聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
以上がイズヴァルトのサーガ、青年の時代の物語である。
この英雄のカントニアからサイゴークまでの旅については、もととなる伝承歌はぽつぽつとしか無かったし、参考文献も乏しかった。
イズヴァルト研究の大家・ギルバート=カツランダルクはこれを、1冊の本としてまとめあげた。彼の晩年頃から、ホーデンエーネンの各地でのラジオドラマや講談、演劇の原案として用いられる。
しかしこの、ギルバートが編さんしたこの書は、あちらこちらから意見や不満が飛び交っていた。
曰く……。
「マイヤ=カツランダルクは稀代の悪女ではなかった。イズヴァルトと別れたのもイーガのある人物のせいだ。ギルバートお前、知っててまとめたんだよな?」
「エレクトラとかいう女がどういう目的で陰謀をめぐらしていたのかが不明瞭だ。あの時代のエルフやドワーフは生きているんだし、調査と聞き取りをちゃんとやれ」
「少年時代のサーガを読んでから思ったのだが、時系列が飛び飛びなのはどうしてなのだ? これではイズヴァルトがなぜカントニアに来て、それからチンゼー大陸に向かったのかがわからない」
批判が出るのは仕方がなかった。何故かと言えばサーガを元にまとめたからだ。ギルバートは当時をよく知る人物達から詳しく聞いたが、あくまで『青年時代のサーガ』をもとにした本として世に出しただけである。一応注釈はつけておいたが。
しかしこの書に一番反論を、というよりもケチをつけた人物がいる。ナントブルグ大学講師のアネモネ=リットフェンテルトだ。ギルバートの5歳年上の女歴史学者である。
そもそも彼女は、マイヤ=カツランダルクの業績を完全に否定していた。はたまたマイヤ以前の王国の女傑達についてもだ。
「かわいくてすけべでなおかつ有能なんていう女性はそもそもいなかったのです。すべて男社会が産んだ幻想。マイヤはただのスケベ女だし、色恋方面でも名を馳せた王国時代の著名な女性は皆、貴族達に下駄を履かせてもらって実情とは全く上の評価を下されただけですよ」
彼女は特に、マイヤ=カツランダルクとその『曾孫』に対して辛辣だった。いくつかの論文や自著で、『たぶれっとぱっど』を含むマイヤの数々の『発明』はすべて誰かのアイデアの横取りだとこき下ろした。共和国の名門大学も全て金と権力と得意のおちんぽちゅうちゅうで造ったものだと。
「そもそも、マイヤが設計図を描いたり試作品を自分で造ったという言い伝えが無いじゃありませんか。彼女は誰かの発案を取り入れて技師達に造らせたのです。マイア=テクニカで彼女は金槌を叩いた事はありませんでしたし」
この意見については多数の反論が。彼女は禁書図書館にあった、まだ再現していない道具を実現させた。発明者というよりもプロデューサーとしての才があった。それだけでも才女と言えるのではないのかね。
それからトンカチでカンカン、という技師の仕事は技師に任せれば良いのだ。マイヤが目をつけて現実化してくれたお陰で『たぶれっとぱっど』が世に出て、鉄砲という兵器が実用のレベルにまで達したのだ。
アネモネはその事実を片っ端から黙殺した。持論に対して都合の悪い事実に無視を決め込むのは学者の常套手段だ。ゆえに彼女は学者としての評価は低かった。
マイヤを否定したのはアネモネにとって許容出来ない才女だったからだ。アネモネは淫猥な女というものが大嫌いだった。
アネモネにはもう1つの顔があった。風紀の矯正と女性の権利を向上させる社会運動家だ。こちらは後の世にも歴史に名を残した。ただし、こちらの顔こそ、数々の歴史書がアネモネをことさらこき下ろす事となった。
社会活動家としての彼女は、この国に昔からある性愛を「時代遅れ」と断定し、純潔教育と一夫一妻制の強化、不倫の否定や性的情報の統制を盛んに訴える矯風論者でもある。
彼女の発言。性交は男女の同意が無ければ強姦と見なせ。売春は禁止にしろ。幼児期からの性愛はもちろんご法度。夫は妻のヒステリーを無条件で受け止めろ。男性中心主義の歴史や文化はおかしい。などなど。
特に彼女はサキュバス嫌いしていた。エロがそのまま人の形になった存在をニンゲンの町から追い出せなどとがなり立てた。お股がゆるゆるでしかもニンゲンよりも美人ばかりのエルフも攻撃対象になった。
サキュバスに恋人や夫を奪われた奥さん達がそれに同調し、一時期サキュバスはナントブルグとその周辺だけはいなくなった。
が、サキュバスの権利を訴える人権団体を淫魔たちが立ち上げて結成。そこに諸外国の亜人達が加わって議論は全面戦争に。
この論争に関しては淫魔たちが勝った。理由はニンゲンの女が目もくれない『へっぽこやろー』達の金玉の中身の受け皿としての、サキュバスや亜人が存在が、世の男性や見識と良識のある女性らが認めたからだ。矯風会はごく少数であった。
精液がぴゅーぴゅーと出せれば誰でもOKな淫魔が街や村にいることで、『へっぽこやろー』達が悪さをつつしんだ。最低でも1週間に1ぺんくらいちんちんで腰が立たなくなるぐらい悪いことをやれれば、治安や社会不満などある程度忘れられたからである。サキュバスは良いガス抜きだったのだ。
もちろんギルバートは淫魔達の社会的な役割を存じていた。ダメ男どもは結構な数で街にいる。淫魔がいなけりゃ今頃ナントブルグは犯罪都市になっていたところだ。
その論争で彼は淫魔側に加担した。王国時代の似たような勅令があった事例を探し出し、その時期は暴力犯罪が多発していたことを議論の場で開陳した。
そのせいかアネモネは彼の著書に盛んに反論文や注釈をつけるようになった。このイズヴァルトの青年時代をまとめた本でも彼女は「ちがう! ちがう!」を連呼した。どれも偏った視点からの唾棄していいぐらいのものばかりだったが。
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ギルバートにとって、ライバルというかめんどくさい仇敵のアネモネが死んだ。そのニュースはエチウのカナザワース島にある、教団の遺跡調査のチームに加わった頃だった。
青年時代の話をまとめた本を出してから5年後のことだ。死因は暴漢に襲われての刺殺。犯人は彼女の矯風活動でナントブルグに構えていた娼館を潰されて露頭に迷った、元女衒の老男だった。
教団が本山のハルヒアトゥントゥリから飛空客船で運んで来てくれた資料に混じっていた新聞で、そのニュースを知った。今は人がほとんど住んでいないカナザワース島にラジオは置かれていなかったのだ。
「……殺されてしまったか」
悲しいという気持ちは起こらなかった。見当外れな識見でふっかけてくるうざい論敵がいなくなったことにせいせいしただけだ。
アネモネは知り合いのサキュバス達からも馬鹿にされていた。『ニセフェミババア』などという妙なあだ名をつけた。どういう意味かはギルバートにわからなかったが、言葉の響きに侮蔑がこもっていたのだけはわかった。
これでナントブルグも矯風会の勢力が弱まるだろう。いいことじゃないかとギルバートは思った。口うるさい彼女がナントブルグ学会でぶいぶい言わせていた数年間、魅力がすっかり減じた古都に足を踏み入れない事にしていたからだ。
これでようやくナントブルグに眠る資料が読み漁れる。アネモネが「権力者に都合良いことばかり書いた」と批難したものだが、無いよりあったほうがイズヴァルト研究がはかどる。あちらには碩学姫の死後のイズヴァルトの動向について記した資料が眠っていたのだ。
でも今はエチウ諸島にあるパラッツォ教の古文書とのにらめっこと、教団の数々の遺跡めぐりが大事であった。
パラッツォ教はコーザの時代から大きく様変わりしていた。大きく分けて3つの宗派に分かれている。
エチウとキンキ大陸北部には救世主派と呼ばれる宗派が。サイゴーク大陸には触手派。それからチンゼーとシマナミスタンのごく一部に広がる、最小勢力のアーロン派である。
大まかな教義の違いはこうだ。救世主派は世界の終わりに『じーざす』なる超人がこの世界を救いにやってくると論じ、触手派は終末思想とかは考えずに触手による法悦が神への対話を促進させると論ずる一派。
アーロン派はアソマリアの火神信仰とチンゼーの最大宗教であるメジェイドとのちゃんぽんで、法悦をやればいろんな土地神様ともお話ができるよ。と教えている。
どの宗派もイズヴァルトの時代に比べれば、はるかに平和的になっていた。パラッツォ教団によるエチウからイナーヴァニアにまで広がった宗教帝国は、コーザと彼の版図を受け継いだ人物の代で終わった。
他の学者や案内係とともに、打ち捨てられ、廃墟となったカナザワースの宗教都市の中を歩きながら、ギルバートは思う。
(あの時代にこれだけの規模の街が……。)
街は四方を土塁で囲み、東西南北おおよそ20キロの間隔で広がっていた。最盛期には約300万人以上が住んでいたという。
建物は石でできた土台や北側にある旧本山の大伽藍と『宮殿』以外は消失していた。木造が多く、数百年のうちに厳しい冬の大雪で潰れてしまったのだ。
『宮殿』もまた経年劣化が激しかった。あちらこちらの屋根や石柱が崩れていたり、盗賊の略奪に遭った痕がある。金や紅に塗った壁も剥げて割れていた。
教団の旧本山となる大伽藍に入った。宮殿の北側にそれはあった。ここも盗掘の被害や劣化が激しかった。
イズヴァルトの時代、教主コーザはこの字寺院に寝泊まりし、信徒の女達に法悦と胎児を与えていたのだ。経典の巫女が参拝者と寝たともいう。伽藍で教徒らが乱交する祭りが行われていたとも。
でも淫らな気配は感じ取れなかった。人がいなくなり、祭壇に供物が置かれず香が焚かれなくても、厳かで落ち着く空気が使われなくなった寺院に漂っていた。
案内役が語る。彼は救世主派の司祭であった。イズヴァルトの時代には数々の高価な調度品や財宝が置かれていたが、今はすっかり無くなっている。蔵にはほんのわずかな書類しか残っていないと。
「教団にとって大事なもの、例えば教祖様が記した経典の原本やコーザ様が遺された文書などは残らず、ハルヒアトゥントゥリに移しております」
200年以上の間、ハルヒアトゥントゥリがあるエチゴニア国を長く治めている大君であり救世主派の庇護者によってそれは為されている。ギルバートに、老いたイズヴァルトの隠された物語を教えてくれた人物でもあった。
「カナザワースに残っているのはほんの少しの紙切れのみ。むしろ学究の皆様にはこの遺跡について調べていただきますが……」
新発見は期待できないだろうと司祭は言った。ギルバートがこれから取り掛かる書物の資料ならもう手に入っている。けれどもカナザワースのこの遺跡には訪れたかった。本で読んだだけでは感じ取れない事があるからだ。
「それは承知の上です、グリーグ司祭。しかしですね、所々が壊れているとはいえ、これだけ豪壮な宮殿や伽藍、広い街をそのままにするのは……」
「あの時代に比べてエチウ諸島には、人がいないのですよ」
エチウ諸島の人口は一時期は1億と5000万にも届く勢いであったけれど、コーザの時代の終わりの頃から急激に人が減り始めた。諸島すべてをあわせても2000万人に届くかどどかないぐらいだ。
多産をもたらしてくれた『甘露(アームリータ)』が、うまく作用しなくなったのだと司祭は語った。
「あの霊薬のみを服用し続けて子孫をつなげると、子が生まれにくくなったり死産となったり、はたまた寿命が縮むらしいのです」
もう一人の司祭が付け加える。あの霊薬には人の命の核のようなものを傷つける作用があったようだと。
これは初耳だった。そういえばとギルバートは思い出す。霊薬のみで生きる第一経典の徒はもうこの世に存在していない。
「だから、霊薬だけにすがらない第二経典の徒というのをコーザ猊下は取り決めたのですね?」
「そのようですね。しかし……」
「コージュ様の代から経典の教えを厳守した信徒の末裔は、皆死に絶えました。パラッツォ聖教教国に世界最大の人口をもたらした中心にいた人たちです」
パラッツォ聖教帝国。通称パラッツォ教国。その初代皇帝の名はオルランドゥ=カーンダークだが、これはエチウでの呼び方だ。
初代にして滅亡まで君臨してきた皇帝は、ホーデンエーネン人だった。母国語ではオルフレッド=カツランダルクという。
10歳の少年だったイズヴァルトと、乙女の頃にさしかかっていたトーリとの短くも濃い情交によって為された男児でもあった。
オルランドゥは教国の栄光を背負って立ち、栄耀栄華を享け尽くした。あの時代のパラッツォ教徒らとともにだ。しかし皇帝も、彼をあがめた者達もこの世にはいない。
カナザワース島にいた皇帝とこの島の住民の殆どが皆、最悪の結末でもって人生の幕を閉じたという。ゆえにギルバートにとってこの島の風は、怨霊が泣き叫ぶような声に聞こえてならなかった。
大伽藍から外に出た。雪混じりの強い向かい風がギルバートの身体を叩きつける。曇天の空と大都市の朽ちた屍体が、細めた目に映っていた。
「北の島々では多くの魂が雪となった。歩く俺に向かって吹き付ける風雪はいつの時代の人の魂だろうか。そいつが俺に呼びかける。俺達が生きてきたことを語り継いでくれ。記してくれ、と……」
島の南にある港の酒場で、詩人でもあるギルバートが唄った一節である。