聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ここに至るまで、彼は下準備を続けてきた。知り合っていたイーガ国王と在ってナーガハーマで目にしたトーリの怪物ぶりを語って疑いを抱かせ、亡きアドルフの『遺産』たる国内海外の諜報部隊の要職らに危機を喚起させた。
「トーリは伝説の『ナントブルグの女王』の再来だ。奴が完全に目覚めたら魔竜と同じぐらいの脅威になるだろう。今の内に封じ込めたほうがいい」
イーガの優れた魔道士らは、そう言ってやればわかってくれた。彼等とて隣国のホーデンエーネンに、規格外の化け物が出てしまった事に恐怖していた。イズヴァルトだけではないのか、あの国は。イーガは魔道士や魔法戦士の水準こそ、ホーデンエーネンよりも『上』だが、英傑や大天才は生まれにくかった。ただ一人、アドルフ=トードヴェル=キョウゴクマイヤーが頑強で存命だったなら。
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話は数日前にさかのぼる。カヅノ=セイジは密かにイーガへ入り、城の裏庭で国王と謁見していた。しかし堅苦しいものではない。テーブルで茶を呑み菓子をつつきながらの会合だ。
カヅノはトーリの話をしたくて国王の元に来た。
「……なるほど。トーリ=カツランダルクは先祖返りを果たしたが、いまだ力を大きく削がれているわけか」
ヴィルヘルム王は眼を閉じ、考えた。完全復活を果たしたトーリはどう出るか。ホーデンエーネンの実権を握る、は、もうすでに約束された様なものであるし、今既に『丞相』という名の影の女王として宮廷に君臨している。
「……力を、試したくなるものだな」
「はい。そのお考えで合っているかと」
後顧の憂いが無くなれば、余計なことをしたがるはずだ。せっかく手にした力を揮う機会が欲しくなる。となれば、イーガを支配しに来るかもしれない。
「あるいはコーザと雌雄を決する勝負を挑むか。アカサカチハヤの進撃を始めるかもしれない」
「きっとそうなるでしょう。古今、強大な武力を得た王は、他国への進出を考えるもの。トーリ=カツランダルク様もきっとそうなりましょう」
「しかし今は諫言する部下がいる。余の愛妾であるカミラはもとより、トーリの側には常に、ピックプリトポロポロッテンという、経験豊かな女官がいるそうだ」
彼女達が抑えてくれれば考えるだけで終わるだろう。それから、と国王はカヅノに。
「カミラが言うには……余も家臣らに調べさせたが、トーリは平和を重んじるそうだ」
「ですが……重要な諫言者をあの奥方様は追いやったそうですな?」
ヴィルヘルム王の目が見開いた。カヅノは飴がついたクッキーをつまみ、それを口に入れた。かじってすぐに飲み込む。ざらめ砂糖がところどころについた、エチウではあまり楽しめない、上品な甘味だった。
「ルッソ=シュミット。トーリ様の元夫殿は今、イーガにて魔道士の訓練を受けているそうで?」
「知っていたか。その通りだ。義理の娘とも言える、エレクトラの提案だ」
「副司祭騎士団長殿のでしたか。いやはや、そこまでは存じておりませんでした」
パラッツォ教の現副司祭騎士団長となったエレクトラ=ガモーコヴィッツは、謀反の嫌疑を受けたルッソをエチウ経由でイーガに逃した。ルッソは魔道の研修を受ける事となった。エレクトラが手紙でヴィルヘルム王に、そう提案したからである。
エレクトラはルッソが『異能』を備えているとにらんだ。国王は魔道学問所の優れた講師をルッソにつけた。エレクトラの読みは当たった。ルッソは確かに才があった。小難しい理論はわからぬが、感覚で覚えて行っている。
「天才、とまではいかないらしいようですが、かなりの見込みがあるそうですな?」
「魔力はそれほどでも無いらしいが、魔道士たちが言うには変わった特性があるそうだ」
「ほう。それは?」
「1つの術式を用いるのに魔力をあまり必要としない。例えばだな……」
国王はカップを持った手の人差し指で印を切る。王とカヅノの間に野球ボール大の青い鬼火が輝いた。
「余はこれぐらいの火球を、持っている魔力の1割を使って起こすとする」
「嘘をおっしゃいますな? 聞くところによれば陛下は、『すかうたー』だと36万の魔力数値をお持ちだそうで?」
「その半分だ。一番調子のよい時でな。倅のアドルフは53万あったそうだ。もっと身体が頑健であれば、100万を超えていただろう……」
国王は話を戻した。ルッソにはこの火球を、国王やイーガの魔道士達の4分の1以下の力で起こせるような、特殊な才能があるという。
「ルッソの面倒を見ているエルフの魔道士が言うには、魔族と同じ特質なのだそうだ」
「つまりは、半魔の者と似たような?」
「そうだ。そもそもあの男はホーデンエーネン家の創業の地の出自だというな。先祖代々、アスカウの片田舎から離れていないそうだ。ホーデンエーネンの王家と言えば……」
魔界のハーフリングがその源流にあると伝えられている。今のホーデンエーネン王家はあくまでその一支流に過ぎない。一族の中にはアスカウを離れず、ずっと暮しているのもいるだろう。
「つまり、ルッソ=シュミットは?」
「そういうことだ。だからその才が備わっているのだろう。突然変異かもしれない。魔族の血はどのように働きかけるか未知なところがあるからな。そしてホーデンエーネンの祖は、サキュバスの子孫の王国を滅ぼすのに加担した。サキュバスの魔法を防ぐ術を持っていたそうだ」
なるほど。だからこそ、
(エレクトラめ。考えている。俺はルッソめに罪を着せて処刑させ、トーリを荒ぶらせて討伐の大義名分を教主から引き出そうとしたのだがな。)
そちらにすればトーリは『危険人物』として、頑張ってくれただろう。けれどもエレクトラが競り勝ってしまった。国王は言う。エレクトラの策に続きがある。ルッソの力を十分に引き出せたらトーリに引き合わせ、彼女の力が通じないことを知らせる。余計なことをせぬためにうぬぼれを砕く。それだけでいい。
「討つのではなく戒めさせる。可能でしょうか?」
「できる。余はそう信じよう。ルッソが魔族を祖に持つのなら、『先祖返り』もなせるはずだ。サキュバスなど、魔族の女のつてはある。ムーツやシマナミスタンに、あの手の女達は多くいるそうだ」
男が『先祖返り』するのは女よりは時間がかかる。しかし魔族と交わり続け、その唾液をすすり、女の陰からにじみ出るものを常日頃舐め続ければ果たせるはずだ。
また、性交のみで果たせる者もいた。女魔族の女裂の奥に溜まっている魔力を陰茎が触れ続ける事で感化され、身体に働きかける。茎から魔力を吸うのだとか。その様に『半魔』となった人物は何例かあった。ただ、魔竜に目を付けられると魔界へ連れ帰られる恐れはあったが。
「更に、貴公らパラッツォ教団の枢機卿と教主がいる。遠いサイゴークには大魔族の『触手姫』、チンゼーには『アソマリアの火神』とクマモンビークの『水神』。シマナミスタンには亜人最強と謡われるナハリジャーヤ=エルフが。ムーツにはオーガ達、カントニアにはミナッカミニアの『氷の女王』と数多くのエルフ達がいる。世界を知ればトーリは己以外にも強敵がいるとわかるだろう。そして貴公のパラッツォ教には、あの男がいるそうだな?」
司祭騎士団長、イズヴァルト。その名前をカヅノ=セイジは嫌っていた。パラッツォ教とは全く関係の無い、ただの騎士をコーザはどうして寵愛するのか。
教主とエレクトラは妙な計画を立てていることを最近知った。パラッツォ教の版図、エチウ諸島とイナーヴァニア、それからホーデンエーネンから独立しようと企む北部諸侯の領地などに、パラッツォ教国なる俗世の統治機構を設けるのがそれだ。
その大君にイズヴァルト=シギサンシュタウフェンをいただくつもりらしい。教主は宗教という『天』を、イズヴァルトが『地』の頭目となる。教主は人の心を支配し、イズヴァルトは『皇帝』という王者となって人の世を統治する。
(エチウ古代語では、イズヴァルトはイウバルトと名が変わるそうだな。旧時代の神話に出て来る悪魔と同じ響きだ。)
それだから危険に思えるというのは詭弁に過ぎぬが、縁起が悪いことは確かだ。それ以外にもカヅノはイズヴァルトを毛嫌いする理由がいろいろとあった。美男子でちんこが自分よりでかい、というのもあるし、彼が教団内では『正妻』とされているエレクトラと、2人も子を為したのもある。エレクトラは見てくれに関してはセイジ好みだった。美しい、エルフの血が混じった金髪の美魔女が好みなのだ。
とはいえだ。教主がその様なことを考え出したのには訳があった。休戦から間も無いのに、イナーヴァニア地方で再び戦乱のにおいが漂い始めたからだ。
今度のは、スオニアのマハラ教団総本山がたくらんでいた。メジェイド教と手を組み、チンゼーとシマナミスタンから兵と兵糧を集めているという。特にシマーヅ国とスミジア、ヒューガスタンが乗り気である。その三国がメジェイド教を動かした。
マハラ教には全世界から集めた寄付金があり、軍費には事欠かった。おまけに食料がたくさんとれるチンゼーやシマナミスタンの支援。これに乗っかる形でイナーヴァニアの反パラッツォ勢力とサイゴークの各国の義勇軍が準備を整えているそうだ。
教主コーザの大望はなかなかに叶えられそうにない。枢機卿と呼ばれる面々も真っ二つに分かれて論議している。コーザに夢をあきらめさせて平穏な教団に戻すか、このまま拡大政策を進めるべきか。カヅノは拡大派だ。
エチウの事で考えていると、国王が茶のカップをテーブルに置いて呼び掛けて来た。
「もし、よろしければの話だが……貴公にも手を貸して欲しい」
「手を貸す……どのようなことですかな?」
トーリの牽制についてだ。国王は良いつてを持っていると語った。
「イーガにスカルファッカー家の御曹司、アナキンがいる。彼を通じてソーロー家のケノービ=ソーローと知り合って貰えぬか。その男はアナキンの実の兄だ。なかなかの策士で、トーリ=カツランダルクに心服せぬと聞いている。行動を起こす時には是非とも、ケノービを加えたい」