聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
イナンナもクリスタも耳を疑った。ホーデンエーネンに向かう? そんなこと1つも話してくれなかったのに。イズヴァルトは何故?
イズヴァルトの第一声にマルカスが最初に駆け寄って問いかけた。
「イズヴァルト! そんな話聞いちゃいなかったぞ! てっきりイーガにしばらく滞在して、ホーデンエーネンとパラッツォの戦争を止める計画を練ると思ってたけどよォ!」
カントニアの武者達やエルフ達も声をあげる。場がよどめく。そんな事を考えていたのか。イーガの貴族たちは驚いていた。
「さすがはイズヴァルトさんだ……」
「キンキ大陸の平和の為、身を投げうつ覚悟をしているのか。どうりでホーデンエーネンの者らに愛されるわけだ」
「イーガにとってはた迷惑だけど、やれるかもしれない」
だが。イズヴァルトは述べた。
「拙者1人でホーデンエーネンに戻るつもりでござるよ。ひょっとしたら拙者は、善良で賢明なセイン陛下の為に、この手を血で汚す事になろう。厳しい内戦がはじまるかもしれぬ」
アヅチハーゲンで思い知ってしまったでござるよ。イズヴァルトは現地でいかなる事が起きているかを語った。パラッツォ教徒は虐殺され、各地で兵士達による狼藉が起きている。
裏切りと騙し討ちが相次ぎ、自分も殺されかけた。君側の奸を剣でもって取り除かねばなるまい。自分の手を汚す事になる。しかし、ようやくそこで、パラッツォとの和平の席が設けられるはずだ。
イズヴァルトの発言の間、国王は目をつむり聞き入っていた。先日起きた、何者かによるパラッツォ教徒の街区での殺戮。それを発端にした各地の事件。イーガの世論は真っ二つに分かれていた。
パラッツォ教がイーガを絡めとって来る心配はある。しかしあの教団の者らと話をしたが、基本的に平和的で平等だ。
(神の前では王も貧民も等しく同じ……王国を瓦解させる力を持つ考え方だが、国を治めて穏やかにし、愚劣な者が支配者側にいなければ良いだけのことだ。今のイーガをかんがみれば、儂はパラッツォを恐れてはおらん。)
国王は目を開けた。イズヴァルトに向けて言った。
「……その為にもイーガとしては貴殿に力をお貸しいたそう。だが、マイヤとの婚儀は為してもらうつもりだぞ?」
「その必要はござらぬ。拙者はマイヤにとってすでに過去の男。忘れ去ってしまってもよい代物でござる」
「イズヴァルト! 何を言う!」
去年のホーデンエーネンとの和議でマイヤが語ったことは、心を操作されての事だ。マイヤからも実際にそうだと教えられた。
「イズヴァルト、マイヤは今もお前に恋焦がれているぞ! 愛されたいと! うんちをしたおしりを毎日拭いてもらって欲しいと嘆いている! なのに、そう言いきるのか!」
「陛下。マルティン様とオットーどのがおられるではござらぬか……それとでござる。人の心というものは、いずれ変わるものでござるよ。恋の炎はいつしか途絶えて、愛情は冷めるものでござる」
マイヤを愛する気持ちはもう無い。イズヴァルトは鋭くにらみつけるイナンナやクリスタ達に目くばせしながら続けた。
「あのような身体で、拙者がこれから為そうとすることに加担するやもしれぬ。そうなると迷惑千万でござる……」
「それか! それがお前の本心か!」
「さよう。人として終わっている様な代物につきまとわれるなど、まっぴらごめんでござるよ。あんなものにさせたイーガという国も、拙者は深く恨んでいるでござる……」
国王らイーガの者らは凍り付いた。国王は思った。自分の首か。首なら持っていけ。マルティンや賢明な家臣らがいるからいつでも死んでいい。しかし、そんなことをすればイーガの王家の権威というのはがた落ちになる。
ゆえに黙るしか他無かった。それはこの場にいる貴族達もだ。何名かはイズヴァルトへの反論を頭の中で考え始めていたが、イズヴァルトはそれを待たなかった。
「イーガの方々よ! このような卑劣で冷酷な男がイズヴァルト=シギサンシュタウフェンだと知っていただきたいでござる! 拙者へのイーガの助けは不要! なれど、ここまで拙者にしたがってくれた方々には深いねぎらいと厚いもてなしを、いただきとうござる!」
それだけあればイーガの魔道騎士の称号も、富もいらない。自分は流浪の騎士だ。寸志だけ頂戴すれば御の字の立場。イズヴァルトはつきまとって説得し始めたマルカスを連れ、胸を張って宴会の場を出て行った。
着替えて荷物を取り、王宮を出るとイナンナら全員がついてきた。本当のことを言え。イナンナがイズヴァルトに詰め寄った。
「ここで話さぬ。イーガの魔道士たちが拙者らの話を盗み聞きするやもしれぬでござるよ」
「ほうズラな。けど、ホーデンエーネンに一人で行くというのはどういうつもりズラ?」
「アヅチハーゲンで打ちのめされたでござるよ。拙者は王だのイーガの大将軍だの、そんなものではなく陛下とともに王国を正しき道に向かわせる、忠臣になるべきだったでござる」
敵はパラッツォ教徒ではなく、我が物顔でのさばる近衛騎士団の中の悪人ども。つまりは国内の領主達である。
それらを成敗、あるいは討滅することで王国内のよこしまな勢力を一掃する。となると領主達が護衛に着けた亜人たちとも、血で血を洗う戦いを繰り広げる事になるかもしれない。
「しかし、マイヤさんを捨てるのは、どういうつもりズラ? ……いや、その為というわけズラな?」
「そうか。イズヴァルト、お前。だからあんなことを」
納得したマルカスにイズヴァルトは微笑んでみせた。
「それもあるでござる……けど、マイヤはもうあきらめた」
「ちょっと待て! なんだよそりゃ!」
「だからそれは王宮の外で話すでござる。拙者は『えくすぷれす』の最後の便か乗合馬車でホーデンエーネンに向かうでござるよ。この時間ならまだ、『えくすぷれす』はござろう」
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『えくすぷれす』はまだ便が残っていた。駅に着くと、どうしてもついていく。イナンナとクリスタとマルカスは言ってきかなかった。
「さようでござるか。命の保証はござらぬよ?」
「それはイズヴァルトさんのほうズラよ。オラたちが守ってやるズラ」
「というわけだ。他のみんなはイーガにとどまってカントニアとの連絡をつけてくれるそうだ。俺達は気兼ねなくお前を助けてやれるってわけさ」
「イズヴァルトさん。水臭いこといいっこなしずら。一緒に行こう。な?」
イズヴァルトはうなずいた。本当のところは1人ではつらいかもしれないと考えていた。エレクトラがいればもっと助かると思ったが、彼女のことはさっぱりと忘れよう。
これから乗る最終便は定刻より30分遅れると駅員から連絡があった。しかも終着駅はシガラーキの2つ手前の駅になる。
駅のホームに入った。イズヴァルトは目を見張った。イーガの武者達が大勢いた。それから、なぜここにいるのかと思った。オットーとマルティン王子、それから、義手義足をつけたマイヤが立っていた。
「イズヴァルト!」
マイヤの声。彼女は目を狂おしく輝かせていた。今にでも飛びつきたい衝動に駆られていた。それをオットーが腕をのばして止める。マルティンがゆっくりと歩み寄ってきた。
「イズヴァルトさん。話はおじいさまから聞きましたよ……せっかく来たのに、イーガを出られるのですね?」
「申し訳ないでござる。拙者はこの国を早く出たいでござるよ」
「父上のことですね。本当に言葉にするのが難しい……ご迷惑をおかけいたしました、としか今は。でも、僕はイズヴァルトさんにイーガを好きになってもらいたいと思います。それから……」
ここにいるマイヤは何があっても、イズヴァルトについていきたいと望んでいる。マルティンはマイヤに目を向けた。
「イズヴァルト。エルフさん達だけ連れて行くなんてずるいよ。私も、私もホーデンエーネンに連れて行ってよ!」
「……何を申しておるでござるか、マイヤ?」
「ばか! イズヴァルト、私の本心は変わらないよ! 貴方と一緒に生きていきたい! 貴方の側で死んでもいい! 私のこと、守り切れなくてもいいから!」
戸惑っているイズヴァルトに、オットーが素早く印を切って呼びかけた。マイヤもマルティンも宴会の席で君が罵ったことを聞いていない。
(なるほど。そうでござったか。)
(まだやり直せる。イズヴァルト、マイヤを連れ去ってくれ。ロゼ様やフェアディナント様のことは私たちで面倒を見るから。こんなにも君を慕っているマイヤを、悲しませないでくれ。)
(マイヤが産んだあかちゃん達でござるな?)
それは自分にとっても子供だ。過去の自分ならそう言い切ったはずだ。イズヴァルトはその場で右ひざをついて平伏した。
「マイヤ=カツランダルク殿下」
よそよそしい声だった。
「イズヴァルト……そんな呼び名はしなくていいんだよ? 私は貴方の妻なんだから」
「偉大なるホーデンエーネン王家の尊き姫様に、王国の臣、聖騎士団のイズヴァルトは申すでござる」
平伏したままのイズヴァルトにマイヤは嫌な予感を覚えた。やめてくれ。殿下などと言わないでくれ。
「イズヴァルト。それはもうやめよう。ね?」
「拙者、1人の女と誓い合ったでござるが、もはや愛情は冷め、その声も姿も疎ましいと思えてきたでござる」
「イズヴァルト! そんなこと言わないで!」
「その者は拙者にとって最悪の婦人でござった。拙者を利用するだけ利用しつくし、拙者よりもさらに身分の高いお人の側室となってしまわれたでござる」
イナンナが動いた。イズヴァルトの首根っこをつかみ、『えくすぷれす』の車体に叩きつけた。
「ならんズラ! おまん、そのような言葉を……!」
「しかも……その女はその身分の高き御仁に取り入る為と世の哀れみを受けるが為、わざと馬車にひかれて手足を失ったでござる。毒蛇の如き狡猾な、拙者の手に余る女でござった」
「イズヴァルトさん! たわけたことを抜かすな!」
イナンナに首を絞められたが、イズヴァルトはのどに力を込めてマイヤに呼び掛け続けた。
「かような人でなしがまだ、このイーガにいると聞き及んでいるでござる。見つけ出し次第討ち果たしていただきたい。それが姫様に頼むことでござる。さもなくば、このイーガから絶対に外にだしてはいけない。その女は出世栄達の為に己の腹の子を事故と装い殺したまでの人物。監視をつけなければ、イーガに災いを及ぼすでござるよ……」
マイヤは泣き崩れそうになった。なぜそんなにひどいことを言うの?
「ホーデンエーネンのイズヴァルト。その女の名は何というのだね?」
物が言えなくなっているマイヤを抱きかかえながら、オットーが問いかける。
「マイヤ=カモセンブルグという女でござる」
マルティンは駅員たちに呼び掛けた。イズヴァルトさんたちを乗せて出発してくれ。これ以上の罵詈雑言は耳に入れたくなかった。
イナンナ達は言い訳をするが、マイヤの耳には届かなかった。彼女は崩れて泣きじゃくるだけだ。『えくすぷれす』は出発した。車体が遠ざかって見えなくなるまで、マイヤはただただこう嘆いていた。
「イズヴァルト。ころして。ころして。私を殺してから行きなさいよ。あなたに見捨てられるんだったら、もう生きていても仕方が無いよ。イズヴァルトぉ……」
とうとう捨てられてしまった。自分が思い続けても相手には届かなかった。悲しみがいくらか落ち着き、考えられる様になった。
イズヴァルトにとっても自分にとっても、お互いはもはや過去の存在なのだと。思い知った彼女は翌日からもう、『マイア=テクニカ』に顔を出していた。
『生き急ぐ』から『死に急ぐ』へと変わる、彼女の後半生の始まりだ。後の世のホーデンエーネンの歴史家たちに、厭わしい仇名で呼ばれるようになる事を起こすのはそれからだ。