聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
パラッツォ教の枢機卿の一人、タカミ=ジュンはその知らせを受けて信じられぬ、とつぶやいた。コーザ=ストーンマウントが『法悦』で競り負けた。ホーデンエーネンの小娘に。
「本当の話か? 冗談にしては悪すぎる」
語気が強くなってしまった。柔和な言葉遣いをよしとする彼の価値観においてだが。その司祭騎士はカナザワース島に戻って来た教主から直接聞いたという。1か月前だ。
コーザは一度負けた後に改めて王国の『国賓』としてナーガハーマに滞在し、セイン王らの前でパラッツォ教の教義と本当に求めるものを語ったという。世界平和なんてあほらしい、と多くの貴族達は鼻で笑っていたが、セイン王は割と熱心に聞いていたそうだ。
それとその滞在中、コーザはトーリと何度か『試合』をしたそうだ。でも勝てなかった。トーリを気絶させる前にコーザの『聖根』はへなへなになってしまったらしい。
「コーザ殿の『聖剣』が……おぞましい話ですね。おひとりだったのですか?」
「いいえ、同行して先に戻られたカヅノ=サトシ様とセイジ様も教主様に呼ばれ、トーリ姫を堪能されたとのことでございます」
兄弟はトーリに魅了され、骨の髄まで吸いつくされた。ツノが生えていない『忌み子』ではあったが、オーガ族である兄弟は精力絶倫であったし回復力も凄まじかった。だが、不能になりかかるほど尽きてしまった。この半年は性交ができないほどに燃え尽きてしまった。
「教主様もカヅノ様も、カナザワース島の本山にてお休みになられております」
「こほん。そうでしたか……これはイプセン司祭ら海外組に話してはいけません。いずれ察するでしょうが、教主殿は性愛に関して不敗であるべきお方。もし聞かれてもトーリ=カツランダルクは教主様の虜になってしまった、とお伝えなさい」
正直な教主がそんな風に言うだろうか、とその司祭騎士は首を傾げた。だがタカミ枢機卿の言葉は信用できる。今のパラッツォ教が1つにまとまっているのは、コーザ=ストーンマウントという性豪が持つカリスマであり実力であったからだ。
その司祭騎士が部屋の外で待っていた女信者らとともに出て行くと、タカミは部屋のもう1つの扉の先に入って行った。天井が高く広い部屋だ。そこは様々な実験器具や装置が置かれており、その中央では歯車や加工された木板などが並べられていた。
台の上に並べられた部品を見る、2人の若い男に近づく。同じ枢機卿のマツウラ=マサトとワタナベ=ノボル。どちらもオーガ族の『変わり種』で膨大な魔力を持ち、神聖魔法を駆使出来た。タカミと浅からぬ縁があった。
「……話をきいたよ。コーザが負けたとはな?」
3人の中で一番背が高くてやせっぽちなマツウラが口を開いた。カリスマなどというものはそういうものだろう、とワタナベが言った。彼は少し背が曲がっている。それと少し目が悪い。研究とカントニア産の『げーむうぉっち』のやり過ぎのせいだ。
「マツウラさん。コーザが負けたとなれば潮目が変わるかもしれん。早いうちにこの『黙示録の騎士』を量産段階まで持って行って、教団に使ってもらわねばならないな」
「また忘れているな、ワタナベ。コーザは『お遊び』の為に俺達に工房を作ってくれただけだ。あいつは『聖マサタクトゥスの術式兵器』を戦争に使わんだろう。あるとするなら、偵察用の『福音の童子』ぐらいのはずだ」
『黙示録の騎士』は空を飛び、投擲武器や神聖魔法で敵を真上から攻撃するからくり人形だ。姿は白い翼が生えた美しい女や鎧騎士を模している。『福音の童子』は愛らしい赤子をモデルにした偵察魔法の道具だ。一方の3倍の速さで空を飛べる設計。どちらも彼等が天使と呼ぶ者の姿をイメージしていた。
「俺達が知る『黙示録の騎士』よりはだいぶ劣化しているだろうが、それでもこれがあれば攻められた時に優位に立てる。あのやかましい、クボーニコフの海賊どもを黙らせることができるはずだ」
ワタナベが言うクボーニコフの海賊というのは、クボーニコフの王国水軍のことだ。しかも精鋭と言われる、海賊オーガを主軸とする北海艦隊。カントニアから有翼人の傭兵を雇い入れ、パラッツォ教団の船や港を略奪して、教徒を奴隷にし、金品を我が物にしているという。クボーニコフのお家芸でもある。
「クボーニコフは仕方がありません。オーシラ教の信仰が強く、説き伏せることはできない。パラッツォ教を敵視している」
だからいずれ、本腰を入れて戦争をすることになるだろうが、サイゴークとホーデンエーネンの戦線の決着をつけるのが先だろう。ワタナベとマツウラは、教団は手を伸ばし過ぎていると嘆いた。
「戸籍の上では2億、いや、もっといるか。エチウの島々にはあふれかえるほどに人が沢山いる。『甘露』の原料さえできれば耕作地は事足りる」
「でもそんなに多くのニンゲンを有効に用いるのは、奴隷商売と戦争しかないだろう。マツウラさん、コージュの『愛の教え』は理想に過ぎましたよ。人が増え過ぎた世界のことを考えちゃいない。増え過ぎたら、食べ物や資源を巡っての『最終戦争』だ。そう呼ぶいくさが何度も繰り返される」
「ノボル、そうじゃないんだ。『甘露』の研究をやっているクニキダとサクラウチから聞いたか? 『甘露』はとんでもない副作用がある。そればかりを飲む一族の破滅をもたらす恐れがあるそうだ」
タカミとワタナベにとって初耳だった。寿命の事か。それもあるがもっとひどいらしいとマツウラは言った。
「『甘露』だけで生きるとある一定の世代から寿命が短くなり始め、子が産まれなくなる。それだけではない。生まれてすぐに死ぬ奇形の子も生まれる様になるそうだ」
動物実験で確かめたそうだ。それを主食にし、毎日3回も4回も飲んでいる一族に起こる。その習慣を始めてから10世代目あたりから始まる。他の食物をとってもだめらしい。『甘露(アームリータ)』はそもそも、生殖や病原菌の抗力に関わる遺伝子を無理に活発化させる代物であったから、そのせいで遺伝子が疲労し、奇形になってしまう恐れがあった。
「2億以上の人口を持つ世界最大強国も、いずれはもとの寒村ばかりの島々に戻るだろう。パラッツォ教も今が隆盛だ。コーザが天下を狙うなら今しか無い。その為の手助けをしてやりたかったが……」
自分達の『秘術』は用いられず、技術がまるで劣っている鉄砲なんかを有難がる。あんな『レトロな模造品』なんかでやる戦争などばかばかしい。マツウラは吐き捨てた。
エチウに伝来し生産されている鉄砲は粗悪品ばかりだ。しかし年が明けてすぐ、ホーデンエーネンの使者が本山に現れて1冊の技術書を贈った。マイア=テクニカ社が作った旧式銃の製法のマニュアルだった。
これはホーデンエーネンとパラッツォ教の、和平の条件にあったものだった。ホーデンエーネン王国暦351年1月。彼等は一旦矛を収める条約を締結した。ホーデンエーネンにパラッツォ教徒の街が造られるのを認められた。北部は昔の様に、エチウ島から人や物資が行き交うようになった。
そしてマイヤが作り出そうとする新しいナーガハーマも、完成に向けて動き出そうとしていた。後の世にパラッツォ教徒の街と知られる、オーミゲニア連邦の首都の誕生だった。
□ □ □ □ □
和平がなり、街づくりに従事する者は5万から10万に膨れ上がった。パラッツォ教徒は『甘露(アームリータ)』さえ飲めば生きていける。精力剤として作っていた北部諸侯の各地から常に届いていた。教徒は王国の人夫の半分の給料で良いし働き者。とても役に立つ労働力だ。
物資が足りないという恐れがあったが、街づくりのための資源はそこらにあった。材木は南のマイバラーフェン大森林からいくらでも伐採できる。南側に労働者たるパラッツォ教徒の平屋が立ち並んだ。これが密集住宅になるのは数十年先だが、マイヤは城から見下ろした住宅群に、前世で見たニュータウンの姿を思い出して感慨に耽っていた。
(すごいな、新しい街って。これから育つ街だぞ、っていう元気さを感じる……。)
本当は街中に行きたい。けれどもトーリから止められていた。道のそこら中に糞尿が落ちて汚いからだ。トイレのことも考えるべきだったとマイヤは思った。10万人というのがどれだけのものか、計算していなかった。疫病が発生する前に設けよう。
(子供達もできるだろうから学問所や病院とかも必要だよね。あれもこれもやりたいことがたくさんあるなあ。)
床屋や仕立屋、食料品店も。大衆浴場も考えていた。エチウの民は風呂好きが多い。彼等は作った集落に蒸し風呂小屋を建てていた。混浴でパラッツォ教徒はそこで『法悦』を楽しんだりもする。パラッツォ教徒の女は分け隔てなく股を開くので、ホーデンエーネンの兵士らも薪や食べ物を持って厄介になるのだとか。今のところ娼館はいらないだろうな、とマイヤは思った。
タッカテオッキ河とアネガウ河をつなぐ東側の幹線道路を見た。おおよそ形になりつつある。とりあえず二車線を設けるよう指示しそうしてくれた。道に敷石を詰める作業にとりかかるところだが、とりあえず道の真ん中だけ敷けばよいと提案した。土の道のほうが馬の脚に良いだろう。石畳は輜重車が通る為に使ってもらうつもりでいた。
自分の描くものが作りあがっていく。マイヤは快感を覚えた。仕事の達成感は良いものだ。とはいえ、少なからずわだかまりを覚えている。もし前世であんな早いうちに死ななければ、あるいは、イズヴァルトと別れるハメになっていなければ、もっと充実しただろう。
(イズヴァルト、戻って来てよ。私がした大仕事、一緒に見ようよ?)
それから褒めて欲しい。やりやがったでござる、と嫉妬してほしい。嫉妬すればイズヴァルトは頑張るはずだ。困っている国の人々を助けたり、どこかの武術大会で優勝して見返しにきてくれる、まあそれ以前にちんちんがいらいらとしっぱなしになるだろうから、存分におまんこと尻穴エッチが楽しめるという狙いもあったが。
(……やっぱり、イズヴァルトがいないと空しいよ。ずっと側にいて。私もう、貴方がいないと心と体が駄目になっちゃったんだよ。)
寂しさと虚ろさだけは、いくら他の男とセックスをしても埋められなかった。
□ □ □ □ □
コーザ=ストーンマウントは労働力だけでなく、ナーガハーマ拡張における資金もいくらか提供した。マイヤのポケットマネーや税金の支出は、それでいくらか軽くなった。
資金を提供してくれた原因は、鉄砲の製法だ。旧式の火縄銃と火打ち石銃のだがそれでもエチウの工房の粗悪品に比べて遥かに出来が良い。トーリは技術書と権利書を作らせ、ホーデンエーネンとイーガにある法律を制定させた人物に感謝した。
(いしょうけん、なんていうわけのわからないことをマイヤが口走ってたけど、ものの形や作り方をお金を決めて言い張ることで、お金にできるなんて……)
その技術書と権利書にはこう書かれていた。穴が開いた筒に火薬と弾を詰め、発射する道具はすべて鉄砲です。銃身が青銅やミスリルでも鉄砲は鉄砲。この技術書と同一、あるいはそれをもとに別の方法を編み出して作ったらマイア=テクニカに利益の何割かを上納しなければならない。
ただ、締結においてこういう但し書きがされた。エチウにあるパラッツォ教団支配下の工房では銭の上納は不要である。鉄砲の発明元であるマイア=テクニカ社は、パラッツォ教団とそれを護衛する傭兵団が使用する分なら何も言わない。しかし他国に売り出す場合は警告し、場合によっては生産中止を要求する。
その他にも細々とした条件がついていたが、コーザは苦笑いして契約書にサインした。教団はサイゴークで激しい戦争をしていたから、新型の武器が欲しかったのだ。イナーヴァニアを切り取ったせいで周辺各国から反感を喰らい、たびたび軍事衝突が起きていた。隣国に逃げたイナーヴァニアの王族たちがけしかけたせいでもあるが。
(タルッホ=ユッキカル。とても得難い人物を持ったわ。)
技術書と契約に関する発案者。意匠権や製造にまつわる法律の提案者が、最近入って来たタルッホだった。エウレカ=リットフェンテルトの古い知り合いだと聞いていただけだ。期待をしなかったが彼女は期待以上のことをやってくれた。
トーリは今、大変満足している。コーザの『聖根』から一生に残る思い出となるような『法悦』を頂けたし、魔力も吸収した。ご先祖からのメッセージだか前世の記憶だかわからぬが、あの『おおごしょさま』が教えてくれた事で彼女は大きく飛躍できた。
まさに今、向かうところ敵無しだ。鏡を見る。深紫だった瞳の色がすっかり紅に変わっていた。シャロンが言うには魔族化が完成しつつあるというのだ。
(ふふっ。いよいよね……)
ホーデンエーネン王家から冠を奪う次の段階にあがろう。支度を終えるとトーリは侍女らを従え、クニットモッツェン城にある国王の居室に向かった。
「よう、来たか。トーリ」
今日は随分と艶っぽく見えるな。セイン王が手招きすると侍女や衛兵らが部屋の外へ出た。トーリは衣を脱ぎ、国王と身体を絡ませる。
今日はやけに肌が熱いな。セインはそう思った。舌と指で確かめた女の入口は紅潮しており、中もいつもより多く潤っている。さてはコーザのでっかい『聖根』か、ルッソのことを思い出しながら自慰をしていたんだろうな。
(あるいは、イズヴァルトのやつかもな。ちっ。分がわりぃぜ……)
嫉妬心は抱かなかったがセインは燃え上がった。王国一の種付け男と世界最強の性豪、それと前の夫。勝てぬ強敵たちだと思いながら激しく腰を振った。トーリは少々痛いと感じたがそれもしばらくして深い悦に変わった。トーリはセインにきつくしがみついた。
密着するトーリの身体の熱さにセインは予感した。今日はあいつらに勝つかもな。その確かな感覚が陰茎に伝わり、生暖かな液体となってほどばしった。
その日、トーリは避妊魔法を自分にかけていなかった。子宮の中では排卵が行われて精虫たちの訪問を待っていた。ホーデンエーネン王国暦でいうところの351年2月のはじめである。
トーリはセインとの子を10月10日後に産む。男児であった。ジョーケインと名づけられ、将来を嘱望されながらも、不義と反逆の王子としての悪名だけが後の世に伝わる定めにあった。
でもこの時のトーリには、天下人となる未来だけがあった。そして姉の補佐となり王国の経済長官となるマイヤも、輝かしい未来の夢を見ていた。
第一章はここまでです。
次回からはまた本編の『青年編』に戻ります。