聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
平成19年5月のある日。
埼玉県の三郷でにある広々とした屋敷にある自室で、
三晃伯父はアメリカのデトロイトに住んでいた。留学先はそこになる。この7月から、伯父夫婦と従姉の楓の家に厄介になる。
英語に関しては『優等生』な彼だが、9月の編入学までは向こうの専門の教育機関でみっちりと学ぶ事になっていた。伯父は彼の母から、不安要素でいっぱいだと言われたそうだが、正尭に言わせれば余計なお世話だよ、だ。
(おふくろもうるさいよな。俺はガッコでいろいろうるさいこと言われるのが嫌なだけなんだ。)
正尭は小学校の頃から、1年のうちに何回か不登校を起こしていた。どうにも集団生活に適応しにくい性格なのだ。特に体育会系の気風が嫌い。最悪なことに彼が通っていた小学校と中学校は、そっちの気配が濃厚だった。
それと、中学にあがってからの互いを監視するような学校生活がもっと嫌だった。この日本の学校社会というものは、正尭の様な奴にとって実に生きにくいものだ。
とりあえずはサボり魔が多い卓球部に入って、トレーニングの日だけ顔を見せていたが、試合なんてボイコットだ。それから、クラスの連中からの評判は良くなかった。協調性に乏しいからである。
送られた書類はあらかた読み終わった。彼はテレビを見ようと居間に入った。そこは和室で仏壇と遺影が飾られていた。高坂の家はこの辺では名家だ。どこぞの戦国武将をご先祖に持っていた。
仏壇は黒檀製で箪笥ほどの大きさである。100万はくだらないだろう。壁の遺影はずらりと並でいた。ほとんどが白黒だ。その中でカラー色のは4枚。母の一番上の兄である総一郎とその妻の和子。
正尭は総一郎おじさんと和子おばさんと面識があった。幼稚園に入る前、片親となった母とともにこの家に転がり込んだのだ。おじさんは正尭が6歳の時、和子おばさんはその2年後に亡くなった。伯母は身体が弱く、よく入院を繰り返していた。
総一郎と母の昴とは20歳も歳の差があった。叔父はとある大学で教授をやっていた。何冊か本を出してテレビにも出ていたそうだが、正尭の興味がある分野ではないからどんなものか知らなかった。
その2人の右横に、母の次兄である慎次の遺影があった。こっちはやや古い。何故ならこの伯父は正尭が生まれる前に亡くなったからだ。大学に勤める経済学の助教授だったそうだ。バブルがはじけた頃に自殺した。虎の子の貯金を投資にまわして、パーになったそうだ。
この伯父だが6歳年下の奥さんがいた。栞子という名だった。母の親友だった人だ。小柄だが大層な美人で、名門大学に通っていたそうだ。伯父とは学生結婚をして在学中に娘を産んだが、飛行機事故で亡くなった。昭和60年の8月12日。あのジャンボ機事故の犠牲者の1人だった。
栞子の遺影はここには飾られていなかった。長兄の総一郎が嫌がったからだ。理由はわからなかったがある時、母がそれっぽい事を誰かに口にしていたのを正尭は覚えている。
そして慎次の遺影の右に、この中では一番新しい遺影があった。伯父と栞子の1人娘、詩織のものだ。遺影は彼女が亡くなった16の歳、2000年当時のものだった。彼は詩織とは仲が良く、彼女を実の姉の様に慕っていた。
父親に引き取られた後に子供がいない総一郎夫妻の養女となり、わけあって養護学校に通っていたが、顔かたちは良かった。普通の学校に通う女の子で詩織お姉ちゃんを超える子は、そういなかった。
「詩織ねえちゃん……」
彼女の遺影の前で正尭は手を合わせた。詩織は変わった子だった。しゃべるのがとても下手くそで、時たま言語不明瞭なことを言う。人のいう事をどんなことでもいいよと答えてしまう程に意志が薄弱だった。医者から障害だと認定された。
なのに、難しい本を読んだり勉強が得意だった。優秀だった父母に似ていると総一郎伯父が褒めていたぐらいだ。
「俺、詩織ちゃんにたくさんと勉強を教わりたかったよ。英語もきっと得意だったんだよね」
けど、とても変な女の子だった。人前でもスカートの中に手を突っ込み、股間を指でいじくるのだ。本を読んでてもゲームをして遊んでても、食事の最中でもそうだった。総一郎らの死後に詩織の面倒を見る事となった母の昴とお手伝いが、詩織を口酸っぱく っていたのも覚えている。
手を合わせ終えた後、彼はテレビをつけた。午後3時。ワイドショーしかやっていない。CMは健康食品のものばかりだ。その日は平日。彼は学校を休んでいたのだ。
ソファに横たわってぼーっと眺めていると、玄関から妹の声が響いて来た。お兄い、今日も学校に行かなかったの?
「友達連れて来たんだから夕方まで出てってよ!」
玄関からの声は苛立たしかった。3歳年下の深雪との仲はあまり良くない。成績優秀で学校生活にもよく馴染んでいる彼女は、よく学校をさぼる兄のことが嫌いだった。仲が悪いのはその他にもある。父親が違うのだ。
「うるせえよ
「居間にいるの? まずはそこから出てって!」
「ゲーム機はここにあるぞ! お前、テレビにつなげたケーブル抜くの、いまだにわからないだろ?」
「うるさいなあ! じゃあ入るよ!」
深雪が入って来た。整った顔立ちではあるが目元が険しい。目は母親似だ。正尭は女の子たちの良い話題にのぼるぐらいには出来はいいが、顔は父親そっくりである。妹と似ているところは何一つ無かった。
「ケーブル、抜いてよ」
「ああ。で、後ろの子は?」
「お友達よ。私と1年ちがうけど同じクラブに入っているの」
週に1回ある小学校のバスケットボールクラブだ。正尭がテレビの後ろに回るとその子が入って来た。深雪と同じぐらいの身長でとてもおだやかな顔つきをしている。一重瞼だが目が大きく、あごがすっきりとしていた。美少女と言っていい部類の女の子だ。
「はじめまして……鳥山ことり、です」
「鳥山さんか。よろしく」
正尭はゲーム機と妹に頼まれたソフトを持って、ことりに手渡した。
「深雪と仲良くしてやってくれ」
「ありがとう……ございます……」
ことりという女の子は正尭の顔をまじまじと見ていた。真っ白な顔に少し赤みが差していて、眼が潤んでいた。
(どうしたのかな、この子?)
深雪はことりからゲーム機を持って2階へあがった。けれど、鳥山は正尭を見続けたままで、なかなか歩こうとしない。
「どうしたの?」
「あ、いえ……その……」
「ことりちゃん!」
深雪に呼ばれたので鳥山ことりは軽くお辞儀をし、廊下を駆けていった。この時間は母は仕事だし、お手伝いの真田さんは買い物に出かけているから、とがめる者はいなかった。
(なんなんだろ、あの子?)
挙動不審に思ったが、見つめられて悪い気はしなかった。性格に難がある、と真田さんからこっそり言われているみゆきの友達にしては、随分とまともそうな子だと正尭は思った。
□ □ □ □ □
鳥山ことりが三郷の町に来たのは、今から1年前のことだ。夜の仕事をしている母が、大宮にあるお店で働く事になったのでそれまで住んでいた仙台から移住した。
彼女の家は深雪と同じく片親だった。今年30歳になるという母親からは、父親はその頃恋人だった学生だと聞いてはいたが、一度も会った事が無かった。母は仙台でも夜の蝶として働いていた。
幼い頃のことりは、母の知り合いというおじさん達に面倒を見てもらった。関東に移ってからは、優しいその人達と別れて寂しく思った。関東に来てからは孤独だった。控えめで物静かなせいか、転校した学校では友達が出来なかったのだ。
しかし4年に進級して入ったバスケットボールクラブで高坂深雪と出会った。家はお手伝いさんがいる広い屋敷に住んでいたが、彼女もまた境遇が同じ片親だったから気があったのだ。
「ことりちゃん、バスケのことでわからないことがあったらどんどん聞いてね!」
学校生活、特にバスケットボールクラブでの深雪は良い先輩であり友達だった。深雪は彼女を他の子たちにも紹介した。仲がとても悪い不登校気味で不良の兄と、勉強しろと口うるさい母親がいてひどいおうち、と深雪は嘆いていたが、初めて会った正尭は優しそうな人に思えたし、クラブ活動の試合で見かけたことがある昴も、ごく普通のいいお母さんと思えた。
しかし何よりも深雪の兄が気になって仕方が無かった。彼と初めて会った時、何故か懐かしくて愛おしいと思えてしまった。初めてお屋敷を訪れた夜、彼女は正尭の顔を思い浮かべて、布団の中で毎晩する『悪癖』をし始めた。
「……んっ」
布の上から指でくすぐってこする。いつもは1度ふわっとした高揚感とさざ波を覚えたら手を止めるのに、その晩は4度為しても手がとまらなかった。
「……どうして?」
汗びっしょりになってしまったことりだが、その後も続けた。いつの間にか眠りについてしまった彼女は奇妙な、けれども懐かしいと思える夢を見ていた。牧場ばかりがある村で金髪の少年とおませな妹と一緒に過ごす夢だった。
その夢は寝る前のその行為で、正尭を思い出しながら行うと必ず見てしまった。中には幼い彼女にとってどぎついものもあった。その少年と自分が、納屋ではだかんぼうになって絡み合うものや、小さくてかわいい妹としてはいけないことをしてしまうというものだった。
その後もことりは深雪の家にお邪魔することがあった。その都度、正尭がいないか探し、顔を合わせると頬を染めながら自分から進んであいさつした。
「こんにちわ。まさたかさん。今日もお邪魔してます」
「ああどうも……仲いいね、おたくら?」
「そ、そうですか? あはは……深雪ちゃんのこと、大好きな親友と思ってますから」
「そうなんだ。じゃあ後で飲み物やお菓子を深雪の部屋の前に届けとくよ。炭酸モノは禁止されているからないけどさ」
ほんのちょっとの会話ばかりだが、話をした日の夜は身体が狂ってしまった。段々と布越しから直接触るようになっていた。ぬちゃり、とした自分の大事なところを小さな指でかき乱し、気づくと2時間近くもそれに熱中してしまっていた。それでも心が埋まることは無かった。
(せつない……)
その言葉をつぶやき出したのはこの頃からだ。いくら慰めても正尭のことが気になって仕方が無い。狂いきってやり遂げた後、目を閉じるとまたあの村での夢が。繰り返すたびにことりは段々と、夢で見たことを鮮明に思い出せるようになった。
(でも、なんなんだろう。あの夢は?)
□ □ □ □ □
7月になった。その日も彼女は深雪の誘いで彼女の家を訪れた。しかし正尭の姿が見えなかった。
「正尭さん、いませんね?」
「お兄いはアメリカだよ。デトロイトってところに行っちゃったの」
「……どうして?」
日本が嫌になっちゃったからよ。深雪の口調には侮蔑が籠っていた。
「正尭のやつ、てきおう障害とかいうずる休みの嘘を吹いて回っていたから、とうとうママに追い出されたのよ」
「そ、そうなの?」
「そうよ。情けない男なんだから、お兄いは」
自分はああはならないぞ。深雪は自信たっぷりに言った。正尭のことを悪く言われ、ことりは悲しくてならなかった。深雪が見ていない隙に指で目をぬぐった。
「ことりちゃん。お兄いがいないからこの屋敷のこと、隅々まで紹介するね」
それと、正尭がいないから気にせず居間で遊べる。一緒に入ったことりは大きな仏壇と遺影が気になった。尋ねると、「少しだけなら覚えている」と深雪が答える。
「あそこの総一郎おじさんと和子おばさんは、ちょっとだけど覚えているよ。あと、一番右端の詩織ちゃんは……すっごく可愛かったけど」
「しおりちゃん……?」
「横にかけられてる慎次おじさんの娘。詩織ちゃんのおかあさんがママのお友達で、頭が良くて美人だったらしいけど、飛行機の事故で死んじゃったらしいの」
その名前は
「慎次おじさん、女の敵みたいな奴だったらしいよ。詩織ちゃんを総一郎おじさんに押し付けて、大学のいろんな女の子にばかりちょっかいを出してたみたい」
身体目的で何人かの女子大生とつきあい、その中の1人と再婚もしたがバブルがはじけた年に首をつって死んだ。詩織ちゃんにとっては最低の父親らしかった。
「そうなんだ……」
「慎次おじさんのことはママに聞かないでね。すごく嫌いだったと言ってたから。けど、アメリカにいる三晃おじさんとは仲がいいよ。お兄いのアメリカ留学も、よろしく頼むってママがおじさんに熱心に頼んでいたぐらいだし」
そうなのか。しかしことりは正尭に会えなくなった寂しさと、知ってはいけない事を聞いてしまった事で気持ちが沈んでしまった。それから何かを思い出す。大洲栞子という女の名前は、聞いたことがある。
(私、前世は結婚してて娘がいたんだよ! しおりちゃんという名前で、飛行機の事故で離れ離れになっちゃった時は、まだ赤ちゃんだったけどね!)
もう会えないけどしおりちゃんは、きっといい子に育つだろう。『妹』はそう言って笑っていた。あの夢の中の妹が言っていた。
(……マイヤ。貴方の子は、長くは生きられなかった。)
ことりは自分の中に隠れていた、『魂の記憶』を思い出していた。けれどもまだ夢の中の出来事みたいにしか思えなかった。それでも過去に会った人の様に、心の中で呼びかける。
(あなたはあっちの世界で、きっと幸せをつかんでね。)
では誰と?
『妹』が心の底から愛している人とだ。願いは届くだろうか。