聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ルッソとパルパティアが駆け寄って来た。不思議な事にルッソが1歩進むたびに、軟体の生き物は退いて襲って来なかった。
彼は首をすっぽり覆う鉄仮面をかぶり、鎖帷子を着こんでいた。剣や弓矢はおろか、盾も携えている。戦闘を意識しての重武装のようだ。アナキンは、片腕になったパルパティアよりもそっちが気になって仕方が無かった。
「ルッソさん、どうしたんです?」
「パルパティアさんに持ってきてもらったんだ。一番遠くにあった荷馬車が無事だったようだ」
飛翔魔法で空を浮かんでいたパルパティアが背負っていた荷物をアナキンら渡した。鎖帷子に兜と盾。それから鋼の爪がついた手甲もある。ピルリアの私物だ。柔らかく弾力があるものは潰すより裂くほうがいい。
「これをどうして? ここは逃げた方が……」
「そうもいかないようです。すっかり囲まれてしまいましたべえよ」
兜をつけ、手甲を付け替えるピルリアを伺いながら、パルパティアは南で起こった出来事を語った。城の中を覆っているのと同じ軟体生物が、広い範囲に現れてあたりの草木を枯らしていた。それと戦ってイーガの魔法戦士達は自分以外全滅した。自分の右腕はそいつにやられた。
「大丈夫なんですか……」
「大事ない……治癒魔法はかけてありますから。気力を満たす薬も飲んでます」
自分の怪我なぞどうでもいい。それよりもこのうねうねしたものどもを動かしている本体を一刻も早く倒したい。
「居場所のつてがあるんですか?」
「このくねくねどもはこの城と一帯を覆い尽くしている。それが何故だかわかるかね?」
パルパティアは魔道学問所の講師の口調になっている。アナキンが考えている間にピルリアが答えた。
「本体を守っているから?」
「そうだべえ……たぶんになるけど。崩れかかっているとはいえ、拠り所をこの城塞に決めたのは力を蓄えているか、大技の術式の準備をしているかだ」
廃墟とはいえこの城の壁は厚かった。しかも規模は割と大きい。そんじょそこらの砦とは違う。修繕をすればかなり出来のいい軍事基地になりそうなくらいだ。
「その上、これらの生物を覆わせて防壁としている。この生き物たちはかなり頑丈だ。少なくとも魔法に関して言えばだがね」
斬れるし鉄拳で潰せるが、すぐに新手がやって来て隙間を塞いでしまう。こいつらは生きた鎧だ。自動修復する肉の壁ともいえる。頑丈な要塞を魔法に強い生物で覆えば鉄壁の金城湯池となるだろう。その割にはいとも簡単に斬られたり、魔法でダメージを食らっているではないかとアナキンは思ったが。
「大技の術式というのは……」
「相当な時間を費やす魔力と精神の集中が要る。世の中にはそれを一瞬で発動する大天才や、イズヴァルトさんの炎の剣みたいな『卑怯な道具』はあるけど、大抵は発動するには時間をかけるものだ」
おおよその予想だが、生気を奪う軟体生物に防御と魔力調達を行わせ、大技を仕掛ける準備を整えているのではないだろうか。となれば本体は城の一番奥にいるはず。この城は地下が5階もある。もし籠るなら最深部にするだろう。
「また戻るのか、面倒だな」
「アナキンさん、そうは言ってられないよ。何とかして止めなくちゃいけない。出来なかったら逃げるしかないし、本心は逃げたいけど……でもやらなきゃいけないんだ」
ルッソがそう決意したのは、自分だけがこの軟体生物らに襲われないからだ。しかも避けてくれている。彼から半径5メートルは近づいて来なかった。
(それに……)
表面がじと、と濡れて、表面からむわんした湿ったにおいを放つ桜色の物体にルッソは思った。見覚えがあるし嗅ぎ覚えがある。
(トーリのあそこの色とにおいだ。まるで。)
もしかして、彼女の身になにかあったのだろうか。誰かにさらわれて無理やり魔法を使わされているかもしれない。
(君なのかい、トーリ?)
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思念体となった『本体』と違い、それが産み出した仮初の『肉体』は苦悩していた。産んだ子は別として、一番大事に思っている存在が姿を現わした事に驚いたからだ。
『頭脳』、つまりは理性からの「あらゆる邪魔者を排除せよ」という命令を受け付けられない状態となった。造り手が造魔の術に詳しく、かつ、冷静な状態でこさえればこうはならなかった。
この軟性生命体達を造ったのは、これが初めてだった。しかも、遥かな昔に見知った記憶や術式を頼りに、怒りに任せての生体練成であったから不十分だったのだ。
作り出した者の感情や記憶といったものが、この造魔達に練り込まれている。この存在のそもそもの本質、愛と享楽と『思いやり』とやらがこいつらに生じてしまっている。
一番沢山長く過ごした快楽の時間。慎ましく素朴ながら生涯で一番幸せだった農村での毎日。『頭脳』が持っていた思い出はこの造魔たちにあまねく伝播されてしまっていた。
いや、それだけでは説明しきれない。実のところ、現れた人物が内に秘めていた、『天敵』としての力がいよいよ表に現れ、造物主に届きうる存在になったのだ。
魔力差で言えば1000分の1かそのぐらい。恐れるのも馬鹿らしいのだが、見るところが違う。例えれば、頑強なオーガも蜂の毒針で死ぬこともある。つまりはそういうことだ。
しかし『頭脳』のほうは、『肉体』からの情報を受け取っていなかった。命令回路とは逆の方向の情報伝達が不十分だった。ここを守れ、魔力をもってこい。命じたのはそれだけで、侵入者情報を報告しろ。『本体』はそこまで求めなかった。何故なら、自分の力に自信を持っていたからだ。
この城の周囲にいた者、中に入っていた者は残らず息絶えているだろう。事実、魔道士が蓄えていたと思われる魔力を『肉体』から得ていたのだ。
だからルッソ達がパルパティアの魔力探索を頼りに、ここまで来ることを予想できなかったのだ。
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「ここかい?」
『15代女王リリーナ』の部屋の前の扉に立っていたルッソが、後ろにいたパルパティアに呼びかけた。彼女は重ね掛けの防護術式の印を切り始めていた。
「ここです。魔力の波動が一際でかくなっている」
地下5階は他の階と違い、意識しなくてもぴりぴりと感じてしまうぐらいに魔力が濃いが、その中でも一際強いのがこの部屋だ。
「本当のところ、ルッソさんも気づいていたんじゃ?」
「……あんまり言いふらしたくなかったけど、今すぐ戻りたいぐらいに怖いよ」
ルッソも判別ができていたのだ。この部屋の奥にいるのはとんでもなくヤバい。魔力感知に集中する為、目を閉じていたピルリアの眉間に皺が寄った。本当だ、と一言。
(ピルリアさんもパルパティアさんみたく、表情が強張っているな……)
対して、一番後ろにいるアナキンは妙ににこやかだった。この奥でいいことが起こると期待している様に伺える。大きな障害を前にして闘志がわいてしまう勇者や冒険者の顔、と言ってもいい。
この時初めて、彼の本質がわかった様な気がした。常日頃見せていた顔は『にせもの』だったか。書物で読んだことがある転生者の『宿命』というのを思い出す。英雄になってやろうという野心を持ち過ぎ、滅びる事が多いという。
(君、勲功を欲しがっているおさむらいさんみたいな顔をしているぜ?)
口をあんぐりと開けたままでも、スカルファッカー家の領主の座は手に入る。それ以上のものを望んで、どうしたいんだい?
(イズヴァルトさんが見たら、お尻ぺんぺんして叱りそうなぐらいにだらしないよ?)
念話魔法で心をのぞくことをしなくても、アナキンが考えていることはひしと伝わって来る。自分も男の子だからわかるのだ。
アナキンは深呼吸を繰り返していた。必死にまわりをごまかしていたが、わざとらしく見えてしまう。彼は大物を倒して名を挙げるという夢を抱いていた。自分が生まれ変わった意味はこの時の為にあるのだろう。これに勝てば自分は、イズヴァルトに並ぶ英雄として名を遺せるはずだ。
「ピルリア」
「どうしたんです、ぼっちゃん?」
「僕が前に出るから、パルパティアさんとルッソさんを守ってくれ。よろしく頼む」
そう告げて前に出ると、ピルリアも大股で進んでアナキンの左に並んだ。
「なんで?」
「ぼっちゃん、勘違いしちゃだめですよ。あたしは妻であるのと同時に、ぼっちゃんの護衛もつとめているんですからね。捨て身も抜け駆けもだめですよ。いっしょに戦いましょう?」
今度はパルパティアがアナキンの右に立った。
「坊ちゃんの横にいても皆さんを守りますから。文句は言わせませんよ?」
仕方が無い。一緒に倒そう。アナキンがルッソに呼び掛ける。さあ、扉を開いてくれ。
「わかった。覚悟はいいね?」
ルッソは目の前の丸いドアノブを握り、引き寄せた。扉が開いた直後、ルッソは叫び声をあげた。怖気立つ程に強大な魔力が飛び込んでくるのを感じたからだ。
「かがめ! もう来るぞっ!」
かけられたのと同時にしゃがんだアナキンは目撃した。ルッソの身体に、1メートル以上の大きさの火炎の玉が直撃したのを。