聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ホーデンエーネン王国を裏切り、王となれ。魅惑というよりも劇毒の様なエレクトラの論に皆が凍り付いてた。
「……まかりならんでござるよ、そんな野望などは」
今はエルフの村に住まいを置いているが、そもそもはホーデンエーネンの家臣。聖騎士団の一員ゆえにかような話に乗ることはできない、とイズヴァルトは返した。
「野望? あっしにはこれが、キンキ大陸の平和に手っ取り早くつながる、一番の方法だと思うんですけどねぇ……」
エレクトラはホーデンエーネンの事について調べ上げていた。イズヴァルトの人気は本当に高い。独立した国が無理でも、北部の大総督として抜擢されるのではなかろうかと思っている。
「国王なんて飾りですよ、だんな。あくまでそこに住む皆さんにとっての良い政治をするだけ。北キンキを取ったら大陸制覇とか訳の分からんことをやらなきゃいいんでさぁ」
イズヴァルトをいただく王国をどんなものにしたいか、エレクトラは語った。宗教や人種の差別無く、誰もが安んじて暮せる大きく豊かな国。
「決して何かに偏らない、度量の大きなお方がこそが為せる王国でさぁ。イズヴァルトさんならきっと、それができるかもしれねえですよ?」
「ほう。王道楽土、五族協和の新天地……満州国の再現か、藤本峰子?」
問いかけたのはシゲニウスだ。満州国。そのスローガンでもって大日本帝国によって建てられた満州族の王国。しかし実態は日本の傀儡政権だった。
「おあいにくだな。満州国は僕も詳しいよ。実態は日本の植民地だった。決して元いた人々を奴隷の様に扱わなかったけれど、あれのせいで日本は狂ったんだ。満州という身の丈以上のものを得たからさ」
その後は中国大陸をものにしようと南に進軍し、次々と傀儡の国々を打ち立てた。その結果どうなったか。増長しすぎ、戦線を拡大しすぎて滅んだのだ。大日本帝国は。
「それは、マイヤが語ってくれた話でもござるな」
「そうだよ、イズヴァルト。藤本峰子の話には乗るな。きっと身を滅ぼすだろう。サガミニアぐらいならいいとは思うけど、でもキンキ大陸北部となると……」
「いえいえ。サガミニアの王になるよりかはキンキ大陸の北で国を作ったほうがいいでさぁ。サガミニアは半ばエルフのみなさんが治めている様なもんですからねえ」
「前世でお前が果たせなかった夢を人になすりつけるな、藤本峰子! ソビエトと日本どころか、中国共産党のスパイでもあったお前の考えなどわかっている。ホーデンエーネン王国の国力を半減させたいつもりだろうが!」
シゲニウスが剣を抜き、エレクトラに切っ先を向けた。今度はイズヴァルトが諌止する役目になった。落ち着くでござるよ。もっと話を聞いてみる事に致そう。
「しかしでござる。カントニアにいてキンキ大陸の話を、なにゆえそこまで詳しくご存じでござるか?」
「情報収集はあっしの得意分野でしてね。このカントニアに情報交換のネットワークがあるんでさぁ」
「ねっとわーく、でござるか?」
「とどのつまりは情報網という意味合いだよ、イズヴァルト」
「さ、さようでござったか……」
外国語どころか、違う世界の言語が飛び交っていて頭が混乱してくる。イズヴァルトは頭の中を必死に整理しながらエレクトラに話を続けさせた。
「それからですが、中部のアジールもそろそろまずい。モナファン海賊団にいるクリスぼっちゃんの話によりゃ……」
「そういえば……クリスどのは貴殿の親戚でござったな?」
「えっへへへ。話が早い。クリスぼっちゃんとも最近手紙をやり取りするようになったんでさぁ。で、話によるとパラッツォ教団は、北の海賊団を味方につけて航路を妨害し始めたそうですねえ」
北部の陸の戦いは劣勢。更には海までもが向こうのものとなりつつある。ホーデンエーネンは圧されている。交易が滞り始め、ホーデンエーネンは徐々に疲弊が始まっていた。
さて、そこがエレクトラの目の付け所だ。
「北部ホーデンエーネンは民間では割合と、パラッツォ教徒との宥和がなされているみたいです」
「うむ。百年近く前からそんな感じだと聞いたことがあるでござるよ?」
「北部諸侯の皆様も、基本的には見て見ぬふりを務めたいそうで。けど、致し方なく『ナントブルグ』と『マハラ教団』のご意向に従わざるをえない、みたいですねえ」
ホーデンエーネンのマハラ教団は、やや独特だ。基本はスオニアにある総本山の指示を受けて動いているが、やや独立した動きを見せている。
異教徒への排斥を、ことさら強く王家に訴えていた。これは総本山の考えではなかった。世俗の政治への強い関与を目論んでいた。
教団の高位の聖職者は躍起だった。娘や孫娘を貴族の御曹司の妻や妾として嫁がせる。もう数百年もこの状態だ。
歴代の国王の中にはマハラ教の聖職者の娘が母だったり、側室だったりすることもあった。それぐらいにマハラ教は王国とべったりだったのだ。それと、王国の南部には敬虔なマハラ教徒が多かった。
「ゆえに、パラッツォ教団が必要以上にいじめられている、というわけにもなっているんですよ」
「そ、それはそうでござるが……」
「そこなんですよ、イズヴァルトさんが王様になったほうがいい理由ってのがね……」
エレクトラはイズヴァルトの目を凝視した。こうささやく。
「だんなの御母堂さまが、あの教団の出身者ってのもご存じですけどね」
「……!」
そこまで調べ上げていたのか。有名な話ですよ、イズヴァルトさん。西の小国スオニアだが、そこのキッカワンテスといえば名門の中の名門。
「セシリア=セーニャ=キッカワンテス。イズヴァルトさんのお母上様のご本名でしたっけねえ?」
「エレクトラどの!」
「……本当なのか?」
信じられない、といった顔でシゲニウスはイズヴァルトを見ていた。キッカワンテス家といえばサイゴークの覇王、アルグレイブの暗黒卿の大陸統一を、説得のみで押しとどめさせた姫を祖としていることは、カントニアでも有名な話だ。
「君はスオニア王家の流れをくんでいるのか! だったら北ホーデンエーネンでもサイゴークでも、自分の王国を作れるぐらいの血統だということなんだな!」
「そんなのはとっくに捨てたものでござるよ!」
そのことには絶対に触れてほしくなかった。イズヴァルトは嘆いていた。母セーニャにとってキッカワンテスは忌むべき実家だ。それから預けられて巫女として過ごした、マハラの総本山もである。
「母上は、母上は好きこのんで……」
「でもイズヴァルトさん。その事実は大いに利用するべきなんでさぁ」
「エレクトラどの!」
イズヴァルトが怒りを発する。しかしエレクトラはやめない、と返した。セシリア=セーニャ=キッカワンテスの血統を用いれば、マハラ教団だって牽制できる。キッカワンテス家が強力な後ろ盾になってくれるだろう。
「マハラに手出しさせないようにして、かつパラッツォとは仲良くする。但し、べったりになるのはいけませんぜ。信教の自由だけ認めて政教分離に徹するんです」
パラッツォとは中立を貫くだけでいい。迫害せず、教徒らが差別されずに暮せる国にすれば、コーザ=ストーンマウントは襲って来ない。
「そんな確約がどこにござるか!」
「イーガがそれですよ。あそこはパラッツォのみなさんを殺す様な領主さまや騎士さまはおられない。移民には同じように権利を与えている。ご存じじゃないですかね?」
その話は真実だ。まだ北東部ではあるが、ホーデンエーネン王国の迫害から逃れたパラッツォ教徒がイーガに逃れていた。
「……ここからは、真面目に説きふせさせてもらいますよ、イズヴァルト=シギサンシュタウフェン?」
エレクトラの声色が急に威厳を持った。彼女は姿勢を正し、イズヴァルトの目をまっすぐに見て言った。
「イズヴァルトさん、よく聞きなさい。北部諸侯はそもそもがホーデンエーネンの家来じゃなかったんですよ。それぞれが、1つの小さな国を作っていたのです」
「でもでござる。それは大昔の……」
「200年だか300年じゃ、そう簡単に心変わりしませんよ。彼等はしぶしぶホーデンエーネン王家に従っているだけ。そこに住む人たちも。何かあると北部で内乱が多発するのは、どう言う事かご存じではございませんかね?」
理由はこうだ。北部は南部に比べて税金が重い。それだけでなかった。北部諸侯は過剰な『忠義』を、王家や南部の大諸侯らに求められた。
「北は豊かになれるのに、銭も食い物も南に奪われている。南のやつらは自分達のことばかり考えている。挙句の果てには一度も成功した試しが無い、アカサカチハヤ攻めやイーガの攻略。こんなのが永遠に続くはずがありゃしませんよ、そろそろ転換の時なのです」
エレクトラはずばりと言った。イズヴァルトこそがキンキ大陸北部の人々を救う救世主となりうるだろう。
広く大きく豊かな国を作り、侵略と謀略とで身を焼き続ける、ナントブルグのホーデンエーネンの狂った時代を終わらせべきだ。
度が過ぎた広大な領土を得ているからこそ、ホーデンエーネン王国は愚かな行いを繰り返してばかりなのだ。
「今こそ立つべきでしょう。さいわい、エルフの皆さんやこのカントニアの各王家も、イズヴァルトさんをご存じ。力を貸してくれるかもしれません」
「ほざけ! 拙者はさようなことをせぬ!」
「……じゃあ、こんなのはどうです?」
エレクトラは目を見開いた。透き通る水色の瞳であった。
「マイヤさんを北キンキの女王にするっていうのは?」