聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ホーデンエーネン王国暦で言えば、357年の5月末のことだった。
ハリマーヌ公国の城下町にある輸送会社のヴァンデ商会。その跡継ぎ、クリスチャン=ヴァンデは多忙な中、マハラ教団より妙な仕事を受けた。街で一番良い宿をまるごと確保してほしい。誰が泊るのかと使いから聞くと、腕を組み首をかしげた。
「なぜ? そのようなお客人であれば、ハリマーヌ公様が屋敷を御貸しくださるでしょうに?」
「主席神官僧様からそう頼まれたのだ。ハリマーヌ公のお館は少々狭い。しかし街で一番の宿なら、何ら遜色は無いだろう」
それにこの仕事には追加の料金を支払う。教団からの仕事はケチどころか、財布の紐が緩いんじゃないかという思わされるぐらいに大盤振る舞いだったから、受けた方が商会の利益になるのは目に見えていた。
「お受けいたしましょう。滞在はいつぐらい?」
「おおよそ1週間となるだろうな。ああそれと、ついでだがこの街に大きな館で空いているものがあれば見つけて教えてくれ」
来られる人物のご隠居所にしたいそうだ。これはその人物から請求してくれ、とマハラの僧侶は言って去って行った。ハリマーヌの城下やその郊外には、没落した成金が手放した本宅や別荘がいくらでもあった。
輸送会社のヴァンデ商会に、そんな仕事を押し付けるとは。クリスチャンは独りつぶやいて、受けた仕事に取り掛かった。
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クリスチャン=ヴァンデ、貿易と海上輸送を生業とする、ヴァンデ商会の若旦那。この歳27歳で、30になったら父の跡を継いで会長になるよう指名されていた。
この商会はマハラ教団がパラッツォ教と戦うのを決めたあたりから、マハラの御用商人として指名された。彼自身はあまり信用していなかったが、祖父と父親がマハラの高僧らから直筆の礼の文をもらうほどに熱心な寄進者だったからだ。
それから、マハラ教団にホーデンエーネン製の具足や鉄砲の買い付けを受けているのはハリマーヌのピナス社。クリスチャンの友人のリヒャルト=ピーナスが経営に携わっていた。ピナス社は200年も続く老舗の買い付け業者だった。マイア=テクニカと提携し、『たぶれっとぱっど』のサイゴーク販売も受け持っていた。
キンキ大陸にいくつも支社を持つピナス社が買い付け、それをヴァンデ商会が運ぶ。買う役と運ぶ役が別々の会社であるというのは、港の国ハリマーヌではよくある事業のやり方だった。
クリスチャンはその夜、一昨年娶った妻と食事をしながら尋ねた。
「和平を考える程、イーズモーの戦線は膠着しているんだろうか?」
「どうなんでしょうかね。わたしはいくさのことはあまり存じておりませんし。通信魔道士も置いているピーナスさんに聞いてみたらいかがでしょう?」
翌日、クリスチャンはピーナスの館を訪れた。どうして和平を考えているのだ、マハラ教団は?
「ヤマナウラスの王様も国土奪還をあきらめた、という話だし、そんなによろしくないのか、戦線は?」
「……知らんかったのかい? 一昨年までのサイゴーク戦役の、偉大なる英雄があっち側の使者として来たんだよ」
クリスチャンは驚いた。何故にあの人物が? しかし、サート銀山の決戦で破れ、捕虜としてエチウに連れて行かれた事は知っていた。それがどうして、教団の代表に?
「ほんとにお前はぼやぼやしているなあ。だからいまだ親父さんから跡を譲ってもらえないんだよ」
「親父は別だよ、去年も妾に子を産ませたぐらい元気なんだからな。俺は嫁とはいまだ、子供ができておらんのにだよ」
「お前の嫁は腺病質でか弱げだからな。石女なんだろ。俺みたいに妾を囲え」
「……そんなことできんよ」
女の香と脂粉のにおいをかすかに放ちながら、リヒャルトはけらけらと笑った。クリスチャンと違いこの男は発展家で子宝に恵まれていた。同い年なのにもう10人もの子がいた。その長子は、彼が12の時に出来た子だった。
「とりあえず仕事は済ませておけ。実際の仕事はマグリビー導師がやられる。お前はその準備だけやればいい」
「わかった。つつがなく進めておくよ」
「あと、邸宅選びならいい話があるんだ。ホーデンエーネンにマイア=テクニカという会社があるだろう。そこの女社長がご贔屓にしている建築技師が設計を手掛けた、ほぼ新築の邸宅が郊外にあるんだ」
その建築家とは、イナーヴァニアから亡命したジェイムズ=ヒューレットという人物。イーズモーとこの国では腕がいいと評判だった。
邸は彼を囲う女社長が、サイゴークの拠点にしようと考えて注文したものだった。豪勢に造っていて、ハリマーヌ公の館と同等の敷地を有していた。
「しかしホーデンエーネンと言えば、パラッツォ教徒の同盟を結んでいることで有名だ。マイア=テクニカは教団に鉄砲をたくさん売っている。いわばサイゴーク各国の敵とも言えるだろう」
「けど、ホーデンエーネンは俺達の大事な商売相手だろ?」
「ちょっとぐらいは意地悪してもいいさ。むしろ、ホーデンエーネンの連中は喜んでくれるだろうよ。なにせ、マイア=テクニカの女社長は、国内じゃとんでもなく評判が悪いからな」
その女社長のマイヤ=カモセンブルグは、ヨーシデンという海沿いのド田舎に、大きな都市を建設する為に国庫からたくさんの銭を持ち出していた。それができたのは、彼女はセイン王の嫡子・ジョーケインの伯母であったからだ。
今では王族衆の一員として、宮廷で大きな発言権を得ていた。ヨーシデンと北のナーガハーマの建設と整備の資金を捻出する為、新たな税金をかけるよう提案した。
さらに『えくすぷれす』という交通機関をイーガからサカーイにまでひくだとか、パラッツォ教団の勢いが強くなったから攻めて弱めるべきだとか、無茶苦茶なことを言っている。その上、館には華美で下品な家具や調度品を置き、気になった男たちを誘って寝床に引き入れたりする。とんでもない女だという悪評ばかりであった。
「だいたい、一国の重鎮とはいえ異国の土地に、その国のあるじの屋敷よりも立派なもんを構える、なんていうのがおこがましい。しかも女だ。ちんぽから離れられないやつのくせして生意気だ。気に食わない。だからちょっとだけでも痛めつけてやりたい」
「そういう気持ちはよくわからんが、リヒャルト。邸宅のことはお前に任せよう」
それから4日ほど経ち、マハラ教団が準備を進めてきた『客人』たちは、ハリマーヌの港街にたどり着いた。陸路からヨナーゴの港に出て、船であわせて2ヶ月。イズヴァルトたちはイナーヴァニアの王とともに、この港にやって来たのである。
「ながい、旅路でござった……」
イズヴァルトの顔はやつれていた。無理もなかった。彼の両脇から抱きついているデボラとフロウラに、旅の間ずっと搾り取られていたからだ。
「ふふふ〜♡」
「うふふっ♡」
この2人の妊婦の血色は良くなり、足取りは軽かった。この司祭騎士の陰茎から出る『おくすり』で、健康を取り戻したのだ。3月よりもお腹を大きくしていたけれど、動きはまるで活力ある少女のそれであった。デボラは顔のしわが、いくらか消えていた。
しかし彼女たちは常に、尻穴からの疼きに苛まれていた。歩くたびにいじりたくなる。何故なら『液状座薬』の摂取の楽しさを覚えてしまったからだ。気の強い女であるフロウラは、余計にひりひりとしていたたまれなかった。
イズヴァルトの腕に抱きつきながら、空いている手で尻穴の周囲をいじったり、尻肉をくねらせて気持ちを落ち着かせようとしていた。膨張してすっかり快楽器管となってしまった肛門が、くすぐられてふにっ、とうごめいた。
「はううう♡」
「フロウラどの、しりあないじいじはよろしくないでござるよ? 控えられよ」
「むり。気持ちいいんだもん……♡」
馬車に乗り込むと、もっとひどくなった。ガタガタと動くことで尻に刺激が起こってしまう。
「ひゃう♡」
「おへえええ♡」
デボラとフロウラは我慢の限界だった。彼女たちはスカートをめくり、イズヴァルトの前に尻を突き出した。
「おねがい……♡」
「イズヴァルト殿、挿れて♡」
2人の肛門はすっかり出来上がっていた。ぷっくりと腫れて常に穴は半開きだった。致し方なし、とイズヴァルトは彼女たちのバッグから潤滑液の瓶を取り出し、それを指で取り、2人の肉穴の周囲に塗った。
「おっ……♡」
「あひいいっ♡」
指での肛門の愛で方はわかっていた。まずは周囲をくすぐり、それから浅いところを指でこねるのだ。音はやかましいほうが快感をより高めてくれる。聴覚が大事。イズヴァルトは尻穴いじりが大好きだった元侍女から、たくさん学んだ。
肛門に挿れる指を2本にした。人差し指と中指とで、彼女たちの括約筋に刺激を与えた。ペニスを浅く挿れて出し入れする要領で、デボラとフロウラの『甘えたがり』な尻に刺激を加えた。
「……おおっ♡」
「あぐぐぅ♡」
柔らかめで、やや開きっぱなしだった2人の肛門が、きゅっと締まる。こねられるのを楽しむために動いたのだ。イズヴァルトは硬くなったそれを力強くこね、指を出し入れした。2人はますますよがり、膣穴からとろとろと愛液をこぼし始めた。
「あーっ♡ たまらないですぅ♡」
「イズヴァルト殿、おちんちんを挿れてっ♡」
「ちんちんは……できぬでござるよ」
それを聞いてデボラとフロウラが屁をこきながら泣き始めた。どうしてなの。わたしたちのこと、嫌いになった?
しかしイズヴァルトはつかれていた。この旅では彼女たちだけではなかった。オクタヴィアもだ。ピピン王子は役立たずだった。妊娠が進み、ますます甘えん坊になったヘラにひっつかれていた。同行するトヨイロ王子と、どちらがヘラを多く果てさせるか競う、三人プレイばかりかまけていた。
あろうことかピピン王子は、エレナとオリガの尻穴も掘って、彼女たちの肛門に注いでばかりだった。ウーゴ王子は船の上で嘆いていた。王子はとっても発達したおちんちんを、姉妹にかわいがってもらっていたのだ。それを父に取られて寂しそうだった。
「申し訳ござらぬ。拙者はもうくたびれたでござるよ……」
「そんなっ! イズヴァルトさんは無尽蔵のおきんたまの持ち主じゃなかったのですか!」
「そうだぞイズヴァルト殿! 私と姉上のけつあなをもっと存分にかわいがってくれ! 1日1回はちんちんを挿れられないと、いてもたってもいられないのだっ!」
しかし、この姉妹には今朝起きがけに、それぞれ2発ずつ『直腸お注射』をしてやったのだ。合計4発。3時間程度では回復できなかった。陰茎に血を集められなかった。
「済まぬでござる……指三本で諦められよ」
「……おぼっ♡」
「ひいいいいい♡」
イズヴァルトの指はたくましくて太かった。それが3本も入るとさすがに「おちんぽが欲しい♡」とはわがままを言ってられなかった。姉妹はさらに快感にやられて、「おほおおっ♡♡」と叫んだ。それから大腸に残っていたものが直腸に押し出され、イズヴァルトの手をにおいがきついもので汚してしまった。
「……拙者の手も馬車の中も、くちゃいでござる」
「そ、そうれしゅね♡ もうしわけありましぇんでした♡」
「このくっさいうんちのにおい、私たち姉妹が死んでも、ずうっと覚えていてねっ♡」
彼女たちの切ない眼差しを受け、せめてちんちんが元気であれば、と思うイズヴァルトだったが、アソマリアの火の神の巫女2人のあられもない姿を見ても、それはげんなりとしたままだった。
馬車はマハラ教団側が伝えた、街で一番大きな宿屋の前で止まった。玄関にクリスチャン=ヴァンデとリヒャルト=ピーナスの2人が待っていた。2人はイズヴァルトの姿を見ると、深々と頭を下げた。
「どなたさまがたでござる?」
本日の饗応役とクリスチャンが答えた。
「私はハリマーヌの貿易商、クリスチャン=ヴァンデと申します。そっちのはただの死の商人」
「おい。しっかりやれよ」
「……リヒャルト=ピーナス。マイア=テクニカから兵器を買い付ける武器商人です」
マイア=テクニカから武器を買い付ける死の商人。その言い方にイズヴァルトはニヤついてしまった。
「人殺しで孕ませ魔、イズヴァルト=シギサンシュタウフェンでござる。マイア=テクニカは拙者の元侍女がつくった、人殺しの道具を造る会社でござるな?」
クリスチャンは思わずにやりと笑ってしまった。この御仁とはうまが合うかも知れない。別の馬車から降りてやり取りを聞いていたミツクニュモスがイズヴァルトをたしなめた。
「自虐してふざけるのもよしときなよ、イズヴァルトさん……あんたたちもそこらへんでやめておきな。饗応役なんだろ?」
「私はこの宿の手配を受けて教団からお金を頂いておりますが、饗応役についてはタダ働きですよ。商人として納得がいきません。だったら、支払い相応の仕事ぶりでやっていくだけです」
「ん? タダ働きか。だったら仕方ないな。とりあえず宿で待っているマハラの坊さんの所に案内してよ」
その前にまずは食事となった。クリスチャンが探した宿は、ハリマーヌで一番立派でお高いところだったから、出す料理も一流だった。
料理はすべて、ハリマーヌでとれる海産物を使っていた。ハリマーヌ大エビや海がに。魚であればよりどりみどり。それを料理人が腕をかけて仕上げたクリームで煮たり、調味料で味付けして焼いたりしたものはサイゴークの美食家が三つ星をつけるぐらいの逸品だった。
「おいしい、でござるが……いささか量が少なくはござらぬか?」
イズヴァルトは不満だった。確かに味は一級品であったが、皿に乗る量がほんのちょっぴりだったからだ。中には豆粒みたいな大きさのものもあった。ハリマーヌウツボの魚卵を塩漬けにし、燻製にしたというものだった。美食家から言わせれば、世界で指折りの珍味であったが。
食べずに立って食事の様子をうかがっていたクリスチャンが、イズヴァルトの文句に対してこう答えた。
「これがハリマーヌ料理の高級料理です。大公様が常日頃召し上がっているものですよ」
「おいしいのは確かでござるが、これでは腹が膨れぬでござる。『さつりくましーん』で『あかちゃん製造機』である拙者には物足りぬ。せめて麦粥はござらぬか? お野菜と魚を混ぜた、どんぶり一杯の塩がゆが食べたいでござる……」
それこそがハリマーヌの庶民料理であった。しかしこの宿ではそういった『下品なもの』は出していなかった。
イズヴァルトの周りも食べ方はまちまちだった。ヤマナウラスの当主と後継ぎは澄まし顔で食していたが、ピピン王子らシマーヅから来た者たちや、ヘラや護衛のゴール達はガツガツと食っていた。オクタヴィアはちまちまとせずにぺろりと平らげて、暇そうに天井を眺めていた。
「ぷぷぷっ」
イズヴァルト一行の食いっぷりに、クリスチャンは思わず笑ってしまった。リヒャルトがたしなめたが彼ははねつけた。イナーヴァニアの王族衆に倣って品よく食べていたミツクニュモスが、ピーナスに声をかけた。
「気にすることは無いよ。俺達は旅ぐらしが長くて、小洒落た料理の食べ方を忘れたからね」
「ヒッターチ人は、そうなのですか?」
「その質問はよくはわからんが、礼儀作法で封を得る、ということはまず無いな。何故なら俺やイズヴァルトさんの国は、あんたらの国より戦争が多くてね。戦いで功績をあげるか、国を富ますかでないと出世栄達は望めない。文化的な技法に長けたって官位や銭を得られないのさ」
お作法に長けて得するのは、せいせい貴族の奥方ぐらい。男はカネか権力を求める。品位なんかは二の次だ、とミツクニュモスは言った。リヒャルトは理解した。
「なるほど。ヒッターチ人は実利を重んじるというわけですね。我ら商人も同じですよ。大体、礼儀作法なんてのはそもそも、簡潔なのが好ましいと思って……」
「それはちと違うな、リヒャルト殿」
物陰からの声だった。姿を見せた。身長は140にも満たぬ老人で、とても鼻が大きく、耳がとがっていた。ゴブリンかそのあいのこかと思われた。
その老人はゆったりとしたローブをまとい、スオニア風の真っ白いズボンを履いていた。足はサンダル。サイゴークでも南の国々の住人の格好だった。
「ヒッターチもとい、カントニアは土地神信奉や精霊信仰が根強い。そういった土地柄だと、しきたりはできるだけ簡素で皆が理解できるもののみが残る。精霊人と同じじゃ」
「爺さん、あんたは?」
「そもそも煩雑な礼儀作法はスオニア風、と古来から呼ばれておる。スオニアは仰々しいしきたりを好むからのう。しかしそれは用いる者の『権威』を披露する手段の1つであったのじゃ……上に立つ者が下郎と同じく、手づかみで食べると格好がつかんじゃろ?」
ごもっとも、とミツクニュモスはうなずいた。
「食事に祭祀。はては用の足し方や性交のやり方までも規定した礼儀作法は、マハラ教の伝播を伴って、この大陸やキンキ大陸に広まった……あくまで説の1つじゃがな」
特にそのスオニア風を重んじているのは、大陸中部にあるハリマーヌといった小さな国々だった。さすがに、クソのひねり方や推奨される性交の体位までは受け入れられなかったが。
「まあしかし、堅苦しい礼法を重んじるのは、貴族でも庶民でもごく一部じゃろうて。儂の様なスオニア人……片方の親はゴブリンじゃが……それもマハラの御山を擁す、キッカワンテスの者でも、仰々しいもんは切って捨てておるわい」
キッカワンテス。イズヴァルトが食べるのを止めて老人に目を向けた。ようやく気づきおったか、と言わんばかりに老人は鼻息を軽く鳴らすと、その場で両膝をつき頭を何度も下げた。
「な、なんのマネでござるか?」
「初めてお目にかかりまする、偉大なるキッカワンテス家の姉御様、セシリア=セーニャ姫様のお嫡子様にして当代一の英傑、イズヴァルトの若様」
老人は名乗り出た。キッカワンテスの産まれで元はキッカワンテスの騎士衆だった。
「五代前のお屋形様に20年ほど仕え、マハラ教団に出家してから200年。かれこれ250年ほど、無駄に生きておりますが、何一つ成し遂げたことなど無い、ただの凡骨にございます」
しかし彼こそが、マハラ教団にも数名しかいない主席神官僧のうち1人、教団の僧侶としては最長老の、イブン=マグリビーであった。
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イブン=マグリビー。イズヴァルトの時代における、マハラ教団の代表的な高僧であった。
教団のトップ、主席神官僧のうち1人であり、世界各国にいるマハラの僧侶たちの人事を決める、僧官長でもあった。実権そのものは強く無かったが、一番の長老として教団の者や信徒からは尊敬されていた。
イブンはキッカワンテス家の家臣筋の出自で、出家するまでは騎士として過ごした。200年ほど前にマハラの神官僧となり、数々の高僧らの教えを受けた。
ただ、彼自身が『高僧』と呼ばれるには、入山してから100年ほど必要とした。マハラ本山の僧の殆どが、スオニアや隣国のスーエイニアの貴族や豪族、大富豪の出であった。騎士身分とはいえ位が低いイブンには、出世の道はなかなか開かれなかった。ゴブリンのハーフという生い立ちも関係していた。
とはいえ120年ほど前に生きていた、教団の歴史の中でも特に重要な人物だった司祭僧デュシャンの知遇を得て、彼は出世の道を得た。そうして100年間、教団の要職として努め、イズヴァルトの時代には指折りの名僧として人々から名を知られていた。
【ギルバート=カツランダルク注:イブン=マグリビーはこの5年後に亡くなった。死後、彼はデュシャン師と同じく、『僧聖』のおくり名を与えられた。】
そのイブンは、イズヴァルトに恭しかった。『忌み子』として産まれて追い出されるようにマハラ本山に預けられたセシリア=セーニャの息子だが、現キッカワンテス公の甥でもあったからだ。
「かしこまらないで頂きたいでござる。拙者の母上は……」
「逐われたとは言え、キッカワンテス公のたった一人の姉様でございます」
「母上を捨て、神殿の巫女として意志にかかわらず信徒や僧侶達のおちんちんに奉仕させ、幼き少女のうちに3人も子を産ませもした、ひどい家でござるよ、キッカワンテスは」
しかしそのキッカワンテスに、働きかけなければならなかった。イズヴァルトは立ち上がり、平伏するイブン=マグリビーの側に来て彼の肩に手を添えた。
「面をあげるでござるよ、尊師マグリビーどの。拙者は早速、貴殿と今後の話をしたいでござる。貴殿を説き伏せればマハラ教は動く。なれどその為に今は、キッカワンテスの家の名を利用させていただくでござるよ」
「……わかり申しました」
イブンは立ち上がり、皆々に頭を下げてその場でマハラ教団側の意志を伝えた。
「マハラ教団の総意としては、イズヴァルト様の申し出は受け入れられません。キッカワンテスの若様が得た領地。それをスオニア王家の許可を得ずに受け入れるのは憚られる、というのが理由でございます」
マハラ教の総本山を擁し、代々の国王が熱心な信徒でもあるスオニア王国だが、マハラ教の土地が増えることにはあまり良い顔をしていなかった。得た村や街の余剰人口から兵団を結成されるのを恐れていたからだ。
【ギルバート=カツランダルク注:大昔のことだがマハラ教団は、スーエイニア北部を『荘園』として有し、万を超える私設の軍団を持っていた。スオニアやゲースティアに度々騒乱をもたらしたという。しかしイーズモーの暗黒卿の侵攻により滅ぼされた。】
「とはいえ、スオニア王家が最も頼りにされている、キッカワンテス家に話をつければ、事は容易に運びましょう」
「キッカワンテスのお館様に、でござるか?」
「さようでございます、若様。愚僧とともにキッカワンテスヘ向かい、現大公殿下のキャルベロナ=ヴェロニカ=キッカワンテス様とお話なさるのです」
それから土地を譲る話は、キッカワンテス本家にこそ持ちかけるべきだと言った。
「暗黒卿の大陸制覇を止めたキッカワンテス家の威光は、いまだ褪せておりませぬ」
イブンはヤマナウラス王家の親子をちらと見た。父のほうは食べる手を止め、ゆっくりとうなずいていた。イブン=マグリビーが言ったことは正しかった。キッカワンテスはイナーヴァニアにも威名が届いくほどだった。
「つまり、キッカワンテスに拙者の土地を譲れば……」
「お屋形様が働きかけてくれるでしょう。マハラ教団を心変わりさせるために、若様から譲られた土地の年貢を用いるかもしれません……ですが」
マハラ教団はパラッツォ教団の実力を恐れていた。少しぐらいは削いでおきたい。
「和平に動いても、その意見を持ち続ける者が出てくるでしょう。そこで、若様にもう1つ、お力添えいただきたいことがございます」
「まさか、エチウに攻め入ろとおっしゃるのでござるか?」
「全く違います。敵は別にあり。コーザの友邦であり余計な兵器を送る勢力を、できるだけ潰して頂きたいのです……おい、あれをもってこい」
イブンは扉に向けて呼びかけた。数名のスオニア武者が、上に金や銀で装飾を施している大きな箱を載せた、車輪のついた台を運んできた。
「宝箱でござるか?」
「まさしく。そしてこの中に蔵されるのは、マハラの御山の奥に眠っていた、この大陸の伝説の秘宝。大地の精霊の手により作られたものでございます」
イブン=マグリビーが命じた。武者のうち1人がその箱の蓋を開けた。その中から現れたものを見てイズヴァルトは驚いた。
さて、このマハラの高僧が本山より持ち出したものは一体何だったのか?
その続きについてはまた、次回にて。