漂っている。
(な、なんだこの圧……!? 空中に浮いてるし、本物の……神様か何か……!?)
「ふふ、人間らしい反応ですね。私はこの世界を統べる女神です。……いいですか? 世界を救うには強大な愛のエネルギーが必要不可欠……ですが、今のあなたにはその資格も力も足りません。だからこそ、まずはあなたにその資質があるかを測る『試練』を与えます」
本物の女神だと察し、息を呑むカケル。だが、状況が怪しすぎることに変わりはなく、警戒心と戸惑いを隠せないまま、恐る恐る言葉を返した。
「し、試練……ですか。……えっと、お言葉ですが女神様……? 俺のような未熟者にそんな大役、本当に務まるんでしょうか……? 正直、夢かドッキリにしか思えないんですが……できれば元の部屋に戻していただけると助かるのですが……」
「ふふ、拒否権はありませんわ」
女神は優雅に指先をカケルへとさし向け、容赦のない言葉を突きつけた。
「現実に戻ったその瞬間から『一分以内』に、心から愛し合える彼女を作りなさい。この試練を乗り越えられないようなら……あなたの人生は即座に爆死。世界を救うどころか、完全に終わりを迎えます」
「ば、爆死ぃッ!? 冗談ですよね女神様!? 一分で彼女なんて、いくらなんでも無茶が過ぎます……! お命がかかってるんです、どうか、どうか再考をお願いできませんか!?」
あまりにも理不尽極まりない命がけの通告。焦り、冷や汗を流して狼狽えるカケルの情けない姿を、女神は浮遊したまま、上から目線で優越感たっぷりに見下ろしている。神の絶対的な威厳を撒き散らしながら、カケルの動揺をあざ笑うかのように。
「まあ……あまりに不憫ですから、少しだけ救済措置をあげましょう」
「き、救済措置……! ああ、ありがとうございます女神様! 一体どのようなお助けをいただけるのですか……!?」
女神は白美な指先を優雅に振ってみせた。
「この試練のカウントダウンを巻き戻し、一分間のタイマーを完全に復活させる特別な秘宝――『命の砂時計』を世界に配置しました。それはあなたが暮らす街の中や、通っている学校のどこかに隠されています。それを見つけ出せば、壊れかけたあなたの命の猶予は一気に満タンまで巻き戻るでしょう」
「命の砂時計……! 街や学校にあるんですね! ですが女神様、それって具体的にどの辺りを探せば……いや、それほど簡単には教えていただけませんよね……」
すがるように尋ねるカケルに対し、女神はクスクスと意地の悪い笑みを深めながら付け加えた。
「それと……どうしても砂時計が見つからず、命の灯火が消えそうになった時の特別ルールです。学校の『体育倉庫』の中で、なりふり構わず全力で踊り狂いなさい。あなたがそこで必死に踊り続ける間だけは、その情けない情熱に免じて、タイマーの減少が止まるどころか少しずつ回復してあげますよ」
「た、体育倉庫でダンス……!? 女神様、お戯れが過ぎます……! 命がかかっている時に、そんな格好悪い姿をお見せしろとおっしゃるのですか……!?」
(世界を救うために一分以内に彼女を作るか、街や学校に隠された『命の砂時計』を探し出すか……最悪、体育倉庫で踊り狂って時間を稼ぐしかないってことか!? そんなの、奇跡でも起きなきゃ無理に決まってるだろ……!)
絶望的な死の恐怖と理不尽な条件に対し、必死に食い下がり、抗おうとしたその瞬間――カケルの頭の中で何かがパチンと弾けた。
「生き急げ」――世界を救えという無茶振りと理不尽すぎる試練は、彼の中に眠っていた「欲しいものをなりふり構わず掴み取る」という、必死の生存本能を猛然と呼び覚ましてしまったのだ。
理性や常識のタガが外れ、瞳の奧に底知れぬ熱量が宿る。
「……ッ、女神様……! 一分しかないのなら、弱音を吐いている暇すら一秒もないのですね……!?」
「あら……?」
「俺の人生、ここで勝手に終わらせてたまるか! 世界がどうとか今は分かりませんが、俺は絶対に生き残ってみせます! 現実に戻った瞬間から勝負だ……砂時計を探すのも、なりふり構わずダンスで時間を稼ぐのも、誰かを振り向かせるのも……命がけで、全部やり遂げてみせますからねッ!!」
カケルの瞳に宿った、神への敬意を残しつつも諦めを置き去りにした凄まじい執着と生への覚悟。
それまで上から目線で余裕の笑みを浮かべていた女神は、必死の熱を含んだ彼の予想外すぎる気迫と眼差しに射抜かれ、一瞬、言葉を失って息を呑んだ。
「……ふふ、面白い目をしますね。ですが、現実に戻れば一分という時間は一瞬で過ぎ去りますよ?」
女神が白美な指先を鳴らすと、亜空間が崩壊し、現実の時間が動き始める。
一分間という極限の制限時間(インスタント)から始まる、命がけの恋の争奪戦。
世界の命運と自身の命の期限を突きつけられたことで狂い出したカケルの運命は、この後、隣に住む愛の重すぎる幼馴染のなじみ、失恋に揺れる教師の今日子、強がりで純情なギャルのミチル、そして高圧的に試練を与えたはずの女神自身をも巻き込み、誰も想像しなかった巨大で淫らに甘い愛の渦へと突入していくのだった――。