聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
人心掌握の魔法が行き渡った。そう思ったトーリはシャロン達に呼びかける。
「扉にかかっている罠を確認しなさい」
ドアノブに手をかけたサキュバスとシャロンが確かめて、答えた。仕掛けは無いようだ。
「なら、安心ね。開けてスレッタ達を助けましょう」
扉が開いた。その先にある、捕らえられたサキュバス達が閉じ込められている部屋は、照明石で照らされていた。だが人の姿は無かった。その代わりに異なものが7体、座布団の上に置かれているだけだった。
「いない! す、スレッタ達は!」
部屋に入ったシャロンが叫んだ。トーリも他のサキュバスらに付き添われて中に入った。その7体はどれも、薄い桃色でまるい饅頭のような形をしていた。そのうちの2体から人の唇のようなものが現れ、動き始めた。
「ここです! トーリさま!」
「ワタシたちがそうなんです!」
まぎれもなくスレッタとミオリネの声だった。他の5体から次々と口が開く。
「罠です!」
「にげてください!」
「イーガのクソ魔道士が仕掛けてくる前に!」
自分たちを置いて逃げろと叫ぶ。スレッタとミオリネの声を放つ饅頭は「私達だけでも連れてって!」とせがんだ。一番右端のが「未熟者が!」と口を開いて叫んだ。ピックプリトの声だった。
トーリはスレッタと名乗るやかましい生き物を持ち上げた。生まれたての赤ん坊ぐらいの重さと大きさだった。さわり心地がとても良い。ぷるぷるとしていてふわんとしている。
「何があったの、スレッタ?」
「イーガのあの姫に、魔道士達にこんな姿にされたんです! 早く連れて逃げて! お願いします!」
「……シャロン。みんな連れて下がるわよ」
うなずいて念じようとするシャロンに、もうだめでしょう、と答えるのがいた。一番右端にいた肉の饅頭。ピックプリトポロポロッテンの声を放っていたものだ。
「この監獄馬車に仕掛けていたものが作動しているはずです。今、転移魔法をかけたら、とんでもないことが起きるに違いありません!」
そうは言ってもとシャロンが術式陣を展開した。即座に彼女の身体の力が抜け、床の上に突っ伏してしまった。
「なにが起こったの、シャロン?」
トーリが呼びかけると他のサキュバス達もシャロンと同じように床に伏してしまった。皆の顔が苦しそうだ。言葉にならない声をあげながら、ただただ床に伏している。
(ばかな。ニンゲンの魔道術式が、サキュバスのを凌ぐというの?)
でも自分はどうだろうか。コーザ=ストーンマウントに競り勝った実力者だ。人心掌握の魔法はすでに、イーガの騎士や兵士の大多数を侵食しているはず。
「みんな、安心して頂戴。私がイーガの兵士に呼びかければ……」
「うふふふふ。おあいにくさまですの。トーリ=カツランダルク」
マレーネの声だった。馬車の入り口の扉が開いていた。丈夫で軽いミスリルの胸甲を身に着け、兜を被り、鎖帷子でよろっていた数名の魔道士を引き連れていた。
「マレーネさん!」
トーリを睨んでいた。悪意や敵意、殺意がこもった目であった。心理掌握の魔法を使ったのに、まるで効いていないようだった。
「貴女の目論見はわかっておりましたわ。事前に対策を講じさせていただきましたの」
魔道士達に兜を脱がせた。どれも女エルフだ。金髪や銀髪のがいれば、黒髪で真っ黒な肌のもいる。黒髪のを見てトーリは舌打ちした。鎖帷子の上からうかがえる、主張し過ぎな胸の膨らみだ。
「魔族封じの魔法。この方々に手伝っていただいてこの馬車に仕掛けました。半魔と思しき貴女さまも、そろそろその効き目が来るのではございませんか?」
馬鹿なことを。しかし既に魔族のものになっていると見破るとは敵もなかなかにやる。自身ありげに笑ったトーリに戸惑いが生じた。知らぬ内に右膝をついてしゃがんでいたのだ。
身体が重かった。骨がきしむように痛い。しかし何よりも可笑しいのは、下腹が絶えず、ものすごい快感に襲われているということだ。絶頂と同程度のが延々と続き、神経は快楽の欲求を鎮めることなく無防備で享け続けている。
「……うああっ」
「魔族、それも淫魔種の弱点は十分に熟知しておりますの。重い悦楽にめっぽう弱い。性の悦で魔力の出力を増幅させる方々ですけど、魔法が使えなくなったら、ただただ貪るだけに終始いたしますの」
「エルフたちが、こ、こんな魔法を知っていたなんて!」
「イーガで編み出された魔法ですの。500年以上の研究を見くびらないでいただきたいわ。我が国が貴女さまのご先祖を復興させる為にいろんな魔法を編み出しましたの。特に……」
『魔族殺し』の様々な術式を。シャロン達の表情が凍りついた。その様なものを作り上げていたのか、ニンゲン達が。
「驚いていらっしゃるようですわね。ちゃんと説明してあげますわよ」
マレーネは語る。かつてのホーデンエーネンはよからぬ魔族と手を組んでいた。その対抗手段としてイーガ王家と配下の魔道士らは開発し、発展させた。
それだけではない。王家や貴族、騎士階級や平民に至るまで、海外からの亜人の血を取り入れていった。基礎的な身体力を得る為にだ。イーガ魔法王国の歴史の前半は、ナントブルグの女王の国を地上に蘇らせる為に注がれた。
「素で魔族さんたちを震え上がらせる亜人の皆さんから術式や武術を学び、研究を積み重ねていったのですわよ。ニンゲンの身でも十分魔族と対抗できるような。ふふふ……」
「そういうことちや」
うなずいたのは黒髪の女エルフだ。イントネーションを聞いてシャロンは念話でトーリに注意した。
(エルフ族最強のナハリジャーヤの女エルフです! 下手にうごいてはなりません!)
動けるわけがない。トーリはマレーネを囲むエルフたちに震え上がるほどの暴力性を感じていた。コーザとは別種のプレッシャーだ。カントニアのクリスタほどではないが、かなりの手練だろう。
「な、なら……この力で私を、カツランダルクを……」
「それは我が国にとって呪い、でしたの。あの時代のホーデンエーネンは今よりずっと強大だったと聞き及んでおりますの」
数え切れないほどの戦争によって、たくさんの騎士が、魔道士が戦いで死んでいった。それはイーガの衰弱を招いた。だから第二王朝の始祖は、そのくびきを断ち切ったのだ。
「そこで魔族殺しの研究を終えてもいずれ、魔族のよからぬ者がホーデンエーネンを支配して攻めて来たり、直接に我が国への国盗りを目論もかもしれない。だから研究を続けたんですのよ」
その結実の1つこそが、マレーネの父・アドルフが使えた『魔族殺しの剣』であったが彼女はそこまでは存じていなかった。だが、魔族を苛む術式や技術は知っている。
「トーリ様。ふざけた盗賊ごっこはここでおしまいにしていただきましょう。イーガに二度と悪さができないようにおしおきをさせていただきますわ」
マレーネはエルフたちに目配せした。総仕上げに取り掛かる。エルフたちがトーリらを囲んだ。このイーガで現時点での最高の魔封術式を彼女たちに食らわせるのだ。
「……トーリ様。ひとつよろしいかしら?」
「何を?」
「そもそも、市井のかたがたも我々貴族も、おうちを訪問した時は必ず入り口や玄関で挨拶をなさるものですわ」
「それはそうね。でも、それがどうしたというの?」
「トーリ様とお連れの方々は、挨拶も無しにここに来られた。一言お声をかけていただければ茶菓子ぐらいごちそう致しましたのに……この様な訪れ方は、盗賊の所業そのものと何ら変わり無いですわ」
つまりは犯罪行為である。自分たちはトーリたちを賊として抹殺しても、ホーデンエーネンは文句を言えないだろう。
「賊の真似事をした。その一点で大きな落ち度が貴女様に。申し訳ございませんが、覚悟してくださいね?」
「そんなことはしていないって、言い張れると思うけど?」
「ふふ。案外、ガキですのね? 物言いの道具は、舌だけじゃ無いですわよ?」
そう吐き捨ててマレーネはエルフたちに命じた。これからどんなことが続くか身をもって教えてあげなさいな。黒髪エルフの女が謝りながらトーリの右腕を折った。二の腕からだ。
悲鳴を上げて叫ぶトーリと、心配そうに見るサキュバスらに魔封じの光が容赦なく襲いかかった。
痛みに苦しみながらもトーリは思った。自分の力なら容易に跳ね返せるだろう。だって自分は、特別な力を持っているのだから。