聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
「ヨーシハルトスから
国王の私室にて。呼び出されたイズヴァルトは王の涙を流しながらの激怒を見て驚くばかりであった。
国王の傍にはこの反乱討伐の為の聖騎士団側の総指揮をとる、聖騎士団副団長のライナー=イナトミッテンフェルトが立っている。
本来は聖騎士団長のカサギシュテットや第一副団長のエルヴィンがいるべきなのだが、この場にいるのはライナーのみ。この反乱を鎮圧する為、国王軍側の大将として抜擢されたからだ。
「なんと情けない弟なのだろう! 大叔父上、亡き先代のナガオカッツェ公に可愛がられ、期待されてその遺領を継いだというのに! その上にわが父、先代のジュンケイン3世はヨーシハルトスにヨーシデンの地の南半分も与えてやったのだぞ! それを活かさずただ漁村として扱い、それだけでなく訳の分からぬ女どもの別宅を建てたりなど!」
「あのう、王様。何をそんなに憤っておられるのでござるか!」
「イズヴァルト。もう少しの辛抱だ」
落ち着くまでもう少し待て、とライナーに言われて見守り続けていると、国王は額にびっしょりと汗をかき、荒く息をしてライナーに手紙を差し出した。
「読みたまえ。ヨーシハルトスのやつはろくでもないことを書いておる」
「では。拝見いたします」
ライナーは国王からナガオカッツェ公の文を渡された。目を通すと青ざめた。
「魔竜攻めに倉の中が空っぽになった。不作で税収も上がらない。ゆえに直轄領を分け与えて欲しいですと?」
「そうじゃ。弟の忠誠は疑っておらぬ。しかしじゃ。あやつは戦争と鍛錬の時以外は遊んでばかりと聞いておる。本来であれば民を富まし、街道を整備して前もっていくさの支度をするべきなのじゃが……」
ヨーシハルトスが治める領地は、田畑は荒れ果てて街道は歩きづらい。しかも盗賊や山賊がばっこしていると聞いている。統治が全くなっていなかった。
「特にナガオカッツェじゃ。先代様の頃は統治が行き届いており、追いはぎや一揆は殆ど無かった。しかしヨーシハルトスが遺領を継いだ後からじゃ。よく反乱が起きる様になったのは……」
「ただ単にヨーシハルトス殿下の為政者としての才が無かっただけですな。しかし加増はもってのほか。お家お取り潰しも殿下を相手のおおいくさとなるでしょう」
「ナガオカッツェかヨーシデン、どちらかを取り上げるしかほかはあるまい。お前には期待はせぬ、という意思表示にはなる……いやいや、今日は弟の事で愚痴を聞いてもらう為に、ライナーとイズヴァルトを呼んだ訳ではない」
話したい事はこれである。聖騎士団が立案したナガオカッツェ公救援作戦が、王族衆との会議で採用の運びとなった。聖騎士団というが主にライナーが作成した案だ。
諜報からの報告によれば反乱軍はおよそ1万ほど。ヨーシハルトスの護衛兵団や駐屯騎士達も加わっている。中には王弟が目をかけた精鋭騎士も。
ヨーシハルトスの鎮圧軍は総勢18000程だが、農家や城市の次男坊三男坊を無理やりに兵士に仕立てた雑兵ばかりで役に立つのは騎士団の3000弱。ヨーシハルトス側の士気は至って低い。
総大将たるヨーシハルトスは『忠烈』ではあり、そこそこに武勇は優れているが名将ではない。凡将のたぐいである。その証拠にトンダバヤシ退き口においては、謀反側の突破を何度も許してしまった。
対する反乱軍側の総指揮者は、ナガオカッツェ家の元代官のレオナルド=タカトリオ。当年82歳。先代にも目をかけられた人物だという。シマナミスタン大陸から侵攻してきた海賊団と何度も戦った武将でもある。
引退後もご意見番としてヨーシハルトスにたびたび苦言を呈したが、その都度ヨーシハルトスはしょうもない宝物を投げ与えて黙らせたという。国王への直訴状も書いたが、途中の関所で検閲を受けて何度か破られたらしい。
「宝物をでござるか? それは買収というものでは……」
「イズヴァルト、諜報の話によればヨーシハルトスが与えた宝らしきものが常に、イーガやサカーイの競売所に流れているそうじゃ」
「陛下、こうも聞いております。レオナルドは疲弊する住民に私財を投げ与えたと。つまり王家、ひいてはホーデンエーネン王国にとってはまことに忠義の者でございます」
そのレオナルドは方針を反乱の主要人物達に任せている。若い者達はイーガと手を組み独立国家を築こうなどと広言するが、穏健派はこの一帯を国王の直轄地にしてほしいと願っている。
意見は今のところ独立が大勢だ。重税に喘ぎ続けた我慢の挙句の決起。頭に血が上っているからだろう。しかしこれは己の不徳の致すところである、と国王は自省し、出来るだけ被害を最小限に、首謀者には軽い刑罰のみかおとがめなしで決着させたかった。
ただ、反乱軍側は和議になかなか応じない。前もって使者を立てたがもてなしを受けつつも我らの考えたは変わらぬ、とレオナルドらに突き返された。
ついでに使者らは毎晩、反乱軍の首謀者の女房らに口とおまんこによる熱い吸根も受けてきたという。ナントブルグに戻ってきた彼等は、ここ半年は女を抱かなくてもいいとやつれた顔で語っていた。
「首謀者らの妻が陛下の代理人たる彼等に身体を捧げたのはつまり、陛下を今もお慕い申し上げているという事に他なりません」
「うむ。余はもちろん、その様に受け取っておる」
「あのう、陛下。ライナーどの……」
よくわからぬ、という様子のイズヴァルトにそういうものだ、とライナーと国王が告げた。そういえばどうして拙者はここにお呼ばれされたのでござるか。
「言い忘れていた。私はエルヴィンと団長と話し合って、君を聖騎士団の参謀部隊に属させたいと考えているのだよ」
「なにゆえでござるか?」
「これはあくまで今の評価であるが、君は個人の武勇が他とは各段に上。戦場ではきっと単独行動で突出してしまうだろう。隊長や指揮官には向かないかもしれん」
「……」
「しかし行軍の最中に兵站や作戦を組み立てるのなら、きっと出来るに違いない」
その歳で『そんし』や『りくとう』を読む者はなかなかにいない。イズヴァルトより年上の見習い騎士でもせいぜい、吹聴が過ぎる英雄伝や実用性に疑わしい簡単な軍記物語しか読まないとライナーは言った。
「兵法は読むだけでなく実践も必要だよ。『そんぶ』も美女の軍隊を編成した逸話で国王にそう語っていただろう?」」
「さ、さようでござったな。似たような話が暗黒卿の物語にござったが……」
「覇王ツネーヒのは本当の話じゃよ、イズヴァルト」
こういう話である。ある時覇王のもとに流れの兵法家がやってきた。転生者で前世も軍人だったという。
彼は豪語する。わが手腕で陛下の愛妾らを、死も恐れぬに勇猛な兵士に仕立てられましょう、と。
ツネーヒはそれを、『そんし』に書いてあった事だと知っていた。しかしわざと知らないフリをして、やってみせろと言って許した。
暗黒卿が見守る中、実際に50人近くの愛妾を集めて訓練する事となった。3人ほど兵法家の指揮に従わぬ者がいた。
これをただのお遊びだと思って、くすくすと笑ったり持たされた剣や槍をわざと落として重たいと嘆く。『そんし』のとある逸話と似たような事が起こった。
『そんし』では兵法家のほうが激怒し、軍規から外れるものは斬首、と寵姫を殺してしまうのだが、この時は違った。
暗黒卿は大陸の覇王になる資格が十二分にある梟雄だった。激怒しながら剣を抜き、従わなかった寵姫達の前に立った。
「我が軍師になろうお方の言葉に従わぬのは、私の言葉に従わぬと同じである。斬り捨てる!」
目の前にいた寵姫を頭から一刀両断。悲鳴を上げる2人の首もその場で刎ね飛ばした。その時に使われたのが『覇王の剣』であったのだが、この逸話には残されていない。
兵法家はこの行いに唖然となった。いくらなんでも殺さなくても。しかしツネーヒは、閨房の慰み女達よりも将兵や参謀、官僚のほうが大事なのだ、と返した。
「それだけでない、その頃隣国のイナーヴァニアと合戦を控えていたから、覇王は自ら愛妾ら全員に猛特訓をさせ、見事な女武者達にせしめたそうじゃが……」
重要な大合戦の時、よりにもよって兵法家と愛妾らに先駆け衆を務めさせた。しかも釣り野伏の餌役に。
覇王に献上された美女ばかりの女武士団は、イナーヴァニアの血と性に飢える兵士達を殺到させた。
兵法家を含む愛妾たち47人は、数百倍する敵を囮陣地でぎりぎりまでおびき寄せ続けて一人残らず玉砕。
しかし敵の陣形は崩れた。ツネーヒはそこを付け入って勝利を収めた。兵法家と47人以外は、殆ど死者のいない完封勝ちだった。
「あの兵法家は兵の訓練までは見事であったが、いくさの指揮はそうでもなかったな、と覇王は嘆いた……などと、あんまりにもあまりなオチの話がでござるか?」
「イズヴァルト。暗黒卿の軍記はほぼ真実だよ。絶対に真似をしたくない毒々しくて惨い作戦ばかりを立てて、あの覇王はサイゴークの天下を取った。読むに値するが真似してはいけない。聖騎士団の名を汚すだけだ」
ヴィクトリアの先祖の奇策の話についてはここまでとして。ライナーはまずは反乱軍側を緒戦で撃破し、風向きが変わったところで和平を結ぶという案になっているとイズヴァルトに告げた。
国王軍の陣立ては総勢8000。聖騎士団のうち半分の3000と近衛騎士団1000。残り4000は途中の直轄領から出兵させる。近隣の直轄領の兵団は既に、到着地点となるラクシュルツ城に向かっている。
ルートはナガオカッツェとはヤマート大河の分流・ヨーシ河で隔てられた国王の直轄領の街道から一気に南下し、ヨーシデン領とナガオカッツェ領の境に入る。
兵糧や攻城兵器は周辺の砦から手配させる。既に銭や2年間の年貢免除などでもって兵糧はかき集めている。今度は魔竜攻めの時とは違い、最短10日を目標にして到着するつもりだ。
「まるで早馬でござるな?」
「今度の作戦は速度が大事だ。陛下の直属軍がどれほどの精鋭ぞろいでまともに戦ってはならぬ相手かを、まず思い知らさせてやらねばならぬ。意気をくじいたところで交渉だ」
ただ、この陣立てには問題があった。武装を軽くした軽騎急行軍の訓練もしていた聖騎士団の中にではなく、近衛騎士団である。
「陛下。近衛騎士団は重装形態のままで向かうとごり押しのまま。何度諭しても聞いてくれませぬ」
「わかっておる。あやつらは別働隊として、ナガオカッツェ領内を進むように言いつけておこう。中にはヨーシハルトスの友人もおるからのう」
「と、なると一抹の不安を感じますが……」
「なにゆえにじゃ?」
国王が問うとライナーは近衛騎士団の救援により、ヨーシハルトスが変なやる気を出さないかという述べた。今のところは反乱軍側と和平をという考えらしいが、他の大領主の援護を得られれば敵をせん滅に、と考えてくるかもしれない。
「わかった……ではこうしよう。近衛騎士団には重装形態のままで更に1000を付け加える」
「……そのうえに酒保や戦場娼婦、従者や荷車に資材を満載した輜重をつけて、聖騎士団より1カ月も2カ月も遅くに現地に到着するようにせしめていただければ……」
「もちろんそのつもりじゃて。これで聖騎士団は近衛騎士団よりも早くに向かえる。儂からは後でそなたらに印と勅書を渡そう。近衛騎士団ではなく聖騎士団こそが儂の代理じゃ」
2人の話を聞いて難しそうな顔をするイズヴァルトに、国王は笑顔でこう言った。これが戦争というものじゃよ。戦場で功をあげるだけでは無いのだ、と。