聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
「拝啓。2カ月前の事、今年の5月となりますが、釣れたという話が本人から手紙で届きました。あの人物は商人の経験者をとても欲しがっていたようです」
チンゼー南東部のヒューガスタンの王都にある産院で、エレクトラ=ガモーコヴィッツは、その出だしで始まる甥の手紙を読んでほくそ笑んだ。
この手紙は出した人物の直筆ではない。各国に潜むイーガの工作員達が通信魔法のリレー方式により書き写したものだ。このヒューガスタンにもイーガの間諜が市井に紛れて暮していた。
この産院がまさにその拠点だった。産院には外部の治癒魔道士らが出入りしていた。彼等はチンゼー人やシマナミスタン人だが、イーガ人を親に持つ二世だ。魔道の勉強も片方の親や親戚の母国でみっちりと学んだ者ばかりであった。
イズヴァルトの腹心であり15歳も離れた年上の愛人、エレクトラ=ガモーコヴィッツは、イズヴァルトが世界に名をとどろかせる武者となる為、大人しく女房役としていたわけではなかった。裏ではイズヴァルトとイナンナが危険視した人物を抑える陰謀を巡らしていたのだ。
その役割を担ってくれる『埋伏』の1人がトーリの陣営に入った。その人物とは何度か顔を合わた事はある。かなりのやり手だということも知っていた。運が良ければ小国の経済官になれそうなぐらいなのだが、うろんな商品の密貿易者に身を持ち崩していた。
「ここからが搦め手攻めのはじめ、というところですかね」
誰もいないのをいいことにエレクトラは、悪い顔をして「にひっ」と笑う。丁度その時に部屋の扉のノックの音を聞いた。娘の父親、イズヴァルトの面会だ。エレナを産んでからこの10日間、イズヴァルトは娘に会いに来てくれる。母親はいまだ信用されていないが、娘は可愛いみたいだ。
(さて、ここからは埋伏の毒がどれだけ頑張れるか、にかかってますか……)
とはいえこれだけが毒ではない。声をかけた時にイズヴァルトの顔が見えた。カントニアにいた時より自信に満ちた顔をしていた。
彼はこのチンゼーで、着実に武者としての名を高めていたのだ。
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オルガスムナ領にあるマイヤの鉄砲工房と商会は今日も活況だ。幼い領主が慕う少女の行先についていって増々火が消えたような領主の館と大違い。
それもこれも、この工房で造られる鉄砲が売れに売れているからだ。工房を統括するのは魔道士のエウレカ=リットフェンテルト。そして彼女の片腕であり商会を切り盛りする人物こそが、トーリとマイヤ不在のオフィスの仕切り役であった。
タルッホ=ユッキカル。祖父にシマナミスタン=ドワーフを持つクルシマーヴァラ人だ。元は南の海で活動する女商人だった。
この時、歳は60近くだが40代ぐらいに見える若々しさがあった。背が低いドワーフの血が流れているくせに身長は180近くもあった。体重も120キロほど。とても大柄だった。
その日はよその領地から商人や職人を招いての会議があった。タルッホは皆の前に立ち、大きな身体を揺らしてこう述べた。
「さて、この鉄砲というものでございますが、何もマイア=テクニカのみで造るだけに留まらず、各地の領主さまがたの工房でも造れるようにすればいいのです」
マイア=テクニカが鉄砲づくりのマニュアルを作成し、鉄砲を造りたいホーデンエーネン各地の武器工房に譲り渡す。
「それは、我々の儲けを減らすことにならないか?」
「そうですね。私はその製法を記した書を、無料か安い値段で買えるようすると考えております」
「ますます肯定ができない案だな……」
「ですがね、そのマニュアルには大事なことを書かせません。例えば命中精度を高める機構や過酷な使い方に耐えらる冶金方法を記さないなど。我が社の製品よりも低い品質の代物しか造れないように記すのです」
劣化した量産型のマニュアルというわけだ。マイア=テクニカの本当の製法は教えない。差別化、いわばブランド化させる。他より「高品質で高性能です」を皆の頭に叩き込ませる。さすれば、他の工房よりも高い製品だろうと買う客が出てくるわけだ。
「ほう。そういう考え方もあるといえばありますなあ……」
会議に参加した者らが語り合う。このやり方、いけるんじゃないのか。感触が良かったのでタルッホは話を続けた。
「その上にです。鉄砲の製法を記した書を得られるのは、我が社から許可を得た工房のみに制限する法律をこの国に設けるのです」
特許に関する権利と法律である。鉄砲の技法はマイア=テクニカ社が所持しているものとホーデンエーネン王国に認めさせる。
製造の許可を得た工房には、毎年売れた分の1割ぐらいのあがりを、マイア=テクニカあるいは経営するアスカウ公、はたまた工房を持っているオルガスムナ家に上納させるようにする。ホーデンエーネンのマイア=テクニカは実質、アスカウ公のものであった。
こうした権利や法律は、ホーデンエーネンではあやふやだった。筋肉バカばかりだったから細かい気配りができる法律を制定できなかったのだ。
しかしイーガや文治が進んでいる国々では、すでにこうした権利や法律は整備されているし守られている。イーガのマイア=テクニカは『たぶれっとぱっど』の模造品を作る魔法工房から毎月たくさんの上納金を得ていた。
これをホーデンエーネンでも採用させたい。タルッホは皆に力説した。もちろん特許書類やマニュアルには権利について、ねちねちとした記述を施しておくようにする。ホーデンエーネン国内で『鉄砲』を作る時は、その概念を造ったマイヤやその子どもらに許可を得ろ。未来永劫だ。
「穴が空いた筒で火薬を使って弾丸を飛ばすものは、すべからく鉄砲という概念にあてはまる。そういった文章を入れれば大義名分がたちます。裁判などで役に立つでしょう」
ほうほう。なるほど。職人や魔道士たちがうなずいた。こうした法律に彼らは疎かった。そんなことを知らなくても金は稼げるし牢屋にぶちこまれる目に遭わなかったからだ。
この案についてタルッホはすでに、トーリに上奏していた。彼女がナーガハーマに発つ前、登用の面談があった時にだ。この案をトーリはひどく感心していた。その面談のすぐ後に、トーリは宮廷に働きかけた。
そして今、宮廷では法律づくりの法案づくりが進んでいた。この法律は1ヶ月後に制定されることとなる。マイア=テクニカにものを作らなくても銭が入って来る仕組みであった。
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タルッホ=ユッキカル。のちのち歴史書に『名』を残す、クルシマーヴァラ出身の元女船商人だ。
ホーデンエーネンの歴史書においては「前半生は謎が多い」と記される彼女だが、母国のクルシマーヴァラでは一応、彼女の生い立ちを記す書物がある。彼女の死後20年後ぐらいに書かれたものだが。
彼女はクルシマーヴァラ国の貧しい港町の出身だ。ドワーフの祖父とはんぶんドワーフの父は、彼女を捨てて去っていた。2人とも妻が嫌になって出ていったのだ。
どちらも、とにかくかんしゃくを起こす頭の中身が貧相な女だったらしい。計算やものを満足に考えられぬ、足りないところもあったという。タルッホにはニンゲンの父親からなる弟妹が3人いた。
母はタルッホが10歳の時に死んだ。船乗りの恋人に借金を押し付けられて取り立てられ、タルッホら子どもたちと崖から身を投げた。頑丈なタルッホだけが生き残った。
タルッホは親戚に預けられたがすぐに働きに出された。船娼婦としてだ。10歳から生理が始まる17歳まで、タルッホは船に乗り込んで欲求不満な船員たちの相手をする仕事を続けた。休みはなかったが彼女は楽しんだ。そして金も手にした。
その船員たちの中に、将来船商人を夢見る男がいた。タルッホはその男を好いていたのでくっついた。その男が一人前の商人となったらおかみさんとして手伝おうと思い、一緒に船商人の弟子入りをした。しかし男は3年後に疫病で死んだ。
しかしタルッホは多くのことを学んだ。船商人として必要な法律や船舶、交通の知識を習得すると、股で稼いだ金を元手に事業をはじめた。
隣国のウワジラプタから海外輸出ご法度な麻薬の原材料を買い付け、クルシマーヴァラの畑で採れた香辛料の袋に隠して売り飛ばす闇交易がそれである。彼女は若い頃にそれを手掛け、一時期御殿を建てる程に儲けた。
闇貿易界隈からは『クルシマーヴァラのケシ花女王』と呼ばれるようになった。ただ栄華も10年ぐらいで終わった。とうとうクルシマーヴァラの船役人に船を拿捕され、財産を没収されたのだ。
タルッホはクルシマーヴァラで商売ができなくなった。知り合いを頼って隣国のサヌキスタンや南のアワッヒド国で、交易商人相手の特殊な商売をはじめた。エウレカ=リットフェンテルトと出会ったのもその頃だ。
その商売というのが、どの国の商売に関する法律の弱点を教えるというものだ。サイゴークやチンゼーで隠し荷を用いるなどの商売をしていたタルッホは、そうした法律について人一番敏感になっていた。
そして彼女はホーデンエーネンに入り、トーリに登用された。マイア=テクニカの戦略を担うこと役目を得た。軍事とおまんこのことばかりで頭がいっぱいのホーデンエーネン貴族は、彼女から見れば実に隙を付き易い相手ばかりだ。
タルッホ=ユッキカル。友人のエウレカ=リットフェンテルトとともに、『姫宰相殿の懐刀』と後々の世の史書に名付けられることとなる。しかし活躍できたのはほんの短い間だった、というのも付しておこう。