聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
終着駅を降りたあとも、イーガの兵士はイズヴァルトらについて回った。
イズヴァルトは思った。これでは本心をイナンナたちに語ることができない。マイヤを悪し様に罵ったのは彼女に思い切らせる為だ。
だから本当はまだ『想っている』のを知られたくはなかった。これから自分はホーデンエーネンで戦争をやりに行く。五体不満足なマイヤを一緒に連れ、危険に晒す事なんてできない。
マイヤは今、大事なときだ。自分の夢をいつでも叶えられる条件が揃っていた。世界有数の金持ち王国・イーガの王子の妻。ホーデエーネンの王家の姫。
それから、マイア=テクニカのという工房の持ち主。魔道具の開発者。何も自分がいなくとも、マイヤは成り上がってしまった。
いいや、そもそもだ。何も蓄財だの貴族との交流をしなくとも、時間が経てば、マイヤは王宮にお呼びがかかったのであるまいか?
(一緒に過ごした6年間、ただの無駄だったのでござるよ、マイヤどの。)
このつぶやきは皮肉ではなく、無念と絶望によるものだ。
(拙者のような出世できぬ愚か者のちからを借りずとも、貴殿ならやれたはずでござる。)
とはいえ、実のところはである。イズヴァルトは、去年の再開の時に悪し様に罵られてから、マイヤは自分がいないほうがいいと考え始めていた。
マイヤが自分を利用してきた。イズヴァルトは十分承知だった。そもそも出会った当初から、彼女はそれを隠さなかった。現金な娘だと呆れたりもした。
しかしそれ以上に彼女への恋心が強かった。自分はホーデンエーネン最強の騎士に。彼女は学者で大学の設立者に。一緒に出世栄達することを願った。
しかしだ。自分はいまだ聖騎士団のヒラ騎士のままだ。それを常々気にしていた。だから指摘されて心がえぐれた。マイヤのために国盗りでもやろうかと暗い妄想を抱いたことだってあったぐらいだ。
それから、お腹の赤ん坊も守れなかった事の引け目もあった。事故による流産ではないことは聞いていた。結局彼女も子供も守ってやれなかった。
(それすらできぬ男が、武を極め、天下一の騎士になって何になるのでござろうか?)
まったくの無意味だ。
(拙者の役目はとうに終わっていたのでござるよ、マイヤ。)
次会う時はお互い、目を合わさず軽く頭をさげるだけで通り過ぎよう。イズヴァルトはマイヤにそう言ってやりたかった。昔の男のことで思い悩むのは、有能な女にとって毒だ。
そのイズヴァルトの心の動きを、イナンナはなんとなくだがわかっていた。
(たわけ。おまんが思っていることぐらい、見抜けるズラよ。)
マイヤを捨てるという事は、相当に危険なことをやろうとしているのだとイナンナは見ていた。マイヤは、争いの世界では弱点になる。
(それと……あの嬢ちゃん、頭がいいと聞いてたけど、オラが想像したのとは違っていたズラな。)
四肢を失ってしまったのもあっただろう。容易に取り乱しがちに思えた。ああいうのはいくら頭がよくても、大事な所で踏ん張れない。
それと、どこか雰囲気がよろしくなかった。不健康そうだとか不摂生を繰り返してそう、とは別のところだ。
(不幸な女のにおいがぷんぷんしていたズラ……。)
イナンナから見れば、どこかはかなげな感じがある。まわりから長生きしそうと言われるけど、ふとしたきっかけで早死にするタイプに見えた。
マイヤは割合と運が良い女の子だったとイズヴァルトから聞いている。しかし人が持つ幸運の量は定まっているものだ。
(あの嬢ちゃん、幸運を使い果たしたっていう感じがしてならねえズラな。特にサキュバスの子孫ってのが、どうにも不穏ズラ……。)
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久しぶりにやって来たシガラーキの街は乱れていた。暴動が多発し、殺人事件もひっきりなしだ。理由は、1年前のホーデンエーネン軍の侵攻だ。それが尾を引いている。
ホーデンエーネン街区とイーガ街区の住民は、強くいがみ合っていた。ゆえにお互いの気に入らない相手を刺し殺したり、女を拉致して犯したりする。
さらにはホーデンエーネンの近隣の貧しい領主が兵士を野盗に仕立て上げ、イーガの商人を襲撃させて金品を奪うという事もあった。
街の周辺の野原には、新しい墓土がいっぱいできていた。それが陰鬱さを増していた。
その周辺でカラスたちが、投げ捨てられた赤ん坊の死体に群がっていた。その母親はホーデンエーネン人の強姦によって子を生み、縊り殺したのだ。
到着早々、イズヴァルトはイーガの行政官らの歓迎を受けた。酒を飲みながら話を聞く。ここ最近、イーガの街区にえらく腕の立つ盗賊団が出没している。
「是非にもイズヴァルトさんの手を借りたいのです。この街のありさま、ひどいでしょう?」
「さようでござるな。ひどいの二番底ぐらいでござる!」
「でしょでしょ? それで、その盗賊団というのがですね……」
夜中に商人の家を襲い、若い娘を拉致して町の外の原っぱで強姦する。人間のクズだ。ゴミ以下だが武勇は並ではなかった。
その夜。イズヴァルトはクリスタとマルカスと共に警備に出た。折りよく盗賊団と出会った。腕が立つのは確かだが、聖騎士団に入れる程ではなかった。
残らず縛り上げて行政官に引き渡す。それから尋問。ただの野盗ではなかった。
「俺らはホーデンエーネンの兵士だ。騎士階級ではないがな」
シガラーキ近辺の、とある小領主の下っ端家来と農民の次男三男坊。なかなかに善戦していたのは、道場に通っていたからだという。
「なんなのでござる、このていたらくは? これが誇り高きホーデンエーネンの武者が為す事でござるのか?」
外国での乱暴狼藉は国内と同じく刑罰が適用されるはずだ。しかしだ。王家は黙って見ているふりを続けるのでござろうか?
「ああ、その通りさ」
野盗のかしら格がつばを吐く。他の者達もやけくそ半分にうなずいた。
「パラッツォとの戦争で、そこまで手が回らねえんだよ!」
「おかげで金も女も好き放題、ってわけなんだがな、へへへっ!」
「見損なったでござるよ、貴殿らはホーデンエーネンの名を汚している。まさに許されざる者共でござる!」
イズヴァルトは叱りつけたが、野盗らは一向に考えを改める気配は無かった。数々の狼藉で味をしめたのだ。もっとやりたい。
「ならどうする?」
マルカスが問いかけるとイズヴァルトは剣を抜いた。無言で『野盗』らの首を刎ね飛ばしていった。同行していたイーガの行政官の目の前でだ。
「これでよろしかろう。見せしめも大事にござる」
「イズヴァルト……」
「マルカスどの。言うな、でござるよ。こうもせねば領主どのらはやめぬでござるよ。しかし、彼等を討つのは陛下と会ってから、でござる」
イズヴァルトは一切の慈悲をかなぐり捨てていた。こうでもしないとホーデンエーネンは変われない。そもそも、信賞必罰は大切にすべきと読んだ書物で学んでいた。国の恥は切り捨てなければならない。
イナンナとクリスタは何も言わなかった。これがホーデンエーネンの流儀だとイズヴァルトに言われてうなずかざるを得なかったのだ。急にカントニアが恋しくなったとクリスタがぼやく。あちらも戦乱続きだが、まだ、温情というものがどこかにあった。
「まさに修羅の国、ずらな……」
「昔のホーデンエーネンは、まだそこまでひどくはなかったでござるよ。しかし、罪は罪、でござる。ゆるされよ」
野盗達の首なし死体はホーデンエーネン側の街区の広場にさらされた。どこの所属していた兵士だったか。誰が処刑したか。記した立てかけ札を見て、住民は戦慄した。
「イズヴァルトが帰って来た! 俺達のイズヴァルトが!」
「でも、野盗もといあそこの領主さまの兵士を殺すとは、ずいぶんと思い切ったことをするね」
「あの心優しいイズヴァルトさんがこんなにお怒りなら、俺達も黙るしかねえな……」
イズヴァルトによる処刑は、少なくともホーデンエーネン側の住民に効果があった。その日を境にシガラーキでは住民同士の衝突が落ち着き始めた。
この行いはあっという間に、シガラーキの周辺に広まった。処刑された兵士らを派遣した領主や、同じことをしていた領主らは、イズヴァルトの行いに怒って出陣を決めた。国王家に無断でだ。
ホーデンエーネン領に入ってから2日経った。ヨーシデンからナガオカッツェにさしかかるその街道でイズヴァルト達は襲撃に遭った。領主達じきじきに兵を引き連れてだ。
その数、おおよそ500。お家自慢の猛者が多く含まれていた。中にはイズヴァルトの顔を知っていたり、話をしたことがある者もだ。
闇討ちで終わらせようとする思惑があった。名乗りもせずに攻めかかってきた。が、空を舞い真上から切り裂いて来るイズヴァルトらに敵う相手はどこにもいなかった。ただただ無残な屍を増やすだけ。
この聖騎士と異なる大陸の戦士たちの実力に、領主達はおそれおののいた。逃げよう。でもイズヴァルトは逃さなかった。イーガとの国境を乱し、ホーデンエーネンの名を汚した者らは残らず討ち取ってくれる。
「イナンナどの! クリスタどの!」
「任せろズラ!」
女エルフ2人は『紫電砲』で逃げる領主達に追い打ちをかけた。魔法に耐性を持たぬ彼等は電光に包まれた瞬間、身体を四散させた。
「誰か存ぜぬが生きて帰れると思うな! 我はシギサンシュタウフェンのイズヴァルト! セイン陛下を裏切る悪党どもを残らず討ち果たす所存にござる!」
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ヨーシデンでの戦いにもならぬ殺戮は、半月のうちにナントブルグにも届いた。3つの小領主から急な代替わりの報告を受けた直後にだ。
生存者を1人も残さぬこの戦いは、ホーデンエーネンの領主らに恐怖を振りまいていた。もはや『力持ちでやさしくて、お人よしで孕ませ上手な若武者』であるイズヴァルトではないようだ。あの男は平時でもバトルマシーンな存在になって戻って来た!
その日の夜。早馬からの報告を聞いた廷臣らは顔を真っ青にして話し合っていた。このままイズヴァルトを迎えぬままだと、いろんなところでよくないことが起こるかもしれない。
「イズヴァルト殿、めっちゃ『ばーさーかー』になって戻ってきましたよ?」
「イーガとの和を乱す輩や悪いことをする輩は、『お首ちょんぱ』にすると公言しているらしいです。あな、恐ろしや……」
「しかも、地獄の鬼みたいに強い女エルフ2人と手淫が好きそうなハゲ男を連れて……。」
「ナントブルグに戻ったら、何かを変えてしまうかもしれません。陛下に奏上いたしましょう」
話し合った廷臣らは、セイン王の寝所へ向かった。彼はだいたい夜になると、トーリ=カツランダルクと睦みあっていた。
この時トーリはセインの愛人となっていた。親族衆や大臣らが、より濃い血筋の子をのぞんだからだ。