聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ホーデンエーネン王国暦でいうと、357年の3月のはじめである。
イズヴァルトは教主より、『イナーヴァニア方面軍総指揮官』という地位を貰い、ピピン王子らと共にイナーヴァニア王国に入った。最初に入ったのは、サイゴーク大陸の北東の玄関口・ヨナゴルグより200キロほど北にあるコトーラの港だ。
そこから西に500キロほど先にある王都・トットリーブールに行き、そこで軍を再編し南のイーズモーに向かう予定を立てていた。
寒いイナーヴァニアは、エチウよりは暖かいと言われているが、3月はまだ真冬の季節である。粉雪を含んだ強い風が吹き付ける銀世界の中をそり馬車に乗って一行は進むこととなった。港から王都まで、15日の旅程であった。
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北国のそり馬車での旅は退屈だ。真っ白な景色は目を楽しませてくれることは無く、立ち寄る宿場町も娯楽が殆ど無い。鳥もいなければ獣も姿を見せない。皆が冬眠をして出てこないのだ。
「はああ……」
延々と続く冬の景色を、イズヴァルトは馬車の窓から覗いてはため息をついていた。この馬車に同乗していた2人の娘と、ヘラとウーゴ王子はカード遊びを楽しんでいる。
「イズヴァルトさん、どうしたの?」
黒い肌の少年、ウーゴ王子がイズヴァルトの顔をのぞいた。父に似てでっぷりとして福々しい体つきの童子である。北国に来ているのに下は涼し気な格好だった。シマナミスタン人がつけるようなひざ丈までの白い腰布を巻いているだけで、タイツを穿いていなかった。
「退屈過ぎて、ため息をついてしまったのでござるよ」
「そう? でも次はイズヴァルトさんの番だよ。ほら、ヘラちゃんの札から1枚引いて?」
妊娠したので腹を冷やさないよう、暖かそうなコートを着込んでいるヘラが無地のカードを何枚か出して来た。1枚引いてひっくり返すと、壺の絵が描かれていた。イナーヴァニアの『壺札』というゲームである。
壺や竈門や甕といった絵が描かれたカードを何枚か持ち、15回から20回ほど互いに交換して壺の札が少ないのを競うあそびだ。イナーヴァニア地方で有名な、高価な壺を集めて破産した男の物語が由来だ。イズヴァルトが持っている札は、全てが壺だった。
「さて、今度くるのは何でござろう……とほほ」
また壺だった。ウーゴ王子がイズヴァルトから引いて、「やっぱり」と笑った。しかし今のところ王子が、一番になった回数が多かった。
「なかなか甕や竈門に巡り合えぬでござるな……」
「ほとんど運で決まるらしいよ。ヴィンセントさんがそう教えてくれたの」
王子が言うヴィンセントとは、コトーラから同行している教団の傭兵だ。ピピン王子とミツクニュモスが乗る別のそり馬車に同乗していた。
なかなかに屈強そうな戦士だと思ったが、素性を聞いてみるとヘラと同じゴール族だという。ただ、ヘラとは違いイワッミーでドワーフ達と住んでいた一族の出だった。ヴィンセントの他に数名のゴール人が加わった。
ゴール。『精霊人』というカテゴリーの亜人種だが悪霊を祖とし、よく人食いを行っていたことから、古の時代は世界各国で討伐の対象となっていた。しかし乱暴を改めて王や領主に忠誠を誓った者は、死刑囚や捕虜の肉を喰らうことを許された。
姿はニンゲンと同じだ。なれど膂力と体力はオーガと互角で、中には魔法が使える者もいる。寿命も80年から100年だが、あまり病気をせず老境でも若々しい肉体を持つ。また、生殖欲が旺盛であることも知られていた。
ヴィンセントらもヘラの里の者らと同じく、コーザによる説伏を受けてパラッツォ教の組み入れられた。ゴールとしての力を発現する男性でみれば、その数はおよそ1000ほどだった。
人肉を喰らえなくなると半分の力しか出せないが、それでも優れた戦士であることは変わり無い。コーザは彼等に、産めよ増やせよと奨励した。ヴィンセントはわかっているだけで30人近くの実子があった。
「ゴール族という剣を得ているのに、イナーヴァニアはなかなかに諸外国とのいくさに苦戦しているでござるな」
「そうなんだね? けどイズヴァルトさんはこれから、ヴィンセントさんたちをまとめた強い軍隊を持つ王様になるんだよね?」
「ま、まあ。あんまり乗り気ではござらぬが……」
王冠。イナーヴァニアではない。エチウのだ。あの時エレクトラが語ったのは、イズヴァルトをエチウの俗世の王として立て、エチウ諸島各地の軍団や豪族たちをまとめる役に就けるというものだった。
国の名は、パラッツォ教国。イズヴァルトはその頂点たる『聖王』となり、コーザやその後継者のヘラの教団を支える形となる。イズヴァルトは多くの国に知られている騎士だから、旗頭役にはうってつけだった。
それから旅立つ前に、パラッツォ教の今の総本山があるカナザワース島の実質的な領主となった。この島にいた大公の子孫は女ばかりで男はいなかった。そのほとんどがコーザと交わり、娘を産んでいた。領主に任じられたイズヴァルトは、その中で15歳以上の女を『妻』としてもらい受け、出発の前までに全員の腹に自分の子を根付かせた。
とはいえカナザワース島だけでは、これからの交渉で失うサイゴークの土地の耕地面積には及ばない。けれども人口は遥かに上だ。エレクトラは人こそが財産だと言った。人は城。人は石垣である、と。
「とはいえ、そなたのおかあさんはどうにも足元を見てない考え方をする様に思えるでござる」
自分はそう思うが貴殿はどうか、とウーゴ王子に尋ねた。まだ5歳ぐらいだが利発な少年は、イズヴァルトの背中をぽんぽん、と叩いて励ました。
「これから頑張って、素敵な国にしていけばいいんだよ! イズヴァルトさんならきっとできるって、お父様もおっしゃってたよ!」
「……ピピンどのもあまり信用ならぬのでござるが」
ウーゴ王子がふくれっ面になった。話を聞いていたエレナやオリガは、ヘラを巻き込んで金切り声で批難した。
「おとーちゃん、これからおっきなお仕事をするのに、へたれっぴなこと言うなよ!」
「ほうズラ! とうちゃんはきっとすごい王様になれるズラ! なったらヘラちゃんを楽してあげられるズラよ!」
「そうだよ♥ 司祭騎士団長さんならおっきくて立派なおちんちんみたく、すごーく偉い王様になれるんだから♥」
女の子達があまりにもやかましいので、イズヴァルトは考えを改めると言った。特に、恋人を見るような目を向けて来るヘラを見てだ。
聖王となった暁には、ヘラは彼の正妻になることを決められていた。沢山の子を産んでくれるのを期待してだ。
ゴール族の女は、男と違って優れた膂力が無い代わりに、70近くまで子を産むことができた。ドミトリー公子の子を産んだ後はずっと、毎年のように産む赤ん坊の父は全てイズヴァルト。エレクトラと教主はそのことを期待していた。
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教団が『まとも』な国を造ろうとしたのは、教団を支える俗世を強固なものとする以外にも理由があった。不戦同盟を結んでいたホーデンエーネンの動きが不穏になってきたからだ。
かの国はパラッツォ教との同盟を続けるか、それとも敵対するかで揉めていた。国王セイン自身は同盟派であったが、ある人物を中心とした勢力が力を増し、国内は同盟破棄に向けて動き始めていた。
その中心人物こそ、イズヴァルトのかつての侍女で恋人だったマイヤ=カモセンブルグであった。姉のトーリが国王の愛妾となったのを機に政界進出し、経済長官の座を得た彼女は姉の死後、大臣の1人となった。科学技術経済大臣という新たなポストだ。
とある会議で、彼女はパラッツォ教との同盟破棄について大きな支持を得た。教団がイズヴァルトを捕虜にし、『濫用』しているということでこの様な論を感情的に述べた。
「我が国になーんの見返りもなく、天下のイズヴァルトを戦争や子づくりにこき使うなんてあんまりよ! ぬすっとよ! ナエバニアどころかエチゴニアの領土割譲ぐらいしてもらわなきゃね! そのぐらいの利用価値がまだあるんだから、あの男には!」
言い方に品というものが無かったが、これがたくさんの共感を得た。特に近衛騎士団に属するメンバーにだ。大貴族の子弟を中心とする彼等は、こうした会議で大きな発言権を得ていた。
その近衛騎士団の中でマイヤの論に最初に賛同したのは、ソーロー家のケノービ=ソーローと、自由都市サカーイ近郊にあるヒラジマッシモ領の当主・ヨーシヒデクス=ヒラジマッシモであった。
ケノービはトーリに信頼されていた人物。ヨーシヒデクスは先代の王の実弟の庶長子だ。近衛騎士団の中では一目置かれていた。支持を得たのはマイヤが彼等と寝て、愛人にしていたというのもあった。
更に。かの女は近衛騎士団だけでなくパラッツォ教に反感を持つ大貴族や官僚とも寝ていた。バスト100センチにも届く自慢の爆乳で男達の陰茎をしごき、得意技の『おしゃぶり』でもって極上の悦楽を与えてやれば、サキュバスのそれに匹敵する搾精の名器でもって天上に導いてやる。そうして沢山の支持者を集めたマイヤは、違う会議の場でこう言い放った。
「エチウを我らがホーデンエーネンのものとし、産みたがりの子だくさんのパラッツォ教徒のニンゲン牧場にいたしましょう。生まれた子供らを諸外国に売り飛ばす、奴隷貿易でがっぽがっぽ儲けるのよ。あいつらは身体が元気な40歳ぐらいでころりといくから、いい『家畜』になるわ。その為にマイア=テクニカに専用の部門を設けさせるわ」
宣戦布告の提案だった。マイア=テクニカに創設する奴隷貿易部門には、その頃彼女の信頼できる部下だったタルッホ=ユッキカルとエウレカ=リットフェンテルトを責任者に立てると言った。
それから、臓器移植や脳内麻薬の抽出と精製といった、途方もないことを言い出した。臓器移植はイーガでは実績があるものだったが、臓器の提供先は大抵、金に困った貧民だった。
人道的な観点から、イーガの医療魔道士達は滅多にするべきことではない、と拒んでいたそれを、マイヤはホーデンエーネンの全ての医者に学ばせるべきだと、簡単な計画書を出してまで提案しだした。
「でも、下民の臓器が駄目だったら、奴隷の臓器があるじゃな~い!」
その為にはパラッツォ教徒を過酷な奴隷身分に落とし、輪廻の理に導かれたくなるように差し向けるべし、とマイヤは語った。自死へと導くのだ。同時にかねてからマイヤ=テクニカの製薬部門が研究していた安楽死の薬の完成を急がせ、パラッツォ教徒に対する自殺法の整備を行った。法律には、教徒が自害するときは臓器保存に長けた医術師が立ち会う、という一文が書かれていた。
位を極め、華美を好み、魔物に心を侵されたマイヤは近衛騎士団だけでなく、各地の軍団にも働きかけた。戦争を。エチウ諸島の攻略を。近衛騎士団のほか、功と奴隷を欲する騎士や富豪らが彼女を支持しだした。マイヤに苦言を呈していたセイン王も、流石に抑え込めなくなっていた。
それを耳にしたエレクトラと教主は、世界中から支持を集め、できるだけ味方になってくれるシステムを考えることにした。それがイズヴァルトを聖王にたてた『パラッツォ教国』だった。イズヴァルトはマイヤの企み事を聞いてしぶしぶ乗る事にした。しかしあの女への恨みで闘志は燃えさかっていた。
こうして、司祭騎士団長イズヴァルトとそのかつての侍女は、表立って対峙することとなった。
【ギルバート=カツランダルク注:サーガのこの部分は史実と異なる。マイヤはむしろ、貿易などを通じてパラッツォ教との和平を進めていた。とはいえ、臓器移植のくだりは彼女の死後以降に議題として出るようになった。その発言者こそがケノービ=ソーローである。】