聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
(これが、死か。)
いや、意識はある。トーリはふわふわした気分を覚えながらも、生きていると実感した。霊体あるいは思念体となった自分の姿を確かめた。
(何もないように見えるけど、でも凝らして確かめれば、ある。)
透明に近い、白いもやのようなもの。これが霊体となった自分か。魔力は、魔法はどうだろう。誰もいなくなったのを見計らい、念動魔法でベッドの横に置かれた椅子を浮かせようとした。
(できたわ!)
魔法が使えるようになっていた。封印から解放されたのだ。エルフ達がかけたあれは、教えられた通りで身体に仕掛けるものだった。うふふふ、と笑う。けれども思念体となった今、ほくそ笑むのをだれも見る事はできなかった。ましてや自分でも。
次にすべきことは何か。そうだ。死んだ肉体を生き返らせる事だ。自分の身体を見下ろした。死んでから2時間が経過している。死後硬直が始まっていた。部屋の扉に意識を向け、封印の魔法が仕掛けられていたのを確かめた。
(タカミ様とあの子たちは、この部屋に誰も入れなくしているわね。ちゃんと聞いてくれていた。)
ならばグラットンが教えてくれたことをやるだけだ。まずは身体にまとわりつく封印魔法の解呪だ。骨に仕込んでいるという。ただ死んだだけでは消えない。文字通り、塵にしなければ。
(タカミさま、やってくれるかしら?)
彼の魔力は感じられる。この部屋の外の庭にあった。念動で窓を開ける。タカミはそれを確かめた。
「魔族となったのですね。完全に」
トーリはその念動で遺体を外に投げ飛ばした。どうせ死んだ肉体である。無造作に落ちて来たそれを見るとタカミは首にかけている銀の像を手に取った。十字架にかけられた全裸の男をかたどったもの。彼と枢機卿らが、『神の子』と呼ぶ男だ。
「神よ、この者の為に我に力をお与えください……エイメン……」
その像の股間、割礼を受けた男性器にそっと口づけした。トーリの遺体のあちらこちらから青い炎があがり、瞬く間に燃え尽くした。煙は彼が同時に築いた、遺体を取り巻く結界の中で凝縮し、塵へと変わった。
炭の塊となるまで1分もかからなかった。燃え滓にタカミは目を凝らす。無い。骨にかかっていたエルフの術式が散り去っていた。後はトーリの肉体の復活と魂の収容だ。それは彼女自身が行う。
(果たしてうまくいくのか? 見届けてみよう。)
タカミはその場でじっと待った。背後に心配そうに見守るサキュバス達の視線を感じながら。遺体だった炭が淡い光に包まれる。凝縮し、人型の何かを形作ると結界を超え、とても甘い香りがあたりを包んだ。においの強い花の様な。
光が消えた。そこには全裸で横たわるトーリ=カツランダルクの姿があった。目を閉じていたそれが見開き、口を動かした。
「思ってたより、魔力をだいぶ消費するのね、これは……」
復活は成功したのだ。ゆっくりと起き上がり、タカミを見て微笑んだ。
「おかえりなさいませ、アスカウ公。神様とお会いできましたでしょうか?」
いいえ。トーリは残念そうに首を振った。どうも思念体が生きていると会えないらしい。けど、こうして戻って来れただけでも喜ばしい事である。何せ自分がニンゲンを超越した存在となったのを、認識できたからだ。
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ホーデンエーネン王国暦352年8月。オルガスムナ領は騒然となっていた。オルガスムナの親族衆によりトーリ姫が殺害された。その話が人々の話題に数日間も持ち切りとなった。
アスカウ公は厳重に封をした石の棺の中に納められ、王とアスカウ公のご家族とを待っている。殺害の知らせを聞いた国王は、遠くにいるルッソとマイヤ以外のトーリの家族を急ぎ呼び寄せ、聖騎士団を含む5000の兵を率いてオルガスムナ領へ進発した。
国王が直々に大軍を連れてやって来る、と聞いたオルガスムナの者達は恐怖した。どう言い訳をしようか。親族衆の評定が始まった。最初は、釈明についての談義だった。しかし数日後、国王軍がオルガスムナの関所に入った頃に話題は変わっていた。どうやって迎え撃つか。
「国王軍はまず、この城に向けて進むに違いない。街道をたどるはずだ」
「なら、あのトエリンの丘で戦おう。兵はどれだけ集められる?」
「我々は既に全員を呼んできている。ざっと500程だ。あわせて3000はいくだろう」
「もう少し待った方が良いかもしれんが……戦おう。先手必勝だ。一刻も早く丘を取る」
布陣することに決めたトエリンの丘にはかつて、支城が置かれていた。街道を南西と北東の高所で守っているのだが、同時に街道を通る敵を上から襲う目論見もあった。高所の周囲には支城が置かれた頃の空掘が巡らされていた。
親族衆とその兵3000あまりは出発。その日のうちに丘を占拠。国王軍を迎え討つ準備を整えた。
対して国王軍は挑戦を受け、南西側の丘から攻撃を開始した。こうした城攻めに役立つ投石砲は持っていなかった。用意に時間がかかり、行軍の邪魔となるからだ。
両軍とも新兵器である鉄砲での、激しい銃撃戦が始まった。オルガスムナ側は弓兵にやるみたく複数名が固まっての3段撃ちで構えたが、王国側は射手を等間隔に散らばせた。これまで見たことが無い布陣だ。
「国王軍側のやり方はなんなのだ?」
何とも面妖な。両軍の射手達が発砲しだした。高所からならオルガスムナ側が有利だった。こちらも討たれたが倒れる者は国王軍側が多かった。けれども、指揮官達は疑い出した。思ったよりも被害が少ないのではないか?
「提案します! 一斉射撃をやめ、狙撃での各個撃破に切り替えたいと存じますが?」
南西の丘を担っていた親族衆は、1人の騎士からのその提案を却下した。鉄砲とは音でもって威嚇し、恐怖を振りまく道具である。そう言われている。
鉄砲の装備率だってオルガスムナ領は全国一のはずだ。兵士のほぼ全員が携えている。
「かまわん! 景気よく弾を放て! 鉄砲の生産地である我らがオルガスムナ領に、十分な火器があることを国王軍に知らしめるのだ!」
「しかし、弾薬は……」
「弩弓や投げ石があるだろう! やれ! 構うな!」
しかしその弓矢が少ないのだ。素晴らしい新兵器たる鉄砲に期待をかけすぎた親族衆らは、旧来の飛び道具の装備と整備とを怠ってしまっていた。弾薬も思ったほど少ない。輜重係によればこの勢いだと1日で無くなるそうだ。
「果たして、今日のうちに国王軍は撤退するでしょうか……」
「するはずだ! 国王軍もろくに用意をしていないだろう!」
「細かいことを考えるな。戦いというのはな、その場の勢いで決まるものなのだよ!」
これだから若い者は、と親族衆はあざ笑った。その騎士は忸怩たる思いを抱いて持ち場に戻った。国王軍は倒れた者が1人増えると後備えから担架を持つ救護の者がやって来て、けが人を保護する。
その後に1人の射手が加わった。相も変わらず斉射では無い。届くか当たるかわからぬ狙い撃ちだ。オルガスムナ側は一斉撃ちのままだった。
1時間が経過した。鉄砲の弾薬が足りなくなっている。その報告を受けた親族衆らは城下から運んで来いと無茶を言った。いわんこっちゃない。射手の指揮官達がぼやく。彼等は斉射を止めて国王軍と同じく散発的な射撃に入った。
その時だ。国王軍側から「前進!」の掛け声があがったのは。国王軍はいつの間にか南西の丘をぐるりと囲う様に陣を展開していた。肉薄されて守り手側の射手が次々とやられた。親族衆らが天を仰いだ。
「計略だったか! 小賢しい駆け引きをするとは、国王軍は卑怯者の集まりか!」
「北側の連中から射手と弾薬を借りてこい! ……なにっ! 足の速い連中がもう入り込んだだと!」
守りて側の備えが崩れた。そこからはあっという間だった。先発隊に続きセイン王が率いる直属精鋭が駆け上がり、白兵戦となった。20分のうちに南西の丘を守っていた親族衆は死んでいた。逃げようとしたところを進言した騎士らの短銃で撃たれたのだ。彼等は流れ弾に当たったとセイン王に言い張った。
「……そっかあ? よくわかんねえけどそういう事にしといてやろう。俺はこいつらと違ってこき使うが、覚悟しとけよ」
寝返り者らを脅す国王だが彼等を矢面に立たさず、武器を分捕って後備えに送った。射手らは街道の向こうにある北東の高地に向けて鉄砲を放つ。北側もそれに応戦する。セインは射手に伏せて撃てと厳命し、白刃兵らに準備を整えとけと伝えた。
「もうそろそろ、そろそろだ……」
北東の丘との射撃戦が始まってから20分程だった。王国軍との射撃戦を繰り広げていたオルガスムナ軍の陣地の背後を突くようにして、1000程の騎馬隊が馬上筒を放ちながら襲い掛かった。王国最強と謡われる聖騎士団だった。
彼等は跳躍魔法が得意な一部隊を先手として襲い掛かった。馬ごと堀と柵を飛び越えた数名が奪取に成功した。上から新手が出て来たが、その中でも特に背が高い1騎が動き、持っていた槍で次々と殴り倒した。
彼がまとう鎧と馬は他の者より上等で、鞍の後ろには翼を模した飾りが立ててあった。敵を挑発する小道具だ。しかし下っ端騎士には許されない。
さらに、その騎士はあろうことか手綱をつかんでいる左手の指で魔法印を切っていた。目の前の草むらに焔があがった。その兜が他の騎士達を向く。
「これでいいでしょうか!」
いささか低く大きかったが、まだ声変わりをしていない少年の声だった。
「初陣にしちゃ上出来だ! 強化魔法も飛翔魔法も、その上に炎の魔法も扱えるとは先が楽しみだな!」
「戦場では目立つ分、敵が狙ってくるでしょう。お気を付けください、御曹司殿!」
「はい! ……母さんの仇は、必ず討って見せます!」
少年騎士は兜の覆いを取った。絶世の美女であった母と天下無双と呼ばれた実の父の面影が、色濃く刻まれている美しい顔である。
この少年騎士こそ、オルフレッドだった。母・トーリのかたき討ちの為に聖騎士団の先手となったのだ。