聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ホーデンエーネン王国暦356年の10月の終わり。
カジミェシュらの船に乗ったイズヴァルトは、オーマストックの港に着いた。クボーニコフ軍の軍装に身を包んだイズヴァルトはとパスカルは、港をうろつく大勢のクボーニコフ兵を目にして驚いた。
「あんまり……がっちりした体格の兵士はおらぬでござるな」
クボーニコフの兵士達は、そのほとんどがやせ細っていた。軍装も心もとなさそうで、中にはぼろきれだけをまとった者もいる。王国の陸軍だろうとパスカルは言った。
「クボーニコフは海軍はご立派だが、陸軍はまるで弱い。何しろ農村の貧民ばかりをかき集めているからな」
その中でも割と体格が良い方が海軍に吸い取られ、残りかすが陸軍に送られる。ムーツの戦士は大抵、オーガ以外はごつい身体をしている者が多いのだが、クボーニコフの陸軍だけは別だった。
「質より量を重視しているのだ。農民は漁民より税を課せられているのはご存じか?」
「全く存じておらぬでござる」
「漁民は『海賊王』の末裔たちだ。それに、海賊そのものでもある。だからクボーニコフ王家はあまり税を課せられない。その代わりに商人や農民に税をかける。特に農民だ」
その農民の年貢は、おおよそ70パーセントを領主に持っていかれる。クボーニコフ国内は、農村に限っては飢餓がまんえんしていた。そのせいで農家の次男三男は兵士になり、娘達は海賊らの里の小間使いとして送られるという。
「ひどい統治でござるな……」
「そういう飢え切った連中が武器を持ち、外地に出たらどうなるか、これまでの彼奴等の占領地でわかっているだろう。際限ない略奪だ。蔵は壊され、女は犯される」
比較的穏やかだったサワータキャビク島でもそうなってしまった。イズヴァルトがカジミェシュを下した日、クボーニコフ海軍はエチゴニアに出航する前の港町で大規模な略奪をしでかしたのだ。女達は一人残らず犯され、抵抗した者は斬り殺された。そのお陰ともいうべきか、島は反クボーニコフの気配が急激に高まったのだが。
「イズヴァルト、これから街中に入るが決して義侠心を表に出すなよ?」
後ろから近づいていたへファイスティオンが、パスカルの言葉に同意した。
「オーマストックは酷いものです。カントニア一の蛮族武者どもが集うウツノミーア軍だってやらかさぬことを起こしていることでしょう。さあさあ、出発いたしますよ」
イズヴァルトとパスカルはこれから、へファイスティオンの『随伴』として街中に入るのだ。クリスタもついていくことになるが、むしろ今回の話はクリスタがメインだ。
分厚い黒の毛織りのコートをまとう、薬師としての格好したクリスタが、おめかしをしたヘラとユミールを肩に担いで現れた。ヘラはクリスタに甘えている様子で、ユミールにしょっちゅう指で尻をつつかれていた。
「クリスタどの。まるでヘラどののおかあさんでござるな?」
「あはは。もう1人子供がいるのもわるくねえずらな」
「ヘラどのはユミールどのと仲良しこよしでござる。さしずめ、ヘラどのがお姉さんということでござろうな?」
ヘラは子猫のようにクリスタにしがみついて笑っていたが、ユミールは大層不満そうだった。
「こんな手のかかるやつは、おらの姉になれねえずら! むしろおらがお姉ちゃんずら!」
歯磨きと風呂をすっぽかそうとする。イズヴァルトらとおまんこをしても精液にまみれた股を洗おうとしない。ケツあないじりをおっぱじめたせいか、肛門がゆるみ、ことあるごとに汚い汁便をこぼすこともある。イズヴァルトも行為の最中、ヘラがぶほっ、とおならを放ち、少しばかりくさい汁を脚にかけられたことがあった。
「ねえ、司祭騎士団長さん」
「どうしたでござる、ヘラどの?」
「オーマストックって、遊べるところがたくさんあるのかしら?」
「……そこのところはどうでござろう?」
聞かれたパスカルは「あんまりおもしろいところではない」と答えた。
「娼館や闘技場はあるが、賭博場はまず無い。子供が楽しめる遊戯場も聞いたことが無い。ただ、菓子屋がナンブロシアの町の中では一番多いそうだ」
「この街の菓子職人さんたちは腕利きばっかずらよ。おらもお取り寄せをよくやっていたずら」
「かーちゃんはぱくぱく食うもんだから、島のみんながあきれ果てていたずら!」
菓子屋なら申し分ない。イズヴァルトも甘いものは大好きだったからだ。
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へファイスティオンが用意した馬車に乗って街中をいくと、クボーニコフ兵の蛮行をあちらこちらで目の当たりにした。襲われている人々を見たイズヴァルトは、助るために出て行こうとしたが、へファイスティオンに止められた。
「軽はずみなことはなりませんぞ。奴らの好きにさせるのです」
「しかし、襲われている人々がいるではござらぬか?」
「……この帰りに致しましょう。ヘラ殿とクリスタ殿と一緒に暴れてかまいませんぞ。但し、偽名を使うのです。本名を名乗ってはなりません。かえって付け狙われますからな」
そう致そう。イズヴァルトはうなずいた。果たして目的の屋敷を訪れた。クリスタが世話になった医者、ドストエフスキーの館である。
青銅で鋳造された、大層立派な門構えの檻門をくぐると、杖を突く背の曲がり老人と、世話係と思しき大柄な若者が出迎えてくれた。クリスタが馬車から出て来ると、老人は嬉しそうな顔で彼女に抱き着いた。
「無事じゃったか。サワータキャビクがあんなことになったので不安じゃったが」
「その気持ちはえらく伝わっていたずらよ。たくさんお手紙をだしてくれたずらからなあ。ドフトエフスキーさんもお元気そうで何よりずら!」
「あはは。儂は腰が立たんようになってしもうた。女遊びもおしまいじゃわい」
まだ元気なうちに、もう一度クリスタに相手して欲しかったと老人は嘆くが、隣りにいた若者は、あろうことか老人の頭を小突いた。
「ごまかすな、ドストエフスキー。杖をついているのは一昨日の女郎屋で励みすぎたからだと正直に言え」
えらく尊大な態度である。それと、膨れていてやや起伏に乏しい顔立ちとぎょろっとした目つきが、イズヴァルトにあまり良い印象を与えなかった。とはいえ体つきはそれほど太ってはいなかった。顔が皮下脂肪で膨らんでいたのである。やせればきっと四角くごつい顔だろう。
「ドストエフスキーどの、この御仁は何者でござる?」
「あの、いや……そのう……」
「おい、ホーデンエーネン人。直接聞け。もったいぶらんでも答えてやるぞ。俺はこの場で一番えらいのだからな」
何かが解せない。偉いかどうかで言えば、コーガの大御所であるヘファイスティオンが一番のはずだ。しかしこの膨らんだ顔つきの若者は、胸を張りながらこう付け加えた。
「このナンブロシアの中でなら、俺は3番目に偉い。二番は大公殿下だ。一番は東ムーツの王者、ワターリ王タネムノフ3世陛下になる。なにせナンブロシアは大公国だからな。ヷターリ王の臣下だ」
この若者が何を言いたいのかが、イズヴァルトには段々と読めてきた。自分からここにやってくるとは。主戦派の公太子、ドミトリーが。
「これは、驚きでござる。ドミトリー=サンノヘニコフ=ナンブロシアどの」
「えっ! こいつが!」
ヘラが飛び出して獄炎の凱歌を抜こうとする。エチウ攻略に手を貸す大物を討ち取る為にだ。しかしクリスタとユミールに抱きとめられた。
「ホーデンエーネン人、こいつは?」
「パラッツォ教主、コーザ=ストーンマウントどののご養女、ヘラどのでござる。こたびのいくさでは拙者の右腕であり、ちんちんすっきり係としてつけられたでござるよ」
ついでに、この生意気そうな童女を妊婦にすることも教主に求められている。いずれその子がエチウの大将軍か統治者になることを期待してだ。
「わかった。いろいろと聞きたいことがある。まずはこの館に入って話そう。クボーニコフの連中に勘づかれんようにな。あいつらは無能だが耳はいい」
なにせ、潮騒の中でも小声で会話ができる海賊だからな、とドミトリーは笑った。ずいぶんと小馬鹿にしきったような顔だった。
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ナンブロシアのドミトリー公子は、この9月にオーマストックに入ることを決意した。港を基地とするクボーニコフ軍の暴虐が問題になっていたのもあるが、クボーニコフ海軍の『第四軍』の壊滅の報を聞いたからだ。
その立役者の1人に、司祭騎士団長の名があったことも調べた。彼はイズヴァルトらの動向も調べていた。キンキ大陸あるいはサイゴーク大陸の『英雄』と言われた男の行動をスパイに探らせ、逐一報告させていた。
「ナオエニア、アガノモック、サワータキャビクでクボーニコフの水賊どもを蹴散らした。貴様はやはり天下無双の豪傑だ。ほめてやる」
ドミトリーは立ち上がり、居間の椅子に座るイズヴァルトの頭に「いいこだ、いいこだ」と言って撫でてやる。実に馬鹿にしきった対応である。司祭騎士団長はいい気分がしなかった。
「貴殿は人をバカにし過ぎでござるよ? 反感を食うだけござる」
「馬鹿にしてなどない。俺様に褒められたのだ。喜べ。ついでにだが、ナンブロシアに寝返ってくれたら親族衆に加えてやる」
嫁にするのは妹達だ。8人いる。全員がまだ初潮前だが、母親側の祖父母どちらかにオーガがいて、こどものくせにおっぱいの発育がとても良い。
「巨乳は嫌いじゃないだろう? お前の『元侍女』がばかでか乳なのも知っているぞ。乳輪も気持ち悪いぐらいに広がっているのだろう?」
「あの女めは、乳首の形に関してはきれいでござったよ。乳輪よりも乳首でござる。いじくりすぎたおまんこのおまめみたく、ふっくらしているのが好みでござる」
「フン、乳輪より乳首派か。俺様とは好みがちょっと違うな。妹どもは乳輪がばかでっかい。そのことでからかうと猿みたくわめくから、ついつい面白がって泣かせてしまうがな!」
わはははは、と高らかに笑う。しかし鉄騎兵エドワードの、やかましいが爽やかなものとはだいぶ違った。どうにも人を馬鹿にしきった者特有の不快な響きが混じっていた。イズヴァルトとパスカルの耳には、とても煩わしく聞こえた。あんまり聞きたくない。
「ナンブロシアに鞍替えする気はござらんよ。貴殿の弟になどなりたくないでござる」
「ははは。では交渉は決裂だな。エチウに戻って決戦の支度を整えとけ。ただし、ナエバニアの族長殿とヘファイスティオンはここに置いてけ。こっちの勝ち目が薄くなるからな」
「戯言を。こんなしょうもないことで破談にするなど、阿呆がすることでござる。さあ、本題に入ろう」
その本題。つまりはクボーニコフが主導するエチウ侵略から手を引いてほしい。その為の条件が聞きたいと司祭騎士団長は迫った。
「そうだな……それについては俺からも話がある。まずはこの手紙を見てもらおう」
ドミトリーは、屋敷の小間使いが持ってきた手紙をテーブルの上に広げた。全部で12通。
「聖騎士イズヴァルト。カナザワースにいる貴様の愛人からのだ」
司祭副騎士団長エレクトラ=ガモーコヴィッツからの密書であった。ご丁寧に魔法による封がされており、文面はでたらめな文章で埋め尽くされていた。一種の暗号文書だ。
「……どう読むのでござろう?」
「カントニアの南のエルフに伝わるものだそうだ。そこのデブに読んでもらえ」
クリスタのことである。言われていい気はしなかったが、クリスタは最初の1通目から黙読し始めた。5秒ぐらいで次の1枚をめくる。全部読んで彼女はおおざっぱにまとめた。
「クボーニコフと手を切るのを条件に、エチウの天然資源やイナーヴァニアのドワーフやゴブリンの技士を、破格の安値で提供すると言っているずら。それと、お望みなら教主の若い娘でお好みのを、幾人か、ドミトリーさんのお妾につけるとも書いてあるずらよ?」
「要点はそういうことだ。えらいな。ただのデブエルフではなかったな」
公子はクリスタに近寄って「えらい、えらい」と頭を撫でようとしたが手ではねのけられた。
「おらの頭をなでていいのは、おまんこをするときだけずらよ?」
「そうか。しかし俺はデブ女を抱きたくない。クノーへに嫁いだ姉貴を思い出すからな」
「そんなおねえちゃんがいるずらか?」
「まあな。俺と同腹の姉だ。姉と俺の母はだな……」
ギョロ目で、のっぺりとした顔立ちの若者は語った。自分の母はナンブロシアのある部族の女オーガだと。しかしこの男の額にはツノが生えていなかった。
「ナンブロシア家の歴代は、病弱で短命な当主が多いのだ。だからそいつが続くと亜人から嫁を求めて長寿の跡継ぎを得ようとする。特にオーガにだ。親父殿も病弱だから求めた。が、しかしな……」
公子はため息をついた。亜人との間に生まれるのは大抵、姫ばかり。ナンブロシア公家の歴史上、亜人との混血の当主がついたことは一度もなかった。
「俺の姉もツノが生えていない。オーガにはなれなかった。医者の見立てじゃ、寿命はニンゲンと変わらん。でも、腕力と体力は違う」
試してみるぞと言って彼はクリスタが座る椅子を抱え、彼女ごと高々と持ち上げてみせた。腕はあまり太くないが、この力は確かにオーガのそれだと感じさせた。
「なるほどでござる。公子どのはいずれ、一軍を率いる元帥にもなるお方でござる。そのぐらいの腕力があってもよろしかろう」
「バカを言うな。俺は文治を志している。武人にはなりたくない。大抵のオーガ族は、平和と文弱に流れるものだ。少なくとも東のオーガはそうだ。海賊王のできそこないのガキどもの、クズな末裔ばかりがいる西のオーガと一緒にするなよ?」
ムーツでは、できのいい穏やかな東のオーガと、弱者相手にイキリ散らしている西のオーガとの仲がすごく悪い。ドミトリーには東のオーガの血が流れていた。
「クボーニコフなんぞ、本当だったらヷターリ王の宣旨を受けて滅ぼしたっていい奴らだ。オーガ族の恥さらし、チアン=カイシェックの子孫なんぞ皆殺しにしたっていい」
「……そのう、どうしてそんな気に食わない連中と手を組んだでござるか、貴殿は?」
イズヴァルトは不思議で仕方がなかったのだ。それには大きな理由がある、とドミトリーは答えた。
さて、その理由とはいかなるものだったか?
その続きについてはまた、次回にて。