聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
一行はトンダバヤシ丘陵地帯を抜けザービ渓谷の入口へと入った。この渓谷の川沿いをたどれば、まる半日でカーナン盆地へとたどり着くという話だった。
ここまでまだ一度も、魔竜の軍団による襲撃は受けていなかった。歴代の王と魔竜の軍団との戦いでは、トンダバヤシとザービが主戦場になると言い伝えられていたのだが、当代の王のはどうやら違うようだった。
「俺のおやじが4代前の王様のいくさに加わったが、トンダバヤシでこてんぱんにされたと語ってくれたぜよ」
ヴィヤーサがそう語る。4代前の王はおよそ120年前。父は国王側の奥の手として雇われた豪勇だったが、魔竜達の強さを見てすたこらと逃げたという。
「それほど強いのでござるか? 魔竜というのは?」
「聞いた話じゃ炎の魔法が得意で、詠唱も印も切らずに使えるという話じゃ。果たして、魔法戦士のようおらんホーデンエーネン軍がかなうんかのう?」
それを言ったらおしまいだ、と同行するロシェが笑った。彼らを含めた亜人の衆は、ニンゲンのそこそこの戦士より遥かに強く、魔法も使えるのだが。
「今更ぼやいたって仕方がないさ。とにかく、魔竜にかすり傷でもつければそれで御の字ってところよ。そんなんでも武名は世界中に轟くってもんさ」
一団の先頭を行くヴィクトリアは勇ましく言う。とはいえ、かすり傷で十分とは随分と奥ゆかしいとイズヴァルトは思った。
渓谷の入口前に設けた集結地にたどり着くと、先陣の指揮を担う武将が呼びかけた。
「昨日砦を発った後続の5000の兵たちも強行軍で、向かっていると聞く。1万5千の本隊は陣地を作り終え、いよいよ総攻めの準備にとりかかったという知らせを受けた!」
これより先発隊5000は更に精鋭を選び先頭を行かせる。一番槍の功にありつきたいと願う者はいないか、と皆にふれた。
一団の中の聖騎士団員や各地の騎士団の豪勇らが進み出た。しかし傭兵の中からはなかなか手を挙げる者はいなかった。
そこへヴィクトリアが一番に名乗りをあげる。ヴィヤーサとロシェがそれに引きずられて進み出た。
「傭兵隊の中で最初に手を上げたのはヴィクトリア=ヤンマジネットか! やはり一番の女戦士という名は確かだな!」
しかし自分はお前の戦歴をあまり良く知らぬ、と武将は言った。そこまで自信があるのなら、何か大きないくさに出たことがあるのだろうな?
「そりゃあうれしくないね。アタイは『イッツク=シーの戦い』に参加した。それも……あのハースティンの軍のね」
武将らが驚いた。ヴィクトリアが告げたのは近年の大合戦の中で一番名高く、大激戦と言い伝えれたもの。
「勝ったほうではなく、負けたほうについていたのか?」
問う武将の声は震えていた。この戦い、負けたほうに加わっていた者こそ、地獄を見た者だとささやかれていたのである。
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『イッツク=シーの戦い』。
サイゴーク大陸南部にあるスーエイニアと、東隣のゲースティアの両国で起こった天下分け目の合戦。
発端となったのは、スーエイニアの王を殺害して国を我が者とした僭主(せんしゅ)・ハースティンが、王子を取り逃がてしまい隣国のゲースティアに逃げてしまった事からだ。
ゲースティアはすぐさま王子を奉じ、周辺諸国にハースティンの討伐と王国復興を呼びかけた。
それに怒ったハースティンは王家の宝物庫にあった財宝で傭兵を雇い、強権を用いて民を兵にし、約4万の軍勢でもってゲースティア西部に侵攻。
しかし陸路ではゲースティア側の頑強な抵抗にあって挫折し、海路でもってゲースティアの西の中枢都市を奪い取るという策を立てた。
その海路の中程にあったのがイッツク=シー島。大陸とは数キロ離れた近海の島。しかしここがゲースティア海軍の重要拠点だった。
この島には海軍が1万ほどいた。しかし海路からの攻略の前、放ったスパイ達から島はがら空きであると聞き及んだ。
「ゲースティアの東側沿岸に南のチンゼー大陸諸国の海賊団が襲撃し、略奪や放火を繰り返しているとのこと」
「海賊団はもともと水上運輸を巡って、ゲースティアといさかいを起こしておりましたからなあ」
「東側の海軍では手が足りぬということで、島の軍勢が応援に出たとのことです」
「今では島には3000程度の兵しかいない。しかし蔵を見た所、物資や銭がたんまりとございました」
「これは奪い取る絶好の機会ですぞ?」
ハースティンは決断した。船に運べる限界の2万の軍勢でもって島へと渡る。守備兵は激しく抵抗したがついには島の奥の砦にこもることとなった。
確かに蔵には食料と銭がふんだんにあった。スパイ達の情報は正しかったとハースティンは喜んだ。しかしそれは罠だった。
その日の明け方、最後の砦を攻め落す準備に取り掛かろうとしたその時。彼は見晴らしの良い高台にて、島がぐるりとゲースティア海軍の船に取り囲まれているのを目にする。
その中に、南のチンゼーの海賊船も混じっていた。ゲースティアと海賊団が次々とスーエイニアの船を沈め、島へと乗り込んできた。
「ゲースティアの海軍は、海賊団と戦っていたのではなかったのか!」
スパイが得た情報はすべてがニセ情報だった。時のゲースティア海軍の大元帥で、のちにゲースティア共和国の総督となる知将・ショージュ=オーエンの企みだったのだ。
港湾はすぐに奪い返され、勢いづいた敵軍にハースティンは島内の別の山に追い込まれた。それから取り囲まれての兵糧攻めにあう。
ハースティンはすぐにでも島を出るつもりだった。海軍の倉庫から物資を奪ってそれにあてるという甘い目算をしていたため、兵士達にあまり兵糧を持たせていなかった。
ゲースティアは半月に及ぶ兵糧攻めを続けた。その間にスーエイニアの兵士らは次々と投降。
ハースティンは一か八かの突撃をかけて討ち死にし、彼に取り立てられた忠実な武将の何人かは、山中に籠もって最後の抵抗を試み、滅ぼされていった。
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女戦士ヴィクトリアはこの戦いに参加していた。スーエイニアのハースティンの直属軍の傭兵としてであった。
ハースティンには最後の突撃に加われと求められたが、どうせ犬死するだけだと思い別の部隊に加わった。
しかし、スーエイニア側の死亡率が5割という尋常でない戦いであった。生き残っただけでも栄誉である。その実力と強運をかんがみて、将軍は彼女の志願を受け入れた。
「で、ここ先陣は果たして生き残れるか、ってとこなんだけどさ」
「……侮りは禁物でござる。ヴィクトリアどの。背後は拙者にお任せあれ」
「ボウヤなら言うと思ったよ。まあもともとアンタたちをここに置いてくつもりは無いけどね」
そこで彼女は耳打ちする。
「もし敵わないと思ったら一目散に逃げるよ。背は腹に替えられない」
逃げるなんて滅相もござらん、とイズヴァルトが抗すると、ヴィクトリアは済まないね、とだけ言って準備に取り掛かった。
半刻後、イズヴァルトらは出発していた。魔竜は小さな子供を襲わないから、という噂を信じ、マイヤをイズヴァルトの背中にくくりつけて、飛ぶような勢いで渓谷の中を駆け抜ける。
中間地点と思われるところで左右の崖が狭まって、馬が一頭ぬけれるぐらいの様子を見たヴィクトリアは先行部隊の隊長に具申した。
「ここを塞がれたら逃げ場が無くなっちまうよ。守備隊は置かないのかい?」
「いいや。それには及ばぬ。全軍で持って急ぎ盆地への入口まで向かう」
もし魔竜の兵に閉じ込められたら、後続の部隊がなんとかしてくれる。部隊長は進め、と号令した。
狭まった道を過ぎ、開けたところに出てしばらく歩く。平らな御影岩がちょうど、椅子ぐらいの高さになっているのに腰かける、1人の女が。何故こんなところに、と武将や兵士たちが騒ぎ立てた。
その女の肌は浅黒く、馬のしっぽのように後ろにまとめた黒髪は艶やか。深紅のマントとほっそりとしたドレスを身にまとい、向かってくる先行隊の者達を見据えている。
「歳はかなりいっているが、美しい細おもてだな?」
イズヴァルトの近くにいた武者がつぶやいた。ややくどい、彫りの深い顔立ちだが、彼女の浅黒い肌と顔の作りは、チンゼー大陸の最南端に住むシマーヅ人の美的感覚から言うと、『絶世の傾国』と称されるものだった。
南方の異民族の価値観といえど、遠いホーデンエーネンの男でも『美しい』と褒めるものだ。女と最先頭の男達の目が合った。
女がにっこりとする。それが武者達に不信と得体のしれない恐怖を感じさせた。しかも彼女には何もかもを押し潰してきそうな、凄まじい威圧感というものがぴりぴりと震えているように思えてならなかった。
「用心しろ。魔竜の罠かもしれない!」
先手組の大将が注意を呼びかける。馬を止めろ。剣や槍を持て。弓や弩を持つものは放つ準備をしろ。馬蹄の踏む音が鈍くなり、数百の戦士と従者たちがその場に立ち止まった。
先発隊の猛者達が身構える。馬乗りの得意な者は騎乗したまま剣や槍を構え、徒歩のほうが性に合うという者は鞍から降りた。
ヴィヤーサとロシェは降りていた。2人は手綱さばきが良いほうだった。イズヴァルトが尋ねた。何故なら馬がこれ以上進みたくないと怯えているからだとロシェが答えた。
「こいつが私に言っているんだ。あの人と争うのはやめようよとね」
「お馬さんが言ったでござるか?」
「念話魔法さ。我々はそれで動物と会話できる。鍛錬を積まないと出来ないけどね」
ロシェは更に、この馬はこうも言っていると語った。あの人は仲良くしたいと申し出さえすれば自分達を受け入れてくれる。とてもいい人だよ。馬に乗ったままのヴィクトリアがうなずいた。
「そういう雰囲気をかもしだしちゃいるけど……仲良くするのは指揮官サマがたの判断に寄るさ」
彼女もとうとう馬から降りた。先発隊の武将らが射手達に構えの声をあげ、大将が女に大声で呼びかけた。
「汝は何者ぞ! 我ら、ホーデンエーネン王より魔竜を討伐せんと遣わされた者たち……」
名乗りを挙げよ、という前に、彼等の耳に声が聞こえた。聞き惚れるような美しい響きを含み、高らかで透き通っていた。
だが、燃え盛る紅蓮の炎と万物を凍てつかせる寒風を彷彿とさせる、おぞましい力場がそこにはあった。
「なにものゆうてもぉ、あたしはとっくのとうに、あなたはんらに知られとる女ですねん」
とっくに知られているとは何者なのだ。ひそひそ声でしゃべる尖兵たち。しかしマイヤだけはその女をまっ直ぐに見ていた。
「たぶん。あの人こそもしかしたら……」
マイヤはイズヴァルトにささやいて、あの女の人こそがそうかもしれないと注意を呼びかけたがさて、この場違いなところにいる年増の美女は、一体何者であったのか?
その続きについてはまた、次回にて。