聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ホーデンエーネン王国暦357年3月6日は、朝から大雨だった。
ナントブルグに向かう馬車を御者に命じて走らせていたクワイガジン=スカルファッカーは苛立ちを隠せない表情で窓の外を眺めていた。
(アナキンのやつめ。マイヤ姫様が嘘をついていると言い張っているが本当の事なのか?)
馬車の中では赤ん坊たちの泣き声とおしめのにおいが充満し、それを介抱するシミとキーラと侍女の姿が窓に映っている。彼等はナントブルグの王宮に問い正しに向かう途中だった。国王ではなくマイヤにだ。
「マイヤ姫様は国王陛下が署名した許可状を台無しにしたのです。その場で破り捨ててその上に糞をひねてしまわれた。そしてこう僕に言ったんです。ルッソを助えなかったお前を絶対に許さない。お前の実家の娘をオルフレッドには渡さない!」
それからこうもだ。オルフレッドは私の大事な人の子だ。本当の父親はイズヴァルトだ。イズヴァルトの子は私の子。オルフレッドは私の息子だ。絶対に渡すもんか。
(オルフレッド殿がトーリ様とイズヴァルトさんの子だっていう話は本当のことだが……)
クワイガジンは国内最高の遺伝子検査を行う医療魔道士が朝廷に報告したレポートを見たから知っていた。オルフレッドはイズヴァルトの子。トーリが国王の愛人となった後のことだ。
貴族や富豪の奥さんや娘さんの多くは、国で最高の少年騎士との私生児を産みたがったからイズヴァルトの精液は魔道士の手に送られて、遺伝子の配列などを調べていた。オルフレッドの精液だが、父親のそれに酷似していた。しかし今のところ、国内でのイズヴァルトの子はオルフレッドただ1人である。
(国王陛下への抗弁書でそれを細々と書いたから、マイヤ姫様は大変お怒りだ。さて、どうなだめながらシミとキーラの婚姻を許していただこうか……)
一番の難敵であったトーリ=カツランダルクが死んだ今、カツランダルク御三家を脅かす存在はいない。シミとキーラがオルフレッドの子を産み、実質的に血縁関係を結んだから安泰のはずだった。しかし妹のマイヤが立ちはだかってくるとは。
(そもそもがおかしい。マイヤ姫様は争いごとを好まぬ平和主義者だったはず。人前でも臆せず魅惑のぷりっけつを出してうんちをぷりぷり。そんな心の広いお方がこの様な意地悪をするとは……)
窓に映る、おしめを変えられている孫たちの御尻を見てマイヤの幼い頃のおケツを収めた映像を思い出す。赤ん坊や子供はおろか、大人のものを含めて尻はいい。見ていて心が落ち着く。腕組みをしながら考え込む。
その時だ。身体が右の方に傾ぐと同時に赤ん坊たちが宙を舞った。娘や侍女らの悲鳴を聞き、クワイガジンも絶叫した。馬車の中で彼等は長く振り回されてもみくちゃにされた挙句、もう誰も声をあげることは叶わなくなった。
クワイガジンらが乗った馬車は崖の下にあった。車体はへしゃげ、中から出た血が水たまりの中に流れ始めていた。護衛の騎士らは崖上から見下ろし、これから真下に降りる者達に呼びかける。
「生きていたらとどめを刺せ。若様がたからの命令だからな」
クワイガジンらは事故を装って殺されたのだ。実の子たちに。
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スカルファッカー家の当主・クワイガジン=スカルファッカーとその娘のシミとキーラと孫達は、崖道での転落事故で死亡した。
その知らせを受けたスカルファッカー家は急遽、子息のアナキンが当主になることを国王に申し出た。
「んなことわかってるよ! 認めてやる! それよかマイヤの件でどういうことか説明しに王都へ来い!」
と、命令を下したがアナキンは体調不良を理由に応じなかった。王は通信魔道士や早馬を繰り出したが、2週間経っても返事は来なかった。
3週間経ってもアナキンは「心身が優れぬ」と答えて来なかった。王はしびれを切らし、王都の聖騎士団に「引っ張ってこい!」と命じようとしたが、ナントブルグにケノービが顔を出したと聞いたので問い詰める事にした。
「おめえの弟がマイヤを愚弄したが、本当の事かよ?」
「詳しくは存じておりませんが、多分本当のことではないかと思われます」
「……嘘こいてんじゃねえぞ?」
セインは腰の剣を握りしめた。ケノービは臆せずに続けた。
「我らカツランダルク御三家、ソーロー家とスカルファッカー家はそもそも、マイヤ様がたご本家とは仲が悪い……もっとも、本家筋が我らを激しく嫌っていたということでございますゆえ、マイヤ様はアナキンを見てカッとなったのでしょう」
「いやしかし。マイヤはイーガにいた頃、アナキンとは仲良くやっていたと言ってたぞ?」
「外国にいて立場というものを忘れたからでは?それに、あの頃のマイヤ様は確か、ご自身がカツランダルクご本家の者だと存じていなかったはず」
マイヤは戻って来てから実家の歴史や宿命を、姉からいろいろと教えられたのだろう。心の中で分家筋に対する敵意を育んでしまった。そしてアナキンに対して心無い事をしてしまったのかもしれない、と。
「……いまいち信用できねえな」
「ただ、陛下はご存じのはず。ここは念話魔法で」
ケノービは印を切り、他人から聞こえぬ声を国王の脳内に響かせた。
「オルフレッド様はイズヴァルト殿のお子であることぐらいは存じておりましょう?」
「ちっ。あの話かよ?」
もちろんだがセインは知っていた。トーリが死んだ後、国内に公表してイズヴァルトを王族にたてる、という計画を持ち上げようとした。エチウから連れ返す為にだ。しかし大貴族、特に近衛騎士団の連中からの猛反発を喰らった。
「つまり、マイヤ様は姉姫様に恋人を奪われた……という事も言えますな?」
「本人は承知の上だろ? そもそもあいつ、イーガのマレーネのやつがイズヴァルトと子を作って嬉しがってたじゃねえか?」
「外面を良くしようと思ったからそうしたのでしょう。本当の根っこ、内心というものはわかりません。しかもオルフレッド様がルッソ殿の実のお子では無かったとなれば、アスカウ=タカイチゲンシュタットの相続は難しいでしょうなあ」
セインは首を傾げた。藪から棒に何を言い出すのだ、こいつは?
「考えてください。あの地方はそもそも、ルッソ殿……いや、『ルッソ様』との絆があったが故に、陛下や廷臣様がたがトーリ様にお与えになったものでございます」
「……!」
こいつ、あの秘密のことを知ってやがる。セインは思わずぎょっとなってしまった。ルッソというよりかはシュミット家の、古くからいる牧童の集落の者達についてだからだ。
「ホーデンエーネン王家の遥かな分家筋、いいえ、祖の兄上様がたのお血筋でしたかな。トーリ様の御料地について選んだ時、嫁がれていたシュミットのお
「あ、ああ……確かそうだった……」
「オルフレッド様はルッソ様の血を引いていらっしゃらない。つまりはアスカウ=タカイチゲンシュタット領の相続について問題がある。この場合、コリアンナ様やザーチャ様、ディーク様がたになられましょうが、血筋に大いに問題がある、という事は否めません」
「けど、オルフレッドはトーリの息子だぜ。てえことは俺の親父のひ孫ってことだからな?」
「ですが、トーリ様は妾腹筋でございます。格はだいぶ落ちる。それから、元々は王家に仇したナントブルグ王家の血筋。当然、マイヤ様もそのうちのおひとりでございますから、ふとしたきっかけで、王国への謀反を思うかもしれませぬ」
そんなわきゃないだろう。セインは剣を抜こうとした。けれどもケノービは気にせず続けた。果たしてカツランダルク一族を興隆させることは正しいことですかな。ジュンケイン王の頃の様に、生かさず、殺さずで遇するのがもしかしてを考えて、最も良い手だとは思いませんか?
「そ、それはだな……」
「『我ら』と『ご本家』を厚遇してはいけません……もっとも、お取り潰しなさろうとするならば矛先をもって馳走いたしますが?」
「ぐねぐねとした物言いをするくせに、そこだけはホーデンエーネンの武人だよな?」
「お約束、というものですよ。それに、この度の不幸でオルフレッド様はスカルファッカー家との結びつきを失いました。我らのほうでも。それと……
もしもの時にオルフレッドが、スカルファッカーの領地を相続することもだ。
「まことに残念ではございますが、時計の針は戻せません。弟も私も、喪に服させてください。なにとぞ……」
そう言ってケノービは去った。セイン王は考え直した。この事は不問にしたほうがよいかもしれねえ。近侍を呼びつけ、廷臣らにこう伝えろと命じた。
「アナキン=スカルファッカーの事でみんなに伝えとけ。召喚は取りやめだ。マイヤにもだ。向こうの2人は死んじまったからあきらめろ。オルフレッドはスカルファッカーの土地の継承者にはなれねえ、って事もな」