聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
この頃、南天騎士団は実験的な部隊をいくつも編成していた。
火縄銃や火打ち石式銃を用いた鉄砲隊や銃騎兵部隊。飛距離を改善した連弩部隊に、各部隊との連絡を取る早馬伝令部隊など。
所属するほぼ全員が、平民出の兵士によって結成された。来たるべきパラッツォ教との決戦に備えてであった。手数は多いほうがいい。
どれも後の時代になって拡張され、南天騎士団や後継の軍団の主力として活躍するのだが、とりわけこの部隊は特筆すべきだ。
『六枚銅貨部隊』。
南天騎士団所属の下級兵士から選抜された特殊部隊だ。構成員は武勇こそ優れているが、犯罪や問題行動で何度も営倉にぶちこまれる者ばかりだった。
博打、借金の踏み倒し、私闘や強姦。あるいは命令違反の常習。知能が低い者も多くいた。彼等は皆、村や街から追い出された厄介者だった。
集めた者達はこう馴らされた。日常的にシマナミスタン産の怪しげな麻薬を配り、常に興奮している状態にさせる。命令に絶対服従させる特別な魔法をかける。これは単純な命令のみでの話。
過酷な訓練で鍛え、殺しにちゅうちょしない人格を与えるべく、南天騎士団の領外の村を襲わせた。この頃の盗賊による殺人の件数の約半分は、六枚銅貨部隊によるものだった。
常に戦いを意識させると必ず暴発が起こる。そこで甘い菓子を与えた。1人につきかならず3人の女があてがわれた。パラッツォ教徒の若い女捕虜だ。
しかもとんでもない精力剤でもある『甘露(アームリータ)』を支給されるから、彼等の性交は激しかった。あてがわれた3人の女はすぐに孕んだ。子孫を残せたから心置きなく死ねるというものである。
この部隊、全滅覚悟の決死隊でもある。二度と帰ってこないことは織り込み済み。六枚銅貨は黄泉への旅賃といい伝えられているとおり、死兵として戦わされることになった。
当時でおおよそ100名。ナントブルグに砲撃を加えていた南天騎士団の軍勢に、その内の30名が参加していた。
六枚銅貨部隊は他の部隊より優遇されていた。パラッツォ教徒より製法を学んだ『甘露(アームリータ)』を精力剤代わりに飲み、陣中の天幕で出撃の時まで、専用の娼婦たちと狂ったように性交を繰り返していた。
同じ天幕で寝起きするが、常にどろどろとした性のにおいが立ち込めていた。風呂に入らず、ただただ娼婦たちをとっかえひっかえして放ち切るまで交わるからだ。
娼婦たちのほとんどは、年貢を収められなかった農民の幼い娘達である。11歳から14歳ぐらいの嫁入り前。皆がみじめにやせ細っていた。
しかし連れて来られた時には既に処女ではなかった。恋人、あるいは親兄弟に膜を破られた者ばかり。貧農の娘というのは大体がそうだ。
天幕の中で泣き叫ぶ声が続いているが、そんなのは気にはしていけない。彼女たちは親に捨てられた、生きていられない者だと思え。同行する兵士達はその様に腹をくくった。
今日もまた、乱暴されて死んでしまった娘が1人、掘られた穴に放り込まれた。埋葬に参加した騎士達は涙ぐみながらもこう思う。
荒武者達の死出のはなむけの役目を成し遂げたのだ。それは讃えられるべきである。喜ばしきことである。娘の死体に土をかけながら。
「それもこれも、あのイズヴァルトさんが相手になるからだ!」
「そうだっ! イズヴァルトさんに勝つには、六枚銅貨部隊のちからが必要なのだ!」
天幕の中で雄叫びをあげる男らと、すすり泣く娘たちの声を耳にしながら、兵士たちは持ち場に戻った。
しばらくして太鼓と角笛が鳴らされる。国王側の使者が来るなら様々な吹奏楽器を用いた明るい曲が鳴らされるが、こっちはただただ不快なだけ。つまりは敵襲だ。
国王軍側が打って出たか。違う。物見役によればたった一騎。途中で馬から降りたという。兜からのぞく顔を見た者は驚いた。
イズヴァルトだ。まぎれもなく千にも万にも匹敵する武者と恐れられた男である。カントニアから戻って来てから容赦しない悪鬼になったと噂されている。
物見が武将らに知らせる。皆が青ざめた。武装したイズヴァルトに勝てる男はまずいない。しかしやらねば。
「イズヴァルトさん、ごめんなさい!」
「命令なんです! 仕方が無いんです!」
「俺達は敵になっても、イズヴァルトさんは慕っていますから!」
などと思いながらこの軍団を率いていた大公らに報告。彼等も国の英雄と一戦を交える事を、覚悟していたのにいざその場に臨むとなると逡巡した。
しかし意気軒高な連中がこの中に数名いた。イズヴァルトによって親や兄を討たれた小領主達、つまりはイーガ国境で狼藉を行った領主の跡継ぎ達だ。ここで仇をとってやる。
出陣の角笛は若きロード達の命によって吹き鳴らされた。聖騎士イズヴァルトをここで葬ってやる。その怒声は天幕で泣きじゃくる少女達を蹂躙し続けていた六枚銅貨部隊の猛者どもに届いた。
彼等はやって来た薬師によって、すぐさま嗅ぎ薬を吸わされた。痛みを無くし闘志をかきたたせる麻薬だ。いきりたった者のうち何名かが、散々精をぶちまけた娘を外に引きずり出し、殴り散らして骸に変えた。
死兵たち30名が武器と鎖帷子を取った。復讐を誓う指揮官達や弩弓や鉄砲を携えた射手らと合流し、陣を出た。
イズヴァルトは柵へとゆっくり歩いて向かっていた。そこに騎馬の武者2名が大声で呼びかける。
「シギサンシュタウフェンのイズヴァルト! 我はタバルディア家当主、レンスティン=タバルディア!」
「同じく、その弟のロデリック=タバルディア!」
「我らが父ギルドヴィックと長兄・イムヒムの無念、ここで晴らさせてもらう!」
六枚銅貨部隊が2人の前に出た。幅広の剣を持ち、手甲や兜以外は平服だ。全員が血走った目で、汗と精液が混じったきつい悪臭を放っていた。
はんぶんエルフの改造手術を受けたイズヴァルトは、遠くにいた彼等のにおいを確かめていた。体臭に交じって妙な薬のにおいがする。ひどい薬を飲まされたのでござろうか。
「行け! イズヴァルトめを討つのだ!」
応、と唱和。鬨の声がこだまする。イズヴァルトは呼びかけた。死にたくなければそこをどけ。しかし六枚銅貨部隊の男達は答えなかった。
大きな体から臭い息を吐きながら、標的に向けて殺意の視線を飛ばし続ける。イズヴァルトはゆっくり歩いていたのですぐに囲まれてしまった。
「しねえ! おれんだ! えものぉ!」
舌ったらずに叫ぶ正面の大男が最初に襲い掛かって来た。ブロードソードというよりは鉈の様な剣をぶん回す。動きはかなり早い。
しかしイズヴァルトの武芸には到底及ばぬ。たちまち肩を棒で打ち据えられた。しかし男は痛みで顔をしかめたり倒れもせずに、ほくそ笑むだけだった。
「やはり、おくすりでござるか!」
イズヴァルトは確信した。奇声をあげる者。両目の間隔が不自然に開いている顔の者を見て尋常でない集め方をされた兵士達だと気づいた。
それから他の者らがわあっと雄たけびを上げながら、一斉にかかってきた。蹴散らすがしぶとく攻めかかる。殺さずにおくのを諦め、背中の『覇王の剣』を抜いた。
相当に鍛え抜かれた戦士達だ。四方から狙ってくる刃をかわし切れず、鎖帷子が幾度も切れ込まれた。しかし六枚銅貨部隊の連中もただでは済まされなかった。イズヴァルトの剛剣で腕や首を刎ね飛ばされ、胴体を横一文字に真っ二つにされる者が次々と出た。
腕を断たれても襲い掛かって来るのを見ると、イズヴァルトは怒りを覚えた。麻薬で痛みを封じられているでござる。斬り込み役の武者が服用するやつよりも、もっと強力なものだろう。消耗品扱いの廃人たちだ。
「死兵でござるか! ならば! 拙者が貴殿らを皆、マハーヴァラ様のもとへお送りいたそう!」
この場にいる30人全員をあの世送りにしようと、イズヴァルトは気迫を込めた。バトルマシーンと化すこの男を殺せる者はここにはいなかった。六枚銅貨部隊の猛者どもは次々と、犯し殺した娘らのあとを追う。
凄まじい。タバルディアはおののいた。しかしイズヴァルト憎しと燃え上がる他の領主達が射手隊に命じた。
「撃て!」
弦が鳴る音と火薬が爆ぜる音が鳴り響く。矢と鉛玉が放たれて決死隊の面々をなぎ倒す。イズヴァルトは叫んだ。同士討ちも辞さぬつもりでござるか!
「なんという思い切った策! あっぱれ、とほめたいでござるが、外道と罵らせてもらう!」
イズヴァルトは首を切り離した1体の屍をつかむと、印を切って足をかついだ。そのまま敵側に放り投げると屍は爆散した。物を爆弾にする金色エルフの魔法だ。殺傷力には乏しかったが、足元にまで飛んできた肉片を見て兵士達は恐怖した。
弓隊と鉄砲隊がひるんだ。イズヴァルトは印を切りながら殺到する。矢が飛んできたが手前で弾かれた。防護魔法だ。持って15秒。しかしそれまでには間に合った。
タバルディア兄弟が馬を駆って襲い掛かる。イズヴァルトは跳躍して兄のレンスティンに兜割り。
死体となりつつある男の肩に足をかけると、それを踏み台にして兄の名を狂ったように叫ぶロデリックの右肩をずばりと斬った。
深手を負い、大量の血を流しながらロデリックは馬から落ちた。黄泉路への御供をつかまつろうとやって来た兄弟の家来数名も斬り滅ぼし、イズヴァルトは敵陣に突っ込んだ。
その時丁度、クリスタとイナンナが武器を持って現れた。サキュバスのオーラフに頼んで転移魔法で連れて来てもらったのだ。
「お二人とも!」
「加勢するズラ!」
「あんまりやりたいいくさじぇねえずら! けど、イズヴァルトさんにもしもの事があったら、マイヤさんとマルカスに申し訳たたねえずらよ!」
エルフを2人加えての突撃は、南天騎士団を恐怖せしめるものだった。何段にも揃えた厚い陣構えが突き崩される。伝令からの知らせを受けて本陣にいた四大大公らは顔面蒼白になった。
「たった3人で? 3人でか?」
「や、やはりイズヴァルトにはかなわない。和議を結ぼう」
「い、いや。まだ我らには切り札がいる……ムカリ! ジェベ! チラウン!」
コーノフェルト公の呼びかけとともに、3人のゴブリンが現れた。皆が明らかに嫌そうな顔だった。イズヴァルトの噂は聞いている。ムカリが最初に尋ねた。
「逃げる準備ですか? お任せください」
「ちがう。君達には病で臥せっているナガオカッツェ様への忠義を果たしてほしいのだ。イズヴァルトを倒してくれ」
「……難しいでしょうな。勝率は5分どころか1分もない」
それでも頼む。コーノフェルト公が頭を下げるとジェベが忠告した。俺達が逃げ帰ったら白旗をあげるように。そうしよう。イコーマブルグ公が苦々しくつぶやくと3人は出ていった。
イズヴァルトがムカリらと対峙したのはそのすぐ後だった。突き進むうちに足元の草が絡まり、それを解こうとしている時にイナンナの注意を受けた。
「手ごわいのが来るズラ!」
3人のゴブリンからの最初の挨拶は、3方から飛んできた手裏剣だった。ハルバードで弾いたクリスタは、その1本を拾ってまさかと驚く。
「……これは、ムカリさんの部族の手裏剣ずら!」
「その通りさ、クリスタ=オブラーヤさん!」
3人のゴブリンが現れた。イナンナは戸惑った。ヨーシハルトスの暗殺を妨害した手練れのゴブリンたちなのを思い出したからだ。
彼等は冷たく光る片刃の小剣を抜いていた。ムーツのゴブリンが扱う玉鋼の剣だ。クリスタが注意を促す。あれはきわめて切れ味が鋭いずら。
「あれはなあ、ミョーゲチャコフの『騎馬愚連隊』が持っているもんより頑丈ずらよ! かみそりみてえずら!」
「きばぐれんたい? なんでござる?」
「ムーツ地方最強の騎馬隊ずら! 金色エルフやゴブリンさんらの親戚ばっかで構成されているずらよ!」
ムカリが飛び出した。イズヴァルトに襲い掛かる。速い。たちまち接戦となった。懐に飛び込まれたイズヴァルトは、手甲による体術でムカリと接した。
華麗な剣の舞だった。なかなか隙を伺えられない。相当に手ごわいと認識させられた。たちまち陰茎が勃起し、どちらかが倒れるまで戦ってみたいという性欲にも似た武人の欲が起こってしまった。
(これが、ゴブリンどのらの剣でござるか。)
ゴブリンが毒を用いた闇討ちしか得意でないと決めつけたのはどこのどいつだ?
穴倉にひそみ、カラスみたく集団で襲い掛かる弱い種族だと何かの物語は書いていたが、目の前にいたのはエルフに匹敵する戦士であった。
ムカリは印を切ってイズヴァルトに馳走する。上から空気矢が雨あられと降り注ぐ魔法だ。エレクトラに似たような魔法を受けた事があるイズヴァルトは気づき、転がってことごとくかわした。
「やるなあ! ホーデンエーネンのイズヴァルト!」
とはいえイズヴァルトも念じ切っていた。小細工は真似できない。覇王の剣のとっておきをくれてやる。立ち上がるとえい、と剣を振った。
途端、ムカリは上から激しく押し付けられる感覚を覚えながら地面に突っ伏していた。覇王の剣が持っていた重圧の魔法だ。なかなかに身動きが取れない。
イナンナとクリスタも、ジェベとチラウンを苦戦させていた。ゴブリンのお友達が多く、彼等の武術をよく知るクリスタの助言でイナンナはジェベを圧倒できた。
ゴブリンの弱点は背が低く非力なところにあった。なのでわざと体当たりや武器でのつばぜり合いに持っていけば、相手を苦しめられる。かみそりの刃みたく鋭い剣の特性を奪う戦い方をすればよいのである。
もちろんジェベ達は織り込み済みだった。クリスタとイナンナは腹や腕に傷を負っていた。しかし彼等の剣は骨までは断ち切れなかった。お得意の毒刃もエルフには無意味だ。
「くそっ! やはり手ごわい。イズヴァルト!」
「往生するでござる!」
未だ地べたでもがくムカリに、イズヴァルトは引導を渡そうと飛び掛かった。クリスタがやめろと叫んだが興奮していた彼は聞かなかった。
が、そのとどめの一撃はムカリには届かなかった。今まで体験したもので最も重い刃が、イズヴァルトの覇王の剣を受け止めていた。
目の前には黒く、大きな影があった。受け止めたのはそれの右腕が掴んでいた、太くて長く、重そうな漆黒の剣だった。