聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
老人は寒さで顔に脂肪がつきがちなムーツ人とは違い、しっかりとした彫りがあった。華奢である。
それよりもマイヤはオーガの男に興味を持った。『司祭』でオーガの『忌み子』であるタカミ=ジュンみたく、顔の彫りの浅い優男の顔と服装にである。
(目は細いけど……なんだか日本人に近い顔立ちだな。)
大雑把にみてそうだ。弥生系の顔。どちらかというと中国の北部や韓国の男性に近いかもしれない。
それよりも気になるのは寒い風の中だというのに、彼が具足の下にまとっている服が半袖で、脚は素足に草履という真夏みたいな格好だからだ。オーガが一歩足を進めると彼女は見てしまった。裾の割れたところから、長く大きなものがぶらん、ぶらんと揺れていたのを。
「ちんこ……みえてるよ?」
「きにするこたねえ。おめさんがそのべっちょでたっぷりと味わったもんだべ」
自分をレイプしたオーガだったか。マイヤはきっと睨んだ。しかし相手はへらへらと笑っている。兵士というよりはまるで野盗だ。
「無駄話はするな、カオ=フイ。こいつらと話させろ」
「そのあとはあのだるまと、たんまりべっちょしていいべ?」
「それは構わん。さて……」
老人はタルッホに目を向けた。
「イーガ王国の『宿痾』に手を貸すとは。裏切り者め」
イーガの裏切り者。タルッホが老人にそう言われたのが何故か理解できなかった。けれども、この老人の声のイントネーションなどにイーガのものを感じた。
「『宿痾』というのは何も言い過ぎではございませんか、ジグ=ウォン導師?」
導師。その呼び名はマイヤは聞いたことがある。イーガの上級魔道士の中でも年若い者を導く人物をいう。いや、ムーツ大陸にもその呼び名はあった。そちらでは上級の魔道士そのものだ。
「ジグ=ウォン導師……もしかして、クボーニコフの宮廷魔道士かな?」
「マイヤさま。このご老人は宮廷魔道士ではなく、クボーニコフ海軍に属する魔道士たちの筆頭です」
「その言い方はぼやかしておるぞ。儂は王国海軍の魔道総長じゃ。但し、南軍のな」
クボーニコフ海軍は3つの軍団に分かれている。北軍と南軍と中軍。南軍はユーリポフ13王国の海軍と連携する事が多い。魔道総長とはその海軍の魔道士部隊のトップである。
しかしオーガらは魔法が使えない。クボーニコフで魔道士になるのは、オーガの先祖の血が薄れているニンゲンや、ゴブリンやエルフの血を引くものが多い。
「クボーニコフにも魔道士がいるんだね……」
「導師、長い髪をかき分けて耳を見せてくださいませんか?」
「……フン」
老人は両側にかかった長い髪に隠れていた耳を見せた。先が尖っている。亜人の血が濃い。
「もしかして、エルフさんの血が濃いの?」
「導師はムーツに移住した、ナエバニアのエルフと血が混じっているハーフエルフです……」
「それだけではない。タルッホと同じく、イーガ人の血が4分の1だけ流れておる。カツランダルクの『姫君』よ」
ことさらに忌まわしそうな響きがあった。この老人は絶対に相容れてくれないようだ。マイヤは気を引き締める。オーガの瞳には欲情の色が、この老人のには冷たい殺意があった。
「そして儂やタルッホの様なイーガの血が流れる者は、生まれた土地のイーガ国支持者として動いておるのじゃ。儂の様な魔道士や政治家、商人として……そして、スパイとしてもな」
こうした者たちはイーガの利益誘導のために力を尽くす。イーガもまた、彼らのために取り計らう。彼らが住む国の関税を安くしたり、魔道技術を提供したりなどだ。ギブ=アンド=テイク。
このイーガ人の子孫らを動かすのは祖先への孝行だけではなかった。報奨金がたくさんもらえるのだ。さらに、覚えめでたき者は世界で最も豊かな魔法王国の永住権も与えられるのだ。
「姫君、貴様にはわからんだろうが、イーガ王国の市民権というのは、諸外国から羨ましがられるものなのじゃよ。クボーニコフやシマナミスタン各国は、イーガほど優しい世界ではない。あの国を知れば知るほど、移り住みたくなるものなのじゃ」
それを目指して、その仕事につく者がたくさんいる。それがマイヤの目の前にいるタルッホだと老人は言った。
「そもそもその女は、ホーデンエーネンの弱体化をたくらむようにと伝え聞いておるがな。特に、カツランダルクの家の者が要職に就いたら積極的に動け、と」
「タルッホ……?」
その指示を与えたのは誰なのだろう? マイヤは聞き出したかった。しかしである。それを望む者は少なくとも1人だけ心当たりがあった。その人物についてオットーから、いろいろと聞きだしていた。
「……まさか、アドルフ=トードヴェル=キョウゴクマイヤーの!?」
「マイヤ様。おわかりになられてしまわれたようですね」
タルッホの返答にマイヤは、滅多にしない険しい目つきになった。胸の奥で熱いものがちりちりと燃え上がってくる。彼女にとってアドルフは仇敵そのものだった。その子や妾等に恨みを殆ど持たなかったが、あの男だけは許せない。
そのアドルフが、よりにもよってイーガ国内での反ホーデンエーネンの旗頭だった。ただ、戦争で勝つとかではなく、謀略などで力を削ぐ、という策をとっていた。いくら豊かなイーガでも、ホーデンエーネンと全面戦争をしては疲弊してしまうからだ。
亡きイーガの王子はこの海外にいる『スパイ』らに、熱心な援助を施していた。その筆頭にかつての愛妾だったエレクトラ=ガモーコヴィッツを配した。
そしてホーデンエーネンだけではなく、彼らイーガの民を心理的に縛る恐れがある一族を、政治の中枢から隔離し続けようと画策していた。
「カツランダルクの一族に王権を与えるな。亡きアドルフ殿下は常にそうおっしゃられていた」
「……」
「マイヤ=カツランダルク。わかったじゃろう。貴様は決してイーガに受け入れられぬ。皆が皆、自分を支持することが無いとな」
「でも私は、ホーデンエーネンの支配者になろうと思っていない!」
「フン。そんなことは知っておる。しかし貴様は王を目指した姉よりも危険きわまりない存在じゃ」
『禁書図書館』の中の書物にあったものを再現させた異能の存在。神に愛される転生人である。彼女が現世に形としたものは世の中に大きな変革をもたらすだろう。いや、もう既に起こしている。
「『たぶれっとぱっど』に鉄砲。新たな通信のシステム。つまりは、マイア=テクニカが生み出した数々の新技術。特に鉄砲じゃ。あれは戦争に大きな変革をもたらす……まだ魔法には敵わんが、いずれはそうなるじゃろうて」
マイヤは答えられなかった。
鉄砲製造部門からは常に、各地の戦争でどのように使われたかのレポートが届いていた。とうとう亜人を撃ち殺す弾丸を開発したらしい。よりにもよってエチウとクボーニコフとの戦いでだ。マイヤ自身、威力を増す新兵器によからぬ夢を抱いてもいた。死神がほくそ笑む夢だ。
「そして、そこにおるタルッホが手を貸した……製法の伝授に多額の銭を得る為の国際法。マイア=テクニカを儲けさせる為のな」
彼はタルッホの顔を見据えてささやく。お遊びはもうおしまいだ。トーリの家臣団の弱体化に手を貸していたが、目的を達した後もマイヤを輔けた事は万死に値する。ジグ=ウォンの基準で言えばだ。
「タルッホ、ごくろうであった」
「捕まった以上、覚悟はしておりますよ」
「カオ=フイ。部下を呼べ。タルッホを速やかに逝かせろ」
「そうすっぺ」
カオは数名のオーガを連れてきた。鋭い刃物を持った彼らはタルッホを外に連れ出した。冷たい草の上に熱い血が飛び散り、彼女の首が転がった。
「終わったそうだべ」
「そうか」
「首実検はすっぺか?」
「いらん。あとであやつの遺体を海に放り込めと伝えておけ。ホーデンエーネンには気づかれぬようにじゃ」
老人はぼんやりと床に目を向けたままのマイヤを見てオーガに告げる。処刑に手を貸した連中といっしょに、あのだるま女を慰めておけ。待ち望んでいたと言わんばかりにニタニタし出したのを見るとその小屋から去った。
その後マイヤは茫然自失のまま、カオを含むオーガ達に貪り尽くされた。抗する気は起きなかった。いずれ自分もタルッホの後を追うことになるだろう、と諦めきっていた。