聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ナントブルグ王国の『遺臣』らが望んだ再興はともかく、である。ホーデンエーネン王国はマイヤとその部下による、新しい時代の幕開けを目にしようとしていた。
最初に王国初の総合大学を置く新都市ヨーシデンの建設。大学はのちにトーリの名を取って、トリシア大学と名づけられる。数百年先にもキンキ大陸の最高学府とされる。その大学の建学者こそ、マイヤ=カツランダルクだった。
それから、イーガからヨーシデンを通り、サカーイへと延びる計画の『えくすぷれす』のホーデンエーネン路線である。キンキ大陸を横断する路線ということで、マイヤは『きんてつ』と名づけた。本来なら車輪と鉄の線路が要る名称だが、『てつどう』のことを良く知らぬこの世界の人々にその名を、何故か受け入れてくれた。鉄ヲタだった転生人が聞いたら卒倒しそうだが。
最後に技術工房『マイア=テクニカ』だ。イーガでは王国の企業だったそれは、ホーデンエーネンの『支社』はカツランダルク家に経営権があった。マイヤは優れた魔道士や職人を擁し、真新しい新製品を世に送り出した。『たぶれっとぱっど』と鉄砲がそれだ。
とはいえヨーシデンと『えくすぷれす』は、ホーデンエーネン王国の助けが必要だった。よってマイヤは国政にも携わることを条件に、トーリがいた頃から勤めていた経済長官の仕事を、本格的にやっていく事にした。
そして彼女は、マイヤ=テクニカで有能ぶりを発揮した女2人、エウレカ=リットフェンテルトとタルッホ=ユッキカルを直属の部下にした。2人とも副長官ということで抜擢だ。それと、人材を集めてチームを作り、彼女達に任せた。
エウレカは聞き役やまとめ役、といった才能に長けていた。タルッホはクルシマーヴァラで薄暗い貿易商売をしていた頃に培った発想力をもって、品物に関する様々な法律の発案を担った。
この3人により、ホーデンエーネンは、新たな時代を築く……はずだった。
そうはならかなったのはこの当時、不測の事態が立て続けに起こったからだ。富国がままならない大事件……そう遠くない未来にホーデンエーネン王国が終焉を迎えるわけだが、その最初のきっかけとなる騒乱が、マイヤ達が動き出した頃を同じくして起ころうとしていた。
―――そのせいでホーデンエーネン王国は、法律と産業と文化の時代に入り損ねて旧来の大貴族らのしがらみに囚われ続け、ついには滅んでいった……と、後の世の歴史家達はこぞって記している。カツランダルクの姉妹による『王国』の終わりでもあった。
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ホーデンエーネン王国暦357年5月初日。夜の2時。
自分の館の執務室で、貿易に関する新たな法律の草案を書いていたタルッホ=ユッキカルは、窓の外から誰かが呼ぶ声が聞こえたので窓を開けてみた。
「……誰かと思いきや、あなたでしたか?」
その者がまとう魔力の気配で、いったい誰なのか判別ができる。イーガの老魔道士・トールバルだ。かつては宮廷魔道士の1人だった。
「こんな真夜中におひとりで。どうなさったのですか?」
「イーガから急報が来た」
よくない知らせのほうだ。老人は北ホーデンエーネンにある、アヅチハーゲンで起きた大事件について語った。
「クボーニコフ海軍が、ホーデンエーネンへの断りも入れずに独断であの街付近にあるパラッツォ教徒の集落を襲ったそうだ」
「……どうしてそんなことに!」
「エチゴニア=ノトゼタシア侵攻の停滞にクボーニコフ王がお怒りのようでな。逆転を狙ってその様な策に出たのだ」
タルッホは疑問を挟まなかった。あの辺りの領主は、パラッツォ教徒を民として保護し、領地に抱えるようになった。『甘露(アームリータ)』でのみ生きる厳格な教徒にはならないが、宗旨替えした貴族もいるそうだ。
「例によって男はことごとく皆殺しに、女子供はクボーニコフに連れ去られてしまった。しかしこの事件、何を意味するかお前にはわかるか?」
「ホーデンエーネンを脅して、クボーニコフ側につかせる為にでしょうか?」
「その前段階だろう」
この事件はホーデンエーネン王家の憤激を買うはずだ。しかしホーデンエーネンはクボーニコフと戦う気になれない。大した海軍が無いのだ。宣戦布告することによって、東海域がクボーニコフに荒らされる。貿易が滞ってしまう。
「セイン王はきっと動けまい。態度をあやふやにすれば今度はどうなるか……?」
「北部諸侯の反発ですね?」
この時、北部諸侯は王家への忠誠を失くしつつあった。自分達が上納した銭を南ホーデンエーネンの為に使われていたからだ。その税はマイヤが手がける『えくすぷれす』と、ヨーシデンの新都市建設に向けられていた。いよいよ大きな工事が始まるから、『えくすぷれす』の路線だけでなく、資材を運ぶその周辺の街道の整備も必要になり、多額の予算が必要になったのだ。
「やり過ぎたかもしれんな、タルッホ?」
「それはもとより計画のうち、ですよ。我々はも元々、アドルフ様の密命を受けてやってきたのですから」
ホーデンエーネンの弱体化が望めれば、なんだってしてもいい。タルッホはその様に教えられてきた。トーリ=カツランダルクが死んだ今、大きな障壁はもう無かった。あとは亡き主君が望んだ、ホーデンエーネンの形になってくれればいい。イーガへの侵攻など、絶対に考え着かぬほどに弱体化したというのがそれだ。
「だが儂はな、やり方を変える時が来ているように思っておる」
「……どういう意味です?」
「ホーデンエーネンはもう、イーガを攻めとる意気込みは無いだろう。だが、クボーニコフやエチウはどうだろうか? 特にパラッツォだ」
世界最大の人口を誇り、エチウ諸島全土とイナーヴァニアを収めた大国である。さらにホーデンエーネンの北部に信徒を増やした。領土の広さではまず誰も勝てない。クボーニコフやウマヤーノがそれに準ずる程度、だ。
「あれは果たして、味方として信用できるものじゃろうか。いつこちらに牙を向けるか。それが心配でならん」
「その前にサイゴークやムーツの国々を抜かなければたどり着けませんよ。ホーデンエーネンだって健在です。アカサカチハヤだって……」
「あくまで心配をし過ぎな老人のたわごとじゃ。だが、ホーデンエーネンがある意味、イーガの防波堤になってくれたことは理解してほしい……タルッホ。マイヤ様に働きかけてくれんか。あのお方にはパラッツォ教との強いつながりがあるのじゃろう?」
強いつながり。つまり、司祭のタカミ=ジュンのことである。
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そのタカミはヨーシデン領とその周辺をめぐっていた。同地に住むパラッツォ教徒らの様子を伺う為にである。困りごとは無いか。ヨーシデン伯様にお願いごとがあれば、教えてくださいませんか。時には南天騎士団の領地にまで足を運ぶ。
回ってみてわかったことは、南部の住民はパラッツォ教徒に対して好意的なのと敵対的なのとの差が激しいということだ。どっちつかずの傍観、というのが無い。
それと、彼等への偏見もあった。タダでおまんこをさせてくれる女ばかりである、と。小さな集落のパラッツォ教徒の人妻や娘は、まるで気軽に抱ける性奴隷みたくマハラ教徒の者達から扱われた。まだ生理も始まっていない幼い娘が輪姦される事件も多々あった。マハラ教徒のそれの倍以上だった。
(これは、よろしくありませんね……。)
ヨーシデンは確かに偏見がなくなり、治まっている。でもその周辺は依然として。特にナガオカッツェはひどい。
タカミはそのナガオカッツェ領を旅していた。道の向こうで、悪ガキから石を投げられていじめられていたパラッツォ教徒の子供達をかばって救ってやった彼は、怪我をしていた男の子を手当てしながら事情を聞いた。
「僕がいじめられた理由? たぶんだけど……」
先代の当主で今は病気で伏せっているヨーシハルトスが、トーリ姫のせいで病気になったという噂のせいだろう。
「どういうことです?」
「僕が産まれた頃にヨーシハルトス様は、トーリ姫を殺そうと軍を進めていたんだけど、そのせいで姫様の刺客にやられちゃったみたいなんだ」
毒物に詳しいアサシンたちを潜ませ、通りかかっていたヨーシハルトスを襲撃した。軽く吸っても1年のうちに死ぬ毒粉をまき散らされてああなったという。これまでたくさんの妾を囲って多くの子を産ませた艶福家も、その日を境に女を抱けなくなったそうである。
「その姫様は、僕たちパラッツォ教徒のトモダチだったんだよ。仇の友達は仇、ということなんだろうね。はあ……」
「それで、どうしてあなたとご家族はナガオカッツェで暮しているのです? ヨーシデンに移り住めば良いではありませんか?」
「そっちの仕事は、先に来た人たちにとられちゃっているんだよ。僕のとうちゃんとかあちゃんは、アスカウに通じる街道の整備の仕事についたんだ」
ヨーシデンの職場よりも給料が安く、労働者に対してとても厳しい。ナガオカッツェは貧しい土地だった。だから給料がろくに払えず、貧しい人々が多い。皆の心はささくれだっている。
(……いわば棄民の土地、か。)
ナガオカッツェはホーデンエーネンを揺るがす、不穏な空気をまとっているように思えてならなかった。この様な土地の者達にこそ、救いの手が必要ではないのか。
その子のもとを去った後、険しい山々が連なる空を見上げてタカミは予感した。自分はこのナガオカッツェで何かを起こすかもしれない、と。
でもそれは、ヨーシハルトスだけでなく、マイヤもセイン王もこの世からいなくなった後のことになる。ナガオカッツェの大反乱……アスカウ襲撃とトーリの子と孫たちの多くが命を失う事件が起きるのは、これより15年以上先のことだ。