聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ホーデンエーネン王国暦で言うところの、352年の12月のある日の朝である。
イズヴァルトは桟橋に立って、サイゴークの大地に目を向けていた。スーエイニア王国の一番の港町であり王の都、トクボンの桟橋であった。
このあたりになるとチンゼーの格好ではかなり寒い。冬でも腰布というのはよほど鍛えた者だけである。船に掛けた温度計を見れば10℃より下。さすがのシマーヅの猛者たちも、船の中で布にくるまって凍えていた。
「ううう……きんたまがちぢこまるでござる……」
慌てて急くばかりで、サイゴークに渡る時の準備を整えていなかった。イズヴァルトは遠征軍に志願して自分と配下ともどもの装備一式を手に入れるようと思い、くしゃみをしながら王城の門を叩いた。
「拙者は、ホーデンエーネン聖騎士団のイズヴァルト=シギサンシュタウフェン! こたびは精兵を引き連れ、スーエイニアのオーウチスティン国王陛下並びに、ゲースティアのショージュ=オーウェン閣下を総大将とする、パラッツォ教団遠征軍の討伐に加わる所存! 是非とも、拙者等を一軍の末席にお加えなされ。謹んでお願い申す!」
門や城壁は、投石や大弩弓による傷があちこちに残っていた。まだ修繕もままならぬ状況にあることを示していた。それほどまでに僭主・ハースティンが起こした騒乱は、過酷きわまり無かったということだ。
「拙者、年は22……だったでござったかな……10の頃より戦場を駆け巡り、この年に至るまでホーデンエーネン王に感状をいただいた事数限り無し。イーズモーの英雄、ツネーヒ=アルグレイブの子孫より託されし覇王の剣にそぐわぬ行いは一度も無し……のつもりでござるが……」
自分を宣伝する言葉が見つからず、口調がしどろもどろになっていく。そこにひょっこりとミツクニュモスが現れた。イズヴァルトに手で合図すると、代わりに大声をあげた。
「ここにいるイズヴァルトこそ、ホーデンエーネン、ならびにキンキ大陸屈指の勇者! 少年の頃に魔竜と戦い、数々の剛力の魔物を倒した豪傑ですぞ! たった1人で1万の精兵に匹敵する魔法戦士でもございます! 彼をパラッツォの討伐隊に迎えれば、必ずの勝利が訪れることをスーエイニアの皆様方に約束いたしましょう! ご返答は如何に?」
門が開いた。迎え入れたのは出陣中の若きオーウチスティン王ではなく、スーエイニアに古くから仕える、レーゼ家出身の内務大臣であった。
「チンゼーからとな? イズヴァルト殿ならホーデンエーネンの荒武者を連れてくると思っておったが……」
「いろいろと込み入った事情があるのでござるよ。さて、義勇軍に加えていいただきたいのでござるがいかがでござろう?」
「承知した。服と食べ物を用意する。ついでに風呂にも入れ」
そう言って大臣は城の中へ案内した。トクボン城は美術品や財宝の一切が無かった。僭主時代の浪費と戦争で失った国力を取り戻すために、あらかたすべてを王が売り払ったのだ。
「どれもスオニアが買い取ってくれましてな。特に貴殿とゆかりの深いキッカワンテスは、マハラ神殿へのお布施ということで、金貨2000枚分をお求めになられましたよ」
イズヴァルトは怒った声で返した。キッカワンテスとは縁を切っておるでござる。母親のセシリア=セーニャは幼い頃に家を放逐され、マハラの聖地で性的奉仕をする巫女にさせられた。
「母上をぞんざいに扱った『ご本家』なんぞ、拙者には興味無いでござる!」
「まあまあ……スオニアは古いしきたりが多いですからな。しかしキッカワンテス家にはいろいろと手助けいただいて、スーエイニア王家は大助かりですよ。そもそもですな」
スーエイニアの王の多くは、妻をキッカワンテス家から迎え入れたという歴史があった。つまりスーエイニア王家はイズヴァルトの遠縁とも言えた。それを隠したがるこの男は、羞恥心がある潔い者と言えるだろう。
「けれども僭主ハースティンこそが、キッカワンテスとスオニア王家の流れをくむ、と聞いたことがござったが?」
刺々しい声でイズヴァルトは尋ねた。スーエイニアを一時期支配していた簒奪者ハースティンは、スオニア王を祖とするスーエイニアの大豪族の当主であった。領地はスオニアとスーエイニアの境目にあった。
「……おっしゃるとおりで。スオニアとスーエイニアはまさに夫婦のようなもの。ゆえにスオニアからは良いところをいただければ、悪い病気ももらってしまう」
「共倒れせぬよう、距離を置くようにするがよろしいでござるよ?」
「陛下にもそうお伝えいたしましょう。ところでイズヴァルト殿。我が国に新しい観光名所が出来たのはご存知ですかな?」
一昨年の初めぐらいに出来たという。トクボンの都から沖合い2キロ東の島にある。国王とその妻にとって『かわいいお友達』が運営している。
そこで飯を食べるのならば、城では湯に浸かって茶を飲むぐらいにとどめておいたほうがいいと内務大臣は言った。
「なるほど……実は城の備蓄がそれほど無いということでござろうか?」
「……ぎくっ」
イズヴァルトから見たレーゼはかなり痩せこけていた。胃の病も疑われたが城の兵士や女中らも痩せぎすで、顔色がよくなかった。
スーエイニアは割と食べ物には恵まれているのだが、できるだけ兵糧を増やしたいのだろう。城の食料庫を軽くし、留守組の食事を減らして補ったのだ。
「スーエイニア国は荒れていたと聞いたでござる。城の調度品もたいしてござらん。その上でご出征となると、お察し申し上げるでござるよ」
「面目ございません。スオニアとゲースティアが出陣する以上、我が国も立ち上がらなければなりませんからな」
飯こそいただけなかったが、スーエイニア城の沐浴場は海が見渡せる場所にあり、しかも浸かり心地がよろしかった。
かつて僭主ハースティンが主だった頃、簒奪者はたくさんの美女と戯れ交わりながら沐浴したという。
しかし他の国の王や将軍の様に、悦楽に浸りながら大事なまつりごとを考え、決めることをしなかった。行為の最中は家臣の報告も一切聞き入れなかった。暴君は政務において無能だったのだ。
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トクボンの都から沖合い2キロ東の島にある観光名所。島の桟橋を出てすぐそこに、『ぷにぷに水産』という看板がでかでかと掲げられていた。スーエイニアの新たな観光名所は、魚の養殖場であった。
その先には魚の加工場と思しき大きな建物や、簡素なつくりの家がいくつも。思いの外家屋が多かった。1000人以上は住んでいると案内役は言った。
島の西側には入り江があり、漁船と魚が逃げないための網がいくつも浮かんでいた。強い潮風を身に受けながら、イズヴァルトとその一向は鼻をすするのをやめられなかった。
用意してもらった暖かい服を着ていたが、どうにも気候に慣れない。今のスーエイニアと同じぐらい寒いはずだったアソマリアで裸同然の格好をしていたシマーヅの猛者らも、がくがくぶるぶると震えてくしゃみをしていた。
桟橋から1キロほど歩いたところで、案内役がここですと告げた。3階建ての漆喰づくりの白亜の建物。商館にも見えたが養殖場を管理している事務所であった。
中に入ると受付の女と目があった。長い顔の馬面であった。イズヴァルトはどこかで見たな思った。相手の方も目を見張って「まさか?」とつぶやくだけであったが、ようやく椅子から飛び上がった。
「イズヴァルトさん! ウラスコーのポーラじゃけえ! アンねえちゃんの従妹の!」
「ようやく思い出したでござる! お尻の穴を舐められるのが大好きなポーラどのでござるな!」
「こっぱずかしいけえ!」
ポーラはイズヴァルトに抱きついた。とはいえすぐにどこかで再会を祝うセックスは出来ない。なぜなら彼女はすでに人妻であった。同郷のジェフという青年が夫である。
「おーい、みんなあ! イズヴァルトさんがやってきたけえ!」
それぞれの部屋の扉が開いた。年若い男女が現れた。しかし皆が下半身を丸出しにしてつながりあっていた。どの職員もイズヴァルトは見たことがある顔だった。
「ややっ! この事務所では休憩中におまんこをするのでござるか!」
「暇な時はああして夫婦でもねえもんと、致しているだけじゃあ。わしら、ウラスコーを奪われてからみんなでこう誓ったんじゃよ」
できるだけ多くの子どもたちを為してから故郷へ帰ろう。それには理由があった。ウラスコーの大人たちの殆どが、パラッツォ教徒に改宗されて行方知れずになったのだと。
「そ、その話は本当でござるか!」
「そうじゃ。イズヴァルトさんが死んだという話を聞いてからしばらくして、わしらの村はパラッツォ教団に襲われたんじゃ」
ウラスコーを去ってからのことをポーラは語った。
村が襲われた後、子どもたちは触手姫ブランカとともにイナーヴァニアのとある街に閉じ込められた。しかしブランカの力で全員が逃げることができた。
「そしてブランカちゃんこそが、この村と『ぷにぷに水産』のあるじさまじゃけえ」
「ではブランカどのはこの上におられるのでござるか?」
「今はたぶん、漁場におるんかのう。でもイズヴァルトにいちゃんとお連さん達は上で待っとれよ」
言われる通りイズヴァルト達は2階にあがった。そこにある食堂に通された。しばらくしてポーラがこの村のあるじを連れてきた。
小さな娘の顔と輪郭で、半透明の青がかった小さな身体の魔族。触手姫のブランカであった。今日は半袖のドレスのようなものをまとっていた。
彼女はイズヴァルトの姿を見るなり、とてててて、と駆けていってその胸に飛び込んだ。
「イズヴァルトちん、あいたかったでち!」
「拙者も、拙者もでござるよ!」
イズヴァルトと触手姫は互いに涙をこぼしながら、ひしと抱き合う。ミツクニュモスらは初めて見る水魔だ。戸惑いながらもここまで逃げてきた理由を尋ねた。
「スーエイニアにあたちの知り合いのドワーフちんが住んでいたからでち!」
ブランカの知り合いのドワーフは、ウラスコー近辺の里出身の者であった。石工兼大工として暮らしているという。
「この街の建物も、そのドワーフ達に頼んで建ててもらったんでち」
「それは良かったでござる。異国も慣れれば住めば都でござるが、拙者ががウラスコーに行けばきっと……ん?」
抱きつくブランカとポーラたちが、すごい目をして睨んでいた。いや、気にしていることを気軽に言われて怒るというより、とても言いにくいことをこれから言わんとしている様子であった。
さて、触手姫らが言いたかったこととは一体何だったのか?
その続きについてはまた、次回にて。