聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
30歳の誕生日に記す。
この日記は誰にも読まれないつもりだから、つまりはただの独り言を記したに他ならない。
でも、もし私が何者かに殺された時、ナントブルグ警察がその犯人を探すための手がかりとなるだろう。
だから残す。それぐらいに重要で、卑怯な話だからだ。
□ □ □ □ □
私は長らく恵まれない歴史研究家だった。いや、助手か。おおよそ5年間、ナントブルグ大学の歴史学の教授の補佐のままだった。助教や助手ではない。補佐だ。いつでも首を切られる根無し草。リットフェンテルトという名門の生まれなのに、これは恥ずべきことだ。
世の中には私よりももっと苦労をしている学者がいる。けれども私は王国時代に名を馳せた魔道士の子孫であり名家の娘だ。そういう生まれの女学者は、少なくともナントブルグ大学かアジール大学で助手の仕事を得られる。あのトリシア大学の門はさすがにくぐれないだろうけど。
その私はこの春にナントブルグ大学の助教授になる。助手を飛び越していきなりだ。世の人は不思議がるだろう。けれども私の生涯の研究、女性の才と権利を主眼に記す歴史学論は、それだけの潜在力を持っていると確信している。だから、別に疑わしきことではないと思っている。
だが、この国の古い頭の老学者たちは、私の研究方針を認めてくれなかった。あの資料を私が見つけ出して研究報告会で発表するまでは。
その資料は大まかに言うと、こうだ。諸侯による合議制国家という形をとるこの国の支配者層、つまり、ナントブルグやシジョーナワテ、アスカウなどの大公爵らの祖であるホーデンエーネン王家の、とても恥ずべき事実を記していた。この大陸の統一を保てなくなった王家の子孫たちは、祖先の名誉を汚されることにとても敏感だ。
その恥ずべきこと……それは、私が生理的に嫌っているカツランダルク本家がらみのことである。そう、あの時代だ。セイン王とジューンショーン王の。王国の末期の頃でもある。同時に、カツランダルクの女たちの時代でもあった。
トーリ、マイヤ、フレッダ、そしてローザとレーア。ホーデンエーネン王家の中枢に食い込んだサキュバスの女王の孫娘たち。そしてトーリとマイヤの子孫のアーノンレンシ。彼女は国を捨て去った裏切り者だ。
トーリは自殺か他殺かわからずに逝った。フレッダとローザは若くして病で死んだ。レーアは王国の滅亡後は行方知れず。物語と我が国の歴史書にはそう書かれている。
そして、マイヤだ。
彼女は稀代の悪女として歴史書とサーガに名を残した。その最期はシギサンシュタウフェンへの視察の旅の途中、盗賊に襲われて命を散らした……と、我が国の史書とサーガには記されている。
けれども、あの女は確かに、あの時代では屈指の知性の持ち主だった。下品な映像を多く残す淫乱女だったが、マイヤこそが男ばかりが世を動かす主人公のホーデンエーネンに現れた、女たちの光明といっても過言ではなかった。
ただ、その事実こそ気に食わない。あの女があそこで生きていれば、悔しい限りだ。わが祖エウレカとその同志タルッホ=ユッキカルは理想の国を築けたのだ。
そして私が新たに見つけた資料こそ、そのマイヤに関わるものだ。それには多くの、王国時代の恥部が記されていた。私はあの会議で開陳した。
□ □ □ □ □
私が見つけた新しい事実に、ナントブルグ大学の重鎮らは否定するばかりだった。しかしそのすぐあとに持ちかけてきた。
”その資料を捨てろ。捨ててくれれば、助教授の席を用意する。”
書かれていたことのうちの1つがこうだった。マイヤ=カツランダルクは襲撃の後、名前を変えて生き延びていた。その名こそがあの聖騎士のサーガに出てくる人物……忘れてしまったからすぐには書けない。
他にもカツランダルク家がらみの、王家にとって痛いスキャンダルが私が見つけた資料にはつらつらと書かれていた。それらもこのホーデンエーネンでは、タブーそのものだ。
私は資料を捨てる前に、助教授の席を約束する証明書をよこせと伝えた。先に資料を捨てた後に反故にされたくなかったからだ。そして意はかなった。
しかしだ。私が手に入れた資料が現存するなら、他にも残されているのではないか。そう尋ねると歴史学教授自らが案内してくれた。ホーデンエーネン王宮だった宝物庫。今では連邦の秘密の保管庫だ。
そこにいくつもの書が隠されていた。それが私が手に入れた資料と殆ど同じことが書かれていた。これはどういうことなのかと尋ねると、こう返った。
”ここにある書物と、君が持っているものが本当の歴史なのだよ。”
そう。我が国の歴史学者たちが頑なに否定し、イーガや他の諸国では『真実』として記されている事が、本当にあったことなのだ。
私はこう提案した。私のナントブルグ大学の助教になった後、すべてを預けてください。私や学生たちの手でこれらを火にくべます。記された事実を無かったことにしてみせましょう。
”信じていいのかね?”
信じてください、と力強く答えてやった。私には信頼できる知り合いの学生たちがいたからだ。
彼女たちは、私と同じ様に、カツランダルクという一族に強い反感を持っていた。あの一族は女の名誉を汚す問題児だ。あの一族が知性とともに手にしていた美貌や、淫放さが気に食わなかった。
昔流の女の名のあげかたを嫌う、同志たちでもあるのだ。私達は。