※この作品はR-18です。

聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ   作:CHACOとJAGUAR

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第十六回

 さて、マイヤがイズヴァルトにまさにその人、と呼びかけたシマーヅ人の女とは何者であったのか?

 

 その女もまた、イズヴァルトの背中ごしにいる幼い娘の存在に気づいた。何故こんなところに幼い娘が、と思いながらイズヴァルトに向けて呼びかける。

 

「ちっちゃいお嬢ちゃん。そこらにおるこわーいおじちゃん達よりも、あたしの館に来いへんか? あまーいお菓子やおいしい料理にあったかい温泉。それから姿となりはあれやけど、とっても愉快でやさしい連中がぎょーさんおりまっせ?」

 

 その声にマイヤは恐怖を覚えてガタガタと震え始めた。マントをすっぽりかぶって身を隠していたのに何故自分に気が付いたのかとぼやいた。

 

 当の女は慈愛に満ちたまなざしを、マイヤに向けて注ぎ続ける。

 

「な、なにゆえマイヤどのを見ているのでござろうか?」

「わかんないよ……でも、でもあの人は!」

 

 そのまさからやでえ、とシマーヅ人が答えた。

 

「うれしいわあ。昔の知り合いの子孫ちゃんとこんなところに逢えて、あたしはとってもうれしいわあ」

「子孫? 何者でござるか、貴殿は!」

 

 イズヴァルトが大声で叫んだ。マイヤが失禁したのを鼻で嗅いだからだ。彼女のおしっこのにおいは常日頃、彼は鼻に入れていたからよくわかった。

 

「そのまさかやでえ。あたしこそ、あんさんらが魔竜とかいうぎょーさんこわい名前で呼ぶ、サイカノマゴイチやでえ?」

「撃てッ!」

 

 大将が射手らに呼びかける。渓谷に弦をはじく音が鳴り響く。しかし矢は数も距離も十分だったのに、魔竜その人だと名乗った女には当たらなかった。

 

 飛んでいた矢は真上からの突風で、女の目の前で次々と地面に落ちて行った。大将は驚いたがすぐさま突撃の号令をかけた。しかし馬は進もうとしない。

 

「何故だ! 鍛えに鍛えた軍馬達なのに!」

「あんさん、お馬を物扱いせえへんほうがええで? ちゃんとものを考えて生きとる、この世界の住人さかいに」

「……知った口を! 全員徒歩で攻撃せよ!」

 

 騎士たちは一斉に馬から降りた。鎖帷子と胸甲をまとった重い身体だったが女に向け地面を駆ける。手柄をあげたい、あの女を犯したいと思った傭兵らもそれに続いた。

 

 しかしヴィクトリアとヴィヤーサとロシェは動かなかった。剣よりも弓が得意な者らに「逃げろ」とそそのかしたが、自分達は退こうとしなかった。

 

「とうとう……この時がきたんだねえ。ヴィヤーサ? ロシェ?」

 

 ヴィヤーサがうなずいた。彼が右手で手斧を、左手で槌を握っていた。

 

「そうじゃのう、アルグレイブの姫さん」

 

(アルグレイブのひめさま?)

 

 イズヴァルトとマイヤは耳を疑った。ヴィクトリアはヤンマジネットという姓だったはずなのに。それと、彼はヴィクトリアが背中に負っていた大剣と、腰にさした細剣の柄に異変が起きていたのにやっと気が付いた。

 

 どれもほんのりと赤く光っていたのだ。女戦士は岩に腰掛ける見据えたままイズヴァルト達に、「アンタは嬢ちゃんと逃げな」と押し殺した声を発す。

 

「逃げる? どうしてでござるか?」

「絶対に勝てない相手があいつだってことさ。ボウヤ、変な気は絶対に起こすんじゃないよ?」

「では、その二振りの光はなんなのでござる?」

「これかい? アタイのは退魔の力がこもっているんだ」

「退魔? つまるところ、魔物を討つ為に鍛えた魔法の剣、ということでござるか?」

 

 まあそんなところさ、と彼女は答えた。が、ちらとみてここまで力強く光ったという記憶は、これまで見た事が無かった、とも。イズヴァルトが戸惑っている間に、突撃をかけた武士と傭兵らがシーマヅの女と距離を詰めた。

 

「まあまあ、ぎょーさんかわいらしいぼっちゃんたちが、おもちゃの武器を振り回してきてはりますわあ」

 

 嘲笑気味につぶやくと女は立ち上がる。彼女の足元から即座に、一筋の赤い光が地を走った。吶喊して駆ける兵士たちの軍勢にそれが届くと、瞬く間に真っ赤な光を放つ円陣が彼等の足元に。

 

 イズヴァルト達の視界から映る彼等が、急にもわっとした湯気に包まれた。蒸し風呂よりもじめっとして暑い空気が彼等に襲い掛かった。

 

「な、なんだ!」

「滅茶苦茶暑い!」

「うわ、空気が揺らいで前が見えねえッ!」 

 

 これまで一度も感じた事が無い、むせかえる蒸気と熱に彼等は大いに戦意を損なわせてしまった。さらに、赤い円陣は光を増して、危険な魔の力を彼等の装具にほどこした。

 

 じゅうっ、と何かが焼ける音。激しい痛みを覚えた武者達は、次々と武器や防具を投げ捨てた。我先にとこぞって側面の水へと身を投げ込んで、暑さと痛さから逃れようとしていた。

 

「あははっ。ホーデンエーネンの坊ちゃんたち、水遊びは気持ちええかあ?」

 

 シーマヅの女は愉快そうに笑った。

 

「おばちゃんはなぁ、殺しが嫌いな性分やさかい。けど二度と歯向かえんように、痛い目や半殺しだけは赦してえなあ?」

 

 武者達は冷たい水の中で悲鳴をあげた。服や靴を脱ぐ者もおり、中には全裸になった者もいた。

 

「川遊びが終わったらおばちゃんとやさしい仲間が住むおうちに遊びにおいでぇ。坊ちゃんらから見てけったいな恰好の子ばかりやけど、その辺の坊さんやおばあちゃんよりも世話焼きなやつがいっぱいおるでぇ! どないするん?」

 

 女はお人よしな性格を隠さない、人懐っこそうな笑顔を川の中の戦士達に向ける。彼等は皆、彼女の手妻に驚いてこれまでにない恐怖に襲われていた。

 

 しかし訓練を積み己の武に誇りを持つ者らは川からあがり、鎧を脱いだまま、あるいは全裸で落ちていた剣を持って彼女に切りかかっていった。

 

「ようがんばりおますなあ。やんちゃな子もおばちゃん大好きやわ。けどなあ」

 

 一瞬、空から小さな紫電の様なものがいくつも降って彼等の武器に走った。咆哮をあげながら切りかかっていた者らが全員剣を落としてしまった。戦士たちと女の周りが一瞬、日が陰っている様に見えた。

 

 イズヴァルト達が空を仰げば、翼を生やし厚い鱗に全身を覆われた巨大な魔物が空を羽ばたいていた。青っぽい色にも見えたそれはドラゴン。魔竜の部下の1匹であった。

 

「ミーナタカトミ。あんさんが出る幕じゃおまへんよ。コンゴウアミダラデンに戻って、温泉に浸かったほうがええよ。腰を悪くしておりまっしゃろ!」

 

 女が顔をあげて呼びかけるとドラゴンは北へと去ってしまった。女に切りかかった猛者達はもう戦う気力を残していない。大将は撤退の号令を皆にかけた。

 

 一番槍を仰せつかった者達もまた。水に浸かった者らも、腕に電撃を受けた者らも怯え泣きながら我先にと、イズヴァルト達の元へと戻り、馬に乗って逃げて行ってしまった。

 

「ヴィクトリアどの……魔法を使う敵には拙者らは……」

「まだ待て。あいつらが全員逃げていくのをこの場で待つんだよ」

 

 王国の騎士達がその場を動かぬヴィクトリア達に呼びかける。撤退だ。態勢を整えよう。しかしヴィクトリアはこう返した。

 

「しんがりの役、アタイらに任せてくれないかねえ?」

「しかしそれは……」

「アタイらはただ単に、あそこの魔竜の名前をかたるおばちゃんと語らうだけさ。なんにもしやしない。死にもね。ただ、あんたらが逃げていく時間を稼いでやる。いいよな?」

 

 騎士らはうなずいた。戦う気概を失っていたからヴィクトリアの言うことに一言も返さずに逃げて行った。ヴィクトリア達は地面に描かれた赤い光の円と、向こう側にいる年増女の影をしっかりと見た。

 

 その光がシーマヅの女の足元にまで差し込み、彼女の影をしっかりと映しだしていた。

 

 翼を生やしたドラゴン。もしや、と思ってイズヴァルトはヴィクトリアに「あれが、まさか本当に……」と問いかける。

 

「だろうねえ。ていうかアンタは嬢ちゃんと一緒にさっさと逃げな!」 

 

 嫌でござる、と気を引き締めて身構えるイズヴァルトにヴィクトリアは怒った顔を向けた。

 

「何を言ってんのさ! アンタはアタイより弱い! だったら強いヤツの云う事を大人しく聞いてさっさと逃げるのが筋ってもんなんだよ! 魔竜に勝てる見込みは無いんだ、ここはとんずらこくのが常道ってところよッ!」

 

 それと背中のマイヤはどうするのだとイズヴァルトに問う。マイヤは小声でぼそりと、あのおばちゃんをもう少し見てみたい気がする、と答えた。怖さが過ぎ今度は興味が湧いてきたからだ。

 

「……仕方が無いねえ。そこまで肝がすわってんなら、アンタ達はきっとどんな戦場でも生き延びるだろうさ」

 

 ヴィクトリアはヴィヤーサとロシェに目くばせする。あの魔法は破れるかと小声で。ロシェがぼそりと答えた。

 

「破ることはできないが、いくらか防ぐことはできる。私とヴィヤーサが防ぐから、姫様は一太刀でも」

「ふん。アタイは一太刀でも二太刀でもくれてやるよあの魔竜にさ。そろそろ行く。準備はいいかい?」

 

 ヴィヤーサとロシェがうなずいた。ヴィクトリアは馬から飛び降りその首筋を撫でてやる。3人が乗った馬は今来た道を走って行った。

 

 イズヴァルトとマイヤもまた、馬が逃げ出すかもしれないと思い地面に降りた。彼等の馬も何かにささやかれる様に逃げていく。

 

 魔竜本人と名乗るシマーヅ人が、3人と従者の2人を見て薄く笑った。

 

「あら? あたしと仲良うあそんでくれるんでっしゃろか? おばちゃんのコンゴウアミダラデンに来てみいへんか? おいしいもんもあったかいお風呂も用意しておまっせ?」

 

 ヴィクトリアがふんと笑う。彼女は背中の大剣を抜いた。刃は赤く激しく輝いている。その刀身を見たかの女は目を見張った。

 

「あれえ? その剣はもしかして……」

「ふん。戯言はここでしまいにしな、覚悟!」

 

 ヴィクトリアは剣を構えるとその先で何かを宙に描く。魔法を発動させるための魔法印だった。五芒星にも似たそれを描き終えると剣の先を思い切り叩きつけた。

 

 直後、魔竜の名をかたる女の周囲が揺らいだ。地面に亀裂が走って陥没を起こし、座っていた大岩に亀裂が走る。突然のことに女は口を開いてしまった。

 

「ヴィヤーサ! ロシェ!」

 

 呼びかけながらヴィクトリアは先陣をきる。鎧を着ているのにまるで素っ裸の様な身軽さに見えた。ヴィヤーサとロシェも後に続きながら印を切った。

 

 魔竜と名乗る女は岩から飛び降りた。少し陥没した地面に降り立つとすぐさま、炎色の魔法陣が足元に現れた。炎としてはいささか大げさすぎる火走りがいくつも、ヴィクトリア達の方に向かって行った。

 

「お嬢ちゃん、ようやるなあ! けどこれはどうなさいますん?」

 

 余裕の笑みを浮かべながら女が呼びかける。火走りはヴィクトリア達の前で激しい炎となり立ちふさがろうとした。しかしヴィクトリア達はその中に飛び込んだ。炎は急に焚火程度の火と化した。

 

「防護魔法かぁ! おもろいでぇ! ドワーフの坊ちゃんとエルフの坊ちゃんに助けられたってことでおますなあ?」

「まだまだ余裕をぶっこいているのかい!」

 

 ヴィクトリアは剣を右手のみに持ち替え、左手で小さく印を切った。彼女の二の腕や太ももが盛り上がった。俊発力が増し、駆ける速度が倍近くになる。

 

「へえ。身体強化の魔法が使えるんか、あんさん?」

「アタイのは特別! ナハリジャーヤのエルフから学んだのさ!」

 

 ヴィクトリアが大きく跳躍した。魔竜と呼ばれる女の頭上に剣を振り降ろそうとする。しかしそれを魔竜はするりと避けた。魔竜はヴィクトリアが軽そうに振り回す大剣と、腰に差した細剣を見て尋ねた。

 

「やはり……あんさんはあの、ツネーヒんとこの子孫やな?」

「その通り! アタイはツネーヒ=アルグレイブのヒッジランド流本家当主。ヴィクトリア=ウラスコー=アルグレイブ! ヒッジランド旧王家とサイゴークの覇王の子孫さ!」

 

 ヴィクトリアの猛攻は凄まじかった。相手に反撃を与える隙を見せなかった。それでも魔竜は踊るように身をかわす。それにロシェとヴィヤーサが加わるが、彼女はなかなかに一撃を受けなかった。

 

「大人しく一太刀を浴びときな。それでこっから出ていくよ、魔竜!」

「……こんな遊び方、おばちゃんは好きやおまへんで」

「がたがたぬかすんじゃない! ドラゴンなら鱗の1枚ぐらいよこせ!」

 

 3人は尚も襲い掛かる。しかし一向に魔竜に一撃を与えられなかった。次第にヴィクトリアの動きが鈍くなり、先ほどの様な身のこなしは出来なくなった。

 

「ヴィクトリアどの!」

 

 イズヴァルトが叫んだ途端、ヴィクトリアは右腕の大剣を投げ捨て、腰に差した細剣を手に持った。初めて見る刀身は片刃。

 

 刃は波打っており優雅で美しく見えた。これもまた真っ赤に輝いている。細剣に切り替えたヴィクトリアの動きは俄然速くなり、剣さばきも激しさを増した。

 

「そっちのほうが得意という訳でっしゃろか?」

 

 鋭い剣を避けながら魔竜が問う。ヴィクトリアは一撃も加えられないことにいら立っていた。

 

「けど、そっちの『魔蜂の突針』は、『黒騎士の剣』みたく力を引き出せへんのどすなあ?」

「まばちのとっしん? アタイが言い伝えられているのは……」

「『姫竜の牙』でっしゃろ?」

 

 これやこれ、とシマーヅ女は右手から突如、抜き身の剣を現わせた。柄には玉石がちりばめられ、金や銀の装飾も施されている。

 

 ヴィクトリアと同じ刀身のものだったが、こちらのほうが数段、いや、それ以上に美しくきらびやかだった。対してヴィクトリアのは素朴に見えた。

 

「本家本元は……こう使うんやでえ?」

 

 魔竜が持った剣がきらりと光った。突風が起こり彼女達は吹き飛ばされる。更に魔竜はそれを振ると、周囲の崖や岩に無数の亀裂を走らせた。

 

 イズヴァルトとマイヤは一言も口に出すことが出来なかった。この人物こそ魔竜サイカノマゴイチ。ヴィクトリアとヴィヤーサとロシェは起き上がり、印を切りながら攻めかかる。しかしまた突風が起こり、彼等は後ろに倒された。

 

「……サイカノマゴイチ。そっちが本物の『姫竜の牙』かい? アタイが持っているのは」

「『れぷりか』というのは言い過ぎやけど、あたしがこの剣と似たものを馴染みのドワーフはんに作らせたもんやでえ。もちろん。あたしの魔力もいくらか封じ込めておりますのや」

 

 魔竜は語る。暗黒卿打倒に燃えていた頃のヒッジランドの姫騎士エリザベスに、その剣を渡したのがこの自分であると。

 

「あんさんが投げ捨てた『黒騎士の剣』は、サイゴークでは『覇王の剣(ソード=オブ=ブロント)』っちゅう仰々しい名前を付けられておりまっしゃろ?」

 

 『黒騎士の剣』。重圧の力をまとうそれはサイゴークの覇王が持っていた世界に名だたる魔剣であった。魔界でも業物とされる1本だと魔竜は告げた。

 

「それなあ。うちの親戚がおうちに飾ってあったもんを、グラットンとかいう家来が盗み出してこっちに持ち出してしもたんや。それをツネーヒのぼんぼんがグラットンから分捕って、自分のものにしたんやで?」

 

 しかもその剣は魔力の貯蔵量がしょぼい者でも、さっきのような重圧の力を乱発してくれる優れもの。普通に扱えるのならとっくに自分は、地面奥深くにめり込んでいると魔竜は笑った。

 

 『魔蜂の突針』もまた同じく。魔法戦士でもあったエリザベスが暗黒卿を討つ為に、強力な風切りの魔法を封じ込めていると。なぜその名にしたのは、『姫竜の牙』とそっくりなそれは、魔界にいる大蜂の魔獣の針によく似ていたからである。

 

「その剣も『魔蜂の突針』も持ってたら、あたしを唸らせるぐらいに追い込むことができるのになあ」

 

 ただ、それにも条件がいる。魔剣の力を引き出す才能と魔力の持ち主。武勇に優れている事は言うまでもない。ヴィクトリアには武に関しては合格点、と魔竜は余裕たっぷりに言い切った。

 

「けどなあ……あんさん、魔法の才は身体強化に偏ってますなあ?」

 

 身体強化の魔法は南の大陸・シマナミスタンの黒髪エルフやドワーフらが得意とするもの。他の魔法もいくらか駆使できる彼等が使えば鬼に金棒となる。

 

 特に大陸の南端の更に南、ナハリジャーヤ島に住む女エルフ達はその大家である。とても恵まれた身体をしていて拳法を得意としており、身体強化魔法を用いて凄まじい戦闘力を誇っていた。

 

 魔竜はその才ならヴィクトリアには十分すぎるぐらいにある、と言い切った。目指せばニンゲン族最強の女戦士になれるとも。

 

「ただなあ……あんさん、息切れが早すぎやで? 修練が短かったんかなあ。それとなあ、そういう魔法に特別の才がある子は大概に魔剣とは相性が悪いんや。あたしの部下に1人、剣と腕っぷしは魔界に並ぶもの誰一人とて無し、と言われるぐらいのもんがおるねんけど……」

 

 その者も魔剣を持っている。ヴィクトリアが持つ二振りを遥かに凌ぐ大業物を。しかしその力を引き出すことが出来ない。まるでそいつの様だな。

 

「悪いこと言わへん。『黒騎士の剣』はともかく、『魔蜂の突針』のほんの少しの力も引き出せへんあんさんは、修行のやり方を変えたほうがええで?」

「ごちゃごちゃとうるさいねえ! でもアタイは、アンタをここまで本気にさせたって事で名が知れ渡るだろうね。けど、箔をつけさせてもらうよッ!」

 

 ヴィクトリアが起き上がり突進する。『魔蜂の突針』を手に持ちながら、もう一度身体強化の為の印を切った。これが最後の1回とつぶやいた。彼女の魔力はもう限界だった。

 

「ようやりますなあ。けど、あたしはちょっとこれから忙しくなるんでこの場を去らせてもらいますわ……エルザ、アナ、オーラフ!」

 

 はーい、と間延びした若い女達の声がどこかからか響いてきた。魔竜はヴィクトリアと同じように起き上がり、武器を構えるヴィヤーサとロシェをちらと見ながら、その声に向けて返した。

 

「エルフの魔法抵抗は封じといたから、あんさんらの転移魔法であのお2人をコンゴウアミダラデンに招待しなはれ」

「承知いたしました、魔竜様」

 

 即座、金髪のとても美しい女がサイカノマゴイチの横に立った。背中に蝙蝠の様な黒い翼があり、頭にはを生やしていた。長い尻尾の様なものが尻に伸びていた。

 

「エルザ。特にあのドワーフのぼうやはあんさんらサキュバスの大好物やろ。おめこでよう楽しませてあげなはれ」

「ふふ……わかっていますことよ」

 

 エルザと呼ばれたサキュバスの姿が一瞬にして消えた。同時にヴィヤーサとロシェの姿も。それと入れ替わるかの様に。ヴィクトリアの前にフードを目深にかぶった2メートル程の巨大な戦士が立ちはだかっていた。

 

「ヤギウセッシウサイ。その嬢ちゃんの相手をしばらくしてあげなはれ」

「……御意」

「けど殺すのは絶対にあかんで。ほどよう疲れ果てさせて、戦う気力を失わせるんや。それからコンゴウアミダラデンにご招待といきたいわあ」

「こ、殺すのは駄目なのですか?」

 

 顔を見せぬ大男はたじろいだ。ヴィクトリアは十分に才能があり手ごわい相手だとわかっていたからだ。

 

「なにぬかしとんねん? 『魔蜂の突針』もよう使えへん嬢ちゃんにあんさんがどう苦戦するというんや?」

「いや……まあ……でも先ほどから伺いみて、身のこなしと剣さばきはなかなかのものだと……」

「せやったら、とっ捕まえてあんさんの弟子にしたらええ。あと、あのイーズモーのやんちゃなボンボンの子孫やから油断はできへんで。それともう2人……」

 

 サイカノマゴイチはイズヴァルトとマイヤをちらと見てつぶやいた。あの坊ちゃんと嬢ちゃんは絶対に危害を加えたらあかん。

 

「特にセッシウサイ。あんさんは絶対にその顔を晒してはいけへんよ?」

「なにゆえです?」

「あんさんの種族が好きそうな、えっらいすけべえな気配を漂わせておるんや。コンゴウアミダラデンでよくサキュバスの嬢ちゃんたちに追っかけまわされているあんさんなら、あの子がどこぞの血を引いているか、ようわかりますやろ?」

 

 ヤギウセッシウサイと呼ばれた男が、イズヴァルトと手をつないで事態を見守っているマイヤを見た。蒼に見える黒髪のたいへんに可愛らしい童女にしか見えなかった。

 

「きれいな黒髪のお嬢さんですな。ただそれだけに見えるのですが?」

「魔族の血が流れておるんや。しかも淫魔のなあ。あんさんが聞いたらびっくらこく名前のをやでえ?」

 

 大男は恐れおののいて身震いをした。そこをヴィクトリアが切りかかったが、足を下がらせるだけで刃を宙に斬らせた。紙一重、というところであるそれは、彼が相手の剣の動きをよく見ている証でもあった。

 

「セッシウサイ。「『黒の忠節(くろのちゅうせつ)』と『白の叛逆(しろのはんぎゃく)』を抜いたら、あんさんの負けにしとくで!」

「なんというむごい条件を! 『魔蜂の突針』を持つ相手になまくらで戦えというのですか!」

「代わりにこれをやるから持っていきな! あんさんの得意な片刃の長剣やで!」

 

 魔竜が細めていた目を見開くとヤギウセッシウサイの右手に、1メートル以上の赤い刀身の剣が握られた。魔の者に反応すると赤く光るミスリルの片刃剣である。

 

 刀身が反っていて細長いのは、東の冬が長い大陸・オーガの衆がよく手にする『大太刀』と呼ばれる物に見る形状だった。

 

「悲しいかな! これがわが友に譲ったわが一族伝来の宝刀、『切り裂く雷鳴』であればどれだけよかったか!」

「あほっ! そんなん渡したらその嬢ちゃんがバラバラになってしまうわあ! あたしはもう行くからさっさと片づけなはれ!」

 

 怒鳴った魔竜は霧が払われるかの様に姿を消してしまった。ヤギウセッシウサイはやり辛い、と唸ってヴィクトリアに切りかかる。

 

 この魔竜の部下は最初から容赦しなかった。「なかなかに!」と感嘆しつつも刀の峰でヴィクトリアの剣を弾き飛ばし、気合の一声をあげて彼女を一刀両断。

 

「ヴィクトリアどの!」

 

 イズヴァルトが叫んだが彼女は決して討たれたのでは無かった。服や皮膚を切り裂かれずに胴にまとっていた胸甲と鎖帷子を切り裂かれたのだ。

 

「……なんて奴!」

 

 ヴィクトリアが嘆くと相手の姿が消えていなくなっていた。いいや、背後に。魔竜の部下の剣豪は同じ様に、彼女の背中の装甲を切り裂き、とうとう台無しにしてしまったのだ。

 

 ヴィクトリアの上半身を守るものはまるで役に立たなくなった。彼女は胸甲と鎖帷子を脱いで投げ捨てた。甲の裏側に様々な護符がくっついていたのを見て、ヤギウセッシウサイはうなずいた。

 

「なるほど。魔法から身を守る為の符をつけていたのか。だから魔竜様の魔法をいくらか凌げた。そういうことだな?」

「アンタ相手にゃ不要だよ! おいそこのデカブツ! アタイの相手はアンタじゃなくて魔竜だよッ!」

 

 ヴィクトリアは落とした剣を手に取って身構えた。まだ戦おうという意を示している。しかし彼女の足元はふらついていた。体力の限界が近づく頃だった。

 

「闘志は申し分ない。しかし心の動揺による疲れは隠せない様だな?」

「うるさいねッ! まだアタイはやれるよッ!」

 

 ヴィクトリアは最後の力を絞りだして斬りかかった。先程にも勝る勢いと技量であったが、相手に一撃も食らわせる事は適わなかった。

 

 ヤギウセッシウサイはその猛攻の間に生じた隙を見逃さなかった。突きを入れる彼女に、刀の峰でもって右横からの痛烈な一撃を加えた。ヴィクトリアは突っ伏し、その場で血を吐いた。

 

「貴公、普段であればここで引き下がる頭も持っているかとお見受けする。しかし功をあげるのに焦りすぎだ」

「あ、アタイは……」

「……魔竜様には殺すな、と言われたが俺は考えを改めた。貴公の様な出世欲に駆られた者にこの剣技を伝授することはしない。この場で死んでもらう」

 

 ヤギウセッシウサイは倒れたヴィクトリアの頭にめがけて剣を振り上げようとした。その時である。1本の矢が彼のフードの横をかすめたのは。

 

 矢が飛んできた方角には、弓をかまえたイズヴァルトが立っていた。少年騎士はそれを投げ捨て、剣を抜いて駆け始める。それを見たヴィクトリアが悲痛な声で叫んだ。

 

「ボウヤ、こっちに来るんじゃない! アンタが適わない相手だよ!」

 

 しかしイズヴァルトは一言も発さず、ただヴィクトリアと彼女を討とうとするヤギウセッシウサイに目を向け、火の玉のごとく突っ込んでくる。彼の背後には足首を綱できつく縛られて、泣き叫ぶマイヤの姿があった。

 

 かくしてこの少年騎士は女剣豪を打ち破った魔竜の部下と戦う事となるのだが、果たしてその勝敗はいかに?

 

 その続きについてはまた、次回にて。

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