※この作品はR-18です。

聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ   作:CHACOとJAGUAR

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第三十九回

 キャルベロナ=ヴェロニカ=キッカワンテス。

 

 ホーデンエーネン王国暦357年8月頃のキッカワンテス領主は、この人物であった。イズヴァルトの母セシリア=セーニャの1歳年下である。

 

 キャルベロナは、スオニアで一番美しい貴婦人と言われていた。キッカワンテスの一族の祖先となった白色エルフと同じく、つややかな銀色の髪の美女であると。名高かった。

 

 キッカワンテス家は代々女が当主となる。彼女たちは病気知らずで長命になることでも有名だ。先代や先々代どころか4代前の当主はなおも存命で、スオニアの王都ハーギにある館で、マカロニを作りながら引っ込んでいるとイズヴァルトは聞いた。だが……。

 

「お医者さん、でござるか?」

「左様でございます。キャルベロナ様はこの1年、床に臥せっておりまする……」

 

 キャルベロナ=ヴェロニカはこの1年、身体の調子が思わしく無かったそうだ。国内のあちこちから名医を呼んだ。だが原因は不明だった。そうこうする内に寝たきり生活に。

 

 そこで半年前、スーエイニアにいる触手姫ブランカに診てもらった。結果は、触手の治癒魔法ではどうにもならない、悪い細胞が身体のあちこちに散らばっているとのことだった。病根は10年ぐらい前に既に芽生え、浸食を始めていたそうだ。

 

「普通のニンゲンであれば、4,5年前に亡くなっている様な、質の悪いものだった。ここまで保てたのはキッカワンテスの一族だから、などと、触手姫様がおっしゃっておりました」

「ブランカどのが……して、ブランカどのがお手上げだと答えたので、別の医者を見つけたということでござるか?」

「……はい」

 

 ブランカの後はカントニアの医者として名高い、イナンナを呼んだ。オラは失敗しねえズラ。それが口癖の彼女だったが、実際に診察をしてこうぼやいてしまったそうである。

 

「できませーんズラ~……」

 

 理由。触手姫は正しかった。キャルベロナは手の施しようが無かった。今後、金持ち相手の診療では彼女の1ランク下の料金で診ることにしようと捨て台詞を吐いて。領主の病魔があのイナンナをあきらめさせたと聞いて、イズヴァルトは絶句した。

 

「相当、動揺なされているようですね」

「若様がイナンナ師をどれだけ頼りにしているかということでございましょう。家宰殿、あのお嬢さんは?」

「最後の希望です。イナンナ様の次の次ぐらいにできる方とお聞きし、ヒッターチから連れて参りました。イナンナ様の次に、の人はなかなか消息がつかめませんので……」

 

 その最後の希望。イナンナの次の次ぐらいに頼れる名医というのが、あの金色髪の生理も来ていないような年頃っぽい女の子だった。その娘が右の髪をかき分けた。長い尖り耳が現れた。

 

「ハーフリングでござろうか?」

「エルフです。金色エルフの父親と白色エルフの母親との間に産まれたと聞き及んでおります。お名前は……」

 

 アプロディータ=イセルローン。イナンナと同じ姓であった。まさかと思ってイズヴァルトは駆けて近寄った。

 

「なんじゃい?」

「貴殿、もしやイナンナどのの娘さんでござるか?」

 

 イナンナとはどこのイナンナか。そう返しながらアプロディータはイズヴァルトの顔をじっと見た。

 

「にーちゃん……えらく女を泣かせてそーな感じがするズラァ―な? くっさいちんちんのにおいがするズラァ―よ」

「泣かされるのはいつも拙者のほうでござる。ちんちんの匂いなど余計でござるよ。拙者はイズヴァルト=シギサンシュタウフェン。ホーデンエーネンのイキリ武者でござるよ?」

 

 その名を聞いて隣のサマリーノすごく嫌な顔をした。さっさと立ち去れどころか、死んでいなくなれ、と言った憎しみ度合いでだ。

 

「あなたが……セーニャ伯母様の……」

「さようでござる。そして貴殿は母上の妹様、キャルベロナ=ヴェロニカ様の娘さんの……」

「分家ごときが頭が高いわ。しかも『忌み子』の子でホーデンエーネンなどという海を隔てたド田舎の出なんでしょう? 近寄らないで! 田舎者の肥やしくさいにおいでたまんないの!」

 

 これ以上近寄るのも話しかけるのもやめてくれ。サマリーノの態度にイズヴァルトは殺意以上の敵意を抱いた。やはり『ご本家』とは相容れないようだ。とはいえ、言い合う理由は尋ねることができた。

 

「このうすらたわけ、オラがキャルベロナをたすけらんねえ、すくえねーと言ったら文句を言って来たズラァ―よ」

「イナンナ様より診断にかける時間を倍以上かけたのに、できないなんておっしゃいますの!」

「だから、ばーちゃんでもできねえことはオラにもできねえズラァ―よ。とっとと葬儀の準備でもしておくズラァ―。うすらたわけのおまんでも、そんぐれえはできるだろうに?」

 

 アプロディータはサマリーノに良い感情を抱いていないようだ。さらっと言った重要なことを心に刻みながらイズヴァルトは尋ねた。

 

「キャルベロナ様といえばまだ40の前。そんなにひどいというのはいかなる不養生をなさったのでござる?」

「ばあちゃんが残してくれた書類で読んだけど、まあ、ひっでえもんズラよ」」

 

 悪い菌や寄生虫がうようよいるチンゼー産の豚や牛の肉を生のまま食べたり、幼い頃から鉛やヒ素などの毒物を多量に含んだ化粧品を用いていた。それだけではない。女の部分が濡れやすくするための怪しげな薬や、シマナミスタン産のどぎついタバコを子供のころからすぱすぱと吸ったりなど。

 

「でもそれは、スオニア人で高貴なる者なら、よくあることですわよ!」

「だからここのお貴族どもは早くにくたばっちまうんズラァーな。あと、いくら青白くきらきらしててキレイだからって、ドワーフどもが愛用している『らじうむ照明』なんてもん、ガラス板に封じ込めないで使うなズラァー。あんなもんこそ一番の毒ズラァーよ」

 

 とはいえその様な悪習慣を普通のニンゲンがしていれば、20にもならずにくたばってしまう。倍以上も持ったのはやはり初代様の血のお陰だろうとアプロディータは言った。

 

「がんばった、よくやった、というわけでござるな?」

「いやいや。その逆ズラァーよ。頑丈なのをいいことに不摂生しやがって、さっさとくたばれってところズラァー!」

「……本当にろくでもないエルフね! だから他の大陸の亜人は信用ならないのよ! お金をあるだけふんだくって、やぶ医者め!」

 

 サマリーノが金切り声をあげてアプロディータに襲い掛かろうとすると、後ろに控えていた侍女らに取り押さえられた。彼女達は美しかったが、顔はげっそりとしていた。あるじたるサマリーノに憔悴させられていたからだ。

 

「離しなさい! 離しなさいっ!」

「……跡取りがこの程度だと、キッカワンテス家も大した事が無いのでござろうか?」

「まあ、こいつの時代からはころげおちそーかな。どっちみち、終わりが近づいてそうなお家ズラァーよ」

 

 臆面なくひどいことを言う。けれども、このエルフの少女にイズヴァルトは親近感を抱いた。領主の身体の具合について尋ねた。

 

「今んところは落ち着ているズラァー。なんかせびるんだったら今のうちズラァーな。見立てじゃ、あと1か月か2カ月……いや、3カ月か。そんぐれえで身罷りそうだしなあ」

「では、善は急げでござる。領主様に是非ともお会いしたい」

 

 イズヴァルトは家宰とマグリビーに呼び掛けた。アプロディータもついていくと返した。サマリーノが憤った。

 

「『忌み子』の子はさっさとお引き取りなさい! お母さまに会わせるつもりはございません!」

「無視してええぞ、こんなやつ。いっつもこういう調子ズラァーよ」

 

 これにはマグリビーも同意した。サマリーノは家の格を気にしてもったいぶることが多々あった。この女の言う事など気にしていられない。イズヴァルトは領主の部屋に案内された。

 

 当主キャルベロナは寝床にいた。今は調子が良いのか上体を起きあげ、侍女の手で食事をとっていた。まだ40にならぬが身体は枯れて80近くの老婆のようだった。イズヴァルトの姿を目にするとにっこりと微笑んだ。

 

「まあ。セーニャお姉様に似ているわね」

 

 こちらが名乗りもせずにキャルベロナはイズヴァルトの正体を見破っていた。

 

「そんなに似ているでござるか?」

「ええ……実を言うと、貴方の顔は良く知っているのです。ホーデンエーネンから仕入れた肖像画や映像水晶でね」

 

 このスオニアでも顔が知られているとキャルベロナは言った。映像水晶のほうは、自慰の道具というよりむしろ、国を捨てたマハラの巫女、セシリア=セーニャの息子の顔を知りたいが為に出回っているのだと。

 

「母上が、でござるか?」

「そうよ。セシリアお姉様は巫女の中でも特に評判でしたから。美少女であっちがお上手で、しかも、キッカワンテスの『忌み子』だから。好き者な殿方は、お姉様目当てに通い詰めてつめておりましたし」

 

 聖娼としてセーニャはそれだけ人気だったというわけだ。イズヴァルトの心境は複雑だった。シギサンシュタウフェンでの母は貞淑なのに、スオニアでは御山で一番男たちに好かれた『少女巫女』であった。

 

「セーニャお姉様は元気? お体の加減はどうかしら?」

「何年も会っていないゆえ、よくわからぬでござる。なれど安心召されよ。拙者の父上は立派な騎士であり領主でござる。スオニアみたく母上をこき使う真似はせぬでござるよ」

「うふ……でもあなたはこき使われている様ね」

「拙者は身体が頑強なのが取柄でござる」

「ちがうわ。戦いに赴かされることではなく、股間を使うことで女にしごかれていることへの揶揄したのよ」

 

 イズヴァルトは顔を赤らめた。キャルベロナは咳をして、それからか細い声で問いかけた。

 

「和平の話を持って来たのでしょう。条件は何かしら?」

「拙者がサイゴークに持つ領地を、キッカワンテスご本家にお譲りしたい。それでよろしいでござるか?」

 

 キャルベロナはうなずいた。これらの領地からあがってくる税の半分を、マハラ教団のお布施とする。キッカワンテスの取り分については、のうち半分をイズヴァルトのものとする、と答えた。

 

「叔母上どの……」

「貴方が受け取らないのならホーデンエーネンにいるお姉様のもとに送るわ。そういたしましょう。後で人をやって書状を送ります」

 

 またも咳をしてキャルベロナは言った。もう自分には残された時間が無い。早いうちに姉と仲直りがしたい。

 

「姉上様と貴方には、私が死んだ後のキッカワンテスの後見になって欲しいの」

 

 イズヴァルトの後ろにいたサマリーノが、ひどく不愉快そうに顔をゆがめた。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 和平は成った。しかし、イズヴァルトはキャルベロナに乞われてキッカワンテスに長逗留するのを頼まれた。あれこれを決めたいので2年はいて欲しい。イズヴァルトはマグリビーを通して、お伺いの使者を出してもらった。

 

 女大公との会話の翌朝。国を出ようとアカマガ=ナガトラルタル行きの駅馬車に乗り込もうとするアプロディータを見送った後に、イブン=マグリビーの案内でマハラの総本山に入った。

 

 お山は20の神殿と100以上にも及ぶ社殿があり、参拝客があちこちにうろついていた。パラッツォ教の伽藍よりも色は控えめだが壮麗な神殿を案内されて、イズヴァルトは驚かされ、ため息をついた。

 

「マハラのおやまのほうが、どうにも洗練されているように思えるでござるな?」

「そうでございましょう……実のところ私はコーザめに一度、エチウに招かれたことがございましてな。50年前でしたか……マハラのお山に比べるといささか、下品ではしたないつくりの伽藍だと思ったりしたのですよ」

 

 パラッツォ教が聖堂に置いている、マハーヴァラ神とその妻ヴァリシアナ神の交合像や壁画のことではなかった。それらの像に色をつけたり、壁や柱に金箔や銀箔を貼ったりどぎつい色使いにしているからだ。建物の内装や外見は派手で明るいのを好むエチウの様式に引きずられていただけだったが。

 

 性的、というのであればマハラの本山も負けてはいない。大聖堂には巨根を勃起させるマハーヴァラ神の石像があった。愛と繁殖を司るアプサラー百姉妹の社殿には、それぞれの女神の艶めかしい銅像が祀られてあった。

 

 銅像は腕利きのドワーフたちがつくったもの。写実的で実になまめかしく、お尻と太ももをむっちりと肉づけている。布にかけられ隠されていたが、ちゃんと陰毛と女性器が刻み込まれていた。 

 

 それから、神殿の販売所に行けば美しくて艶めかしく描かれた神々の想像画や陶器像がお守り代わりとして売られていた。交合する姿のだってある。こうした店はパラッツォ教団には無かった。

 

 イズヴァルトはそのアプサラー百姉妹の長女で象徴たる、ガンガ神の神殿前の売店でヘラと子供達と品物を物色していた。

 

「みて~!」

 

 オリガが絵物語の冊子を寄越して来た。ガンガ神が様々な恋愛にめぐまれない男たちと性行為を為し、産んだ半神の子を授けるというお話だった。神話でガンガ神は少なくとも、500人ぐらいの『不幸な男』に極上の男女の思い出と神との子を与えたという。

 

「おまんこやってるとこばっかり描いているズラ!」

「そういう話でござるからな」

「この神さま、いっつもおちんちんに喘いじゃってなさけねーズラな!」

 

 そうだそうだ、とエレナとヘラが同調し、ウーゴ王子は恥ずかし気にうつむいた。女の子のおまんことお尻の穴にいつも負けているから、このお話に書いてあることが納得できないのもあった。

 

「これこれ、神様のお話を茶化すのはよろしくございませんよ、姫様方」

 

 イブン=マグリビーが優しく諭した。チン負けし、アホみたいによがり狂って赤ん坊をぽこぽこと産む事が、ガンガを含むアプサラーの百姉妹に課せられた使命なのだ。

 

「その目的はこの世を多様で多彩なものとし、豊かなものとすることでございますよ。百姉妹はこの世界において生きとし生ける者の母親、と呼ばれております。むしろ祖先として崇めなされ」

 

【ギルバート=カツランダルク注:サーガでのマグリビーのこの言葉だが、マハラ教及びパラッツォ教の教典に記されていることである。しかしオーシラ教やメジェイド教で『ニンゲン』は、何かの導きによって外の世界からやって来た、と言われている。それらの宗教でこの世界はもともと、精霊人とオーガ族のみが暮らしていた、と定義している。】

 

 いち早くうなずいたのはヘラだった。彼女は大きくなったお腹をさすりながら、イズヴァルトに寄りかかった。上目遣いでにんまりと微笑んでいた。

 

「ドミトリー太子さまのあかちゃんを産んだら、すぐにあたしをガンガさまにしてね♥」

「まあ、そう致すでござるよ……」

 

 ヘラの出産は丁度一カ月後。このスオニアで為されることだろう。その後すぐにイズヴァルトとの子を、つまりは教団の跡継ぎを産み、このスオニアでしばらく育てたいと彼女は願うが、果たしてそうなるのであろうか?

 

 その続きについてはまた、次回にて。

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