聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
全く把握できていない、守りきれていない。
マイヤの失踪から続く『大失態』は、最後の古参となったピックプリトを悩ませるものだった。
「マイヤ様は本当に、エチウにいらっしゃるのですか?」
かの諸島に派遣し、戻って来た部下からは「わからない」としか返ってこなかった。そもそもマイヤを見た、という噂さえ、パラッツォ教徒の島々には広まっていなかった。
エチウ諸島にいなければイズヴァルトのもとだろう。そう思ってサイゴークにも数名、調べに行かせたが良い知らせは来なかった。
「さすがはマハラ教のお膝元。異界の者はなかなか近づかせてくれない、といったところでしょうか」
気が重い。ピックプリトはまたため息を。サイゴークは、特にスオニアのあたりでは魔族は動きにくいのだ。独自の結界魔法が発展している。主要都市は至る所、強力な魔法防壁だらけである。
魔族、特に下っ端のサキュバスは要注意である。派遣した数名が「見たこともない術式ばかり」と語った、魔道に詳しいドワーフやゴブリンによるそれを読み解く魔族はそうそういない。アカサカチハヤの魔竜かヒッジランドにいるという『触手姫』ぐらいだろう。
よって派遣した連中は、イズヴァルトに近づけなかった。あの男はまだいるらしい。マイヤと仲が良かった司祭タカミ=ジュンの話によれば、教主が後継者と目した幼い少女と一緒のようだ。
「その、どこの誰だかわからぬちびっこを腹ボテにしてそばに置き、あの男にとって一番大事なマイヤ様の行方などどこ吹く風……まったくもって許しがたい……!」
きいいっ! ピックプリトは金切り声をあげた。口と『多機能腔』がついた、まんまるい肉饅頭みたいな姿のまま、ぴょんぴょんとはねながら怒り狂う。
「まあまあまあ、落ち着いてくださいな、ピックプリトのおばあちゃん」
そうなだめたのは、一昨日エチウから戻ってきたサキュバスのオリョピョンバリュットヶだ。プラチナブルー色の髪を『文金高島田』に結わえた変わり種の女淫魔である。服はオーガ族がよく着る『きもの』だ。豊かな乳房を際立たせようと胸元を緩めている。
「オリョピョンバリュットヶ……呼びにくいからオリーでいいかしら?」
「構いませんけどおばあちゃん、マイヤ様とやらはもおう赤ちゃんが産めないポンコツなんでしょ? そんなのを人生はまだこれからっていう男が気に掛けるはずないじゃないですか」
「なんと無礼な!」
ピックプリトは口蓋の奥が丸見えになった。その場にいた
「ニンゲンの社会では、『へーけー』でもないなのに子を産めない、産まない女はゴミ扱いされてますよね?」
オリョピョンバリュットヶの辛辣さに、ピックプリトはぎょっとなった。
「となればマイヤ様って、カツランダルクのお家から見れば資金調達の以外に価値は無いってわけですよ」
「その考え方はよろしくないわ! きわめて非人道的よ!」
「けど、マイア=テクニカからは毎月、配当金が入ってくるんですよね、それもたんまりと。受取人名義はコリアンナさまでしたっけ。それでカツランダルク家はこの数年ずっと、ホーデンエーネンの高額納税者にランキング入りしましたよね、確か?」
「やめなさい! やめなさい!」
「つまりは、マイヤ様がいなくても金が入る仕組みができているわけです。だいたい、マイヤ様って卵子を作れない『ゴミだるま』ですよ。だったら、アスカウのコリアンナ様をもり立てていけばいいんじゃないでしょうか。まだ15歳なんだし、これからポコポコとご本家の子孫を作れますよ。そっちにシフトしたらどうです?」
ピックプリトは暗澹たる心持ちだった。最近のサキュバスはこんな血が冷たいのか。効率重視で非人道的だ。サキュバスだが。
オリョピョンバリュットヶは続けてこう言った。
「それとこうも思うんです。用済みになりつつあるマイヤさまには、もう好き勝手にやらせたらいいんじゃないんでしょうか。そっちのほうが思いやりに満ちてますよ」
大体、あの身体じゃ長く生きられそうにない。よしんば魔族への『先祖返り』を果たせても、体内の魔術回路がズタズタで使い物にならないと聞く。
つまりは下っ端の底の底、「生きているだけでえらい!」みたく慰められる、弱者女性みたいな魔族にしかなれない。そっちの方面でのマイヤの未来は、『お先真っ暗』だということはわかっていた。
「コリアンナ様は
「……うぬぬ」
冷たい物言いのオリョピョンバリュットヶと、彼女に同意しているサキュバス達にピックプリトは苛立った。忠誠心というものがまるでない。でも無理な話だ。彼女たちは皆、トーリがナントブルグに来てから雇われた部下だからだ。
彼女達にはカミラやシャロン、ヤスミンカ達の様なナントブルグの女王家に対する尊敬や忠誠心は無い。中にはあの王国があった頃にこの世界に休暇で訪れ、その豊穣を目にした者もいたが、部外者としてサキュバスの王国が与える享楽を貪っただけだ。その裏にある努力や理想に目を向けていなかった。
(ナントブルグ王国はこの世の楽園、桃源郷の王国となるべく力を尽くしましたのに……。)
ピックプリトは王国で、大臣の1人に加えられる人物だった。
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マイヤが行方不明になってから半年が経った。行方はいまだわからぬが、彼女の甥で愛人のオルフレッドに慶事が起きたという知らせを受けた。ハンナの懐妊だ。
産まれて来る赤ん坊がどのように育つか、見立てる為に部下達を向かわせた。オルフレッド夫婦はすでにナーガハーマへの旅に出ていたからだ。中には子の父親が誰だかわかる異能の持ち主がいた。1週間して戻って来た彼女達から、とんでもないことを聞いてしまった。
「お腹の赤ちゃんはオルフレッド様の子じゃないですね」
「すんげえハーフリングくさい感じがしました。といってもあいつらの子、というわけじゃなく、ニンゲンさんの血でだいぶ薄められた感じのです」
「ん、まあ、ホーデンエーネンの王様の一家のにおいですよ。王様あたりのちんぽ汁でできたんじゃないんでしょうか。ああでも、王様のは出来がよろしくないですからね。弟君様のかも」
ハンナの子の父はジューンショーンだろう。侍女に扮装したり寝ているところをこっそり入って致したことがあるサキュバスらが語る。王様よりも立派なちんちんをお持ちで、とても良いザーメンをお放ちになられる。子供製造マシーンにするなら断然こっちがいい。精子の量が兄の2倍あるからだ。質も良い。
「なっ! なんですって……」
ピックプリトは全身の毛穴から、疲れ切ったサキュバスが放つ様な汗のにおいを外に漏らした。愕然とした。あのイズヴァルトみたく子宝者になりそうなオルフレッドが、ハンナを孕ませられず、他の男に寝取られて子宮をマーキングされてしまったなんて。
「ほ、滅びの前兆でしょうか……」
「ピックプリトおばあちゃん、考えすぎよ?」
「そうそう。浮気してできた子でも可愛い赤ちゃんになるわよ! むしろ家族が増えたね、やったね! で済む話じゃん!」
そんなお気楽に考えられるわけがない。オルフレッドは王族衆に取り立てられている。産まれたら必ず遺伝子検査が為されるはずだ。浮気による子だとわかれば、今のオルフレッドは深く傷つくだろう。
「あっはっは! 気にしないよ。俺もさんざんいろんな女の子を腹ボテにしちゃったからさ! ハンナが産んだ子は俺の子、ってことで全然かまわないよ!」
……みたいなことを、今の精神状態で言えないだろう。
それと、ジューンショーンとの関係悪化も由々しき事態である。あらゆる卵子を受精卵にさせるオルフレッドが、数年間も挑んだが為せなかったハンナの『子供部屋』の満室状態を、たかだか1か月そこらで為せたのだ。凄まじい敵愾心を産む。
(オルフレッド様のお年頃であれば、それについても深く傷つくはずでしょう。人生で一番ちんちんおぴゅっぴゅの勢いと精子の質が良い時期でございますから。そういうお年頃の男の子は下半身のことで、他に比べて劣っているということに、人一倍敏感になるものですし……。)
ちなみにだがオルフレッドは1回の射精で、最低1メートル半も飛ばせる。それだけ活発だということだ。あまり関係ないかもしれないが、精液を遠くに飛ばせる力を持つ者は、孕ませやすいとも彼女は信じている。
それから、元気な精虫の数や魔力の含有量も素晴らしいとサキュバス達からお墨付きを受けている。最近入って来たかわいい侍女2人とのおせっせに夢中のザーチャとディークも優れているが、やはりイズヴァルトの血を継ぐ長兄には敵わない。それなのに、よりにもよって国王の弟に『先を越される』とは。
(事が、傾き始めまてしまいましたわ……トーリ様。)
予兆。カツランダルク家の王国の再興の夢が二度と果たせなくなる、どころではなく、一族が滅びるかもしれない。思い込み過ぎだが過去、ささいな『不幸なこと』がはじまりで滅んでいく一族をピックプリトは何度も見て来た。特に生殖にまつわることを他の種族より数十倍も考えるサキュバスだから、そう考えるのだ。
(どういたしましょう、カミラ、シャロン……。)
未だ行方知れずの友たちに、聞こえぬ問いをなしても無駄だ。とりあえず、何かいい知恵はないかと自問した。いや、考えるまでもない。聞いてみるしかない。もう1つの頼りになる勢力に。
□ □ □ □ □
「ハーマイオニーはここ最近、この店にはいらっしゃらないの?」
部下と共に訪れたサキュバスアイスクリームの店で、ピックプリトは年若いサキュバスの店員の話を聞いて唸ってしまった。
「そうです。ハーマイオニーさんは用事があるということで、この数日、ずっとお休みしております」
初潮前の女の子の顔かたちと背丈だが、おっぱいがどうにも大人の淫魔過ぎる店員はそう言った。
「オーラフという店員さんは?」
「当店ではあくまでヘルプなので、そこまでは……」
「そうでしたか……」
その店員がテーブルにあがって牛乳が入った壺をごくごくと飲み、ぷるんとした尻を向けてにゅるにゅると器に向けひねる。ひゃっこくて甘いものをいただきながらピックプリトは問い合わせた。
「店員さんの中で、魔竜さまと直接お話できる方は他にいらっしゃらないのかしら?」
娘は肛門のまわりについたものを指ですくってなめとりながら言った。
「明後日にヘルプで来るマオマオならできるかもしれません。アスカウにもハーマイオニーさんのお友達が張っているんじゃないでしょうか。そちらにも向かわれたら?」
そのアスカウにいないのだ。マイヤの護衛に手を貸すと言ってくれたのに。何故なのかと思っていた矢先、店の入口から足音を聞いたので振り返って見た。顔の起伏は乏しいが整っている、ローブをまとった黒髪の若い男と、緑色がてかてかとして見えるマントを羽織った褐色肌のエルフの男達だった。
「ここがナントブルグのサキュバスアイスクリーム店か」
青年がつぶやくと右となりにいたエルフの男がうなずく。よく見るとキンキ大陸では滅多に見られない、胴に魚鱗の様な形の小札を重ね合わせた胴丸を着ていた。シマナミスタンでも北部の胸甲だ。
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
「サキュバスフルーリーというのを頼めるか。チョコレートとクッキーが中に入ったやつだ。店の看板に書いてあったからできるだろう? それを人数分」
「はーい。今から準備しますんでお待ちくださいねー!」
サキュバスの店員が店の奥に向かうと、黒髪の若い男はテーブルにいるピックプリトに目を向けた。手下にさじでアイスクリームをすくってもらって食べる、まんまるい饅頭のような生き物に興味を示したからだ。
「……魔獣、ではないようですね?」
「これでも魔族でございますわ」
「なるほど。魔界のかたですか。話に聞いていた通り、ホーデンエーネンは王家や貴族こそ魔族を嫌うが市井に良く溶け込んでいると……ところで、王都にはどういったご用事で?」
「あるお方の側仕えを務めております。その名については答えられませんが、ここまでならお伝えできますわ」
若者は興味深そうにピックプリトの口を見て近づいた。この王国には魔族と仲良くしている貴族もいるのか。そう言いながら名を尋ねた。
「ピックプリト=ポロポロッテンです。貴方様は?」
青年の口元がほんの僅かだがゆがんだ。おかしくて仕方が無いという様子であった。
「カヅノ=セイジ。ムーツ出身の『宗教家』ですよ。ここにいるエルフ達と旅行で来たのです」
この世界では聞き慣れぬ名だ。かなり山深いところにいるオーガの一族の出なのだろうかとピックプリトは思った。カヅノ=セイジはチョコレートとクッキーと牛乳をトレイに乗せてやって来た、サキュバスの店員のゆったりと揺れる乳房を凝視しながら彼女に言った。
「いやはや。ホーデンエーネンはなんとも不思議に満ちた国ですな! 魔族もいればサキュバスもいる! 遠いムーツで聞いた話と全然違うじゃございませんか! ここは魔族とニンゲンが仲良く交わる土地ですよ!」