聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
キクーチの森はアソマリア大火山南側の中腹にまで広がる広大な密林である。
アゾズアベバから北東に200キロ。この密林の中に拝火教の聖地と祭壇とがある。密林といっても熱帯地方で見られるものではなく、この高地でのみ生える針葉樹ばかりが茂っていた。
祭壇までの道は無い。森の中をただアソマリア山に向かって進むだけだ。大抵は一昼夜かければたどり着くと言われている。飲み水は問題ない。小川が流れていたりするからだ。
このキクーチの森だが、かつては一年中青々としていたのに、今はほとんどが枯れ始めている。巣くい始めた魔物たちのせいだとイズヴァルトは聞いた。
エレクトラとともに高台に立ち、黄色く染まった杜を見る。寒いような暑いような。風は冷たいのに大地は火照っている。2人とも鎖帷子の中は半袖と腰布である。
「暑いところの武装というのは何かと不便でござる。風が違うゆえに汗ばみ続けて気持ちが悪いでござる」
「アソマリアでもこの辺は、ホーデンエーネン北部といい勝負の寒さだと聞いちゃいたんですがねえ。まあしかし、チンゼーの方々はたくましいですねえ」
高台の下にいるピピン王子率いる『獅子の牙隊』をエレクトラは見る。彼等はイズヴァルト達よりももっと寒い格好をしていた。手甲に兜、草摺つきの胸甲にいくさ用の革長靴をまとっていたが、イズヴァルト達の様に服を着ていなかった。
裸に近い状態に臨むのがシマーヅ流らしい。彼等は戦いの準備の前に、近くの街から連れて来た娼婦らと交わっていた。いつ死んでもいいように、できるだけ多く子孫を残すことに務めるのがシマーヅ流だという。これは万国共通である。
「しかし、ですねえ……」
エレクトラは背後を振り向く。ピピン王子が鎧を外して腹と胸を丸出しにした状態で草むらの上で寝転がっていた。その上にフロウラが乗って楽しそうに尻を揺らしていた。
姉のデボラも一緒だ。彼女は腰布をはだけて自分の秘所からこぼれる白濁液を嬉しそうに眺めていた。フロウラの前に子だねをいただいたのだ。ピピンのいくさ前の交合の相手はこの姉妹であった。
ピピンと親しいこの2人は、魔法戦士としての才もあった。2人とも軽めの胸甲をまとっていた。ミツクニュモスから聞いた話によると、ピピンはどうも特別待遇らしい。
「はあうっ! ピピンちゃん……」
フロウラががっくりとうなだれた。さっきから3度もピピンに中で放たれている。デボラを含めてかれこれ1時間も交合を。出発はいつの頃になるのか。イズヴァルトはキクーチの森に入っていく他の部隊を見ていらいらした。
「ピピンどの! ご子孫を残す為の行いはここまでになされよ! いくさのまえにへばってしまうでござるよ!」
ええっ。ピピンが不満そうな声を発した。顔を見ると口をとがらせていた。駄々っ子のようだ。フロウラとデボラがイズヴァルトをきっと睨んで来た。ため息をつくしか他無かった。
ここまでの旅で万事がこの調子であった。ピピンには必ずデボラとフロウラがひっついて来る。寝室では夜遅くまでねっとりと愛し合っていたらしい。この3人はどういう仲なのかドゴルに聞いても、答えてくれなかった。
「これではいくさ旅ではなく子づくり旅でござるよ……」
「イズヴァルトさんはこれに関しちゃ、責められないんじゃありませんかねぇ?」
「で、ござるよ」
ピピンは確かに勇猛だ。剣と棒での稽古をしたが、なかなかの達人だった。魔法も学んでいる。身体強化魔法と治癒魔法が使える。もっとも、それをせずとも一太刀で竹束を切る膂力があった。
「フロウラちゃん……もう一回していい?」
ピピンが甘えた声でフロウラにささやいた。それを聞いたデボラが「わたしも相手して!」とすがりついた。見ていられないとイズヴァルトは思った。意を決してオクタヴィアに言った。
「先に行くでござる!」
「気が早いですねぇ! あっしはしばらく待ってますよ!」
イズヴァルトはピピンに断りも入れずに崖から飛び降りた。10メートルほどの高さからきれいに着地して皆を驚かせると、キクーチの森へと一直線に走って行った。
入口までの距離は2キロほど。全速力で駆けて息を切らさずにそのまま中に入る。強い魔の気配をあちこちに感じた。
覇王の剣の片割れで作った薙刀を手に持って前へ突き進む。5分ほどしてたたかいのにおいを嗅いだ。濃い血のにおいだった。
森の奥でシマーヅの戦士と魔物たちとの戦いが行われていた。しかし魔物というから生物なのだろうと思ったらまるで違う。人の形をした土と石がまざった塊だった。
どれも2メートル以上ある。シマーヅの戦士達は初めて見る異形の相手に苦戦していた。彼等が持つ剣や槍は相手の身体を突き通せても、殺す事は出来なかった。
「……これは!」
明らかにおかしい。こんなものだとは思っていなかった。シマーヅの戦士が避けきれず、魔物に殴り飛ばされて血を吹いたのを目にすると、イズヴァルトは吶喊し加勢した。
薙刀でシマーヅの戦士を倒した1匹を切りつける。割合と緩慢な動きをしていたから相手は深々と受けた。だがよろめいただけで倒れない。すぐにイズヴァルトに襲いかかる。
飛び込んでくるその身体の節々から、一瞬だけ炎があがった。いよいよこれは生き物などではないとイズヴァルトは知った。それがわからずにシマーヅの戦士らは争い、傷ついていく。
「常ならぬ魔物でござったか! ならば!」
イズヴァルトは薙刀の切っ先で印を切った。覇王の剣が込めていた重圧の魔法を刃と柄に纏わせた。斬ったり突いたりするよりも、叩きつけて壊す方が確実だ。
「推して参る!」
イズヴァルトは全身に闘気を満たし、猛獣にも勝る勢いで突っ込んで来た魔物の腹を叩いた。打たれたところから砕け散り、真っ二つになった。
その一撃を見たシマーヅの戦士たちはどよめいた。イズヴァルトは頑強な体つきの彼等に殴れと呼びかける。身体強化魔法を用い、勢いをつけて殴り壊せ。
劣勢だったシマーヅの戦士達だったが、イズヴァルトに励まされ、助けも受けた事で全ての魔物を退治できた。しかし数名の仲間が既にこと切れていた。イズヴァルトはまとめ役らしき者につたないチンゼー語で尋ねた。
「貴殿ら、シマーヅ軍のどこの隊に所属していたでござるか?」
「ああ。『犀の角』だ。君に助けられた。先に入った『獅子の爪』は壊滅したそうだ。率いていた第十一王子がやられた。ボロッゴ様が……」
それと自分達を指揮していた第十三王子も乱戦の最中にやられた。デトン=イザク王子。1つだけあった首無し死体がそうだ。
「お二方とも、武勇に優れ一番槍に務めていらっしゃったが……我らがふがいないばかりに」
折角預かっていた王子を死なせてしまった。その者は生き残った他の武者達と目くばせする。途端、互いに武器を持ち合っての自害が始まった。
「な、なにをなされているのでござる皆の衆! やめるでござる!」
「止めるな! 我々は戦いに負け、屈辱を受けたのだ!」
「王子様に死なれたことがでござるか!」
「それもあるが無傷で帰れない事が何より辛いのだ! 『犀の牙』は全員が大王様の深い恩を受けた者! それに死んでも魂はアソマリアの火の神のもとに導かれ、安楽な死後に向かうだけのことだ! ……それでは、御免!」
その男もイズヴァルトが止める間もなく短剣を抜いて心臓に刺した。おおよそ20名全員が自害を遂げてしまった。イズヴァルトは泣き叫んだ。
「断じてならぬぞ、こんなことは!」
涙を流しながら墓穴を掘り、一人一人を丁重に弔った。夕暮れになってようやく、『獅子の牙』がやって来た。恨みがましい目でイズヴァルトは彼等を睨んだ。
「生き残った者達が全員自害なされたでござる。シマーヅとはかように残酷なのでござるか?」
いいや。ピピンは否定した。
「イズヴァルトさん。彼等は殉死されたのです」
彼等は十三王子のデトンにつけられた家来たち。幼い頃から王子を見守っていたという。それからこの『獅子の牙』もまた、自分が赤ん坊の頃から面倒を見てくれた家来衆だと。
5人の王子がそれぞれ率いる部隊のうち、『獅子の牙』と『犀の角』は直属の家来筋であった。
「僕は父上に頼みましたが、どうしてもと皆がいうので」
「チンゼーではまだ、そういった風習があったんですねえ。いや、どこでもあるでしょうけど」
「でも僕は殉死や責任を負っての自害を許しませんよ」
死ぬのは存分に生を尽くしてからだ。例え火の精霊神のおひざ元に向かう、あるいはメシェイドの導きで来世の世界に入るのはそれからだ。目に強い光を放ちながらピピンは言った。
「けど、確かに来世があることは知っていますし、前世の記憶というのも……」
「なんですって?」
エレクトラが目を見張った。ピピンが見返して濡れた瞳でエレクトラを見つめ返した。それからすぐ、この大きな少年の口から驚くべき事を聞かされる事となる。
さて、ピピン王子が語った事とは一体何だったのか?
その続きについてはまた、次回にて。