聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
この時の連合軍全体についての様相というのは、エレクトラが伝えた通りであった。
サート銀山を攻める軍勢は意気こそあがっていたが、その他は疲れてすっかり緩んでいた。なにせ3年も戦争をしていたからだ。
鉱山町攻略のために周辺の砦を落とし、イワッミー側の街道を封鎖し終えた軍団もまた同じだった。将兵の顔には疲れがにじんでいた。亜人もそうだった。
だからこそ、このサートの鉱山町の戦いを最後にしたかった。イズヴァルトとて、同じであった。エレクトラを助け出さねばと焦っていたけれども。
鉱山町を南側から伺う砦の物見櫓の上で、イズヴァルトは背後にいた者に問いかけた。
「ウラスコーのピピンどのはいかがでござろう?」
イズヴァルトの背後にいたのは、エプロンドレスを身にまとった触手姫であった。彼女は魔法で宙に浮き、触手が入れてくれた茶を飲んでいた。
「すっかり心が弱っているでち」
エレクトラを奪還できず、とても焦っている。傷はすっかり治っているのだが、家臣たちから出陣を止められていた。最前線で戦うことをイズヴァルトに任せよと、きつくたしなめられているそうだ。
「さようでござるか。おつらいでござろうな……」
「あたちと触手ちんらに、いっぱい慰めてとねだるばかりでちよ……」
淫らな事で落ち着かせようというわけだ。但しピピン王子のそれは度が過ぎた。今度は背骨を痛めてしまったという。
イズヴァルトは櫓から下を見た。触手達が砦の補修を手伝ってくれていた。大木槌で杭を叩いたり、崩れた石垣を運んで斜面に積んでいた。
サート鉱山町への総攻撃は明後日だ。この砦はその時の本陣となる。治療に当たっていたアレキサンダー=アルトランが復帰して再び指揮を取るのだ。タッケハールに到着した追加の投石砲を携えてだ。
サート銀山の攻防が最後の戦いとなるだろう。イズヴァルトはショージュ=オーウェンから、軍や参加国の内情を手紙で知らされていた。連合軍はもう、軍事行動ができる限界に来ていた。
だから今度の戦いでは最後の最後に、となるが、触手姫の力も借りようと考え来てもらった。同じ手を2度も3度も通用するか疑わしいが、サート銀山についてもブランカはよく存じていたから、いけると確信していたのだ。
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ホーデンエーネン王国暦で言うところの355年10月9日。その日こそが、連合軍によるサート銀山総攻めの決行日であった。
夜明けすぐ、南の大通り門で戦闘が起こった。赤い炎で輝く『覇王の剣』を持ったイズヴァルトが一番槍を担い、門を守るドワーフの戦士団とぶつかったのだ。
今回のイズヴァルトは、いつものように名乗らなければ呼びかけもしなかった。門を守っていたドワーフ達は、これまでの砦で顔を合わせ、鍔迫りあったこともある連中ばかりだ。
ぶ厚い石壁で守った門の手前、イズヴァルトは数名のドワーフらを圧倒した。エレクトラをさらったダレン達であった。
「そこをどくでござる! さもなくば首をはねる!」
イズヴァルトの一刀が、ドワーフの内1人の首筋をとらえたところでダレンが叫んだ。
「待て! わしらはここらで連合軍に寝返るけえのう!」
「寝返る! どういうことでござるか!」
イズヴァルトは剣を引いた。彼に従う兵らも。ダレンらは片膝をついて頭を下げた。
「教団に手を貸すのは、もう終いということじゃ!」
「イズヴァルトさん、儂らこの鉱山町のドワーフの衆は、ウラスコーのみんなとの友誼を何よりも大事にしておるけえ!」
自分たちの部族は何より、前ヒッジランド王家と固く盟を結んでもいた。よってウラスコーの民の友であるイズヴァルトには、武器を振り下ろせない。
「……事情がわからぬでござるが?」
「事情が変わったということでもあるがのう。イズヴァルトさん、サートのお山にいるウラスコーのみんなが手はずを整えておる」
ダレンがドワーフの1人にめくばせする。その者が後ろを振り向き大声をあげた。門をあけろ。
石づくりの構えの中にある大きな鉄扉がゆっくりと開いた。そこにはイズヴァルトが恩師ヴィクトリアの故郷で会った者達の姿があった。彼らはドワーフや決起に加わったパラッツォ教徒とともに立っていたのだ。
「本当じゃ! イズヴァルトさんじゃ!」
「おうい! 戻ってくるのが遅かったのう!」
「マイヤちゃんはどこじゃ!」
「イズヴァルトさん! マイヤちゃんとのお子さんをたくさん連れていくさに加わっておると聞いておったんじゃが、本当なのかのう!」
昔懐かしい人々が無事だった事にイズヴァルトは涙した。しかしマイヤのことは今は語れなかった。非道な姦婦となったあの女の事を語れば、ウラスコーの者らは嘆き悲しむからだ。
「ありがたや! しかし今はサートのお山を奪い返すことが先決でござる!」
イズヴァルトは伝令としてやって来たミツクニュモスに、別の陣で始めようとしている火矢や投石砲の一斉射を止めてもらうように頼んだ。ミツクニュモスの馬がくるりと回り、本陣へと駆ける。
ヒッターチ育ちのミツクニュモスは、密かに得意としている早馬の術で南へ去っていくと、イズヴァルトは一緒に付いて来ていた兵士や後続の部隊とともに鉱山町の中へ入った。
エレクトラは高台にある行政庁に捕らえられていると聞かされると、イズヴァルトは屈伸運動を行いながら、ドワーフ達に呼びかけた。
「一気呵成にてっぺんまで上り詰める所存でござる! 是が非でも助太刀いただきたい!」
ダレンらも準備体操をし始めた。股関節を柔軟にする運動やアキレス腱を伸ばす運動だ。
「おいっちに! おいっちに!」
「よーくすじを伸ばすんじゃよ!」
ここから先は坂道を一直線。斜面だったり階段だったり所々違う。階段を登ったところには突き出しがあり、バリケードが張られていた。それをぶち壊しつつ、全速力で行政庁まで駆け上るのだ。
イズヴァルトが駆け始めた。剛腕の武者にありがちな脚の遅さはこの男には無かった。脚も速かった。その上、エルフ達とかけっこの鍛錬は行っていたから磨きがかかっていた。
ダレンらも負けてはいなかった。えっさほいさと掛け声をあげ、どしんどしんと地響きをたててイズヴァルトの後を追う。決してイズヴァルトに引き離される事は無かった。
ドワーフというのは短足であるが、脚のばねと腰回りがとんでもなく強い。走るというより跳躍する。そいつをずっと続けられる程に頑丈だった。ひ弱なニンゲンでは、どうあがいても超えられぬ壁があった。
そもそもだ。ドワーフというものは、どんなに動きたがらぬぐうたら者でも、最低12時間は女と性交し続けることができる頑強さを生まれながらに持つ。そんな連中がそう簡単にへばるはずが無かった。
最初のバリケードにぶち当たり、「ちょめちょめーっ!」と叫びながら守兵を蹴散らしたイズヴァルトは、背後を見て喝采をあげてくれたドワーフらに心強さを覚えた。
「行政庁まではまだまだ先でござるな!」
「この防塁みたいなもんを、あと5つ6つぶちこわさにゃならんじゃろうな!」
しかし守備兵は驚くほど少ないはずだとダレンが付け加える。行政庁に行けばウラスコーの元町長、オリバー=クロームウェル=ウラスコーがいるだろう。けれども、シベリウスの手によって牢屋に入れられているかもしれない。
「殺されたりはせぬでござろうか……」
「大丈夫じゃ。教団は死刑を禁じておるらしいからのう」
「安心したでござる!」
ならばよし。さあ進め。それから麓のほうのいくつかの門から、次々と連合軍の兵士達が入って来たのが見えた。連合軍に参加した、シマーヅやスーエイニア、ゲースティアの旗が翻っていた。
鉱山町の南側は完全に制圧されつつある。それにイズヴァルトは勇気百倍だ。駆け上がれと号令をかける。イズヴァルトの耳に触手姫の声が聞こえてきた。
「あたちと触手ちんらの出陣はどうするでち?」
「大丈夫でござるよ。もし必要とあらば行政庁のあたりがよかろうでござる!」
「はいでち!」
次も、その次も、イズヴァルトとドワーフらはパラッツォ教側の防塁を突破した。守りについていた司祭騎士が悲痛な声で「裏切ったか!」と詰ったがドワーフ達は気にしなかった。
そもそもが仲良く飯や酒をかっくらい、経典の巫女らのあそこをどれだけたぎらせるか競い合った仲間でもあった。こちらが勝てばそれでいいし、殺すつもりはなかった。
サートの銀山町に暮らす司祭騎士らも、どっぷりとこの土地の暮らしに浸かり込んでいた。土地の民としがらみついていたから、主義や理想を全うできぬところにあったのだ。
「裏切りとは卑怯だ!」
「ダレン! お前がはらませた経典の巫女のターニャに申し訳が立たないのか!」
「アレックスもパトリックもだ! こんなこととで我々が仲を違えるとはなッ!」
パラッツォ教側の騎士や兵士からの批難にダレン達は心苦しかったが、今はこの戦いの勝利が大事だった。
更に駆け上り、いよいよ行政庁及び総督の住まいがある街区に入った。もうすぐだ。イズヴァルトが皆に言う。
「ここからが正念場でござる!」
この鉱山の総督・ジャン=シベリウスと長くイズヴァルトを苦しめてきたヘンリック=イプセンを討ち果たし、この地方の支配権をパラッツォ教団から奪い返すのだ。
ドワーフらにより建てられた、頑丈そうな数階建ての建物をいくつも仰ぎ見ながら、イズヴァルトは期待に心を弾ませていた。これでようやく、3年にも及ぶ戦いの旅が終わる。待っているのは勝利と栄光。
とはいえ、十分に準備をしたとは思っているけれど、いざ突入になるとここまですんなり行けてしまった鉱山町攻めに疑念も抱いたりしてもいた。
この街区に入ってから、強い違和感を覚えていた。麓よりも頑丈そうな建物がこうも多いと、こちらのほうが守り戦に使いやすいのでないのか、と思ってしまった。
「……ううむ」
「どうしたんじゃ、イズヴァルトさん?」
立ち止まってしまったダレンがイズヴァルトに呼びかけると、上からじゃ、と注意を促す他のドワーフたちの声が。
イズヴァルトらは散開した。さっきまで彼らが立っていたところに、大きな氷のつららが突き刺さっていた。
「氷の魔法でござるか!」
つららは2メートルぐらい。まるで投げ槍だ。並の魔道士が作るにはいささか手に余るぐらいだ。それが何本も。
途中までは及び腰のように見えた教団も、ここでは本気のようだった。イズヴァルトはまた飛んでくるかもしれないと『覇王の剣』がまとう炎をさらに燃え上がらせ、仕返そうとする。
でも、魔法による上からの攻撃ではなかった。真正面からこれまでにないプレッシャーを受けた。猛者が持つ闘気というやつだ。その圧は物理的な力となって、イズヴァルトを前から薙ごうとした。後ろに避けた。
「……貴殿は!」
ダレン達と同じ背丈と体格。しかし全身から放つ気力と、太くごつい腕が握りしめる大斧はダレンらの数倍手強い相手であると感じさせた。
「おう、久しぶじゃのう。イズヴァルトの坊主」
兜を右斜めにかぶったひげもじゃの猛者がにひっと笑う。次の一撃が素早く襲いかかる。イズヴァルトは左横にそれるが、斧の刃による追撃を、覇王の剣で受けるしか無かった。
「貴殿と、ここで相まみえるとは……!」
手首にずしりとくるのを感じて、イズヴァルトがそのドワーフに呼びかけた。
さて、イズヴァルトが鉱山町攻めの最後の最後に出くわすこととなったこのドワーフの戦士は何者だったか?
その続きについてはまた、次回にて。