※この作品はR-18です。

聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ   作:CHACOとJAGUAR

42 / 782
18 毒

 レオナルド=タカトリオの言っていることは本当だった。砦にいた兵士のうち1人が、反乱軍側に組する者と語り合い、内情を確かめると反乱軍側は国軍と交渉する段取りを始めているという。

 

 ヨドッシェシュバイツ城に籠ったのは、義勇軍を募る為もあった。しかしもうなかなかに集まらないという。一発逆転はまず無理。せいぜいが時間稼ぎだ。しかし稼ぎすぎると反乱軍は皆殺しだと息まくナガオカッツェ大公の介入を招く。

 

「主戦派はもうやる気なし。守備隊はいつでも交渉の場を設けるという事か。なら、ライナー様に早馬を送って我らだけ先に交渉に取り掛かろう」

 

 エッケイはライナーから権利を委ねられていたから判断する事が出来た。イズヴァルトとベートーベン、お尻が痛いのをこらえて侍女の責務を全うしようとするマイヤを含めた100人とともに、翌朝に砦に向かう。

 

 守備兵が快く船に乗せてくれた。ヨドッシェシュバイツ城は河を渡り切れば防備はほとんど無いに等しかった。天然の要害だからといってこれでは籠城には向かない。反乱軍側もかなりやけくそなのだなとエッケイは思った。

 

 しかし、どうにも様子がおかしい。気づいたのは王軍ではなく反乱軍の同行者らが。ついさっきまではいつもと同じ感じだったのに、どうにも不穏な空気が漂ってしまっている。

 

「なんだか、妙ですね……」

 

 でもとりあえずはレオナルド=タカトリオに会ってからだとエッケイらに言った途端、館のほうから黒煙が立ち上り始めた。

 

「な、何が起こった!」

「わかりません、ボヤ騒ぎでしょうか!」

 

 エッケイは皆を引き連れて館へと向かった。堀にも囲まれていないヨドッシェシュバイツ城は燃え盛る炎に巻かれていた。何だ、と思って目を向けると、そこにフードを目深にかぶった一人の黒装束で身を包んだ小人が立っていた。

 

「おい、館で何があった!」

「……聞きたいのはこっちのほうさ」

 

 幼い女の子の声だった。燃え盛る館の屋根から、目の前の子供と同じような背丈の黒装束の4人が駆けて来た。

 

「だめだ。館の中はみんな事切れていた!」

「セルゲイ、レオナルドっていうじいさんは?」

「胸に矢を撃たれて事切れていたさ!」

「はあ……困ったもんだね。アタイ達は大公さんに頼まれてレオナルドの爺さんの首を狙っていたのに」

 

 それを聞いたイズヴァルトが背中の『覇王の剣』に手をかけた。顔を見せぬ人物は相手の顔をみてつぶやく。子供と戦うのは嫌なんだけどさ。

 

 殺気は感じられない。しかし恐ろしく強いのは確かだろうとイズヴァルトは思った。前にかがんで『覇王の剣』を素早く抜くように構える。

 

「そこのでかいの。アタイとやろうってのかい?」

 

 わざと聞こえる様に呼びかけた。気づいたエッケイはイズヴァルトを止めた。

 

「イズヴァルト、下手に手を出すな。ただの『こども』じゃないぞあれは。懐に突っ込まれたら必ずやられるぞ!」

「……そこのおっちゃんのいう通りだよぼうや。アタイに勝とうなんて思っちゃいけない……ん?」

 

 フードをかぶった子供はマイヤを見てとまどった。何かを感じたからではない。とても可愛らしい女の子だと思って胸がときめいたからだ。

 

 マイヤは自分を睨みつけては居なかった。フードの中はどんな顔なのだろうと興味津々の視線を向けるだけ。そのじろと見る仕草がたまらなくツボに入ってしまった。

 

「そ、そういうわけだから、あ、アタイらと戦うのは……な、なしにしておくれよ?」

「貴殿、どうも声が震えているように見受けられるが?」

「う、うるさい! そっ、その愛くるしいお嬢ちゃんを連れてとっとと帰りな! アタイらの商売敵が潜んでいるかもしれないからさ!」

「商売敵、でござるか?」

 

 イズヴァルトは首を傾げた。途端に南の方から風が吹き、えらくほこりっぽくてきわめて魚醤臭い悪臭が漂ってきた。身体を伏せな、とフードの主が叫んだ。

 

 幾本の矢が飛んできた。それがイズヴァルトの目の前にいた兵士の首筋にささった。その兵士は何も言わずにうずくまり、倒れ込んだ。

 

 二度目の矢が放たれた時、マイヤが回り込んでイズヴァルトの懐から『姫竜の牙』を抜いた。この剣は幼子が鞘から引き抜けるぐらいに軽かった。

 

 イズヴァルトはそれを受け取り、剣の先で印を切り風を起こした。矢が空でくるくると舞い落ちていくと、フードをかぶった子供が驚きの声をあげた。

 

「そいつは『魔蜂の突針』! 姫騎士エリザベスの秘剣をどうしてあんたが!」

「ご存じでござったか? 貴殿、何者でござる?」

「1万年をゆうに生きるハーフリングさ! あんたらは全速力で逃げな! ゾウズジャヤの『汚なエルフ』の毒矢は厄介だからね!」

 

 フードをかぶった子供は懐から匕首を抜く。青白い光を放つミスリル銀の刃だ。刀身は右に大きく曲がっている。

 

 匕首を持っていたのが南に向けて駆け始めた。他の4人もそれに続く。どうも矢を撃ってきたのが館に火をつけた張本人らしいと思ったエッケイは、加勢しようと告げて走り出した。

 

 イズヴァルトとベートーベンもそれに続く。マイヤはお尻が痛くて走れなかったので、他の兵士に任せて逃がしてもらう事にした。相手は逃げながら矢を放ち、追いすがって来たエッケイの部下らを次々と斃していった。

 

「エッケイどの! 深追いは駄目かもしれぬでござるよ!」

「構うもんか! レオナルドを討った奴らの首をあげんとライナー様に申し開きができん!」

 

 矢が飛んで来なくなった。気づけば中州の南の端。そこに石弓を積んだ小舟がずらりと並べられていた。

 

 フードをかぶった娘が「伏せろ!」とエッケイらに叫ぶ。イズヴァルトとベートーベンは素早く身体を倒したが、エッケイは少し遅かった。船から放たれた矢はエッケイの胸をえぐってしまった。

 

「え、エッケイさん!」

「エッケイどの……あの狼藉者ども!」

 

 イズヴァルトは起き上がり、『姫竜の牙』の風の力を放った。船が揺れ、その縁や甲板に構えていた石弓が深く切り裂かれた。

 

 しかし船の上にいたエルフ達はかまいたちを巧みにかわすか、持っていた手盾で防ぎきった。エルフたちは北部シマナミスタン言葉で驚きの声をあげた。

 

「うわああ。あれ、ぎょーさんとんでもない魔剣やおまへん?」

「と、とにかく退散やで!」

 

 彼らの悲鳴を聞いてイズヴァルトは押せると思った。前に踏み出すと匕首を持った娘が「やめときな!」と制した。

 

「ニンゲンのガキが毒遣いにかまうんじゃないよ!」

 

 小人が北部シマナミスタン語で呼びかける。アタイはミナッカミニアのマリベーラだ。今すぐ武器と毒物をしまえ。

 

「おいこら、きったなエルフども! 大将首を横取りした時点でアタイの怒りを買っているんだ! けど、おかしらがわびを入れたら許してやる! さもなきゃ全員ぶっ殺してくっせえ垢と一緒に海にばらまいてやるから覚悟しな!」

 

 その声には凄みがあった。可愛い女の子の声だけど。それでもイズヴァルトとベートーベンは肝が縮み上がっていた。

 

 すんまへん。一団の中から頭をぺこりとさげながら若い男女のエルフが前に出た。イズヴァルトとベートーベンに砂糖菓子をくれた乞食だ。

 

 しかしシマナミスタン語だったからイズヴァルトらには通じなかった。フードを被った娘は声を荒げながら叫んだ。

 

「けっ! シャジとマァジかよ!」

 

 1000年前にアタイの手柄を横取りして、たっぷりボコられたくせにと睨みつけた。

 

 ゾウズジャヤのエルフ。エルフとしての能力は最低だが、暗殺を得意とするシマナミスタンの厄介者。シャジとマァジはその一族の長と妻だ。

 

 闇商売の界隈では、『やまねこ』に匹敵する有名人である。土百姓の様な痩せ方と垢とホコリで台無しだが、目を見張る程の美男美女である。

 

「ここまで商売を広げているとはね!」

「えっへっへっ……そういうあんさんもカントニアからどうして出てきはったんです?」

「アタイは単なる手伝いさ。後ろにいるセルゲイ達がこの大陸で働きたいんだとさ」

 

 シャジは歯石がびっしりとついた黄色い歯をむき出して笑った。

 

「ホーデンエーネンはわてらのテリトリーさかい。ご新規さんはなかなかに商圏を開拓できへんよ?」

 

 対するマリベーラも流暢なシマナミスタン語でこう返す。

 

「そんな話を知っていたら手を貸さなかったさ、こいつらに!」

 

 彼女はフードの中でぽかんと口を開けているはずのセルゲイらをにらみつけた。話が全然違う。ここは亜人たちのフロンティアじゃなかったのかい?

 

「あ、いや……ゾウズジャヤのエルフはシマナミスタンを出ることはない、って聞いたんだけどな。だよなあ?」

「う、うん……」

「だってさ。あんたらもシマナミスタンが平和になりすぎて、まだまだ商売ができるホーデンエーネンで商売を始めたばかりって口だろうに!」

 

 そうじゃないのかい、とマリベーラはシャジに問う。しかしゾウズジャヤのエルフ達は「ちゃいまっせ」と否定した。

 

 ホーデンエーネンとシマナミスタン大陸の黒エルフ……とりわけ、暗殺を得意とするゾウズジャヤのエルフは親しい間柄だった。

 

 王国がシマナミスタン遠征をおこなった数百年前に知り合い、それからは誘拐や暗殺がらみの商売で王侯貴族や富豪達のご愛顧さんに。

 

 ついでながらこの一族は、シマナミスタンでとれる香辛料や野菜を用いた料理のシェフとして働くこともあった。カレーのようなものを作ってくれる。

 

 ただし、ホーデンエーネンで長く働く場合は、風呂に絶対入らないという掟を破ることになる。そうでないと雇ってくれないからだ。

 

 その為に諸外国に飛ばされる者は純血のエルフではなく、ハーフかクォーターが選ばれた。純血種でないのは不潔にするととかく、病気にかかりやすくなるからだ。

 

「亜人の傭兵はおらへんねんけど、亜人の刺客はうちの関係者からぎょーさん雇ってもらっておりまっせ?」

「……じゃあ、あんたらの雇い主はどこのどいつさ?」

「えっへっへっ。多分、あんさんがたの雇い主と同じかと思いまっせ。まあ、それ以上は言わへんけど」

 

 ほな用事も済んだことだしさいなら。シャジとマァジの夫婦らは、船に飛び乗って逃げて行った。シマナミスタン語がてんでわからないイズヴァルト達は、マリベーラが何を話したのかわからない。

 

「あ、あの者達はなにものでござるか?」

「つまりは『保険』。アタイらはまんまと陽動役に仕立て上げられてたってわけさ……」

「で、では貴殿らはレオナルドどのらを!」

 

 イズヴァルトが『姫竜の牙』を構える。マリベーラはセルゲイらに逃げるぞと呼びかけた。斬撃を伴う風が彼女達におそいかかったが、間一髪のところで逃げられてしまった。

 

「く、くそ! 拙者らは何のためにここまできたのでござるか!」

 

 イズヴァルトとベートーベンにチャンスを与えてくれたゲースティアのエッケイは、もう事切れていて2人を慰める声もかけられなかった。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 ヨドッシェシュバイツにいた反乱軍の首脳陣は全員が死亡。ライナーが囲っていた城の守備側は開城要求に応じ、聖騎士団に保護された。

 

 事態の集結を国王に報告後、ナガオカッツェ公の館にやって来た国王の使者が、ヨーシデン地方の接収を言い渡した。反乱を平和的に鎮められなかった罰である。

 

「陛下より言伝が。ヨーシハルトス様が忠勤に励めば、ヨーシデン領の拝領も無くはない、と」

「ふん。今更あんな田舎を欲しいとは思っておらぬ。どこぞの馬の骨にでもくれてやれ。しかしだな……」

 

 受け入れるには条件をつけたいとヨーシハルトスは言った。レオナルド=タカトリオはヨーシデン以外にもナガオカッツェに領地を得ていた。しかし彼が反乱軍の頭目になった以上、ナガオカッツェ公として許せぬことだと。

 

「私は良き部下が欲しくてな……見識があって諫言もできる良き男が欲しいのだよ。そういえばこの反乱を鎮めたライナー=イナトミッテンフェルトはなかなかの人物だと聞く」

 

 聖騎士団の副団長でありなかなかの軍略家。半ば出し抜かれる形で反乱軍を攻めた聖騎士団には恨みを持ってはいるが、その作戦を提案した人物にはある程度の敬意を持っていた。

 

「ヨーシデン領を大人しく割譲する代わりに、ライナーをわが家に迎え入れる事は出来ないだろうか?」

 

 近衛騎士団にいる友人からは、ライナーのことを聞いている。遊女は抱いたことがあるようだが、男やもめで妻はいない。

 

 2番目の娘の婿としても迎え入れたい。その提案に国王の使者が難色を示した。

 

「しかし……ご息女はまだ13歳とお聞きしておりますが」

「何を言う? 13といえば立派に嫁ぎナガオカッツェの血を継ぐ行いも務められる年齢だぞ?」

「更に言えば、誰かもわからぬ男の子どもを孕んでいると聞き及んでおります……国王陛下もご存知のご様子です」

「子をはらむというのは健康な証拠だぞ! 生まれた子は養子にしても里子に預けてもかまわんよ。何なら3番目の娘も嫁くれてやっていい」

「ですが……」

「ですがなにもあるか! 兄上は俺から土地を奪おうとしているのだぞ! 風光明媚なヨーシデンを! やせ細ったナガオカッツェの土地こそ献上せしめたい!」

 

 本音だった。ヨーシハルトスはナガオカッツェという地を激しく嫌っていた。ナントブルグ地方の喉元とも言うべき戦略的重要性は存じている。

 

 でも山がちで何もかもが貧しく、民らは先代の大公やその孫娘たる彼の妻ばかりを崇拝する。館の郎党や召使いまでもがそうだ。

 

 ヨーシデンはど田舎であったが土地は豊かで不作も少なく、のどかで気候は穏やかだった。妾達は皆が言っていた。ヨーシデンに拠点を移しましょうよ。

 

「お前はとっとと王都に戻り、兄上に報告して来い! 」

 

 ヨーシハルトスは家来に書かせた兄王へのわび状を使者に持たせると、正妻であるヨハンナの元に向かった。マリベーラ達が出て行ってから彼女は、突然病に倒れて床に臥せっていたのだ。

 

「ヨアンナ。悲しい知らせだ」

 

 ベッドに横たわり、魂が抜け出たかの様に天井ばかりを見ているヨハンナに報告した。大叔父上から受け継いだ大事な土地を奪われてしまったと。ヨハンナは口を開いた。

 

「そ……それは……あなたのおこないが招いた事では……」

「だろうなあ。でもヨハンナ。お前はおじい様に謝ることは無いのだぞ。全ては私の咎だ。でも私は親族衆筆頭としての仕事がまだある。お前とは違ってな」

 

 ヨハンナはゆっくりと首を横に向けて夫の顔を見た。勝ち誇った様な笑みを浮かべていた。自分の身に襲い掛かった急な病がどういうことか、それでわかるような気がした。

 

「……あなた!」

「ヨハンナ。これまで私は辛かったんだ。偉大な大叔父に何かと比べられて肩身の狭い思いをしていた。しかしそれももうすぐ終わりだ」

 

 その大叔父の代理ともいうべき妻であり孫娘が、その生涯を終えるのだから。ヨーシハルトスは妻に毒を盛っていたのだ。

 

 病気と見せかけて殺す毒。ハン=ソーローに紹介されたゾウズジャヤのエルフが作ってくれたものだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。