聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
現れた褐色のエルフの顔を見て、イズヴァルトは驚いた。カイロネイア=エルフのオクタヴィア=アーマリクだったのだ。彼女はヘラをカントニア訛りのイナーヴァニア語で怒鳴りつけた。
「おまん、仲間がやられたのに余計なことはすんな! ゴブリンの衆はどいつも潜伏が得意な毒遣いずらよ! 後ろから撃たれるのも想定しておけ!」
怒りではなく叱りであった。けれどもヘラには通じなかった。紫電砲がただの脅しだとわかると、獄炎の凱歌に意識を集めて炎の刃を顕現させた。
「うるさいよッ! 黙らせてやるんだからッ!」
ヘラは10メートルもの長さに伸びた炎の剣を掲げ、急降下した。周囲に潜んでいるのなら焼き払えばいい。イズヴァルトが印を切る。彼女を止める為にだ。
けれども遅かった。周囲から数百もの炎玉が一斉に飛び上がった。馬車を囲んで潜むゴブリンたちが放ったものだ。急上昇してヘラを狙える高さまであがると、彼女に吸い込まれるかのように一斉に飛び込んできた。
「うるさいッ! うるさいッ!」
イズヴァルトは気が付いた。あれは爆炎弓箭の応用技のようだ。焼くだけでない。爆風で相手を傷つける。エルフ達の間では、『火炎空雷』と名付けられている対飛行の術式だった。
「ヘラどの! 防護術式でござる!」
イズヴァルトの叫びにヘラは応えた。衣服やマントは無事ではすまされなかったが、間一髪で直撃を免れた。絶対有利な空からの攻撃を妨げられた彼女は、破れたマントとブーツを脱ぎ捨て、同じように焼き焦げてしまった腰布を取って幼い恥丘を丸出しにしてしまった。
「ちくしょおっ!」
怒りが抑えられず、なおも攻撃を続けようとするとイズヴァルトが怒気を孕んだ声で彼女を叱り飛ばした。
「オクタヴィアどのは拙者の友でござる! お姉さん代わりでもござるよ」
「あ……そうなの……わかったよ……」
ヘラは剣をしまった。イズヴァルトの知り合いなら仕方が無いと自分を抑えた。そのオクタヴィアは不満そうだった。自分はイズヴァルトの妻だ、とぶつぶつ言いながら、橋を渡ってイズヴァルトの前に来た。
「お久しぶりずらな、イズヴァルトさん……」
熱を帯びた潤んだ目をしていた。司祭騎士団長と一子を為したことがある、この浅黒い肌の耳長の美女は、自分の下腹に手を当てて見つめ続けていた。情が欲しいとねだるジェスチャーだった。
「おまんこは後にするでござる。まずは拙者達にお聞かせ願いたい。何故、オクタヴィアどのはここにおられるのでござる?」
オクタヴィアは彼の股間に手を当てていた。おまんこをしてくれないと答えたくない。幼い頃、古代ムサシノ帝国で好色な貴族や富豪相手を虜にした、『メスガキエルフ』だった頃のやり口だった。
【オクタヴィア本人注:おらに言い寄った奴らは、こうされると嬉しがったずらよ。ざーことかなさけねーとか一言加えると効果てきめんだったずら。でも、この時のイズヴァルトさんはいつもと違って萎えていたずら。ちょっと触っただけでガッチガチになってたけどなあ。イナーヴァニアの嬢ちゃんたちとやり過ぎちまったんずらな。】
オクタヴィアは目を泪で潤ませながら股間をさするばかりだ。イズヴァルトはやって来たピピンに尋ねた。オクタヴィアほかカントニアのエルフらは、彼の直属の部下として戦場を駆け巡っていたからだ。
「さあ、なんでしょうね……どうしてです、オクタヴィアさん?」
「察しが悪いずらな、イザクのぼうず。あんだけおまんこしたのにおらの心は読めねえずらか?」
「あ、すみません……」
ピピンは恥じた。オクタヴィアは彼の副官だけでなく、夜伽も務めてくれたのだ。性交の時に甘えたがる彼に、薄い乳房を吸わせてやったり、すっかり放ち尽くしてくたびれた彼に、いいこいいこだねんねしな、などと子守歌を唄ってやったりもした。
仕方ない、と言ってオクタヴィアはため息をついた。自分は斥候を志願してイナーヴァニアの奥地にまでやって来た。偵察が主な任務だが、可能であればここのゴブリン達を味方につけるつもりであった。彼女とミマカサル高原のゴブリンたちは、旧知の仲だった。
「でもなかなか腰をあげてくれねえんで、20日ほど長逗留になっちまったずら。そんな時にイズヴァルトさんが今のイナーヴァニアの王様と来たってわけずらよ」
「……外国に逃げたご本家の武者に、何度か襲われたでござるが」
「あいつら、やり過ぎたずらな……」
イズヴァルトやイナーヴァニア王を襲撃したのは、その斥候部隊の大勢だと彼女は教えた。本来はこの高原で内応者を増やすつもりだったが、思いのほか応えてくれないので、一か八かの国王暗殺に踏み切ったのだという。
「とりあえず里に入っていろいろとお話をしようか。けど、そこのゴールどもは入っちゃダメずら。近くの村で待機しとけ」
オクタヴィアは憤るゴールの戦士達に冷たい視線を向けていた。ヘラにもだ。子供好きな彼女にしてはやけにおかしい、と思ったイズヴァルトだが、そもそもゴブリンたちが里に入れることを拒否していたので素直に従う他は無かった。
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ゴブリンの里で腹に入れるものをいただきながら、イズヴァルトはオクタヴィアとゴブリンたちとの交渉を始めた。
「ほう! なかなかに良い風味のきのこ汁でござる……さて、拙者とイナーヴァニア王陛下が望むのは、イナーヴァニアの最前線まで護衛をお願いしたいということ。拙者はマハラ教団側に和議を申し入れたい」
自分はエチウの諸島を統べる王に祭り上げられる予定だ。停戦の条件はちゃんと考えている。自分がサイゴークの諸国からもらった領地を全て、マハラ教団と母方の実家のキッカワンテス家に譲る。領地はまとめると、ちょっとした公国とタメを張れる経済力があった。
「おおよそで言えば、ハリマーヌ公国の耕地面積の半分ぐらいでござる。マハラ教としてもよい話でござろう?」
「うんまあ、ほうずらな。あの神殿の坊主どもは生臭なのばっかりで飛びつくはずずら。しかし、イズヴァルトさんがエチウの王様ずらか?」
何とも解せぬ。オクタヴィアはあんなところのどこが良いのかと不満だった。それならサガミニアとカイロネイアに国をつくって、そこの王様をやったほうがよっぽど豊かになれるはずだ。今のイズヴァルトなら、ヒッターチどころか、コーガやツックバーの後援を得られるはずだ。
「カントニアに戻らねえか、イズヴァルトさん?」
「そうしたいのはやまやまでござるが……パラッツォ教はたいへん困っている様子でござる。騙された様な戦いで捕虜となったのはなんとも口惜しいでござるが、困った人を助けぬわけにはいかぬでござるよ」
「たわけ。あの連中は調子をこきすぎて痛い目にあっているだけずら。単に信者を増やすだけならこんなことにはならなかったず」
しかしオクタヴィアは突き放さなかった。人生は長い。エチウのことが落ち着いたらイズヴァルトはカントニアに戻ってくれると思ってゴブリンたちを説き伏せ始めた。そこにイナーヴァニア王とシャレットが加わったから、その晩のうちにゴブリンたちとの話はまとまった。
イナーヴァニアとイーズモーの国境近くまで、護衛を務めてくれることとなったのだ。
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翌日。イズヴァルトは馬車に乗り込もうとするイナーヴァニア王に呼びかけた。
「ヤマナウラスご本家の手の者がまだいると聞くでござる。大丈夫でござろうか?」
国王はゴブリンたちから鋭い槍や剣を受け取っていた王妃と側室たちに目を向けると、心配そうに見つめるイズヴァルトに微笑んでみせた。
「ははは。問題ないでしょう。今度はゴブリンさん方も何名か、護衛に加わってくれますからね」
彼等がいればそうそう危うい事態にはならないだろう。国王はそう言って馬車に乗り込み、窓を開けて顔を出した。
「イズヴァルトさん、このイナーヴァニアで良い話を待っておりますよ!」
「是非にもこの和議は結ぶでござるよ!」
「長旅になるでしょうが、来年には終わる事でしょう! その時にはまたトットリーブールにいらっしゃってください! 今度は『エチウ王』の可愛い御落胤達が待っておりますよ!」
「あは……あはは……さようでござるな! 楽しみにしているでござる!」
かくしてイナーヴァニア王一行とイズヴァルトは別れた。この司祭騎士団長が向かうは南。この3日の間に準備を整え、和平の使者としてサイゴークに平和をもたらすのだ。
さて、その道行きはいかなるものだったのか?
その続きについてはまた、次回にて。
【ギルバート=カツランダルク注:サーガにはこののち、この国王とイズヴァルトが会うという記述は無い。このイナーヴァニア王は翌々年、『パラッツォ教国』の教帝オルランドゥによって王の座を解任され、妻子ともどもイワッミーとの国境付近に押し込められた。パラッツォに改宗してまで王国に復帰しようとしたヤマナウラス家の願いがあってである。しかしかの一族は今日まで続く名家となった。イナーヴァニア王国自体はイズヴァルトの時代から数百年たった今は、もう無い。】