※この作品はR-18です。

聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ   作:CHACOとJAGUAR

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『幕間』のエピソードです。『サーガ』では語られなかった真実のお話、となります。


このお話は某名作でいう「ターニングポイント」にあたるお話と思ってください。
(要は地獄へ向かう道の案内板、です。)


幕間①:ナンブロシアの思惑

 ホーデンエーネン王国暦で言えば、356年の12月のはじめのことだ。

 

「ゴール族の血が混ざっているだと? 俺は聞いていなかったぞ、そんな話は」

 

 ドミトリー公子は不愉快だった。その書類を持って来た医者に尋ねた。父の侍医も務める、オーマストックのドフトエフスキーの3男である。

 

 書類は老医者に頼んでおいたヘラの遺伝子の調査書と、パラッツォ教団からの返答書の2通であった。ヘラはイナーヴァニアのゴール族の村長の孫娘として産まれ、母親は位を逐われたイナーヴァニアの大魔道士の一族に連なるという。

 

「ここに書いてあるものは、どれも初めての情報だ。あいつはなかなか自分のことをしゃべってくれんからな」

「事細かに記載いただいた、カヅノ=セイジ枢機卿様には感謝しなくてはなりませんね?」

「フン、悪い情報ばかりだ。しかしゴール族か。この大陸でのあいつらはどうなったか、お前は知っているよな?」

 

 公子はドフトエフスキーを睨みつける。背中に汗をじんわりとかきながら、医者はこのように答えた。

 

「ゴブリンらに、ことごとく狩り尽くされた……」

「そういうことだ。生き残ったほんの少数は、カントニアのエルフの里に送り飛ばされた。この件、あいつらには広まらないようにしておけよ。いや、すでに知られていて刺客を放っているかもしれんが……」

 

 ゴブリン族は動くと早い。特にナンブロシアで最大勢力たるボルジギン族がそうだ。この書類は燃やそうか、とドミトリーがつぶやくと、金色エルフの男が窓を開けて入ってきた。都における公子の警護役だった。

 

「殿下。ボルジギンより使者がいらっしゃいました」

「……もう来たか。なんの用事でだ?」

「おわかりでしょう。『ゴールの姫』の件についてです」

「通せ」

 

 情報をつかむのが早すぎる。窓から小剣や吹き矢など、暗殺用の道具を鎖帷子のあちこちにつけた、3名のゴブリンが入ってきた。うち1人は何度か顔を合わせていた。

 

「殿下。お久しゅう」

「よう、久しぶりだな?」

 

 話しかけてきたゴブリンは、ドミトリーも見知っている。直接呼び出し、『おしごと』を何度か頼んだことがあった。

 

「ボルジギンのテムゲ、ココルチュとアルタンを伴い、参上いたしました」

 

 ココルチュとアルタンは無口だ。テムゲの言葉に従って、黙って頭を下げるだけだ。

 

「呼んでいないぞ。勝手に来るな。族長には俺の顔が見たいのならこちらか来てやる、と伝えておけ。『胎津波』のギア4をそろそろ習得したいから、学び直しのために里に滞在するつもりだからな」

「その技は……妹姫様がたに試されている、イズヴァルト殿については、進捗はいかがでしょうか?」

 

 公子は薄く笑った。そんなことを訊くとは下品な奴め。イズヴァルトは『ギア3』で必ず射精してしまうと聞いていた。妹たちは「離したくない形と大きさのおちんぽ」と褒めたが、早漏なのが玉に瑕と笑っていた。

 

「一番上と二番目のには、お前たちがくれた排卵誘発剤を仕込んでおいた。あいつは歳がいかない娘を孕ませた人でなし、になるわけだ」

「まだ、12歳と11歳ではございませんか?」

「気にするな。どいつもこいつも体力おばけのオーガ族の血が混じっているからな。ガキのくせに、ばかでかいおっぱいをつけているのはそういうことだ」

 

 サンノヘニコフ大公家は深いところで亜人と血を混ぜ合わせていた。歴代大公は病気になりがちだが、女はそうでもなく、安産ばかりで産褥で死ぬことは滅多に無かった。

 

「うちの家の女に限ってお産で死ぬはずがない。ニンゲンの純血種じゃあるまいしな」

 

 ドミトリーの妹のその2人はこの10ヶ月後、イズヴァルトの胤による姫を出産することになる。しかしサーガでは一切触れられていない。なぜならその姫2人は国内の領主に嫁ぎ、平穏な一生を送ったからだ。イズヴァルトもついぞ、そのことを知らされなかった。

 

「それはそれは。イズヴァルト殿のことはよいでしょう。しかし我らが気になるのは、ゴールのヘラでございます。聞けば殿下は、あの娘と子を為すおつもりとか」

 

 しかしそれは、ゴブリン族としては許容できない。なぜなら悪霊の末裔たるゴール族との間に子を為すなどとは、ナンブロシアの未来の大公がしてはいけないことだからだ。

 

「殿下。我々はゴール族を恐れております。オーシラ神の名にかけて、あやつらをこのムーツかには絶対に入れるつもりはございません。ましてや、その女を貴人の胤で孕ませるなどとは……」

「聞け、テムゲ。まずはな、『人食い鬼』となるのは男だけだぞ。あの一族の女はそうはならん。ならばヘラは女。俺とヘラの間の子も女であれば人肉を食らったりはせんよ」

「ですが、産まれるのが若君でしたら?」

 

 テムゲに問われるが、公子は強情に言い張った。人食いにならないように育てるつもりだ。お前たちの心配は杞憂だと思い知らせてやるさ。

 

「……で、ございましたら」

「何だ?」

「我ら3名、命をなげうってでも今すぐ、ヘラの首を挙げる所存。この御城においての刃傷沙汰、ご無礼つかまつる」

「……たった3名で? 阿呆か? ヘラと戦う前にイズヴァルトと戦うことになるのだぞ?」

「ゆえに3名おります。うち1人が命を賭してイズヴァルト殿を食い止め、残る2人でゴールの娘を……」

「お前たちとも親しいクリスタがいるのにか? ナエバニアのカジミェシュもいれば、ヒッジランドとかいう山国の猛者の、鉄騎兵エドワードだっているんだぞ? 3人じゃ足りないだろう。最低でも100人ぐらい連れてこい。しかしだ。別に戦うつもりはないのだろう?」

 

 武装を固める3人に公子は問う。本当の目的はなんだ。本当のことを言え。

 

 するとテムゲが懐から包みを取り出して差し出した。その袋を開けると黄色い粒状の薬が入った小瓶と紙切れがあった。紙切れのほうにはご丁寧にも小瓶についての説明書だ。

 

「胎児にだけ効く毒薬……なに、男児になると効を発揮するだと?」

「『せんしょくたい』で判別する、と古老たちから聞きました」

 

 ゴブリン族の中でも秘薬の中の秘薬だ。いや、この薬の製法はゴブリンたちが編み出したのではない。

 

「カントニアの毒飼い、『森の蝮』から伝授された、と書いてあるな?」

「今は『名医様』ですよ。しかし古代ムサシノ帝国の時代では、たひへん重宝されたようですな。その薬は何度か試してみて実証しております。百発百中、仕損じることはございません。毒は産まれた直後に発揮するそうです」

「で、これをヘラに飲ませるというわけか。しかし俺の子だぞ?」

「そうなるでしょうか?」

 

 テムゲが疑問をはさんだ。ヘラはパラッツォ教徒だ。もしかしたらこっそり他の男と姦通するかもしれない。その男との間の子は、公子との間の子とは呼べないだろう。

 

 遺伝子検査でわかることだが、公子とは違う男の間の子になった場合、パラッツォ教は教義をたてに取って言い訳をするだろう。そうなると開戦時のような気まずい間柄に逆戻りだ。

 

「族長たちからの提案を言づかっております。ヘラだけでなく、教主の娘でも佳いのを数名、妾としてもらい受けるべきでは?」

「考えてある。ヘラが妊娠してからいただくつもりだ。最低でも10人はよこせ、とコーザには伝えてある。今はその選別中だと聞いている」

 

 その注文でドミトリーは、大抵のパラッツォ教徒みたいに40ぐらいで死ぬようなのではなく、ちゃんと70年80年生きられる娘を寄越せとせがんだ。となればコーザと亜人の、あるいはサキュバスとの間の子になるだろう。強い子を産んでくれるならそれでいい。

 

「殿下、本命はそちらにしていただけませんか? ゴールの娘は不穏過ぎます。もし殿下がどうしても、とお望みなら、我らボルジギン族だけでなく、ジャラダンやタイチウトといった他の部族も、殿下に心服しなくなるでしょう……」

 

 そうなればクノーへや、ナンブロシア南東部の水賊との争いも不利になる。その方面はナンブロシアのために、ゴブリン族が人を派遣して情報を仕入れていたのだ。そこだけじゃない。ダテーゾフやアイヅバルドにもだ。ゴブリン達のネットワークは、公国にとって重要だった。

 

「……わかった。俺はオーシラの神に、腹の子の運命を任せよう。しかしこの薬、本当に胎児にだけ、だろうな?」

「保証いたします……私も2人のニンゲンの女に孕ませた子で、試してみました」

 

 その女たちはホーデンエーネンからの傭兵武者だった。亜人の子種欲する旅人を装って里を訪れたが、実は宝物や高価な薬草を狙いに来たのだ。騙していたのがばれて虜囚となった。そのついでにテムゲは薬の出来具合を試させたのだ。

 

 1人は男の子を、もう1人は女の子を産んだ。男の子のほうは口と目が無い奇形児だった。産まれてすぐに死んだ。その子の母親が狂ったように泣いたのを、テムゲは思い出してドミトリーを見据えた。

 

「国か一時の情けか、公子様はどちらをお選びになられますか?」

「もう止めはしない。しかしクリスタには悟られるな。うまくやれ。この時間、ヘラは腹をすかせて豚肉のスープを欲しがる。それを料理しているはずだ」

 

 公子の答えを聞いたテムゲたちは、会釈すると窓から出ていった。ゴブリン族は暗殺のエキスパートだ。薬を盛ることぐらいは簡単なことだ。

 

 彼らは調理場に忍び込んだ。料理人達の話を聞いて、ヘラが口にする料理の皿がどこにあるのかを探り当てた。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 この話から、およそ30年後のことだ。

 

 ナンブロシアの大公となり、長年の煩いからついに開戦となったクノーへの方角の空を見つめながら、後ろに控える2人にこう言った。

 

「俺は我が子が間引かれるのを許したというわけだ。そのぐらい冷酷で人でなしというわけだ。どうだ、見損なっただろう?」

 

 自信ありげにニヤリと笑う。見ていて不快極まりない笑顔だ。この30年近くでドミトリーは大いに太ってしまった。偉そうだが聡明そうな顔は、老いと疲れ、何度か患った病との戦いで受けたダメージから、醜悪さが際立っていた。

 

 彼は甲板の上にいた。厚い黒のコートと毛皮の頭巾をかぶり、風で激しくなびかせている。海の上ではない。空の上だ。艦体にたくさんのプロペラをつけ、大空を航る『空船』。

 

 同じものがかつて、古代ムサシノ帝国の領内を飛び回っていたそうだ。それを魔法と忘れ去られた『技術』でもって、再現したのが後ろの2人だった。

 

 パラッツォ教団のものと同じ、白い司祭服を着た黒髪の、顔が良く似た若い男たち。かつて『枢機卿』と呼ばれていた、カヅノ=サトシとカヅノ=セイジの兄弟だ。

 

「この人でなしを、お前たちはどうする? 神聖魔法とやらでこの船から突き飛ばすか?」

 

 さてどうする。大公はこの2人の『良心』を試す。弟よりも背が低い、サトシが念話魔法で答えた。プロペラ音がやかましくて肉声が届きづらいからだ。

 

「何をおっしゃいます? 殿下がいてこその此度のいくさ。こんなところで私達のつまらぬ義憤で殺めることは、できません」

「フン。案外と臆病なものだな。こんなものを造るくせに。ではセイジ、貴様ならどうする?」

 

 兄とは違い、こっちにはあまりきれいな返答を望んでいなかった。弟のほうは曲者だ。そのにおいをぷんぷんと感じる。まだ根掘り葉掘り聞き出してはいなかったが、こいつは油断ならぬ悪党だと直感が告げていた。

 

「……ヘラのことは仕方がなかったのでしょう。あやつは取り扱いが難しい問題児でした。今はなき教主殿も、しまいにはさじを投げてしまいましたよ」

 

 腹の子ごと殺せばよかったのに。セイジのほうは臆面もなくはっきりと答えた。最悪だが素晴らしい答えだ。ドミトリーはそう思いながら笑い声で巨体を揺らす。

 

「コーザの生涯の最大の過ち、『食人姫』だったな?」

 

 二十数年前、世界各地で転生人ばかりがさらわれるという事件が起こった。『食人鬼』様々な事件を犯した張本人だった。さらった人の肉を食らっていたらしい。ボルジギンの一族の恐れは本当のことになってしまった。

 

「はい。そのとおりです」

 

 セイジが応える。食人の罪によってヘラは教団を追放された。いや、司祭騎士や戦闘部隊が命を狙った。しかしヘラは突然、姿を見せなくなった。今どこで、どうしているのか誰も知らない。

 

「そいつとの子をな、欲しかったんだよ。大悪人との子なんぞ、『ロマンチズム』とやらに満ちているではないか?」

「ロマンチック……そうかもしれませんな? しかし私は、ヘラと何ぞとは御免被りたい」

「そう言うな。あんなに愛くるしい娘だったのだ。美しく成長したと聞いていたぞ。ただな、ヘラと添い遂げたら……」

 

 ゴブリン達と争うことになったのかもしれない。

 

「それはそれで、楽しい毎日を送れたのかもしれんぞ。俺はあの頃から、波乱が欲しくてうずうずとしていたからな! わはははッ!」

 

 クボーニコフとエチウとの戦争でも、それに介入することに確かに心が高鳴った。オーマストックを荒らされた恨みは忘れないが。ワターリ王家とダテーゾフの件は別だ。あくまで、自分が腹を切ればいいという条件でときめきたかった。

 

「しかしセイジ。コーザは本当に死んだのか? 10年ほど前に行方不明になったと聞いたが?」

「死んだまでは……行方知れずなのは確かに、でございますが」

「ならこの話は? イズヴァルトの娘の、サイゴークにいるなんとかというのが、教主の最後の子を産んで育てていると聞いたことがあるぞ?」

 

 存じておりません。セイジはこの10年近く、西の出来事について知らなかった。ムーツで女オーガたちを口説いて回って、でっかいおっぱいをしゃぶって子を孕ませることに熱中していたからだ。兄のサトシも同じだった。

 

「まあいい。俺はこの数年をお前達に預ける。クノーへを破り、ワターリ王家の版図の安寧を守り通すために、もっと力を尽くせ」

 

 サトシとセイジの2人は、そのために招聘したのだ。目的はクノーへを完膚なきまで打ち破る為だ。

 

 クノーへ公国は転封されたカサイニコフ公国とシヴァチャコフ公国を吸収し、オーガの聖地たるヒラーイズミを掌握した。それだけで主家たるワターリ王家を脅かすのに、あろうことか前の大公は、叔母が嫁いだオーガの大領主に位を譲ってしまった。

 

 大公位を継承したのは、その叔母の実子でオーガとして産まれた、キン=センという少年オーガだ。まだ若いが、両親と前大公の薫陶を受けており、大公にふさわしい才を持っているという。

 

 これは歴史的な事件だ。大公の中に初めて、オーガがなった。ワターリ王家もまた、大王アテールイに連なるオーガの末裔だが、ニンゲンの血が濃くなった。オーガの大公はそれを脅かすことになる。ドミトリーの目には、そのように映っていた。

 

「……ところで、イズヴァルトは来ると思うか、カヅノ兄弟?」

 

 ホーデンエーネンの聖騎士やサイゴークの無双の豪傑、あるいは、パラッツォの司祭騎士団長という呼ばれ方はされていなかった。世界の勇者の中の勇者、と言われている存在となっていた。

 

「今は『おしゃぶり大好きくそひねりだるま女』のひ孫とやらと、カントニアでダラダラと過ごしていると聞き及んでいる。お前たちの情報網では、どうだ?」

 

 サトシが答えた。ヒッターチを経由し、ミョーゲチャコフに入ったそうだ。ワターリ王家と南の二公国からの要請を受けたらしい。これはまずいことだとセイジが助言する。

 

「彼奴の武名があれば、ミョーゲチャコフとアイヅバルドの士気があがるでしょうな。ダテーゾフが落とされるのは、あっという間かもしれません」

「フン。兵を率いる才は無いくせにそこだけは厄介だ。だが、あやつがこっちに来るまでに大勢を決してやる」

 

 ドミトリーは左右を見る。この艦と同じく、空を飛ぶ小型の『空船』がいくつも空を飛んでいた。これらが今の全てだが、空を飛ぶ軍を持たぬクノーへを、早いうちに屈せるだろう。

 

(ヘラ。貴様と肩を並べてこの船に乗りたかった。貴様がいれば鬼に金棒だったろうが……むしろ、貴様を因縁あるイズヴァルトと戦わせたかったぞ。ふふふ。)

 

 しかしそうはならなかった。彼女を見捨てたからだ。そしてその因果に対し、そう遠くない未来に応じることとなる。

 

 大公は、イズヴァルトととも、ヘラに大きな因縁を持つ、アーノンレンシ姫と戦う運命が待っているのだ。

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