__ポタリ
雫が、頬に落ちる。水にしては随分と粘っこい。それは__そう、それはまるで……。
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
洞窟の向こうから、声が響いた。ボンヤリとしていた意識が、現実に引き戻される。絹を裂くような少女の悲鳴には、聞き覚えがあった。きっと、パーティにいたシスターの子だろう。優しくて、明るくて、いかにも女の子らしい。冷めた態度しか取らない私にも、分け隔てなく接してくれた子。
正直、嫌いではなかった。
おせっかいを鬱陶しいと思うときはあっても、おべっかを使われるよりはよっぽど気安い。助けられるものなら、助けたかったな。同時に理解したのは、私にはもう、挽回するチャンスが無くなってしまったこと。
今から向かって、間に合うもんか。
間に合ったとして、魔力の切れた魔法使いなんて、足手まといも良い所。私なんか放って逃げればよかったんだ。
「……バカ」
だけど、私のほうがもっとバカ。薄っすらと見下してさえいた。あの子さえ、私を助けるのを諦めなかったのに。彼女にできて、どうして私に出来ない理由があるのか。一度達してしまえば、こんなもの。不満を残しながらも、ようやく外に意識を向ける余裕ができる。
杖さえ、あったら。
そこに残った魔力を使って、彼女一人くらいは助けられるんじゃないか。
まだ、生きていればだけど。諦めるのは、せめて確かめてから。こんな所で不貞腐れている暇なんてない。立ち上がろうとして、でも手足が動かなかった。
「ぇ?」
地面に倒れ込んだ時のまま。
どう頑張ってはみても、手首と、足首の先から動かせない。視線を投げたその先には、ベッタリと、薄青い粘液が纏わりついていた。右手は縛られ、左手は完全に飲み込まれてる。つま先が、濡れていた。ブーツの先を溶かしたスライムは、靴の中にまで流れ込んでくる。
分からない。
全部、吹き飛ばしたつもりになっていた。ほとんどの魔力を放出してまで、こんな無様を晒す。体勢を整える暇も、すっかりオナニーで消費してしまっていた。
飛び散った体を纏め上げたスライムは、私よりも早かった。これも、経験の差なんだろうか? 勝った気になって、良い気になって。いや、ダメだ。後悔も、反省も後でいい。対処のほうがずっと先。
「アウスっ!」
半端に残った魔力を右手に集めて放出する。そこでも、また間違える。
咄嗟に、利き腕を解放してしまった。強引にスライムを吹き飛ばすなら、完全に飲まれてしまっている左が先。何とか半身を起こすことは出来ても、左手にへばりつくスライムを引き剥がしきれない。
もたついている間にも、ブーツの中を満たしたスライムが這い出してくる。
ふくらはぎを伝い、膝に絡まり、ぐっと足を広げられた。刻々と追い詰められていく。一つ、二つ、三つ……。時間は私の味方をしない。焦る。左手を引っ張り、足をバタつかせ。確かめられたのは、自力じゃ抜け出せないということだけ。
唯一、自由に動く右手を、どう扱っていいかも分からなくなっていた。
じっとりと、粘液で濡れた肌が熱を訴える。
スライムよりも早く、麻薬のような陶酔感が這い上がってきた。意地だけでどうにかなるものじゃない。心と体は不可分だった。性感に耽る心地よさを、身を持って知ってしまった。
もう、わかったから。また、あんなのは。
痴態を晒し、見下される自分を想像しそうになった。頭を振って、理性を叩き起こす。発情を抑える薬があれば。媚薬についての理解も深めておかないと。次は失敗しないように……。
次。
そう、次。
その次があればの話。皮算用ならまだよかった。足りないものは補える。
でもそれが、無いものねだりだったとしたら? 何処にもないものをどうやって。
忘れてたんだ。
考慮にも入っていなかった。私が失敗するわけ無いと、本気で信じてた。
失敗した冒険者の末路なんてロクなものじゃない。だって、最低限生きて帰れれば、成功と呼べる世界だから。それでようやく次に活かせる。本当の失敗は、それすらも許されない。
「……ひぅっ!?」
悲鳴が、喉に詰まる。心臓が、一瞬で凍りついた。
ひんやりと、程よく冷えたスライムの塊。それはまだ、手に乗るボール程度の大きさで。
__ベチャっ
潰れた水音は、弾けるというほど軽くはない。洞窟の天井から、お腹の上に落ちてくる。すぐに、振り払えれば良かったのかもしれない。スライムが、私の肌にへばり付くその前に。
でも、出来なかった。
お腹を殴られたような痛みと衝撃に、体が竦んでしまう。
また、口を塞がれるんだろうか? 一瞬でも、その先を想像してしまったのもまずかった。媚毒を塗り込まれて、飲まされて。
__ゴクリ
何を、私は何を飲み込んだんだろう。
期待なんかしていない。でも、不満を残したまま、終わってしまったのも確かだ。アレ以上? その片鱗は既に味わってしまった後。そんなことがあるもんか。もし、そうなら私はきっと。
「いやっ! 離れて、気持ち悪いっ、このっ、このっ!」
そんなの、間違ってる。自分に言い聞かせるように声を上げた。
唯一、自由に動く右手で、スライムに爪を立てる。だけど、不定形な体に引っ掛かる所なんて何処にもない。爪が滑り、指が沈んで、濡れた指先がじんわりと熱くなった。
くすぐったい。爪の隙間がピリピリと痺れだす。
慌てて指を引き抜いた。せめて、両手が使えたら。お腹の上からスライムを押し出せたかもしれないのに。力の均衡は、あと僅かに傾かない。
息を止めて、思い切り、頭に血が上るほど力を込める。それも長くは続かなかった。ゆっくり、ゆっくり……ジリジリと。お腹の上から、胸元へ。押し止めようと、塞いだ右腕の下をくぐり抜けられ、薄い谷間に流れ込んでくる。
「いやっ、やだぁ……っ」
首筋を反らし、顔を背けて、少しでもスライムから口元を遠ざけた。
谷間を抜けたスライムが、鎖骨の窪みに沈み込む。そのまま指先を伸ばすようにして、あごの下を這い上がってくる。
我慢できなかった。
耐えられなかった。
あとちょっと、もうちょっとだったのに。
唇をなぞられた瞬間、鼓動が跳ねた。
甘いんだ。最初に口に含んだときより、ずっと甘く感じている。まだ、舌に触れてさえいないのに。引き結んだ唇の奥で、舌先が歯の裏を舐めていた。まったくの無意識。思い当たった思考の欠片に、ゾッとする。
「っ!」
スライムの全部を吹き飛ばせなくてもいい。
けれど、次の魔力が溜まるその前に、スライムが私の口の中に入るほうが早いだろう。また、飲み込むなんて。そんな無茶をやれるだけの余裕は残っていなかった。
せめて、左手だけでも動かせるようになれば。
まだスライムが小さいうちに。両手が自由になれば、私にも引き剥がせるかもしれない。鼻から息を吸い込み、思い切って唇を開く。
瞬間。
体内で励起した魔力は、急に萎んでいった。
何が起きたのか。自分でも分からなかった。口を塞がれたわけじゃない。
呪文を紡ごうとした一瞬、頭の隅で火花が散っただけ。だけど、その一瞬が致命的だった。中途半端に拡散した魔力は、スライムの体内に消えていく。力を増したスライムは、胸元を抑えていた右手を端へと追いやって、私の体を無防備に開いていった。
あぁ……
あぁ……
気付かなかった。
ずっと顔を背けていたから。唇を守ることだけに必死で。
見下ろした私の体。薄い谷間に流れ込んだスライムは、膨らみの袂を覆うように広がっていた。伸びた触指は、だけど垂れ落ちてはこない。重力に逆らって、小さな雫が膨らみの先へと届く。
胸が熱い。
心臓がドキドキする。
スライムの粘液で濡れた肌は火照りだし、言いようのないもどかしさを訴えた。
強制的に性感を増幅されている。媚毒に犯される心地よさが脳裏を過ぎった。
きっと、体が震えたのは恐怖からだけじゃないはずだ。
雫が糸を引きつれ、伸びたスライムの触指が乳首に触れる。
そう、触れているだけだった。
まだ、何をされた形跡もない。
右手はスライムに絡みつかれていた。左手は貼り付けにされたまま。
右足も、左足も、無意味につま先を むずがらせるのがやっとだ。
見ているだけ。
何も、出来ないの?
自分の乳首がスライムに嬲られる瞬間を、固唾をのんで見守っていた。
悔しさに溢れた涙すら、拭えない。鼓動の音に合わせて、薄青いスライムの体表がドクドク揺れる。やめて、やめて、触らないで。いま、触っちゃ、触られたら。
惨めだ。
懇願を、口にすればするほど、スライムなんかに負けた自分を正しく認識してしまう。こんなはずじゃなかった。こんなの間違ってる。悪夢を振り払うように頭を振っても、現実は何も変わらない。
__ドロリ
縮こまった乳首の周りに、スライムが流れ込む。ヒヤリとした冷たさも長くは続かない。一度は振り払った感覚が戻ってくる。中途半端に昂っていた体は、スライムの愛撫を簡単に受け入れた。肌を浮かれさせる媚毒の熱が、恐ろしいくらいに馴染んでいく。
達したつもりで、ダメだった。
あんなのは、積み重なった疲労で緊張の糸が切れただけ。
期待していたものじゃ、全然ない。それを蔑んでいた頃の私が、思っていた通り。
他にやることがない人の、手慰みでしかないと。だけど、これは……。
スライムの触指が乳首を包む。甘い痺れから目を離せない。どうしようもなかった。モゾモゾと背中を揺らしても、快感を誤魔化すどころか、悪戯に自分を煽っているだけ。
気持ちがいい。
同じ、触れるだけなのに。
自分で触るよりも、スライムに触られている方が何倍も。
心地よさが全身を包み込む。体から力が抜けていき、吐息が口の端から漏れ出した。
「ぁっ……」
唇、閉じないと。快感の余韻を振り切ろうとして、私はそれに逆らえない。
下あごに力が掛かる。引き結ぼうとした唇に、上手く力が入らなかった。艶めかしい吐息が立ち上る。クイッと、口を大きく開かされ。
__ドロリ
下唇を乗り越えて、スライムが口の中へと流れ込んできた。
「んっ、んっ!?」もう、迷ってなんかいられない。噛みちぎったスライムの欠片を、咳き込み、舌で追い出し、それでもだ。歯の隙間から次々入り込んでくる。口の中いっぱいに、水風船のように膨らんで、私の口はこじ開けられた。
まるで、大きな棒を咥えさせられたみたい。
重たい甘さが舌に乗る。開きっぱなしの下あごが、だんだんと痺れだした。
頬が一気に赤みを増して、耳の先が火傷しそう。
__ジュルリ、ジュルリ
口の中でスライムが蠢く。体表を濡らす媚毒は、その量を増して喉を塞いだ。
飲み込むわけには……。だけど、苦しい。興奮を思い出した心臓は、ドクドクと血を巡らせる。乱れた自分の吐息に首を締められ、鼻だけで息をするのも限界だった。
「んっ、んふっ!? っ、っぁっ!!」
逆流した粘液が、鼻から飛び出した。染み入るような刺激に、涙が溢れる。
飲み込みたい。欲望が大きくなる。甘ったるいその匂いに、頭がクラクラした。
飲み込めば、もっと気持ちがよくなれるから。一度味わった快感は、そこに焼き付いたまま。グルグルと、お腹が鳴り始める。
それで、何が変わったんだろう?
喉を塞いでいるのは、スライムの体だ。滲む粘液は止まらない。口の中に収まりきれなくなれば、自然とそこへ流れ込んでくる。我慢した所で、ただただ苦しいだけだった。つぅっと、糸を引くように、首筋が、その裏側が熱くなる。胸に広がり、胃に落ちて、大きく吐いた溜息が、鼻から抜けていく。
ぁぁ……
ぁぁ……
声を出せたら、きっと私は。
スライムの体表が波打ちながら、胸の膨らみを覆い尽くす。じわじわと媚毒が肌に染み入り、だんだんと昂ってくる鼓動を無視できない。伸びた触指に乳首を転がされるだけで、頭の中まで掻き回されるみたいだ。
気持ちがいい。
思考が鈍り、視界が霞む。頭の奥で火花が散る度、ゾクリと背筋が震え上がった。
絶頂の予感。胸への愛撫だけでイカされる。自分を慰めることも出来なかった私が、スライムなんかにイカされる。そんな情けなくて、みっともないのは……。
何も、させてもらえない。
口は、塞がれてる。地面に呪文を描こうにも、指先はスライムの中で溺れたまま。
どうすれば、私たちを無力化出来るのか。私が知っている彼らのことより、彼らの方がよっぽど私を熟知していた。
知恵ではなく機能として。
この間、学校を卒業したばかりの私とは、まるで経験値が違いすぎる。
生きるのに、必死だっただけ。彼らがしてきたのは、お勉強じゃなくて、生存競争だったんだ。
勝てない……の?
慎重さを欠いた私は、見事に足元をすくわれる。
そこから、どうしていいか分からない。学院では、立ち上がり方にすら答えがあった。想定の範囲外。スライムに拘束されたときの脱出方法なんて、知らない。
習ったこともない状況への対処がまるで、思いつかない。
__ギュっ
乳首を絞られる。その瞬間、後悔が溶けた。
喉に詰まった悲鳴が、鼻から抜けていく。全身に広がる甘い痺れ。火照った肌から沸き立つように、汗が吹き出す。背筋を反らして藻掻く私を、だけどスライムは離さない。四肢を拘束されたまま、愛撫を受け続ける。快感から逃れようと胸を揺らしても、スライムの体表が波打つばかりで、どうすることもできなかった。
彼らのほうが、よっぽど上手いんだ。
女の悦ばせ方。私は自分一人、満足させられなかったのに。
乱暴にこねくり回すだけだった。傷ついた乳首は、薄っすらと痛みすら発していて。ヒリつくその痛みすら、彼らは快感に置き換えた。
縮こまる乳首を優しく嬲る。媚毒を使うなんて、ズルい。
我慢比べも、限界。胸に広がった体表は穏やかに揺れ動き、誘いに乗った乳首は、見る見る膨らんでいく。敏感になった肌は赤く染まって、汗の雫すら感じ取ってしまう。
でも、それが彼らの機能としてあるなら?
女の体に、快感を受け入れる機能があるみたいに。使えるものを、使っただけだ。何も対策してない私が悪い。スライムが出ること。魔物化した後の特性。自分が女であることを意識してなかった。媚毒を持つ魔物への対策は、絶対的に必要だった。出来ることは、いくらでもあったのに。
不意に力が抜けて、背中から沈み込む。
また、この感覚だ。ブルッと体が震えたかと思えば、疲労感がひっくり返る。
ずっと、そうしていたい。虜になるほどの心地よさ。多幸感に包み込まれて、抵抗することさえ忘れさせる。
どうして、こんなこと?
女性に快楽を与えるだけで、どうしようっていうんだろう?
薄ぼんやりと、溶けた思考に浮かんだ答えは一つ。
捕食だ。