聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ホーデンエーネン王国暦354年の12月。
イズヴァルト達がウナーンの河岸から出発した同じ頃。ヒッジランドの王都、ミョージバーグの北門近くの城壁内の兵舎にて。
「くそっ。寒さが本格的になったってのに、ぜんぜん退いちゃくれねえ」
のぞき窓から外をうかがった中年男が手にしていた酒瓶を口に着け、ぐい、と飲んだ。重囲を続けるパラッツォ軍の陣容はあいもかわらず。よく見れば、雪の上だというのに尻を丸出しにしてへこへこと腰を振るパラッツォ教徒の男女の姿があった。
「こんな寒さでも子造りをやろってのか。ひっく! まったくもって
「おいおいウォルター。あんまり飲むなよ。倉庫にある酒はそれが最後だぞ?」
酒を飲んで悪態をついてたのはウォルター=ベンジャミン=ウラスコー。このミョージバーグを守る籠城軍の一番の剣の使い手として名を知られていた。飲みすぎだと注意したのはヘンリー。ミョージバーグ近くの温泉宿場町の住人で、ウォルターの飲み仲間だ。
「くそ。こっちは酒しか楽しみがねえってのに」
「籠城戦が始まってから、街のご婦人どもを喰いまくってるのはどこのどいつだよ?」
かれこれ5カ月、ミョージバーグでの攻防が続いていた。それまでは近隣で戦っていただけだったのに。理由はヒッジランドが息切れを起こしたからだ。ミョージバーグの守備隊が城に籠るようになると、パラッツォ軍は包囲に切り替えた。攻城兵器の準備のためにである。
「女は酒ほど酔えねえよ?」
「なにぬかす色男が。お前と仲が深い2人、揃って腹ボテになったじゃねえか?」
「馬鹿言うな。じじいに近づいている歳の男の精液で、孕みゃしねえよ! 他の男の胤だ!」
そう言い捨ててウォルターは酒をあおる。もう空だった。これが最後の酒なのかと嘆いた。
「ウォルター。頑張れ。お前の剣がありゃしばらくはここを保てる」
「剣なんぞを使えてもなあ。弩はおろか、投石機の攻撃を受けちまったら一撃でお陀仏、ってのをこれまで散々見て来ただろう?」
「そうさなあ……お前が入り浸ってた酒場の奴等…あのデブのおっさんに女房に逃げられた飲んだくれ。それからバーテンも。みんな戦場に駆り出されて、逝っちまった……」
「嫌な事思い出さすなよ…悲しくなっちまうじゃねえか……」
ウォルターはぐすっ、と鼻汁をすすって涙を拭く。彼がご愛顧にしていた酒場の面々は、彼一人を残して全ての者が戦いで命を散らしたのだ。
だが、このミョージバーグを防衛する自分達も近々彼等に会えるようだ。首都を取り巻く4万の包囲軍に放った間諜が、教団の精鋭、魔法戦士団を投入したと知らせてきたのが一昨日のこと。
エチウからはるばるやってきた彼等はしばらくの休息で準備を整えた後、普通の兵士では全く歯が立たぬ魔法攻撃を繰り出してくるだろう。
1人の男がやって来た。トーマスという名の男だ。ミョージバーグの守備隊の副隊長にあたる。ウォルターの同郷でヴィクトリアとも面識があった。
「東門はどうだ、トーマス?」
「エドワード将軍が見張ってくれちゃいるが、相手も魔法戦士団を厚くしてきた。今話題の第十三部隊が構えているらしいな」
パラッツォ教軍の魔法戦士団は数十の部隊にわかれていた。その内の第十三軍団が最強と噂されている。
隊長はイーズモーの差配をしてきたヘンリック=イプセン本人だった。そもそもが彼の直属部隊であったが、イナーヴァニアで待機していたのだ。
「トーマス、チャンドス将軍はどう見ている?」
ジョン=チャンドス。老齢ながらヒッジランドの防衛軍の総大将。彼は今このミョージバーグを守っている。王族衆を南に逃がし、南からの救援を得るまでミョージバーグで時間稼ぎをするというのが彼の戦略だった。
「この数日が正念場だろう。エドワード将軍の肩にかかっている。鉄騎団が斬り込んでヘンリックを討ち取ってくれりゃ、相手の攻勢は鈍るだろうな」
「そうだといいんだが……向こうさんの出撃のラッパが鳴りやがったぞ?」
攻城兵器の数は昨日と変わらなかった。しかしここが攻め時だと思ったのだろう。4万にも及ぶ大軍が、北門と東門に攻めかかる。
「ウォルター。ヘンリー。石が投げ込まれたら即座に壁から離れろよ? 俺達はできるだけアイツらを引きつけて、白兵戦に持ち込むんだ」
パラッツォの兵士は怖くない。飛び道具は扱えるが、陣中でも女とやってばかりで度胸は無い弱卒ばかりだ。乱戦となれば生きのびる確率はぐっと高くなる、とウォルターは思いながら、剣の柄をぎゅっと握った。
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ヘンリック=イプセン率いる50名の第十三魔法戦士団は、王都の東にある丘に陣取っていた。前方で戦いが始まっていたが、ヘンリックはまだ出撃を命じていない。
「奇妙ですね?」
ヘンリックは傍らにいた教典の巫女に問う。新たな副官となったその女は鎖かたびらで身を覆っていた。先の戦いでヒッジランドの斬り込み隊に痛い目に遭ったからである。その時は肢体と色気で相手を惑わす、篭絡者がまとう薄着であった。
「ヘンリック様。奇妙とはどういうことでしょう?」
「いつもは一番先に攻めて来る鉄騎団が未だ現れない。今度の総がかりでも門を開いて打って出るかと思っておりましたが。そうではないらしい……」
「我らを背後から討つという策をとっているのではないのでしょうか?」
ヒッジランド王国の精鋭である鉄騎団は、国内の主要な街に配属されていた。その中でもミョージバーグの300名は選りすぐりの猛者ばかりである。教団の魔法戦士団の中には、彼等によって壊滅させられたのがあった。
恐るべきはこのミョージバーグの、鉄騎団の隊長であるエドワード=ルーカス。都の南にあるセーラムバーンという田舎の領主。もとはミョージバーグの警備部隊に所属していたが、武勇を見込まれて鉄騎団に加えられた。教団との戦いで出世し、今では将軍の座にあった。名ばかりだが。
「あれをどうにかしないと、ミョージバーグは攻め落とせませんからね」
「もう一度、巫女達をあの男の元に送り込みますか?」
教典の巫女達の得意技、ハニートラップで引き抜こうという策。でも何度試みてもエドワードには効かなかった。女達は誰もが、「わははははは!」と高笑いしながら突いて来るエドワードに泣かされるだけだった。但し、必ず逃してくれる。エドワードの騎士道精神ゆえにだ。
ヘンリックとしてはエドワードを味方に引き込みたかった。もしかしたらイズヴァルトに勝てる戦士かもしれなかったからだ。それから教主コーザもエドワードの噂を聞いて興味を抱いていた。コーザ自らが出向けばエドワードが教団に入って来るかもしれない。
しかし今はミョージバーグ攻めである。攻城塔に登った魔法戦士団が火炎魔法で城壁の上を焼き払う。それから別隊が梯子車で城壁の上にあがろうとする。しかし焼き払えたのはほんの手前だった。護符で守られた結界から出た兵士達が、投げ石や熱湯をよろしくない訪問者達に見舞った。
そのうちに城壁の銃眼から矢が飛んで来た。城壁の内側からはめいいっぱい射角をあげた投石砲が礫を噴く。矢は車櫓の上の兵士らを穿ち、まばらに飛んできた石がはしご車や攻城塔を打ち壊していった。
守備側が尚も矢を放つ。そいつが実に汚いものだった。糞や毒を塗って撃たれた者を二度と戦場働きをさせないようにしていたのだ。『甘露(アームリータ)』といえど万能でない。40年程度の寿命にさせるが病気知らずになる霊薬でも、身体に残った猛毒を消す力は無かったのだ。
ヘンリックのもとに総がかりを行う部隊から次々と悲報が舞い込んで来た。魔法戦士団の隊長クラスの司祭騎士らの重傷や討ち死にという知らせである。軍の指揮に大きな権限を持っていたヘンリックは、この攻城を取り仕切っている武将に連絡した。
「地下掘り衆を用いて下からも攻めるのです。まずは敵の投石砲を叩いて、それから攻城塔ですよ!」
でも連絡魔道士による将軍らからの報告はこうだった。ミョージバーグの地盤は硬すぎてモグラ戦術が使えない。だから力攻めで行くしかないのだ。
「だったら、ドワーフ達に頼めばよいでしょうに!」
「ミョージバーグ攻めには連れてきておりませんよ」
「……そうでしたね」
教団が擁するドワーフら、特にサイゴーク出身の者たちはヒッジランド攻めの従軍を拒んでいた。ヒッジランドは彼等にとって崇拝すべき存在が住まう土地であった。彼等と仲が良かった触手姫とウラスコー本家の末裔が住まう国である。
ヒッジランドと多くのドワーフが住むイワッミーには、絶対に攻め込ませるなと傭兵達は教主に申し出ていた。それと、シマナミスタンのドワーフ達は野戦は好きだが穴掘りは苦手だった。サイゴークは土質が違うので掘りにくいからと文句を垂れた。
しかもこの攻囲軍に亜人は1人もいなかった。皆がイナーヴァニアやヨナゴルグといった、絶対に攻め落とされてはいけない土地を守らされていた。
「……仕方がありません。いささか早いようですが第十三部隊、出撃いたします」
ヘンリックが命じる。目標は東門だ。力を合わせてやれば抜けられるだろう。彼が馬に乗ると50人の魔法戦士を中心に、彼等の八方に配置されていた部隊が動き出した。
魔法戦士団が印をかけ、向かい風の魔法を前方にかけて矢で撃たれにくくさせる。この魔法が使えるには才能がある者でないとまず無理だ。最精鋭の十三部隊の者だから扱える魔法であった。
慎重に前にすすめとヘンリックは皆に注意する。矢が飛んで来たが風の魔法で横にそれ、誰一人として撃たれる者はいなかった。
門の前にたどり着くと破城槌の部隊が動き出した。巨大な大木で重い一撃を鉄門に与える。門が揺らぎきしみをあげた時、急ぎの伝令がやって来た。
「ヘンリック様、背後から奇襲です!」
「何者ですか!」
「……ヒッジランドの、騎馬隊でございます!」
ヘンリックは驚いた。その時彼が率いていた部隊の後方では武者や兵士の悲鳴があがっていた。大きなランスをまるで棒切れのようにぶん回し、一気に数名をなぎ倒す騎乗の武者を先頭に、おおよそ300の騎馬武者達が殺到していたのである。
「ものすごい勢いです。特に先頭を突っ切る馬上槍の者、腕自慢の武者でも太刀打ちできません!」
「そう来るわけですか……小癪な!」
長い突撃槍を突くのではなく、ハンマーみたくぶん回して一気に数名を薙ぎ払う武者は、騒々しいまでの高笑いを続けていた。つまりこの男がヒッジランドの最終兵器と呼べる豪傑であった。
さて、このヒッジランドの騎馬武者達は、教団屈指の才を持つ司祭騎士の首級を得る事となるのであろうか?
その続きについてはまた、次回にて。