※この作品はR-18です。

少女Xスライム~女魔法使いにスライムを添えて~   作:霧里

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スライムに襲われる

 

最初に、口を塞がれた。

 

次に、杖を落とされる。

 

魔法使いである私は、それだけで何も出来なくなった。

 

頭上から落ちてきたスライムは、迷うことなく口を塞ぎにくる。

詠唱に集中していた私は、驚き、慌てて、咳き込んだ。飲み込みかけていたスライムの一片は、幸運にも口の中から飛び出していく。

 

口を塞がれたらおしまいだ。

 

呪文を紡げない魔法使いが、何の役にも立たないのは、自分が一番よくわかっている。せめて、口は守らないと。口元を手で覆おうとした直前、スライムに手首を縛られ、腕が引き戻される。

 

一瞬の躊躇い。

 

「助けて」そう叫ぶだけの一瞬を、私は自ら手放してしまった。

だって、パーティーの中で一番強いのは私だ。たかだかスライム一匹に醜態は晒せない。出来損ないの魔法生物。学生が授業で作るような半端物。脅威というには、あまりに矮小だった。本来なら対処の必要すらない。しばらくすれば、魔力が枯渇して形を保てなくなるだろう。

 

野生化したスライムが生き延びるには、他所から魔力を奪うよりない。

手っ取り早いのは生き物の命。その獲物の殆どは、ネズミのような小動物。次に家畜と。肥大化するうちに、人の子どもや、力の弱い女性まで。

 

じゃあ、私は?

 

透けるような銀の髪。華奢な体躯に、傷の一つもない白い肌。繊細な指先は細く伸びて、今にも折れてしまいそう。「白雪姫」それが学院でのあだ名だった。

 

「あっ……くっ」

 

足首を取られ、体が前のめりに倒れ込む。

口元や、腕にばかり気を取られていた私は、強かに胸をぶつけて目を回す。肺から空気が押し出され、言葉をなくしている内に、スライムはあっさりと口元を覆ってしまった。一つ、二つ、三つ。時間にして、何秒もあったかどうか。突然のことに対処の遅れた私は、あっさりと無力化されていた。

 

ここにきて、ようやく理解する。

 

こんなスライムにも知能があること。

 

野生化することも稀なのに、ここまで生き延びるなんて。知らない。聞いたこともない。本にも書いてなかった。

 

女で、子どもで、魔法使い。

 

スライムからすれば、私は極上の獲物だったろう。

きっと、一人や二人じゃない。ダンジョンに入った冒険者がいなくなるなんて、珍しくもないんだから。何人もの魔法使いを捕まえて覚えたんだ。

 

口を塞げば呪文は紡げない。杖を手放したら、突然の対処にも出遅れる。

地面に呪文を描こうにも、それすら確かに封じられた。人を襲うほどに肥大化したスライムを、自力で振り払うなんて、ほとんどの魔法使いには無理だろう。

 

「ぅ、ぁ……っ」

 

顔を上げれば前線で戦っている、彼らの背中が見えた。

仲間だなんて思ってもない。冒険者パーティーを組むのに必要だったから利用した。ソロでも活動できるランクになれば、さっさと切り捨てるつもりで。

 

悔しい。

 

格下だと思っていた彼らに助けを求めるの?

何処で間違った。作戦は完璧だったはず。モンスターの探索だって怠っていなかったのに。突然、スライムなんか落ちてくるから。なんで気づけなかったの。なんで、こんな……なん、で。

 

その時、洞窟の天井が蠢いて見えた。

 

ああ、そうか。

 

壁一面に広がったスライムが、へばりついている。

魔力の反応は、薄く引き伸ばされて、探索魔法の下限を下回っていたんだ。

こうすれば見つからないと、分かって。全部、私のミス。野生化したスライムが出るという情報は聞いていても、そんなの歯牙にも掛けなかった。だって、本当なら相手にすらならないのに。

 

助けを呼ぶための口も、躊躇う間に塞がれた。

 

お願い、気づいて。祈ることですら恥ずかしい。

さんざん見下していた彼らに「ありがとう」なんて、言わなきゃいけないの?

そんなのは__意地だ。私にだって、それはある。スライムを振り払えなくてもいい。ジリジリと腕を動かし、転がっている杖に手を伸ばす。

 

ちょっとでも、触れられれば。

 

杖に蓄えられている魔力を、一瞬解放するだけ。無詠唱で出来る緊急回避的な魔法の一つ。スライムくらいなら、それで十分に吹き飛ばせる……。

 

筈だった。

 

「……っ!?」

 

顔が青ざめる。あとちょっと、もうちょっとで、指が届きそうだったのに。

指先が触れるその直前。杖との距離が、僅かに遠のく。

 

__ズル

 

洞窟の暗がりへ。

 

__ズル

 

体が引きずられていく。

 

__ズル

 

足をばたつかせても、前には進まない。掴まれた足首がピンっと伸ばされた。つま先から暗がりに飲み込まれていく。まるで、暴れる犬みたい。口元を塞いだスライムは、私を鎖に繋いでみせた。半身を反りながら、どれだけ頭を振っても、スライムは離れてくれない。

 

せめて、地面に呪文を描ける暇さえあれば。

 

でも、引きずられていく体を止められない。爪の隙間に砂が入り込み、傷ついた指先から血が滲む。涙が……泣きたくなくても、我慢が出来ない。

だって、どんなに頭が悪くたって分かるでしょう? スライムに捕まった動物は、その体の中で溶かされていく。それが、私に待っている未来だった。

 

 

******

 

学院の首席卒業者。

 

それが、私の誇りだった。

 

友達も作らない。恋人になんて興味もない。

卒業生の挨拶。「シルヴィア・ロゼンベルグ」名前を呼ばれて立ち上がる。魔法に捧げた人生が、誰からも認められた瞬間だった。壇上に上がった私を見上げる視線はいくつあっても、見下ろす視線は一つだけ。何百と集まった生徒の誰もが、私よりも下なんだ。薄っすらとした微笑みを、きっと誰も気付かなかっただろう。

 

 

悲鳴と怒号が響く。

 

すっかりと混乱しきった彼らの声から、前線が崩壊したんだと理解した。

だけど不思議。「シルヴィアっ! どこっ、返事を……きゃっ!?」私を呼ぶ声に、恨み言は含まれない。突然消えてしまったんだ。見捨てられた可能性だってあるのに。その優しさが、余計に彼らを追い詰めてしまっていた。

 

一旦退こう。

 

でも、シルヴィアを置いていけないよ。

 

躊躇う合間も、魔物たちは待ってはくれない。

そもそも、私の火力があることが前提の作戦だった。一番大事な所が折れたらどうなるかなんて、火を見るより明らかだ。

 

いい人たちなんだと思う。

 

少なくとも、学院で私に嫌がらせをしてきた人たちよりは。

 

助けなきゃ。それでも私は、まだ上から見下ろしていた。

自分の失態が招いた結果だ。自分で取り返さないと意味がない。そうでもなければ、無能を晒し続ける自分を許せなかった。

 

__ジュッ

 

布の焦げる匂いが立ち込める。

 

纏っていたローブの防御魔法が切れ始めていた。これが無くなったら、いよいよ おしまいだ。チャンスは……一度きり。失敗したら、どうしよう? 胸を刺した痛みから、意識的に目を背けた。

 

安全な部屋の中で、分かりきった実験をする。

それが無意味だったなんて思わない。基礎を固めて積み上げる、応用から発展させて、新しい魔法だって作ってみせた。でも、それだけ。こと実戦での私は、スライムよりも劣ってた。いかに相手を出し抜くのか。そんな教科書に載ってないことを、いきなりやれだなんて。経験不足を突かれた結果がコレ。

 

一拍でいい。

 

舌が回れば、なんとでもなる。

 

「ぅっ……っ!」

 

勢いをつけて咳込んではみても、口を塞ぐスライムはブヨブヨと蠢くだけ。

そこにへばり付いたまま、離れてはくれない。まだ、息が出来てるだけいい。今に鼻まで塞がれたらと思うとゾッとする。

 

出来ることを、やれるうちに やらないと。

彼らだって長くは持たないはず。完全にスライムに飲み込まれてしまったら、溶かされる前に、窒息するほうが早いだろう。

 

__ゴクリ

 

強引に口を閉じて、スライムを噛み切った。

グミよりは、まだ柔らかいか。プツっとした食感はすぐに溶けて、嫌な後味を残す。水っぽい酸味と苦み。その奥には、舌が痺れるような甘みがあった。

 

出来の悪い魔法薬みたい。

 

そう思えば、飲み込めないこともない。

生唾よりも、酷い喉越しだ。思い切って飲み込むと同時に、ズシリとした重たさが腹に落ちる。

 

やっと口が開いた。

 

「……アウスっ!」

 

呪文を口走る。とても、魔法なんて呼べるものじゃない。

体内の魔力を ただ放出するだけだ。制御も何もなく、全力で。出し惜しみは考えられなかった。経験が足りなくても、実力差は明白だ。結局は、私の自由を許したスライムの負け。ちょっと手間取ったけど。実戦なんだから、勝った方が勝ちに決まってる。

 

暴風か、あるいは濁流のように。

 

荒れ狂う魔力の流れが、スライムを吹き飛ばし、頬を濡らす涙の跡をさらっていく。何もなかった。何でも無かった。私は……ちゃんと生きてる。負けてなんかない。

 

ヨロヨロと立ち上がると、羽織っていたローブが肩から滑り落ちた。

スライムの粘液に塗れたローブは、拾い上げようと掴んだだけで、その穴を大きく広げていく。

 

「くそ……っ。なんで、なんで……ぅっ」

 

悔しい……。

 

やっぱり、ダメだ。乾いたはずの涙が目尻に浮かび、爪が刺さるほどに拳を握る。

学院の首席卒業者だけに贈られる、ローブと杖。それが私の自慢で、私の価値そのものだ。それを傷つけられた。よりにもよって、スライムなんかに。

 

でも、でも……っ。

 

泣いてなんかない。泣いてる暇はない。落ち着いて、乱れかけた呼吸を戻す。

私一人、生きて帰ったら。後ろ指を指される自分に耐えきれない。そんなの、絶対間違ってる。ボロボロになったローブを纏めて、抱え上げた。もうこれ以上崩れてしまわないように、大事に胸にしまい込む。

 

肉を裂く鈍い音。金属がぶつかり甲高い悲鳴が響く。

洞窟の向こう側、聞こえてくるその有様に、安心さえしていた。薄く、口元が歪んでいるのさえ気付かない。今ならまだ間に合う。死ぬなんて許さない。みんな、私のために助けられて。

 

結局……

 

私は最後まで、それを捨てることが出来なかった。

 

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