聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
「で、トーリは俺に今更何の用なんだい?」
すっかり忘れていると思っていたよ。ルッソは窓をちらと見る。ナーガハーマのあたりは冬、一面が雪景色になる。窓ガラスの向こうにあるヨゴタールの街に重なるかの様に、付き人であるワンガリの姿があった。冷え込んでいるというのに股の付け根が見えそうなぐらいに短いスカートだ。
「この年末と年始は、旦那様とお過ごしになられたいと。陛下にもご了承を頂いております」
「もう野望というのは達成できたのかい? まあ、次の国王はジョーケインだろうし、達成したも同然かだったか。彼女はいつ、アスカウに戻るんだろうね?」
「まだですよ。まだ、地固めの時といえるでしょう」
舌打ちこそしなかったが、ルッソは苛立ちを覚えた。これ以上何を望むんだい。アスカウ=タカイチゲンシュタットの領主であり、王族だ。次の国王の母でもある。
片腕とも言える妹のマイヤは、ヨーシデンでも一番交通の良いところを貰っている。名ばかりだが経済長官という職も就けてもらった。
さらに言えばオルガスムナだ。死んだという虚報が入ってきた時は驚いたが、目障りな親族衆は壊滅し、生き残りは僻地に転封させた。猫の額ほどの領地だから、合戦を挑まれることも無い。幼い子供達の後見役という名目で、トーリはそこを実効支配している。
それだけでも十分に昇りつめたと言って差し支えない。なのに、どうしてまだ上を目指そうとする?
「トーリはまだ欲しがっているのかい?」
「せめて、カツランダルクの残りの二家を凌駕する土地を得られれば……」
「マイア=テクニカの収入も考えれば十分に豊かだよね? それ以上得て彼女は何をしたいのさ? 最終的には他国との戦争かな。イーガとか?」
「……」
ワンガリは答えなかったが、頭の中は読み取れた。ひめさまはどうも、イーガに興味をお持ちになられているようだ。かの国との戦争に関わる書物を漁り始めている。4年前の合戦の報告書も読んでいると、ナントブルグの仲間達が教えてくれた。
(そんなことしてどうしようっていうんだよ、トーリ?)
侵略戦争なんて阿呆のきわみだ。そりゃあサキュバスの力とやらで荒くれどもの人心を掌握して大人しくさせれば、反乱が起きず安定した統治ができるだろう。国が豊かになればホーデンエーネンも強くなる。
(トーリの力があれば、できるかもしれないけれど……)
でもその魔法もどこまで有効なのだ? 他のサキュバスからちらと聞いたが、『持続期限』と『有効範囲』というのがあるそうだ。身も心も貴方に捧げます、などと『おちんちん騎士』にさせたり、淫魔の欲求に充分寄り添ってくれる性奴隷とするには、どんなに有能な術者でも1~4人が限度らしい。
(魔族や亜人の血が濃いとかかりにくいらしいじゃないか。特にオーガ族なんか。世界征服なんて無理だろ。せいぜいがこの大陸でイキっているのが関の山だよ。)
ワンガリに問われた。受けてくださいますね? ルッソはうなずいた。最近のトーリはおかしい。こちらはこまめに手紙をおくぅているのに返事を寄越してくれない。ワンガリらに転移魔法でナントブルグに連れて行って貰うのも断られる始末だった。
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久しぶりに来たナントブルグは、前来た時よりも栄えている様に見えた。なんだか殺気だっていた通行人や商売人の顔は、いい意味で忙しいけど充実している、という感じだ。景気が良い証拠だろう。
とはいえワンガリと入った飯屋で出されたものは、なんだか貧相に思えてならなかった。量と食材の数が少なくなっている。かじったパンが質の悪い麦か何かを使ってボソボソだった。食に関しては北部のほうがよかった。エチウとバチバチにやりあっていたのにだ。
「内乱はまだ続いているのかい?」
「恥ずかしながら……」
なんだか引っかかる物言いだった。何もワンガリが恥じることは無いのだが。だが、トーリがいるのに何故こうも規模の大きなものが頻発するのだろう。こんな時にこそサキュバスの得意魔法を使えばいいのに。トーリが部下達と協力すれば、こんな事態にならなかっただろうが。
(何かの目論見があって反乱を野放しにしていた……わけじゃないのか。じゃあなんだ? トーリのやつ……)
何かが起きたのか。ルッソは本当に何も知らされていなかった。トーリが魔封じに遭った事と『先祖返り』を果たしても元の実力を発揮できない事を。
嫌な予感がした。『天下無敵』となった『トーリ様』がこんな手こずり方をするなんてあり得ない。城にあるアスカウ公の執務室で、トーリと再会を果たした。そして確信した。
(な、なんだ……?)
「どうしたの、ルッソ? 久しぶりに見る私にドキドキしちゃった?」
トーリが微笑む。冬なのに娼婦が着るような、素肌が見える薄い絹のローブをまとっていた。この年末はセイン王の許可を得て、ルッソと熱い年越しを徹底的に楽しむつもりだった。天下に王手をかけた自分へのお祝いにだ。この戦いは「勝った」と見ていた。
小ぶりな乳房と細いのに豊かな腰のライン。それを見ていつものルッソなら飛びつく。いや、かつての。でも今のルッソはトーリにまるで異なものを感じていた。
(本当に、トーリなのか?)
まるでニンゲンには見えない。魔族、いや、魔物みたく思えてしまう。彼女が一度死んで別の生き物に生まれ変わったようだ。
なのだが、前に会った時に感じていた、強大な力を持つ存在には思えなかった。魔力というものがまるで感じられない。大きく喪失しているように思える。
(禍々しい。こいつ、何をやったんだ?)
「ねえ、ルッソ。たまには夫婦として睦まじくしましょうよ? 私……」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
「え?」
ルッソはトーリの手を握った。強く、きつく。
「トーリ。お願いだ。ナントブルグからアスカウに引っ込んでくれないか?」
「え?」
「勘で言っているんだけど……今の君には何の力も感じない。誰かを問答無用に魅了する力だって。トーリ、今のままで政界を泳いでいけるのかい?」
(何を言っているんだ、この人?)
トーリは痛いほど握りしめて来るルッソの手を振りほどこうとした。しかしルッソは離さなかった。ワンガリや同席していた他のサキュバス達がルッソを止めようとすると、彼は目を怒らせた。
「わからないのかよ! トーリは、トーリは弱っているんだ!」
「弱っていなんかいないわ。そりゃあ、先祖返りをしたばかりで力がうまく出ないのは確かだけど……でも、ちゃんとサキュバスの魔法は使えるわ」
「やっぱりそうなのか。ではどうやって先祖返りを?」
「……教団に助けてもらったのよ。イーガの連中に魔封じを受けた身体を治す為に、魔族にさせてもらったの」
タカミ枢機卿のつてを頼って教団が抱える魔族らと交合を。それで先祖返りは完成した。今のトーリは既に魔族だ。
「そうか。今までの君は完璧じゃなかったんだね?」
「ええ。でも今は、これからは、大丈夫」
「そこまで思いつめていたのを、気づけなくてごめんな。だから、君はしばらくアスカウに引っ込んだほうがいい」
ルッソもカイル達にちら、と聞いたことがあった。トーリを危険視するイーガ国内の魔道士連中がいる。魔族になったということは狙われる確率が高くなったという事だ。出来れば実力を隠したままにして欲しい。目を付けられない為にも。かつての彼女ならなんとかできそうに思えたが、目の前にいる今のは、どうにも儚そうだった。
「トーリ、そうしよう」
「でも、ジョーケインは? オルフレッドもこれから、だといういうのに?」
「とりあえずはマイヤに任せようよ。そうしたほうがいい。マイヤはイーガっていう大きな後ろ盾もあるからね。君はしばらく、大人しくしているんだ」
あり得ない。トーリはルッソの言う事が妄言としか思えなかった。野望の成就はこれからなのだ。カツランダルク御三家の、残る二家を倒さねば。
「離して、ルッソ」
「好きな女の子の為だ。絶対に離すもんか」
「……その子が離してって言っているんだけど?」
トーリの瞳が輝くと、紫色の目が紅くなった。先祖返りを果たした証拠だ。更に黒目と白目が反転し、両目の瞳の中に3つ脚の鳥の紋様が浮かびあがった。
周囲のサキュバス達がおののいた。その中で一番気丈なワンガリが皆に呼び掛けた。城の魔道士たちに気づかれたらまずい。この部屋に結界を張れ。
「離してッ!」
トーリが振りほどこうとした。しかしルッソはすぐに腕をつかんで強く握る。右腕の手首を痕が残りそうなぐらいに握られたトーリは激高した。
「庇護者面をするな、ただのニンゲンが!」
感情に身を任せるあまりに、彼女は魔法を発動してしまっていた。それも強力なやつだ。魔竜から受けた無数の熱線を放つ『お掃除魔法』。あれの出力を加減しないものである。
トーリの身体から放たれたそれは、部屋の隅々にあたった。書棚や机の紙が焼け、絨毯とカーテンが煙を立てた。結界は部屋の壁にかけていたから中は無防備だ。サキュバス達はあわてて冷気の魔法で弱めようとする。
その熱線はニンゲンが浴びればひとたまりも無かったはずだ。しかしもろに浴びたルッソは無事だった。服を焼かれて穴だらけにさせただけで、皮膚を焦がさなかった。
(……なぜ?)
トーリは正気に戻り自問する。ルッソは結界魔法を覚えていたの?
「ルッソ、あなたは……」
「多分だけど、俺に備わっている魔法抵抗だよ」
骨を砕いてやろうと思いながら手に力を籠める。
「君がナントブルグの女王の子孫なら、俺だってご先祖様はアレさ。君達が言う腐れ……」
「聞きたくないわ! あなたはあなたよ、ルッソ!」
トーリは泣き崩れた。ルッソは手を離しサキュバス達に目を向ける。
「俺だって、君達のあるじだった人の仇敵の血を引いているんだよ。とても薄いものかもしれないけれど、今のトーリの魔法を拒むぐらいは備わっているんだ」
もう一度トーリに呼び掛ける。トーリはルッソをにらんだ。
「やっぱりそうだよね。わたしとあなたの絆は、血とか宿命なんか超えると思っていたけれど」
「トーリ……別に俺は、君が心配だから」
「出て行って! あなたは安全なところで傍観してなさいよ! カツランダルクの復讐に口を出すな!」
ルッソは無言で出て行った。ワンガリが追いかけようとするとトーリが制止した。
「ワンガリ。今までルッソの面倒を見てくれてありがとう。もういいわ」
「でも、旦那様は」
「ルッソの監視はもう無しにするわ。私は間違っていたのよ。傍系とはいえ、カツランダルクの女王を滅ぼした一族に心を許すんじゃなかった」
あいつは邪魔者よ。トーリはケタケタと笑った。目は黒目と白目が反転し、真ん中に鳥の紋様が浮かんだままだった。
トーリから強い威圧をサキュバス達は感じた。勝手に身体が床にへばりついてしまう。
「みんなにはこれから先、もっと忠誠を誓ってもらうわ。これまで以上に、私の為に励みなさい」
ルッソとの決別そのものこそが、トーリと忠誠を誓うサキュバス達の、終わりの始まりだった。
カツランダルク戦記の第二章はここで終わりです。
次からはまた青年編を再開いたします。