聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
トーリは苛立っていた。またも部下達が消息を絶ったとは。
2年前のメグ、ノン、マミの3人も未だ行方知れず。今度はサミー、ミサ、コニー、ナーミの4人だ。そのうちサミーが中級のサキュバスである。遅れを取るとは思わなかったのだが。
彼女はシュルツ家の近くにある廃屋の椅子に座り、大きくなった腹を撫でていた。
トーリはこの7年間で、オルフレッド、コリアンナ、ザーチャ、ディーク、ロールフという子を儲けた。
その上更にもうひとりの赤ん坊がお腹の中に。生まれるのは再来月だ。カミラの見立てでは女の子。コリアンナみたくおまんこいじいじとちんちんが大好きな子に育つだろう。
しかし今は、マイヤとイズヴァルトの消息を探らなくては。イーガではメグ達の消息が絶たれた。今度はサミー達が。
7人がいなくなった事はかなりの打撃である。しかもサミーはカミラの補佐。かの女王が君臨した時代には、淫魔の女官達の副女官長を務めていた人物だった。
「サミーは捕らえられたのかしら?」
「あのサミーが、そう簡単に負ける事は無いと思いますが……」
しかし一味の中で武芸に長けたメグ、ノン、マミの3人が消息を戻ってこないという事は、相当に手強い敵がいたという事でもある。
(さすがはあの将軍の子孫か。手強い。)
カミラの部下は総勢で51名。その中であの時代からの古参は18人だ。イーガから戻らない7人が含まれていた。この損失はとても手痛い。
残りは再興の計画を立てている間にヘッドハンティングした下級のサキュバスや、古参組の実の娘達である。カミラを含めた古参組の子供達は19名。出来る限り教育を施した。いつの日かナントブルグの女王の国を再興するのだと教え続けたのだ。
けれども魔界から移り住んだ生粋のサキュバスと比べ、頼りないところがあった。美貌や性的な快感は母達に負けぬが、魔力の保有量が少ないのだ。
それでもイーガの上級魔道士よりも若干高いぐらいはある。魔法を磨けばそれなりに戦力にも。但し、魔法があまり発展していないホーデンエーネンのみでの話だ。
(あの子達には頑張って欲しいけれど。でも……)
その子ども世代のサキュバスらが、妊娠と育児で任務から外れてしまっていた。11名も。
彼女達の子供の父親はわかっている。トーリの夫のルッソだ。あれだけ手を出すなと禁じたのに。ものわかりが悪い彼女達は、眠っているルッソと交わって、極上の精を得る代わりに孕んでしまった。
「カミラ。若い子たちの失敗はもういいわ。私は気にしないから」
カミラの心を読んだトーリがつぶやいた。それよりも彼女達には赤ちゃんをしっかりと育てて欲しい。
聞けばサキュバスではなく、ニンゲンとして生まれたと聞いたからだ。頼りなくて儚げな命だ。
「もはや、ワタシからお伝えすることはございません。次の策はいかがなさいましょう?」
「お腹の子が生まれたら、私が出るわ」
毅然とした顔でトーリは答えた。なりませぬ。カミラはとどめた。トーリは既にマイヤ無しでも魔法が使えるようになっている。
しかし何者も凌駕する女王の力はマイヤがいないと使えなかった。これでは返り討ちにされるのが関の山だ。もし敵があの王家の者であるならば。
「何を言っているの、カミラ? 本当なら今からでもイーガに向かいたい所よ。マイヤもイズヴァルトさんも、私にとっては大切な人達なの」
「そうではありますが、しかし……」
「貴方がどう拒もうと、私はやるつもりよ」
トーリの声色にカミラは黙るしか無かった。自分達にもっと力があれば。
ただ、マイヤは水魔族のブランカと知り合いらしいことをちらと聞いたことがある。ブランカを探し出し、手を貸してもらえば。
去年の暮れにヒッジランドのウラスコーに使いを出した。しかし使いの者は未だ戻っていなかった。
(ブランカ様がおられれば。イーガの者共の小細工など容易に打ち破る事が出来るのだが。)
ならば自分が出るか。カミラは思ったがそうはいかなかった。彼女はいずれ女王となる人物のそばに常に侍り、護らなければならなかったのだ。
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(トーリが。そんなことを考えていたなんて。)
その廃屋の近くに潜んでいたルッソは、トーリとカミラの会話を聞いた後に家に戻っていた。
(マイヤとイズヴァルトさんを助けるためにイーガに行くつもりか。危険だよ、そんなの……。)
彼女に騎士の真似事をさせるわけには行かない。今のトーリではカミラの見立てどおり、返り討ちにされるに違いない。急がなくては。
何をどうすればいいかを頭の中で組み上げていた。彼は妻とその妹の秘密を知っていた。
トーリの寝物語。カミラの部下のサキュバスが性交をしながらついうっかり共有してしまった、数々の事実からだ。
フロリーナ=カツランダルク。トーリとマイヤの祖母の名前であり、先日
トーリの母こそがジュンケイン王の娘でもあった。それを証明する方法がある。先祖代々のお宝や王がフロリーナに贈った宝石の類ではない。
彼はトーリが収集物を置いている物置きに入った。棚にはいくつもの箱があり、その中から2箱を取った。
一つずつ開ける。それぞれの箱には切り取った爪や蒼にも見える黒い縮れ毛。トーリが常日頃集めている、切り取った自分の足の爪と剃り落とした陰毛である。
美しく楚々としているが、浮気を楽しみ夫に排便する姿を見せたがるトーリは、ルッソにもついていけない趣味を持っていた。
切った足の爪のにおいをかぐことと、前と陰裂にかけては産毛程度のものしか生えていないのに、尻の穴のまわりにはなぜか力強く生える陰毛を剃ったのを保管する事である。
彼女の尻毛は最近とみに生えだす様になった。なのでルッソに頼んで1週間に1度、カミソリで剃ってもらっている。
ルッソは彼女が剃ったものを何故保管するのかは理解出来なかったが、それがどこに収められているのかは存じていた。
ポケットに入れた紙に爪と髪の毛をひとつまみ入れる。それともう一つ。物置の中にマイヤが置いていった本を数冊取り出してぱらぱらとめくり始めた。
いくつかのページに入り込んでいた。幼い頃のマイヤの髪の毛だ。それも1つ1つつまんで別の紙にのせた。
トーリとマイヤが捨てた身体の一部を包んだ紙をポケットにしまい込む。それから手伝い女にこう告げた。
「今から宿場のほうに行ってくるよ」
ルッソは軒先に繋がれていた馬に乗ると、南にある宿場へと向かった。そこで廃屋から出たトーリに出くわした。
「……ルッソ。仕事はどうしたの?」
「ちょっと用事が出来たから手伝いさんに頼んだよ」
「どこに行くの?」
「宿場の市場だよ。今度生まれる赤ちゃんの為に、良い服があれば探したいんだけど」
気が早いわ。トーリは照れくさそうに笑う。しかし彼女はルッソの心を読もうとした。いきなりの行動に疑いを持ったからだ。
(……どうして見えないの?)
彼の思考にはやはり
「いってらっしゃい。でもあまり大きなおべべじゃなくてもいいと思うわ」
「ということは女の子かな?」
「生まれないとわからないわ!」
トーリが大きなお腹に手を当てながら、家に戻っていく。宿場へ向かう途中。彼は水色の髪の女が立っているのを目にした。
「……カミラか」
何度も見ているし会ってもいる。トーリの秘密の家来。とても心強い人だし、頼りになるが今度ばかりは面倒だ。
「だんなさま。何をなさるおつもりですか?」
「薄々気づいているよね。きみ、トーリの身が心配なんだろ?」
何もかも君に話すと、トーリは君の思考を読んで止めてくるかもしれない。
「これから俺がやること、黙って見過ごしてくれないかい?」
「……おっしゃっている意味がわかりません」
カミラは否定する。しかし彼女は風で長い髪をなびかせながら目で答えていた。そしらぬ顔をして途中まで一緒に。
宿場まで来ればトーリは察知できない。というよりも彼女の実力ではまだ、立っている所から出てきた廃屋までの範囲しか察知することが出来ない。
カミラは屋敷の方に目を向ける。ルッソは振り返るとカミラに見えるよう、ゆっくりとまばたきをした。
「じゃあ、しばらくは俺もだんまりを決め込むよ」
宿場まで来るとルッソはカミラに、部下に見られたかと尋ねた。それはないとカミラは答えた。
「部下を配しているのは村の裏道や獣道です。刺客が襲うとなれば人っ気のないところからになるでしょうから」
「なるほど。山賊団の正面攻撃以外ならなんとかなるか。俺はこれから市場に行くよ。君は立ちんぼをして待ってくれ」
おおよそ1時間か2時間か。カミラは言われた通りに宿屋の方に向かった。辻で旅人らしい男に色目を遣い、欲情した1人と宿に入って行った。
その間ルッソは宿場の郵便局そばにある代書屋に入って手紙の作成を頼んだ。手紙の送り先は彼よりも上の身分だ。うまい言い回しがすぐに思い浮かばないから得意な人物に頼む。
手紙の最後には直筆のサインと血判をつけた。何も自分の血を付けなくてもよいのだが、これはとりあえずの『念押し』だ。
その手紙と家から持ち出した紙を封筒に入れ、郵便局へと向かった。一番高い速達で運んでもらう。
後はちゃんと届くかだ。ルッソはホーデンエーネンの郵便網は信用していた。マイヤや彼の母が通販で取り寄せる本を、必ず届けてくれていたからだ。
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ルッソが手紙を送ったのは聖騎士団の事務局だ。彼の名前はイズヴァルトの義理のお兄さんということで広く知られていた。
団長のエルヴィンは屋敷に戻る間際、特急便の早馬で届いた手紙を部下から受け取って中を開いた。
「団長、ルッソくんからどんな手紙を貰ったので?」
「……とんでもないことが書いているぞ、これにはな」
見せてください、と部下達が言うとエルヴィンは手紙を丁寧に仕舞い、今から陛下のもとに向かうと告げた。
「王城の若様のところに? 今の時間にですか?」
「そこまで大事な事が書かれているのだ! セイン陛下ならばお信じなされるだろうな、この手紙は!」
エルヴィンは数名の部下を引き連れて国王に拝謁した。セイン王は謁見の間で、農林大臣と財務大臣との、来年の農業政策についての論戦を聞いている最中だった。
「エルヴィン。一体そんなに急いでどうしたんだよ?」
「セイン殿下……いや、若様。一大事でございます!」
「殿下も若様も王にはふさわしくねえ呼び方だぞ。まあいいや。で、手に持っている手紙はなんだよ?」
エルヴィンは剣を部下に預けると、気持ちを改めてセインに手紙を渡した。
若き国王の目が見開かれた。すぐさま廷臣らに向けて怒鳴りつけた。
「今すぐ医療魔道士をありったけ呼べ! 急ぎの大仕事をおしつけるから徹夜ぐらい覚悟しろと伝えとけ!」
それからエルヴィンに鋭い視線を向ける。これが本当の事だったらでかい勅命を下すからな。
「結果が判明次第、聖騎士団は全軍出撃だ。ナガオカッツェの叔父貴もケツひっぱたいて手伝わせるぜ。俺もナントブルグを出る」
「向かう先は……」
決まっているだろう、イーガに。今日までうさんくさいと思っていたけれども、それでも友邦ではあった。
「しかしな。いよいよはっきりした。どこまでもホーデンエーネンをコケにしているくそどもってことがな」
セイン王はきわめて好戦的だ。多少の犠牲を払ってでもイーガにはわびを入れさせる。
国民に人気があったイズヴァルトを面倒な手伝いいくさで死なせた事もあった。世論の一部ではイーガと一戦交えるべしとの声もあがってきていた。
「場合によっちゃ全面戦争だ。マイヤを未だ見つけられずに引き渡せねえってなりゃ、こっちをナメた落とし前ってのを付けてもらうぜ。エルヴィン、ここからは地獄めぐりになりそうだ。十分腹をくくっとけよ?」