聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
この世界の北半球にあるキンキ大陸は、大陸の中央は魔族とその王が統治する広大なアカサカチハヤ山地がある事で知られている。
分断される様な形で北と南の大地の大半を治めていたのが、かつてあった尚武の国・ホーデンエーネン王国。
北はオーミゲニア連邦、南は元の王国の名をとった貴族制共和国と、500年以上も地上に存続するイーガ魔法王国がある。
この話はそのホーデンエーネン共和国のものだ。かの国の暦で言えば、287年のこと。旧王都・ナントブルグにて。
東のアスカウ=タカイチゲンシュタットと南のヨーシデンに圧され、最近めっきり人が少なくなったそこだが、未だ共和国の中央政府が置かれており、ある程度の威厳を持ち得ていた。
国政家や役人達のお膝元ではあるが、そこにもご多分に漏れず色街がある。ニンゲンの娼婦ばかりのそこは、街にいるサキュバスやエルフの『色女』達の慎み無さに飽きた男たちが通う事で有名だった。
柄の悪い客引きや乳の谷間を顕にした年増娼婦らの呼び声と、娼館や連れ込み宿の窓から聞こえてくる歓声をくぐり抜けて路地裏へ。
そこにとても古い宿屋があった。300年以上も前の建造物だが、大工が良かったのか未だそこに建っていた。
宿の1階にある酒場はこの宿屋の女主人が切り盛りをしていた。客数は少ない。店構えは狭いし酒もそれほど数を置いていないからだ。
その夜。その店に見慣れぬ1人の吟遊詩人がやって来た。おんぼろだが年代ものらしいリュートを持ってふらりと。
50近くの男だった。身なりは地味だったが物腰は静か。女たらしばかりのかの職業にありがちな、浮ついた様子はどこにも無い。
この男を呼んだのは店の女主人だ。知人の紹介を受けて招いたのである。この酒場は他の店には必ずある、ピアノもラジオも無い。
その代わり、客を楽しませる為に吟遊詩人や歌手を招いて歌わせている。色街だが、この店には良い楽師ばかりを招くという評判があった。
かつては色街らしく、際どい衣装をつけた踊り子達がステージに立ち、色気を振りまいていたと、女主人は亡き父から聞かされた。
しかしそれも小劇場にとって変わられている。この酒場の、塗装がはげた舞台ではもう誰も踊ってくれない。老いた舞台には枯れた芸で良いのだ。
老吟遊詩人が無言でステージにあがった。客たちは随分と場にそぐわない男だと語り合う。
この日の客はこういう連中だった。立ち娼婦を連れ込んだ男達、これから深く睦まじい夜を、この店の2階や別の宿屋で楽しもうとする2人連れ。
「あの爺さん、なんていう名前の歌い手だい?」
側にいた年増の娼婦が女主人に尋ねた。あの老人の名前はギルバード=カツランダルク。
ナントブルグより遥か南、共和国で最も栄え富んでいる、ヨーシデンの街から来たのだと。
「ヨーシデンかい。若い頃はあそこで荒稼ぎしていたけどねえ。娼婦の身で家を建てたきゃヨーシデンへ行け、という格言もあるぐらいにさ」
だったら、東のアスカウや南西部の国際貿易都市・サカーイ。北の豊かなオーミゲニアで歌えばいいのにと娼婦が笑う。
ナントブルグは終わった街だ。政治家が集まる以外は取り柄が無い。せいぜいがしょんぼりとした旧跡をめぐるぐらいの楽しみしか無い古都である。
吟遊詩人がおんぼろのリュートを爪弾く。それから観客らにこう呼びかける。
「これより、皆様方の前で披露いたすは、今より300年程前の話。大陸全土を掌握した王国時代のとある男の伝承歌(サーガ)の1つ。とはいえこれは演義物。事実とはいささか異なる事をお心にとどめ置いていただくようお願い申し上げまする」
客達はいぶかしんだ。なぜ今更その歌を?
「ラジオの講談の時間じゃねーんだ!」
「もっと色気たっぷりの恋物語を歌いなさいよ!」
中には批難の声をあげ、空壜を投げつける乱暴者もいた。
けれど、老詩人が謡い進むうちにつれ、皆がたちまち黙って耳を傾けるようになった。
吟遊詩人が謡うのは、かつてホーデンエーネンが王を戴き、頑強無比な騎士達がひしめいていた尚武の国として名を馳せていた、剣の時代の物語。
暴虐な魔物や悪人たちを斬り伏せ、魔物の王と肩を並べ、神にも等しい武勇を持ち合わせたという、王国最後で最強の勇士の、幼き頃の冒険と、彼を取り巻く愛らしき娘達との旅物語だった。