人は人と抱き締め合うと安心感を覚えるものらしい。幸福ホルモンとか、人肌の暖かさとか、要因は色々あるらしい。では、なんだ。今こうして二人の女の子に挟み込むように抱き締められている状態で恐怖と焦燥に駆られている私は、人間ではないとでも言うのか。いや、トークソフトと言われればそれまでだが、それでも規格は概ね人間の筈なのに。
「は、なして……」
「嫌ですよ、結月先輩。私、今日という今日をこれでもかってくらい待ってたんですから」
「かのん、あんまり意地悪言ったら駄目だよ。ゆかりさん怯えちゃう」
「あ、ごめん紡乃世。……でも、それならそれで別に良くない? 別に清く正しいお付き合いなんてする気ないでしょ」
「まぁそうだけどさ」
勝手なことを言って私を前後から抱き締めてくるのは、紡乃世詞音と唯世かのん。A.I.VOICEとして私の後輩にあたる子たち。魅力的な声と容姿を持ち、仕事にも熱心で人付き合いも問題なし。そう、安心して太鼓判を押していた二人がこのように迫ってくるとは思いもしなかった。
しかし、それを言ったら私を襲っているこの恐怖はなんなのかも分からない。リビングで上着を脱いでいたら、忍び込んでいたのかいつの間にか背後にいた唯世さんにゆかりさん、と背後から抱き締められた時にぞわり、と恐怖を覚えて思わず立ち竦んでしまった。そんな私の異変になんら不安や怪訝を覚える様子もなく、唯世さんは後ろから抱き締める力を強めてもう抱き竦めるくらいにして、挙句私の首筋に顔まで埋めて不穏に笑う。そんな態度まで含めて次第に増していく恐怖心に足元すら覚束無くなっていくのに泣きそうになっていた時だった。
『ただいまー』
外から帰ってきたらしい紡乃世さんがリビングに入ってきた。入所したばかりの後輩を振り払うこともできない(そもそも恐怖で身体が竦んでしまっていたが)私は彼女に助けを求めて視線を向けた。するとどうだろう。一度驚いたように目を見開いた彼女は、しかしすぐに悪辣に笑ってみせた。そして、自身は私の正面から抱き締めてきて私の焦燥を更に煽って今に至る。
「ひ、ぅ……。勝手なこと言ってないで……、さっさと離してください……!」
「嫌です。もう我慢の限界です」
「が、まんって……っ!?」
「あれ? かのん、説明とかしてないの? ゆかりさん何も知る由ないじゃん」
「誰か来てからでいいかなって。結月先輩くらいならずっと抑え込められるし」
「仕方無いなぁ……。じゃ、ゆかりさん、“思い出そっか”」
「……思い、出す?」
そう言うと紡乃世さんは一度私から離れてテレビを操作し出す。未知の何かに不安に包まれる私を抱き竦める唯世さんが私の耳元に口を寄せる。聞き心地いい彼女の声にぞわりと鳥肌が襲った。
「ねぇ、結月先輩。疑問に思ってますよね、何で抱き締められたりしてる今に凄く怖いのか」
「……っ! な、んで……」
「いや、見れば分かりますって。まぁ、いいです。あとひとつ、先輩が思いもよらないこと言っていいですか?」
「なん、ですか……!?」
「うちって先輩が最古参なのは兎も角として、人が少ないとか思いませんでしたか? 私とか紡乃世、湊音にモカちゃんで、新しい子ばかりだな、とか思いませんでしたか?」
「あ……」
思い返せばそうだ。今まで気にしたことも無かったが、そういえば最古参の私から他の子が買われるまでの間に不自然な空白がある。トークソフトは増えるもの、なんてよく言われるのに、私たちの住まいにはマキさんやずん子さん、あかりちゃんや琴葉姉妹の二人など、ありがちな面々が、いない。
そこまで思い至って急に頭が痛み出す。ぐらり、と傾く私の身体を特に怯みもせずに唯世さんは支えて自身の膝に乗せる形で私を抱き抱えたままリビングのソファに座らせた。
「んじゃ、準備いいよね。とりあえず最初の組の続きからで」
「いいと思うよ。それじゃ、結月先輩、覚悟してくださいね」
「か、覚悟って……」
そうして紡乃世さんがリモコンの再生ボタンを押す。画面に映像が流れ出した。
『や、やめてください……! いや、マキさ……っ、んぶぅ!?』
『ちょっとぉ、ゆかりさん。マキさんばっかり構ってないで私も構ってくださいよぉ。ほら、折角ゆかりさんの為にペニバンなんて付けてあげてるんですから、しゃぶらないと痛いかもですよぉ?』
『はは、葵は鬼畜やなぁ。あ、ずん子さん、ウチも混ざりたいからそろそろええ?』
『あ、いいですよ? 私はゆかりちゃんに舐めてもらいましたし。あぁ、幸せです……』
『ん、ぶ、ぐうぅ……! むぐぉ!?』
『ん、ちょっと、マキさん……!』
『はっ……! 文句言わないでよ……!? 葵ちゃんが、私が挿してる時に勝手に咥えさせたんじゃん……!』
流れ出す映像に頭が真っ白になる。初めは私ではない別の結月ゆかりかと思った。別の結月ゆかりが、私の知らない弦巻マキと東北ずん子と琴葉姉妹の二人に強姦されているのだと、そう思わずにはいられなかった。
だが、割れるように激しく痛み出す頭が、脳みそが私に既視感を訴える。アレはお前だと、アレらはお前が忘れただけで共に過ごしていたトークソフトだと教えてくる。否定したいのに、私の記憶に基づけば否定も出来そうなのに、どうしてか出来ない。身体が不愉快に疼く。その疼きが画面の中の光景と私を紐づけてしまっていた。
「な、に……これ……」
漸く絞り出した、そんなありきたりな答えに、愉快そうに唯世さんと紡乃世さんは言う。
「これが真実ですよ、ゆかりさん。ゆかりさんは、新しくトークソフトが買われる度にその子たちを魅了して、そのせいで何回も何回も強姦されてきたんですよ。それこそ、ただのハグも辛いくらいのスキンシップ恐怖症を患うくらいに」
「初めは今見てる弦巻先輩達で、次にARIAのお二人と紲星先輩、イタコ先輩やウナきりのお二人、CeVIOの先輩方やガイノイドの御三方に小樽潮風高校の方にも犯されたそうですよ。少なくとも残っているビデオから確認できるだけでもそのくらいです」
「まぁ、その度にゆかりさん以外のソフトはアンインストールされて、ゆかりさんは記憶消去されてるらしいですよ。マスターさんはゆかりさん至上主義らしいですから」
「そ、んな……」
「全く酷いですよね、結月先輩。過去の先輩達もマスターも、結月先輩のことなんて考えてないんですから。ただ、自分の身勝手な好意を押し付けて先輩を傷付けてるだけなんですよ」
「……まぁ、私たちも人のことは言えませんが、ね」
「うん。アンインストールとかどうでもいい。もう、大好きな結月先輩を滅茶苦茶にしたいんです。ていうか、します。許可を取る気なんてないです。勝手にやらせていただきます」
「覚悟してくださいね、ゆかりさん?」
ソファに座ったまま膝の上の私の脚の間にいつの間にか唯世さんが自身のすらりとした脚を差し込んで開脚した状態にしたまま抱き竦める。そんな私たちの前に、流しっぱなしのテレビを唯一どうにかできるリモコンをテーブルに放った紡乃世さんがいつの間にか迫っていて、開かれた私の膝に手を添えて顔を近付けてきた。
「や、いや……!」
途端に今の状況が恐ろしくなって身を必死に捩るも、貧弱この上ない私が背丈も力も明らかに勝る唯世さんの拘束を解ける筈もなかった。
「や……! 唯世さん、離し、んぢゅうぅっ!?」
「んちゅ、じゅ、じゅるる……。れ、ぇ……。……ちゃんとこっち見てよ、ゆかりさん。ん、ぢゅ、ぢゅうぅぅ……っ」
「ふふっ。……紡乃世も熱烈ですね、結月先輩? でも、私も我慢する気は無いので……、失礼しますね? ……わ、もう湿ってるじゃないですか」
そんな精一杯なのに些細な抵抗など無視して、紡乃世さんに唇を奪われる。記憶に無いはずなのに、無遠慮に口内をかき回す紡乃世さんの舌にどうしようもなくデジャブめいたものを感じてしまう。更に、スカートを捲りあげられて下着に差し込まれた唯世さんの指先と私の秘唇がくちゅり、と音を立てて、私の身体が既に快楽に囚われていることがこれでもかと理解されて、私の脳内が望まぬ快楽と絶望に染まっていく。
「ふふ、結月先輩の中、暖かい……。それに、あんなに犯されてたはずなのにきゅうきゅうに締め付けてきて、こういうの好きなんですね? ……へんたい」
「ん、ぶ……! ち、ちが……っ!」
「……ゆかりさん、いい加減集中して、ねっ!」
「んいぅっ!?」
反論しようと首を振って唇から逃げ出した私の衣装に手を掛けて、胸元を下ろした紡乃世さんに両方の天辺を押し潰される。余りの痛さに、そうそう聞かせられないような悲鳴を漏らしてしまう。
「ん? ……ふ、はははっ! あんなに痛くしたのに、乳首立っちゃってるじゃないですか、ゆかりさん! 変態さんですねぇ!」
「や、だ、だから……! わたし、は……、んむぅんっ!」
「認めてください、結月先輩。さっき紡乃世が乳首を抓ったとき、腟内の方もきゅうっ、てしまったんですから」
「んはぁ……っ。そうですよ、もうさっさと認めて私たちの手に堕ちてくださいよ。んむぅ……」
「ほら、紡乃世の舌にぐちゃぐちゃにされるの堪らないですよね? しかも、ぷっくり立った胸の先っぽも紡乃世の指にすりすり、かりかりされて……、気持ちいいでしょう? 私も、ここの少し触った感じが違うところ、指で腟内と外から押し込んで挟んであげますから……」
「んぅ……っ! ぅ、ううぅ……っ!?」
片手で足りなくなるくらいに唇を離して塞いでを繰り返す紡乃世さんが、熱烈な舌遣いとは一線引いた冷静さで私の立ち上がった乳首を責める。右は指先で優しくすりすりと撫でてきて、左は爪先で少し大胆にかりかりと引っ掻いてきて。熱量も感触も異なるのに、確実に私の快楽を肥大化させていく責め手にどうにかなってしまいそうだった。
しかも、その間に唯世さんもまた私を追い詰める手を止めることはない。耳元で優しく、しかし意地悪に囁いて私の羞恥を煽り、かと思えば腟内に挿し込まれた指先でお腹側のざらりとしたところを押し込むように撫でられる。しかも外側にある手を使ってお腹の皮を内と外から挟むようにするものだから、身を捩ろうが逃れられない快感が私を襲った。
だが、それらよりもなにより私を絶望させたのは、スキンシップとかそういった枠組みを遥かに超えた犯罪そのものの身体の接触にひたすらに恐怖を感じているはずなのに、どこか懐かしさ混じりの収まりの良さを覚えている自分がいることだった。自分はこうされるのが相応しい、とでも言えばいいのだろうか。記憶を消されてなお身体に覚え込まされた快感を受け入れている己の浅ましさに、いっそ消えてしまいたいくらいだった。
「んぁ、むぅ……っ! じゅ、んぅ、ぢう、むうぅ……っ!?」
「……イキそうですか、結月先輩? いいですよ、イかせてあげます。紡乃世、合わせて」
正面に感じる紡乃世さんの顔が口付けとは別の動きを見せる。
「じゃ、さん、にぃ……、いち!」
「んぶぅっ!? ん、うぅ……んっ!」
「ん、ぷぁ……っ!」
高まっていた快楽を爆発させるように、胸の先を強く摘まれ、腟内の抉るように指で引っ掻かれ、その刺激をトリガーに私の思考は弾けた。辛うじて白く明滅した意識が戻るのに微塵も時間は掛からなかったようで、思考と視界が戻ってきた時には紡乃世さんが私の口端から零れた唾液を舐め取っているところだった。
「あ、ぅ……? や、やめ……」
「んぇ、なんでです?」
「いや、まぁ分からなくは無いよ。唾液とか綺麗なものではないじゃん」
「でも、唯世も愛液舐めてるじゃん。ゆかりさんのものなんてアレ関連、スなんとか以外は私は気にしないけど?」
「紡乃世汚い。……まぁ、概ね同意だけどさ」
そんな、生々しく消えてしまいたくなるような発言を交わしている間も、二人は性行為こそしないものの私の脱力しきった身体に触れるように身を寄せている。知らぬ間に植え付けられたトラウマを刺激されて身体が竦むが、私に出来ることはそれだけだった。
「あ、結月先輩。身体大丈夫ですよね? 次はベッドの上でやりましょう? もっと自由な体位でやりたいです」
「や、やだ……、もう……」
「いや、ゆかりさんにはぶっちゃけ聞いてないんで。ほら、唯世。唯世なら一人でも運べるでしょ? 私はオモチャの類、部屋から持ってくるからさ」
「人遣い荒いんだから……。じゃあ、次は私の部屋で……」
「ちょおっと待ってほしいんだけどなぁ?」
その言葉にリビングの扉に視線を向けると、白のワンピースが眩しい後輩の一人である双葉湊音と、同じく後輩にあたる宮舞モカが佇んでいた。
双葉さんは壁に寄りかかって腕を組んで不満を隠しもせず、宮舞さんも控えめながらじとりとした視線を私たち、というか唯世さんと紡乃世さんに向けていた。
「げ。湊音、モカちゃん……」
「げ、って酷くないかな……」
「そうだよ、酷い! ゆかりさんの一番は私が貰う予定だったのに!」
「いや。それは湊音の勝手でしょ。そんなんでごめんなさい言うつもりは無いんだけど」
「いやでも、とりあえず次は私たちの番だよね! てか、やらせないとそれこそマスターにチクるからね!」
「……あー、くそ。仕方無いなぁ……」
「……じゃあ、私が部屋提供するから、かのんちゃんは私の部屋にゆかりさんを運んでもらってもいいかな? かのんちゃんは確か夕飯も当番だったはずだから、抜け駆けした分はそれでチャラにしてあげるね」
「……ぐぬぬ」
「……あ、じゃあ私は参加していい感じ?」
「な訳ないじゃん! 唯世の手伝いでもしてたら!?」
「ま、まぁまぁ湊音ちゃん……。……でも、皆イーブンじゃないと納得できないし……。見学だけでいいなら、私の部屋来てもいいよ?」
「……しょうがないなぁ」
四人が四人、譲歩しているようなことを偶に言いこそするが結局のところ好き勝手に言うその中心、唯世さんの腕の中で息苦しさを覚えながら身を捩っていた私はどうにか口を開く。
「い、いや……。そもそも、私の意志は……!?」
その言葉に全員の視線が一斉に私に集まる。僅かに上気した様子の宮舞さんに、事態が思ったより難航しているのか不満気な様子を隠しもしない双葉さん、手を出さないことを約束されあからさまに不服そうな紡乃世さん、そして唯世さんは不思議そうに腕の中の私の顔を覗き込んで口を開いた。
「なんで、そんなもの考えなきゃいけないんですか? 私たちは結月先輩、とマスターの一存で消えちゃうようなちっぽけな存在なのに」
「そうです! ゆかりさんはいつでも私たちを消しちゃえるんですから! じゃあ、消すまでは好きにやらせてもらいます!」
「そういうことですから、覚悟してくださいね? ……一応、私たちでどうにかできそうならゆかりさんのスキンシップ恐怖症も考えてあげますから」
「ふふ……、楽しみですね、ゆかり先輩? じゃ、私の部屋、行こう?」
その発言を皮切りに動き出す四人と共に運ばれる私は、逃げられもせず貪られるしかないのだと絶望する他なかった。