聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
エウレカ=リットフェンテルトは生涯で一番多忙な時を過ごしていた。王国内の魔道士としては上位(とはいえイーガでは中堅魔道士程度)にあり、しかもマイヤの片腕となった彼女は経済官僚だけでなく、王国軍の軍事方面も手掛けていた。
ある日の演習の話となる。王都とその近郊に滞在する近衛騎士団と聖騎士団、それから防衛兵団が2手に分かれて戦うというものだ。
その演習では各部隊の指揮官格に目新しいものが支給された。通信魔道を用いた魔道具である。本来は通信魔道士が各部隊との連絡役となるのだが、魔法が使えない者も遠くの者と連絡ができるようにするのが、その道具の目的であった。
エウレカはセイン王とともに、演習が行われている荒野に築かれた観戦用の櫓にいた。開始の号令が始まると国王の目の前にある机に置かれていた『たぶれっとぱっど』から怒声が轟いた。片側の軍の総大将の聖騎士団長エルヴィンの声だ。
「ヨーシヒデクス様! 軍議で決めた通りになさいませ! 抜け駆けの一番槍はまかりなりませぬ!」
見れば、エルヴィン側の軍勢の一部隊、近衛騎士団が担っている右翼が全速前進で相手側に向かっていた。ヨーシヒデクス=ヒラジマッシモ。自由都市サカーイ近辺に領地を持つ小領主である。この時40代半ばになる筋骨隆々とした男だ。
ヨーシヒデクスは王族衆で、近頃ナガオカッツェのヨーシハルトスの指名を受け、家宰兼当主代理となった。名前で薄々気くだろうが、彼はヨーシハルトスと縁が深い。ナガオカッツェ公の庶長子だ。
ヨーシヒデクスは父が12の頃に、6才年上の侍女に手を付けて産ませた子であった。彼は早々と父親の元から離され、王家でもかなり遠縁であるヒラジマッシモの家の養子となった。父と同じく、その家の娘の夫となって家督を引き継いだ。
それまではつつがなくヒラジマッシモ領を治めていたが、戦争に加わる機会はなかなか無かった。30半ばにしてようやく近衛騎士団に加えられ、パラッツォ教団との戦いで意外な猛指揮官ぶりを発揮してかなりの軍功をあげている。が、素直に将軍の指示に従う様な男ではなかった。
「ロンメル団長!」
違う男の声が『たぶれっとぱっど』から響いた。ロンメルとは違い、低くて野太い声だ。ヨーシハルトスの声色を2オクターブ低くした様な声である。ただ、どうにも雑音が多すぎて耳障りがよろしくなかった。
「戦いとは不測の事態が常につきもの! 軍議通りにやっていては功もあげられぬ!」
「何をおっしゃるか、ヨーシヒデクス様!」
「それにこれは演習ぞ。各々、思うがままやるのが良いだろう! それがホーデンエーネンのいくさ人というものだ!」
かかれ、という声が。右翼から前面中央に進み出た200ほどの騎兵集団が櫓台から伺えた。あれがヨーシヒデクスの隊だった。
「やあやあやあ! 我こそは右軍近衛騎士団の一隊の長、ヒラジマッシモのヨーシヒデクスなるぞ! 尋常に、勝負! 勝負! いざっ!」
その声にセイン王は頭を抱えた。こいつ、軍隊の演習を武芸の集団練習かなにかと間違えているぜ。
しかしヨーシヒデクスの一隊の戦いぶりはすさまじかった。彼らは閧の声をあげて騎馬を駆り、練習用の長杖と木剣をぶんまわして敵軍の前列を突き崩すと乱戦に持ち込み、敵軍に包囲されつつも暴れ回った。
するとロンメルが「全軍前進!」と号令をかけて右軍が前に動く。相手側の左軍もそれに釣られて大混戦となった。
「はああ……」
セイン王は深い溜め息をついた。本来は空砲や先が丸い騙し矢だが、鉄砲や弓矢での前哨戦をはじめてそれから前列軍の殴り合い、それから勝負を決める総攻撃という台本だったが、まるで違う。これじゃあ悪童どもの喧嘩だ。
「まるでイズヴァルトだな。あいつみたいな戦いをしやがる、あの親父は軍隊のことをわかっちゃいねえ……」
ヨーシヒデクスは父親みたく武芸に熟達していた。が、その父親はまだマシだった。なぜなら人望が無く、あんな暴挙に出ようなら従う武者は殆どいなかったからだ。指揮官としても才能がなかった。
しかしヨーシヒデクスはどうにも人望というものが有り過ぎる。無謀な猪武者だが用兵はそこそこ長けているのだ。なので兵や従士達からの支持もある。
(そういやパラッツォとの戦争じゃ、あいつの隊が近衛騎士団の中でも一番損耗が低かったとは聞いているな。ああ、しゃらくせえイズヴァルトもどきがまた一人、か……。)
とはいえイズヴァルトは自分から先頭をきって、1人で敵の7割方を蹴散らして追い込む様な無双豪傑型である。ヨーシヒデクスはそこまで強くはない。信頼できる猛者とともに前面に出るのだ。そちらのほうが指揮官としては正しいあり方とも言えたが。
戦いはロンメル側の右軍の勝利で終わった。せっかく投入した念話魔法が使える『たぶれっとぱっど』を用いた、連携作戦のデータを取るという目的は達成されなかった。
「エウレカ。今度はヨーシヒデクス無しでやってみるか?」
「そのようですね、陛下。ところでヒラジマッシモ様は、お渡しした『たぶれっとぱっど』をお使いなされたのでしょうか?」
エウレカはどうにも気になった。数々の声の中で、彼の声だけがどうにも音が不明瞭で雑音が混じっていた。まさか、と思い『たぶれっとぱっど』に向けて問いかけた。
「ヒラジマッシモ様。今の今まで、『たぶれっと』はお使いになられましたか?」
「使ってはおらん! 戦場であんな邪魔なものを持って突撃はできん!」
やっぱりそうか。ヨーシヒデクスは念話魔法が使えたのだ。ホーデンエーネンの貴族の中にはなかなかいない。
「となれば、今度は『たぶれっと』の術式機能を……」
「使わん! 俺の声が聞こえるだろう! それで良いではないか!」
自信たっぷりに言い放った。ついでにだが、炎の玉を飛ばしたりあるレベルまでの身体強化術式が使えたりする。ホーデンエーネンでは聖騎士団以外にはあまり見ない、魔法戦士でもあった。
この演習に使われる新しい通信魔道具はそもそも、とかく過労になりがちで、特に軍属だと早死してばかりの通信魔道士らの負担を軽減するために作られたものだが、指揮官クラスが使えるなら無くても問題は無い、とは言えた。
(良くないだろうが、大目に見ておこう。)
エウレカは「御心のままに」と、『たぶれっとぱっど』に向けて答えた。ヨーシヒデクスが呵々大笑する声が返ってきた。えらく雑音が多かった。
「……本当にいいのかよ?」
「他の方々が使ってどう思ったかを聞き出せばよろしいのです。少しぐらいの不測の事態は目を瞑ることにいたしましょう。マイヤ様にも報告できるぐらいのものは得たかと」
それよりも舞台を散らせての斉射攻撃や、伏兵においての連携攻撃の練習を頼もう。通信魔法が役に立つのはお互いの距離が遠かったり地形が複雑な場合でだ。ここまでの大規模な演習でなくてもいいから小部隊の教練で試してもらおうとエウレカは思った。
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マイア=テクニカは通信魔道術式がついた『たぶれっとぱっど』を開発していた。こんな目的があったからである。本屋が無いド田舎でも、『たぶれっとぱっど』用の新しいデータを通信魔道を用いて、その中に入れる仕組みを作ろう。
そのベースにはイーズモー王国を暗黒卿が治めていた時代に造られた『てれぽん』の仕組みとそれに使用していた術式があった。ただ、あっちは魔力を伝送するケーブルを用いていた。マイア=テクニカが考えていたのは、中継魔道装置を用いた無線通信網だ。
その企画と実験にも、エウレカ=リットフェンテルトは関わっていた。ホーデンエーネン王国暦357年5月7日。彼女はアジールにある海軍基地にて、初の実験に立ち会っていた。あの演習から1ヶ月後のことだ。
実験の内容はこうだ。ホーデンエーネンではそこそこできる通信魔道士の術式の限界、おおよそ50キロメートルごとに魔法の増幅器を置いた櫓を置き、北にあるオバーマゲルクにいるチームと『たぶれっとぱっど』での文章のやりとりを行う。
音声だけでなく文字でも通信魔法を用いる仕組みは、イーガの魔道士達から教わった。彼らは生身の連絡員によるリレーを行うのだが、この実験では中継は物がする。初めての試みだ。ただしホーデンエーネンでは、の話。
このプロジェクトには櫓の建設や管理に、アジール近郊の海賊団が参加していた。この沿岸部限定だが、今後はこうした装置の整備や修理を担うことになっている。マイヤの提案だ。モナファン海賊団のカイル=グリーヴァスがいたからだ。彼はイーガとカントニアで学んだ魔道士でもある。
「準備はよろしいでしょうか」
エウレカが『たぶれっとぱっど』に向けて呼びかける。オバーマゲルク側はその領地の通信魔道士だった。
「用意はできております、リットフェンテルト殿。事前の打ち合わせ通り、こちらか送ればよろしいのですな?」
「そうしていただきたい。雑音が多く音が小さい様に聞こえますが、そちらはいかがでしょう?」
「同じくです。とはいえ通話には問題ありません。それではそちらの『たぶれっとぱっど』にお送りします」
送るのはおおよそ100ページほどの文書である。最低でもこのぐらい無いと、マイヤが夢見るド田舎の本好きが満足いくサービス、というものが達成できない。
始まってから30分……1時間が経過した。やっとオバーマゲルク側が送ってきた書類がすべて、『たぶれっとぱっど』の中に記録された。終わったようです、と助手がエウレカに伝えた。
エウレカは『たぶれっとぱっど』に記録されたオバーマゲルク側からの書類を見つけて読み始めた。物語のようだ。
「ふむふむ。私は死んだ。王国通信魔道士の激務に耐えかねて心臓が突然悲鳴をあげた。それからしばらくしてすぐ、まるでみたことがない若い女の顔を見た……」
16ぐらいのとても美しい、かつおっぱいの大きな母親の乳を口に含んだ、と続いている。それからは10ページほど、気持ち悪いぐらいに母親や姉達との入浴や、いちゃいちゃの場面が続いた。
内容は、過労で死んだ独身木端魔道士が、魔法のない世界で生まれ変わり、美人の母や姉と妹たちに甘やかされながら、『腋臭を消す魔法』や『産毛をすべて剃る魔法』なんぞで人々(というか殆ど若い娘)の称賛を浴びてモテまくるという、実に軟弱極まりないものだった。
「……性愛の描写はまあまあ興がございますが、私は小説をあまり読みませんからね。これ、ちゃんとわかる人に読んでもらいましょう」
難しい顔のエウレカに、助手はこう返した。彼も都合の良い恋愛小説のたぐいは、あまり好きではないですよ。
「モナファン海賊団のクリスティーナ嬢ならいかがでしょう? カイル様の代理で、この実験の結果を確かめに来られておりますし」
「そうですね。お呼びいたしましょう」
クリスティーナはアジールの街の本屋に足繁く通うぐらいに読書家だった。とはいえ大抵は冒険小説か官能小説しか買わないが。若い娘特有の可愛らしさがはっきりと出ている様な女が入ってきて、エウレカに『たぶれっとぱっど』を渡されると無言のまま一通り読み終える。
「リットフェンテルトさん」
「ご感想でしょうか、クリスティーナ様?」
「この道具、こっちも文を向こうに送れるのよね?」
若い奥方というより、わがままな美少女という印象がとても強いクリスティーナの声は、いらいらがはっきりとわかるぐらい、不機嫌でぶっきらぼうだった。いつもはもう少し工夫するのだが。
「オバーマゲルク側に感想を返したいの」
「ええ、できますよ。今すぐ用意を致しますのでお待ち下さい」
エウレカは魔道具に文字を打つ装置をつなげてクリスティーナの前に差し出した。『たいぷらいたー』である。これはイーガにそもそもあるやつだ。『たぶれっとぱっど』の画面で文字を打つ、という仕組みはまだ研究段階である。
「カイルの書斎にあるものより安っぽそうね、これ?」
「すみません。予算がおりてこなくて……」
「ごめんなさいね。ここがホーデンエーネンだってことを忘れてたわ」
モナファン海賊団など、西側沿岸部の海賊団の長は自分たちをホーデンエーネン国とは半ば独立している集団と言い張っている。もともとはこのあたりにあった小さな国々から流れをくんでいたからだ。クリスティーナはモナファン国の王様の子孫、というわけである。世が世ならお姫様だ。
クリスティーナはぱちぱちと文字を打った。
「送るにはどうすればいい?」
「文字盤にある『作成』のつまみをひねれば記録符に保存されますので、後はこちらで行いますよ」
「そこまで自分でやるわ。こっち来て」
エウレカはクリスティーナの側に座った。作成した書類だが、書いてあるのはこれだけだった。
「くそなもん読ませてんじゃねえよ。ぼけ」
ふむそうか。本読みに言わせればああいう感想が正しいのだとエウレカは思った。女体への執拗なまでの描写や『きゃっきゃうふふ』はそれなりによろしかったが、物語の筋は確かにつまらない。周りを驚かせて「へへ〜っ!」と平伏させるだけである。それが続くのだ。終わりまで。
クリスティーナに書類を送る方法を伝えた。3分して向こうから返ってきた。
「俺の渾身の傑作だぞ。何がくそなのか言ってみろよ?」
クリスティーナの返信。
「全部だよ低能チンカス。てめえの臭いキンタマに書かせたような、あんな理解に苦しむ代物をまともに評するだけ時間の無駄だろ」
今度は2分。
「はあ? 低能はてめーこそだよ。高尚な俺様の物語を理解できないお前のほうが低能だろう?」
「独りよがり言ってんじゃねえぞハゲ。理解できるのはてめえだけだ。気狂いの気持ちなんかわかりたくもねえ。こんなくだんねえもん、てめえのウンコをつけた筆ペンで便所の落とし紙にでも書いてやがれってんだ」
クリスティーナのこういう煽りに、エウレカは興味津々だった。なかなか慣れているように思われる。やはり海賊だからか。クリスティーナに聞いてみた。
「こうした文のやり取りは、海賊流というわけでしょうか?」
「んなわけないじゃん。本当にクソだと思ったから乱暴に書いただけよ。できが良ければ、『ですわよううふ構文』で返すわよ」
ちなみにこうした文章での煽り方は、カイルから教わったらしい。エウレカは深く感じ入った。やはりイーガにはかなわない。文化でも魔法技術でも負けている。
(しかし、私や、マイヤ様は、この国をイーガの様な魔法科学と文化の国にしたいのだ。)
エウレカには
今日の実験はその為の第一歩である。とりあえずは成功だ。この通信の研究はまだ続く。今度は海賊団の船に通信装置を置き、洋上を経由しての通信ができるかどうかの実験だった。