聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ムサシノ帝国は超魔法技術によりイズヴァルトの時代よりも遥かに高度な魔法文明を築いていた。空を飛ぶ船『飛行船』。浮遊要塞『サイコロップス』。海面すれすれを走る『ほばーぼーと』。マイヤ=カモセンブルグが作り出したものより遥かに高度なものをだ。
そこに住むエルフ達はかつて、古代ムサシノ帝国に屈服していた過去がある。帝国は空を支配していた。テンモーク山地に住む有翼族や空を飛ぶ魔獣たち、飛翔魔法という対抗手段はあったが量で圧倒された。
とはいえかの亜人達は地上からの対抗手段も編み出していた。飛距離1キロメートルにも及ぶ矢を用いた魔法でだ。
サガミニア=エルフが『爆炎弓箭』を編み出せば、カイロネイア=エルフは矢で突き刺した飛行船の船艇を穿つための『紫電砲』を誘導させる。あるいは、カントニアの梟雄・スーワシューロが用いた『颶風の弾弓』も。
ミナッカミニアのエルフも負けてはいなかった。彼らは矢に時限式の爆雷術式を仕込む術式を編み出した。紙に魔力を込め、それを矢に巻きつけるものだ。
『爆雷符』というものが、それである。
急降下だ。ヘラはまるで仕掛けてこない船団を見て勝った、と確信した。炎の剣は30メートルもの長さの火炎を放っていたが、突然のことで驚き戸惑っていることだろう。
「勝った!」
しかし高度が100メートルを切ったところで異変が起こった。あちこちから矢が飛び込んで来てヘラの周囲を取り囲んだのだ。
「ばーか! ヘタレ矢なんて当たらないんだから!」
ヘラはただの子供ではない。過剰な自信と無謀さをもって突っ込んでいったが、きちんと対策をこさえていた。前面に防壁術式を展開していたのだ。それにあたった矢は跳ね返るかぱちんと音を立てて爆ぜた。
しかし彼女は見くびりすぎていた。相手はカントニアのエルフと戦争を繰り広げたこともあるムーツ大陸の海軍だ。どういうことかをヘラはすぐ、身を持って知ることになった。
ヘラを横を、後ろを飛ぶ数々の矢が、次々と爆発を起こした。手投げ爆雷と同程度の爆風が彼女の横を、背後を襲った。
「なんだってんだよ!」
その矢にはミナッカミニア=エルフが用いる『爆雷符』が巻いてあった。爆炎術式が込められ、何月何日何時何分に起爆するようにと記載すればその通りに発動してくれるものだ。かのエルフ達は友好国に、この魔道具を売りさばいていた。
爆風は細かく砕かれた木や鏃の破片を空に振りまいた。爆風のショックと燃え盛る炎に巻かれるだけでなく、それらが勢いよく自分の皮膚に食い込んでくる。ヘラは鋭い悲鳴をあげ、目を血走らせた。
「生意気なんだよっ! どいつもこいつもぶっ殺してやる!」
この娘は優れた魔道士ではあったが、まだ心は育っていなかった。冷静さを失い、そのまま船に突っ込んで殺戮をせんと怒気を発する。船に乗り込む船員は顔と表情まで肉眼で見れた。
「死ねえっ!」
甲板にはもう届くと思い、獄炎の凱歌を振り下ろそうとした。だが爆風で飛翔魔法の勢いを削がれ、なおかつ悪目立ちする炎の剣を持っていたから位置を特定されていた。
斬りかかろうとした即座、右側から強い殺気を感じたヘラは獄炎の凱歌を左手に持ち直し、とっさに右手を伸ばしてかばおうとした。
「えれえめんこいむすめっこだべ!」
聞こえてきたのは若いオーガの声だった。船から大きく跳躍してここまで来てたのだ。
凄まじい風圧とえぐられた様な強い痛みが起こった。そのオーガが長い斬馬刀を振り切っていたのを見た。赤黒く染まった細い何かが2本、甲板に落ちていくのを見て退くのを決した。
逃げるようにナオエニアの陣に戻ってきた彼女は、涙をこぼしながらうめき散らかした。背中や腕は血だらけ。右手の薬指と小指は根元からけずりとられてしまっていたのだ。
「ヘラどの!」
イズヴァルトは印を切り応急の治癒魔法を彼女に施す。皮膚の表面に突き刺さっていた破片が押し出され、いくらか傷口がふさがった。けれども肉の奥のほうに残っているものは、もっと優れた使い手でなければ取り出せない。
「うわああん! うわあああんっ!」
「どなたか! ヘラどのを治癒魔法が得意なかたのところへ!」
ヘラは奥に担ぎ込まれた。獄炎の凱歌だが、彼女が抱きかかえていたから抜き取れなかった。沖の方からほら貝の音が聞こえてきた。いよいよ上陸。ムーツの猛者どもとこの海岸で戦うのだ。
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ムーツのオーガ族は『具足』という、独特な形状の鎧兜をまとうことが知られている。
ややとんがった形状の首まで守る兜をつけ、その上部に
それから『きもの』という幅の広い半袖の服を羽織り、その上にボディと腰回りを守る胴丸と肩甲を身につける。胴丸や肩甲は鉄板や革を張り合わせて作るが、金持ちのオーガはその上に、色を付けた針金を編んだ、小札とよばれる形状の甲を張り合わせる。
それから腕を守る小手。足を守るすね当て。草履や布靴を履き、2メートル近くの大鉞や斬馬刀などを携える。
オーガ族はたいへん頑強で身体能力が高い。毒にさえ気をつければ白兵戦では敵無し、である。まさに武人向けの亜人種であった。
(ギルバート=カツランダルク注:ホーデンエーネンの貴族や騎士の先祖は、ムーツのオーガだったという。しかも武芸では西のを凌ぐ東側のオーガらしい。)
その彼らが上陸した。第一陣はおおよそ500といったところだが、彼らの強さはとんでもなかった。
防壁の前列を守るパラッツォのニンゲン兵の中で勇敢なのが塁から出て襲いかかったが、ものの数十秒で全滅した。どよめき立った守り手らに、指揮官等は矢を放て、と執拗に叫んだ。
「間断なく撃て! 鏃には毒をつけておる! 決してとりつかせるな!」
しかし敵は準備を怠らなかった。矢が放たれると、2メートル以上の高さがある大盾を持った武者達が前に出て代わりに攻撃を受けた。少しずつ、じりじりと寄って後続達への進路をならす。
「投石砲を出せ!」
新たな号令のもと、土塁から小型の投石砲がずらりと並べられた。おおよそ10門。射程と角度の計算が終わると号令のもと、一斉に放たれた。砲弾は一直線に大盾の武者達に向かう。しかしだ。
「うわああっ!」
投石は盾の前で粉々に爆ぜた。何故なら魔法による結界にあたったからだ。大盾を持つ武者の中に、エルフの戦士が紛れていたのだ。焦った起こしたパラッツォ側の兵士が飛び出して向かった。
「甘く見すぎていたでござる!」
司祭騎士団長として、各指揮官に指示を送っていたイズヴァルトはまずいと思った。前列の土塁の者たちでは防げそうにない。トールキンに目配せして打って出ることにした。
が、眼下ではもっと事態を悪化することが起きていた。突撃した兵士の中に、女戦士が数名いたのだ。敬虔なパラッツォ教徒でもある彼女たちはなんとか事態を打開したくて前に出たのだ。
土塁から、「彼女たちに続け」と叫びながら前に出る武者や兵士がぞろぞろと現れた。土塁の陣は壁に取り付くまで、射撃のみの専守防衛と事前に取り決めていたのに。
トールキンとともに亜人の戦士をかき集め、これから飛び降りて向かおうとしていたイズヴァルトは唖然となった。
(これでは……烏合の衆そのものでござる!)
女武者を助けようと次々と出ていく兵士らを見て、彼はイーズモーの暗黒卿の、ある逸話を思い出した。
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暗黒卿ことイーズモーの覇王・ツネーヒ=アルグレイブは国内統一の戦争のさなか、とあるいくさである発見をした。矢合戦の最中、敵方の陣を観察してだ。
両軍ありったけの矢や投石を飛ばし合っていたが、最前列からもっと前に出て、家来に弓矢を放たせていた1人の若い女騎士の馬に矢があたった。馬が暴れて女は振り落とされると、ツネーヒ側の射手が彼女の周りの従者を残らず射殺してしまった。
女武者は倒れたまま起き上がれない。万事休す。そのまま射殺されるかと思いきや、敵軍の陣から騎馬の武者が7〜8名、矢の様に飛んできて彼女を救い出してしまった。
その合戦ではツネーヒが勝ち、女騎士を助けた武者のうち1人を捕虜にし尋ねてみた。この合戦や前の合戦でも、あの女武者のように突出して地面に倒され、窮地に遭った武者はいたが、それを助ける者はたかだか1人か2人であった。
「わからないと! 騎士道というものをご存知かと思われましたが、存じていらっしゃらないとは!」
「ほう、騎士道というものか」
ツネーヒは梟雄で悪逆非道の謀将だったから、騎士道というキラキラとした響きがする言葉とその中身を知らなかった。詳しく聞くと女兵士や女騎士がやられそうになったら救助や助太刀するのが男らしい男というもので、婦女をかばい守る道、それを騎士道と彼らは称するそうだ。
「そして騎士道によって救った女人は、助けた男と一夜を共にするか、あるいは新たな夫にすると約束せねばならぬのだ」
「そうなのか。俺は物を知らない。だから今の話は驚きだ。実に興味深い」
ところで女騎士だったのか?
「さる貴族のご令嬢で、歳は27で大層な美人でございました!」
「ほう」
「しかしながら夫と12になったばかりのご長男を先の戦場で失い、ツネーヒ殿の首を墓前に手向けたいと望んでいると仰られましてな」
女騎士は自分の命を救い、己の美貌の隅々を見せた全員にツネーヒ打倒の誓いをさせたという。
暗黒卿はその場で捕虜の武者を処刑した。その次のいくさで、その女騎士を夫と息子が待つ冥府へと送ってやった。彼女を助けた残りの武者の首全てを副葬品にしてだ。
この出来事から暗黒卿は、仲間の兵を助けるときにこの様な軍令を作って発した。
「戦場で危機のときに1人の兵士には、多くても2人の者が救いに行くのが常である。3名以上の者が救いに向かうことは、たとえ名のある騎士やこのツネーヒでもまかりならん。ましてや女の武者や兵士もだ。これに違反したものは重罪とし、助けた者も助けられた者も、皆ことごとく打ち首に処する」
もちろん、その令が発布された後にも、女騎士や兵士を助ける時に規定以上の数の『騎士道精神』の持ち主が現れ出た。ツネーヒは助けられた女ともども、彼らを処断した。罰はかならず下すということがわかってくると、段々とそうした行いはなくなったという。
ついでに、彼は敵方に女武者を見つけるとまずは射手に足を撃ち窮地に立たせた後、それを救いにわらわらと寄ってくる救い手らを見出すと釣瓶打ちで射殺すように命じたという。
このぐらいの事ができなければ、覇王にまで上り詰めることはできないのだ。
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これをツネーヒは『逆釣り野伏』と命名したらしい。今がまさにその状況だった。
「ゆくぞう、皆の衆!」
「突撃でござる!」
イズヴァルトはトールキンとともに声をあげ、10メートル下の土塁に飛び降りた。障害物を越え、砂浜に出た時には女武者全員とそれを助けに出た者らは皆、血と臓物をあたりに撒き散らして事切れていた。
「間に合わなかったが、参る!」
イズヴァルトとトールキンら、腕に覚えある猛者達は得物を握りしめて打ちかかった。敵側は大盾の部隊とその後続は合流していた。エルフ達は嫌がらせの爆風術式を繰り出してきたが、魔力の塊が術式を発動させる前にイズヴァルトたちは見切った。
「こいつら魔法を凌いじまうべ!」
「エルフの衆はさがってろい!」
最前列と衝突。イズヴァルトは破砕の術式を加えたポールメイスで、最初に切りかかった相手の大太刀を殴り砕いた。篝火に映えた大きな破片を目にしながら、そのオーガは手痛い打撃を顔面に食らってふっ飛ばされた。
「こいつ! ニンゲンのくせにとんでもねえ奴だっぺ!」
「けれども数はこっちが上だあ。かかれえかかれえ!」
イズヴァルト達は30名あまり。対する敵軍はあわせて500。大混戦となる。イズヴァルトは敵を殺すことより武器を砕き、戦意を削ることに専念した。
対して、トールキンやパラッツォの亜人の傭兵らは容赦しない。『
とはいえ無傷ではいられなかった。イズヴァルトは肩を殴られ、兜の右耳側を切り裂かれた。トールキンやその他も猛者も、負傷しない者はいなかった。
けれども痛みをこらえ、ここが踏ん張りどころと思って勇戦敢闘する。戦っているうちに下半身も興奮してきた。イズヴァルトは強烈な勃起と戦いの喜びからくる射精への疼きを覚えた。トールキンに至っては、キルトスカートからどろりとしたものを放っていた。
「オーガの衆、まだ立ち向かうつもりでござるか!」
イズヴァルトが怒号を放つ。すると、彼らの背後からひゅるるる、と音を立てこっちに向かってくる丸いものを目にした。
それらは地面に転がると大きな爆発を起こした。投擲爆弾だった。イズヴァルトらは吹き飛ばされて転がされた。鼓膜を破られ内臓を痛めつけられる事は無かったが、姿勢を崩した。
爆風ごときでびくともせぬ敵のオーガ達は待ってくれなかった。全速力で駆けてくると、一番武勇が目立っていたイズヴァルトの元に殺到。しゃがみこんでいた彼に武器を振り上げた。
「死ねやあ、パラッツォの腐れ武者がぁ!」
イズヴァルトは武器を振り回そうとしたが間に合わなかった。もはやこれまで、と覚悟を決めた瞬間、大きな口を開けて大薙刀を振り下ろしてきたオーガの武者は、口蓋から大量の血を吹いて果てた。
「なにっ?」
オーガ達は戸惑った。防壁のほうから雷の様な音が次々と鳴り、彼らは体のあちらこちらから血を吹き出して倒れていった。
「助太刀でござるか……どこの、どなたでござろう?」
イズヴァルトは防壁のほうを見上げた。鉄砲を持った数名の鎧武者たちが前に乗り出し、構えていた。
しかしである。オーガの身体が鉄砲の鉛玉で穿たれることなど、これまで一度も聞いたことが無い。サイゴークの戦いでも、オーガの傭兵は鉛弾をくらってもへっちゃらだった。
(では新型の弾丸でござろうか? ……いや。)
イズヴァルトは彼らのいでたちをもう一度見た。どこかで見た覚えがある、どころではなかった。彼らはまさしく、この司祭騎士団長の母国の武者の装備をまとっていたのだ。
そしてこの射手の中にはひときわ、真っ暗な死のにおいを放つ陰気な顔をした武者がいた。その者は先端の尖った銀色の弾丸を鉄砲に装填すると、弾虚無そのものであるまなこをイズヴァルトの向こうにいる亜人の兵に向け、照準を構える。
引き金が動く。火薬による雷音は標的の断末魔の代わりであった。また命を狩ったが、今度はエルフの武者だった。そしてまた素早く弾を入れ替える。撃ち殺す機械そのものだった。
さて、防壁に突如現れたこの銃士達と、オーガどころかエルフの命も刈り取った恐るべき射手は何者だったか?
その続きについてはまた、次回にて。