※この作品はR-18です。

聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ   作:CHACOとJAGUAR

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25 呪いの序曲⑥

(ネズミが3匹……下級淫魔か。まあでも、なかなかに面白い。)

 

 アドルフは深く息を吸い込んだ。自分の身体に蓄えられている魔力を引き出すためにである。

 

(魔族か。魔獣は何度か戦った事はあるが、殆ど経験が無いな。これまでに3度だけだ。)

 

 アドルフは身体こそ弱かったけれど、決して武術をおろそかにしていた訳ではない。少年の頃は剣術師範に教わり、従者となったエレクトラには魔法を使った戦法を学んだ。

 

(しかし3人はちときつい。相手の出方を見せてもらおう……おい、レグス。)

 

 彼は隣の部屋に部下数名とともに潜む、この館で一番強い武者に呼びかけた。相手はサキュバスのようだ。とても美しくいやらしい身体をしている様だ。手籠めにしていい。

 

「サキュバスですか……何故にそんな連中が賊の真似事を?」

「わからん。逃すことなく捕まえろ。あの淫魔どもを好きなだけいたぶってかまわん。それが褒美だ」

 

 レグスは激しく勃起した。サキュバスがそのままプレゼントされるなんてありがたい。かの女達は誰もが放ち続けたくなる名器の持ち主だった。

 

 御意。その言葉だけを返してレグスは廊下に出た。メグとノンとマミは戸惑った。同時に後ろ側の部屋からも4名、腕に覚えある館の守備兵が飛び出した。

 

「囲まれたか……」

 

 メグが舌打ちする。レグスがサーベルを持って斬りかかった。彼は魔法よりも武器を繰り出す方が得意だ。

 

 彼の剣先は胸や腹ではななく、メグの右腕を狙っていた。剣の振りは彼の方が早い。メグはやや緩慢。一般兵士といい勝負だ。

 

(忍びにしてはやけに遅いな! 貰った!)

 

 しかし、彼の剣は空を切った。間合いもちゃんと見た。絶対に斬れるはずだったのに。代わりに彼の右腹の皮膚に尖った感覚が。直感と俊敏さがレグスを助けた。

 

「……ッ!」

 

 右腹は少しばかり裂けて血が出ていた。レグスがまたも斬りかかる。今度は左肩だ。しかしまたも空を切った。右腿に激痛が走る。今度のカウンターは深くえぐっていた。

 

「おお!」

 

 レグスは踏ん張った。この巨漢はそう簡単に倒れて戦いを止める事は無い。後方でマミに襲い掛かった兵士が首筋をばっさりやられてうずくまって悲鳴をあげる。

 

「この女どもはとろいぞ! 何をやっている!」

 

 そう叫ぶとメグが右腕のショートソードを逆手に持って飛び込んで来た。今度はやらせない。アドルフの声がした。罠だ。後ろに気を配れ。

 

(なんと!)

 

 飛び込んで来る気配は無かった。しかし剣を後ろに振り上げると刃がかちあう音がした。メグが彼の剣を左手の刃で弾いていたのだ。

 

 重い剣をいなすと身体を翻した。長いスカートが翻り、美脚を見せながら加勢の剣を弾く。レグスに見ている暇は無かった。今度はノンが襲い掛かったのだ。

 

 ノンはメグよりも動きが早かった。とはいえ眼で追えない程では無い。膂力もそんなにあるとは思えない。まずはあの不思議な色をした小剣を弾いてしまえ。

 

 確かに狙った。剣はことごとくノンに避けられた。そんな馬鹿な。戦いの神はこの日の彼には無慈悲だった。アドルフが呼びかけた直後、レグスは左胸に激痛を覚えた。

 

「かはっ……俺、おれが……」

 

 ノンの右腕の刃はレグスの心臓を貫いていた。途端、ノンは舌打ちする。こんな魔道士がいたというの?

 

「メグ、マミ。ここからは辛くなるわよ」

 

 ノンは付け加えた。幻覚魔法を破られてしまった。自分達淫魔の魔法を良く知る恐ろしい魔道士が新たな結界を張ったに違いない。

 

 その魔道を用いた者こそがアドルフだ。彼は深く呼吸をし、己と周囲に魔力を感じながら印を切る。

 

(レグス。これから先を楽しめなかったお前を悼もう。)

 

 新たな呼吸。魔力を感じながらも魔法のない世界を想像する。己の心を一旦無にして、余計に魔力を意識させる為にだ。

 

 魔道学問所で初学生向けに配られた教科書通りのことをしているだけだ。読む者によってはふざけたことを、と笑われるそれだが、魔道士、特にアドルフの様に優れた者はそれを重んじていた。

 

(まずは考えるな、感じろ。それから魔法が無い世界を想像してみろ。さすれば汝は、己が魔の力を強く意識する。)

 

 そして己が力になすがままになれ。これが一番重要だ。肩肘を張らずに力を出す事こそ魔道において肝要である。

 

 これを怠る魔道士は永遠に底辺のままだ。彼は師から教わっていた。但しこうも教わっている。天才は無意識のうちに出来てしまう。教本を読まなくてもその通りに出来る。

 

(俺は出来なかった。魔力こそ膨大であると言われたがな。)

 

 魔力の秘蔵量に関しては、アドルフはお墨付きだ。魔道を学んでいた6歳の頃、学問所の倉庫にある魔力を測定する眼鏡、『すかうたー』にて測ってもらった。

 

 最大魔力18万。偉大なる大魔道士という未来を約束される数値だった。まだ魔道を学び始めたばかりの6歳の時にだ。身体はその頃から虚弱であったが。

 

 今は丁度53万。カントニアの魔法が得意なエルフに匹敵する。それが悔しくてならなかった。6歳の時に18万ならば30に手が届く今なら100万弱に届いてなければならない。

 

 身体が弱い分、魔力は尋常でない程の物が欲しい。渇望はしているがアドルフは自分を見切ってもいた。これがきっと限界なのだろう。魔力を増強する修練は、彼の身体にはきつかった。

 

(しかしだ。この『程度』でもこれが使える。)

 

 アドルフは呪文を唱える。たった3行ほどの詩だ。

 

「魔を制する者には魔で応じよ。力のみでは打ち勝てぬ」

 

 鞘から剣を抜く。愛用にしている細身のミスリルのレイピアだ。シマナミスタンのドワーフに打たせたもので、並外れた貫通力を誇る。刀身はサキュバスらの魔の気配を感知し、紅く輝いていた。

 

「なれど魔の力を持つ者のその根源に近き者は、肉を斬れども魂が残る」

 

 この呪文には『原型』があった。それには、魔の力を持つ者という語句が精霊の裔(すえ)達、であった。この呪文の元々は、古代カントニアの頃にあった。

 

「ならば、怪異と魔道の真髄を言葉として顕し、魔の力の流れを道の図として描き出せ」

 

 アドルフは剣を真横にすると、刀身の真ん中に右指を這わせる。這わせたところから光り輝く楔文字が刻まれていった。魔法の呪言であった。

 

「魔を統べる者と眷属を討ち果たさん。一切無慈悲の殺戮を為す刃、それが我なり」

 

 という意味である。悪鬼滅殺と大体似たようなものである。光る文字が全て刻まれると、剣の色が変わった。紅色から朱色に変わった。

 

 アドルフは呼吸を整える。外の様子を気配で感じ取った。レグスが討たれてからだいぶ多くの部下達が死んだらしい。サキュバスのくせによくやる連中だ。

 

(が、ここまでだ。)

 

 けれども彼から出向く事はない。いずれここに来るはずだ。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 メグとノンとマミの3名は、斬り果たした9名の館の護衛達の骸を見る。なかなかに手ごわかった。マミは右腕と腹に切り傷を負っていた。

 

 けれども彼女達が光の当たらぬ世界に追い出された騒乱で戦った相手は、レグスを始めイーガの武者よりも数段手ごわかった。そもそも力と素早さの両方が違った。

 

 しかしと思う。こんな連中にここまで時間をかけてしまったのは、自分達の腕が鈍くなったという事かもしれない。女官といえども戦いの時は戦士として馬に乗った。淫魔は決して弱くはなかった。

 

「早く、マイヤさまのところに!」

 

 ノンがメグをせかした。メグはもちろんそのつもりだ。ここまでひどい魔力の弱体化は大けがを負った時か病に倒れた時にあらわれる。無事だといいのだが。

 

 マイヤの魔力が感じられる部屋はわかっている。彼女達はその部屋の扉を開ける。マイヤさま。しかし彼女はいなかった。

 

 がらんどうとした何もない部屋だ。照明石に照らされた窓の無い部屋。彼女達の目の前にレイピアを手に持った口ひげをつけた男が1人、立っていた。

 

「何者!」

 

 口ひげの男、アドルフ=トードヴェル=キョウゴクマイヤーが嗤う。今時の狼藉者は挨拶をするのか。随分と品が良いな。

 

「マイヤさまはどこだ! 黒い髪のとてもかわいい女の子。見かけなかったか?」

 

 マミが尋ねる。アドルフは確信した。この淫魔どもは古代王国の生き残りだったのか。

 

「俺をその立派な尻で敷き、楽しませてくれたら教えてやろう」

「……そんなことでいいのね?」

 

 ノンが剣を鞘に納めてスカートをめくろうとする。それをメグが止めた。あれはただの挑発よ。まともに聞いていられない。

 

「ふん。俺はその気だったのに……つれない女だ」

「アナタをじっくり……いたぶりながら聞いてあげるわ!」

 

 メグが仕掛けてきた。彼女は瞳を輝かせると部屋の周囲に炎を起こした。熱さを感じて息が苦しくなる。彼女は炎に包まれるアドルフに飛び込んで行った。

 

 だが、アドルフは見切っていた。こけおどしの幻覚魔法。燃え上がる炎も熱さも全て偽りだ。彼はメグの動きに目をそらさなかった。

 

「……ぐっ!」

 

 メグが右手の小剣でアドルフの右肩を突き刺そうと構えたその時に、彼女の喉元が彼のレイピアに貫かれていた。

 

「ぐ、ぐうっ! ぐおおおっ!」

 

 メグの姿が変わった。突如として背中に蝙蝠の様な翼を生やし、頭には牡鹿の様なツノを生やしていた。尻尾があり、その先端には目玉の様なものがついていた。

 

 彼女の真の姿だ。それまで3人ともニンゲンに姿を変えていた。淫魔や魔族が本気を出す時、本当の姿を見せるとされている。

 

 しかし彼女は本気を出した訳では無かった。凄まじい一撃を喰らい、姿を変える魔法が使えなくなってしまったのだ。

 

「なんだ。口だけで呆気ない。期待外れだな?」

 

 アドルフは軽く手首をひねる。メグの首元に深々と突き刺さっていた突剣が彼女の右肩までも切り裂いた。

 

「なんていう馬鹿力なの!」

 

 マミが驚く。尋常でない膂力。いいや、力任せに斬ったのでは無かった。彼が刀身に込めた魔の力がサキュバスの身体を容易に切り裂いたのだ。

 

「あ……が……お、おまえは……」

 

 首元から右肩までを惨く裂かれたメグが崩れ落ちる。部屋を包んでいた炎が消えた。メグの身体が砂の様に崩れ、黒い灰となった。

 

「……思念体も斬れたようだな?」

 

 手ごたえあり。アドルフは残る2人に目を向けた。サキュバスのメグは完全に死んだ。魔族は肉体を滅ぼされてもその魂とも言うべき思念体が残るのだが、それさえも消えていた。

 

「め、メグ……」

「きさまァ! メグを!」

 

 呆然とするノンと激高のマミ。怒り狂った者が元の姿になり、アドルフに斬りかかる。水牛のツノを頭の両側に生やしたカラスのそれの様な羽根。

 

(形状はいろいろとあるらしいな。俺の目を楽しませてくれている。)

 

 にひ、とアドルフが笑う。自信と余裕が顕われていた。とはいえ双剣を構えるマミの身のこなしは油断していたら命取り。

 

 けれども次の動きとどの様に殺してくるかをアドルフには見切れた。魔力の動きを見ればおのずとわかる。2手3手先を読める程に充分だった。

 

(股間をえぐり、はらわたをかっさばいてやるんだから!)

 

 男の尊厳を奪ってから引導を渡してやる。マミの殺意の動きは丸わかりだった。前かがみになって仕掛けてくる時にアドルフは軽やかに右に反れ、そのまま彼女の首を刎ね飛ばした。

 

「男好みの身体だが、致し方あるまいな!」

 

 素早くとどめの一撃を与える。あろうことかマミの胴体を一刀両断だ。真っ二つに割れた豊かな肢体はそのまま塵となった。

 

 残るはノン1人だけ。彼女は撤退を考えていた。

 

(とんでもないニンゲンの男ね……ここまでワタシ達を追い込むとは。)

 

 とにもかくにも尋常では無い。この魔族殺しに勝てるのは、多分カミラぐらいになるだろう。いいや、カミラ様でも危ういかもしれない。

 

「……どうする? 逃げるか? この場で俺を殺せるか試みてみるか?」

 

 あるいはその肢体と色香を駆使して俺達を篭絡し、マイヤの奪取をたくらむか。アドルフはノンの大きな乳房と腰を見る。存分に楽しめそうだ。部下どもは喜んで貪るに違いない。

 

(しかし淫魔だ。下っ端とはいえどれほどの実力があるかは調べなければわからん。)

 

 とはいえ、相当に強固な結界の中に閉じ込める事になる。さあどうする。ノンは逃げられないと悟っていた。先ほどから身体が重くなり、剣を握る手が痺れて来たからだ。

 

(新たな結界魔法を……)

 

 ヒッポタルトや他の闇魔道士達がアドルフに命じられて施したのだ。この建物自体にあらゆる結界魔法を強化する設備が整えられていた。イーガではよくあるものだ。

 

 更にこの邸宅はアドルフが命じて造らせたものである。魔法王国の王家、しかも次の国王にもなりうる王太子の権力は絶大。金も技術者も集められる。

 

 この館の備えは魔道要塞と比肩する。そこを脱出することは難しい。下級のサキュバスであるノンであれば、なおさらだった。

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