聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
雪国での奇襲。イズヴァルトと国王らが乗るそり馬車の一隊を襲ったそれは、見本にすべきと思えるほど段取りが良かった。
雪が振る中で真っ白な布の覆いを身に被せ、標的が現れるまでじっと待つ。待つ時間がながければ、覆いに雪につくからより偽装の度合いが高まる。その上に気配を消す魔法や身体を温める魔法が使えれば、万全だ。彼らが被っていた覆いには、気配を消す魔法が仕掛けられていた。
それから地形。そのあたりは街道の左右になだらかな斜面と高台があった。上から矢や石を落とし、混乱したところで一番手前に潜んでいた部隊が、とどめを刺す。
街道の左右から、飛び道具を投げて襲って来た連中が姿を現した。雪や白い布で偽装していた彼らが着ていた鎧は、イナーヴァニアの領地持ちの武者がまとう、革と薄い鉄板を組み合わせたものだった。
「賊か、傭兵か!」
「いや、あの鎧は!」
「……もしや!」
イナーヴァニアの騎士らが口々に叫ぶ。あれはイナーヴァニア騎士団の鎧だ。小剣や片刃剣を何本も腰にさす、手斧や短槍を持った武者たちが襲いかかり、乱戦が始まった。
「イズヴァルトさん!」
ミツクニュモスが叫ぶと司祭騎士団長が応じた。負傷し、倒れていた騎士から剣を受け取りミツクニュモスに任せると、矢が飛んでくる中を駆け、守りが手薄な西側に切り込んだ。
「イズヴァルト=シギサンシュタウフェン、推参!」
剣を持ってからのイズヴァルトは凶悪だ。敵方の用意周到な陣形を無に帰す武と魔法がある。しかし最初に相対した、斧を持つ1人の動きと全身に漂う魔力の気配で容易く行かぬ、と思った。
ニンゲンであったが斧での戦法はドワーフ流で、重そうなものを片手で小剣のごとく振り回してきた。なかなかに素早い。身体強化術式をかけなければできぬ芸当だ。
イズヴァルトは背後をとられまいと気を配りながらそれを避け、うまくすり抜け、高々と脚をあげて相手のおとがいを蹴り上げた。革の覆いで守られていたが相当な衝撃を与えたはずだ。気絶するか運が悪ければ首の骨が折れて死ぬ。
しかしそいつは踏ん張って耐えた。罵声をまじりに吠えあがり、脚を切り落とそうと振りかぶるが、イズヴァルトは素早く引っ込めて鎧ごと胸を斬り裂いた。今度の咆哮は悲痛なものだった。
しかし敵はまだ多い。こっちは自分を含めて15人なのに相手は30人近く。しかも斜面や上からは狙ってくる者たちがいる。
だが、こちらも決して著しく劣勢というわけではない。イナーヴァニアの騎士たちが意外と戦っているのを見て考えた。印を切り、斜面に向けて剣の切っ先を向ける。いくつも爆炎があがり、射手たちがふっとばされた。今度は反対側の斜面にもそれを繰り出す。高台から叫ぶ声が聞こえた。
「教団の魔法戦士か!」
「あれはウキトゥス流の魔法戦士だな! 偽王はひそかに集めていたのか!」
「ちがう! イズヴァルトと言っていただろ! パラッツォに寝返った裏切り者だ!」
生かして返すな。ここで討ち果たせ。全力でかかれ、と声があがる。高台から反りがついた平べったい板に乗った武者たちが、勢いをつけて滑り降りてきた。左右それぞれ十数名。どの面構えも猛々しかった。
彼らは腰を落とし、足首を揺らしながら板に乗って降りていくが、その板は雪原で斜面を降りる時の道具だった。本来ならもっと長い距離を滑るものであったが、雪で足を取られる事は無いし、こういう場面では加勢するのに役に立つ。あっという間に街道の上だ。
滑り降りてきた中で、一番偉そうなのに見当をつけてイズヴァルトは怒鳴った。
「何奴でござる! イナーヴァニア国王様の一隊と知っての狼藉でござるか!」
「黙れ、偽王に与するパラッツォ教徒風情が! イナーヴァニアの栄光の王冠は、正統なるヤマナウラス家のご当主様以外には無し! パラッツォに降り、傀儡となった陪族のナンジョラス家なんぞは断じて認めん! この場で討ち果たしてくれよう!」
偉そうなのは金塗りの短槍を掲げて高々と咆えた。この男こそが襲撃の一味の長だった。板の足留めを外すと、部下とともにイズヴァルトに打ちかかった。そこへ細い手槍が飛び込んできて、この集団の長の喉をえぐった。
「……何者でござる!」
槍が飛んできた方角を見ると、革の具足をよろった国王の妃と側室達が、各々武器を持って馬車から出ていた。敵の首をうがった細い槍を投げたのはイズヴァルトの心をとろかせた美しい人だ。彼女は張りのある声で襲撃者達に呼びかけた。
「ヤマナウラスご本家の使いに告ぐ! イナーヴァニアは受け入れる心づもりである! 我が夫、ナンジョラスの当主もその腹づもり。パラッツォに宗旨替えいただければいつでも冠をお返しする用意はできている。なのに!」
彼女はこの度の襲撃を激しく罵った。闇討ちとはおよそ王者の仕業とは思えない。よって自分たちが成敗いたす、と高らかに叫び、印を切った。女たちは雪の上を跳躍し、猛虎のごとき勢いで敵の武者らに斬り掛かった。
その戦いぶりにイズヴァルトも息を呑んだ。武芸と魔法についてたっぷり学んだ、優れた魔法戦士の戦い方だったからだ。彼も何人か斬り伏せて王妃に加勢しようとすると、彼女に留めらた。
「東で陛下御自ら、剣を振るわれていらっしゃいます。私達に構わず、そちらへ!」
自分が要らないというのは理解できた。彼女たちは強いのだ。特にシャレットだ。ゴブリン族の血を四分の一引いている彼女の双剣術は、目まぐるしくて尚且つ重かった。斬りつけて倒すたびに、相手の鎧が血しぶきとともに砕けて散った。
イズヴァルトはその場を任せて東側に向かった。自分の出る幕は無かった。大金棒を振り回すピピン王子と、空を飛び、獄炎の凱歌で真上から相手を襲うヘラによって、敵はあらかた叩きのめされていた。
その国王は返り血を浴び、悠然とした様子で突剣についた血と脂を敵の死体が持っていた布でぬぐっていた。王の足元には4名の敵の武者の死体が転がっていた。この戦いで自ら討ち果たした者たちだ。
「王様、無事でござったか?」
「あははは。いやいやいや、大事ありませんよ。一応は武芸をたしなんでおりますから。これでも前の王様がいらっしゃった頃は、近衛衆を務めていたのですよ」
王としてはただの傀儡ではあるが、王家一門衆としては真っ当な仕事をしていた。武将として戦陣に出たこともあった。
「ところで。彼女たち、強いでしょ?」
王妃たちのことである。
「ええ。まあ。なかなかの手練れでござった」
「でしょ? イナーヴァニアの王族や貴族の娘は子どもの頃から、いざという時の訓練を受けているのですよ」
王妃らもまた、武者としての修練を積んでいた。魔法や兵法もだ。王朝に何かあった時に戦陣に出られる為にである。貴族や王の妻や娘が騎士の真似をするのは、イーズモーやヒッジランドはおろか、ホーデンエーネンでもあまり見なかった。
「イナーヴァニアはなにせ、暗黒卿の時代の遺風がございますからね」
国王が言った暗黒卿の治世はまさに、貴族の女も武者として武功をあげ、領地の加増を得る時代でもあった。かの時代には女将軍というのもたくさんいた。才があれば性別問わずに重用されたのだ。
【ギルバート=カツランダルク注:とはいえ暗黒卿は無能な貴族や身内には冷酷だった。見込みが無ければ我が子さえも謀略の道具にして見殺しにした。美しいだけで愚劣な人格の娘は、騙し討ちの標的となった領主に嫁がせた。娘もろとも討ち滅ぼしたという。】
「しかしでござる。襲撃してきたのはヤマナウラスご本家、つまりは、イーズモーに亡命した前の王様の武者たちでござったか?」
「そのようですね」
国王は妻妾らとともに敵の生き残っていた数名に治癒魔法をかけ、話せるようにまで回復したのを確かめると尋問を始めた。武者たちは答えた。今度の侵攻に先んじて潜入した、亡命政府の一部隊だという。
「『雪豹の牙』、『熊の爪』。これだけ聞けばナンジョラス殿もおわかりでしょうな?」
どれもイナーヴァニアの精鋭部隊だ。本家とともに国を出た。イズヴァルトとともに戦っていたこともあるが、司祭騎士団長は部隊の名前を存じていなかった。単にイナーヴァニア軍の精兵、という認識だった。
「けれども魔法戦士としてはなかなかだったでござる。ただ、身体強化魔法しか使えなかったように思われたが?」
「投射攻撃魔法が禁じられたのです。イナーヴァニアでは」
答えたのは王妃だった。彼女はイナーヴァニアの魔道の流派と、それを統べる宮廷魔道士の名門たちについての説明をはじめた。
「今のイナーヴァニアでございますが、魔法の大きな流派が2つございます」
身体強化魔法に特化したウラガモック流。これがこの国の魔法戦士や一般の武者が学んでいる。もう1つはサイムラス流だ。ドワーフの冶金魔法と破砕魔法を、ニンゲンでも扱いやすく工夫を重ねていた。
「しかしかつては…………私の祖父の代あたりまでですが、イズヴァルトさんがおっしゃる魔法を研究していた流派がございました」
それを、ウキトゥス流といった。爆炎魔法や氷風魔法といった、投射式の術式を研究していた一派だった。その分派みたいなのが、馬車の暖房の魔道具を作ったりしているが、ウキトゥス流が宮廷魔道士を王宮に置くほど栄えていた頃は、エルフやゴブリンが使うような遠距離の攻撃術式を国内の魔法戦士や魔道士が扱えていたという。
「ですがそのウキトゥス流というのは、その本家がとある騒乱に関与していた為、国法により禁止される憂き目となったのです」
流派の家元たるウキトゥス家は、イーズモーに隣接する南部のワケージュ地方でおきた独立騒ぎに加わったことで、お家取り潰しの憂き目に遭った。30年以上前の事だ。当主の娘婿は、ワケージュ地方の一領主だったが、かつてあったワケージュ小王国の末裔でもあった。
ウキトゥス家一門は、反乱に関与した当主とその娘婿が処刑された。男の親族や弟子達も、いろいろあって暗殺されたか運が良ければ国外追放だ。イナーヴァニア国内には女たちが残った。ウキトゥスの秘技を欲するサイムラスとウラガモックの男たちが、妾として彼女たちを引き取った。
ただ、1人だけ例外がいた。処刑された当主の娘であり、ワケージュの領主の妻だったロザリー=ウキトゥスだ。彼女には産まれたばかりの娘が1人いた。その子を連れて、とあるゴールの村の里長のもとに預けられた。長の何番目かの妻となった。
「ゴール族のでござるか?」
「ええ。ロザリー=ウキトゥスがどこのゴールの里に嫁入りしたのかまでは……」
王妃はオリガ達とともに興味ありげに聞いていたヘラをちら、と見た後に「わかりませんが」と付け加えた。
どうやらヘラには知られたくない事実であるらしい。少なくとも王妃自身の口からは。ミツクニュモスが言ったことを思い出しながら、イズヴァルトはゆっくりとうなずいた。
「で、ござったか」
「こればかりは。ゴール族の里はこのイナーヴァニアに、いくつかございますので。イワッミーにも確かあったはずです」
「なるほど。して、ミツクニュモスどのが教えてくれたのでござるが……」
その先祖が、ホーデンエーネン王国と関わりがあるらしい。本当のことだと王妃は答えた。
「あくまで言い伝え程度ですが……」
「私も存じておりますよ、イズヴァルトさん」
国王が開陳する言い伝えは、ホーデンエーネン人であるイズヴァルトを驚かせるものだった。
果たして、国王が語った滅ぼされた魔道士の一族の真実とは?
その続きについてはまた、次回にて。