※この作品はR-18です。

聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ   作:CHACOとJAGUAR

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147 少年と女

 平成17年8月12日。事故から20年が経った。

 

 亡き従姉の遺影を持って、12歳の高坂正尭は御巣鷹山での慰霊祭に母と妹、叔父の三晃とともに参加した。

 

 真夏なのに、正装をしなくてはいけないのが辛い。群馬の山奥といえば三郷よりも涼しい。でもそこに向かうまでに、長袖のシャツとブレザーを着て、長い時間車に揺られるのが辛かった。

 

「車に乗りっぱなしなのは仕方ないけど、ジャケットを着るのがちょっとね……」

 

 そんなことを詩織の遺影に語りかける。それを横で聞いていた深雪が嗤った。

 

「お兄い。なに写真に話しかけてんの? きもちわるい」

「うるせえよ」

 

 正尭はにらみつけた。3歳年下の妹とは仲は良くない。彼女の実の父親のせいだと思っている。深雪は母の昴に気づかれぬよう、三晃叔父を介してこっそりと実父と連絡をとっていた。

 

 その男が実にひどい。元は会社経営者で、母とは婚約を前提に付き合っていた。母の10歳年上で離婚経験が何度かあった。しかし深雪を妊娠して7ヶ月ぐらい経つと昴を捨て、もっと若い女に乗り換えた。深雪より1ヶ月早く、その女は男の子を出産したんだとか。

 

 慰謝料や養育費も母はもらえていない。男は会社を倒産させたからと言って抗弁した。でも叔父の話だと、フィリピンに移住し、『ぎりぎりグレー』なビジネスを始めて日本にいた時よりも儲かっているそうだ。

 

 深雪の実父は、恋人には冷たかったけれど実の娘には優しかった。去年頃から深雪に手紙を送るようになった。電子メールでだ。でも書いていることがいただけなかった。

 

 ちらと読ませてもらったが、他人を出し抜け、とかまわりのやつらは馬鹿と見ろ、などと、ひどいことばかり。こんな父親だったら側にいないほうが良いと正尭は思った。でも、三晃叔父が漏らしてくれたが、深雪の為に外貨建ての口座を開いているそうだ。日本円でおよそ1000万、準備しているという。

 

「……まったく。誰に似たんだか」

「お兄いこそ。どんなパパだったのかしら?」

「……やめなさい!」

 

 兄妹は母に叱り飛ばされた。高坂昴。詩織のほんのひと時の親代わりであり、飛行機事故で死んだ詩織の母の親友でもあった。

 

 顔立ちは詩織の母に比べればだいぶ劣るが、それでも美人の部類だった。背は高くて腹が若干歳相応だったが、親友を圧倒できるものがあった。大きな胸と尻だ。深雪の父親のような癖のある男を1年近く惹きつけられる魅力を持っていた。

 

「詩織ちゃんの前で喧嘩はやめなさい。それに慰霊祭なんだから静かにね。わかった?」

 

 正尭と深雪は静かにうなずいた。苦笑する三晃叔父の姿を見た。それと、詩織の『伯父』、栞子の末弟の姿が駐車場から。久しぶりに見る顔だ。大洲賢也。栞子の6年下。色々不幸があった大洲家では、唯一の『生き残り』。大げさすぎる書き方だが。

 

「やあどうも、高坂家の皆さん、お久しぶりです」

 

 賢也だが美人姉妹と言われた姉二人と比べて風采はあがらない。32歳なのに頭がつるつるになり始めている。しかし不慮の事故で亡くなった長姉と、不可解な自殺を遂げた次姉とは違って幸せだった。川崎の市役所務めで、学生結婚したかわいい奥さんとの間に、4人の子どもがいた。

 

「お元気そうで何よりです、賢也おじさん」

 

 妹よりも母よりも叔父よりも早く、正尭は挨拶をして頭を下げた。昴が奥さんはどうしたのかと尋ねると、5人目の出産のために里帰りだと返事が。

 

「5人目ですか! 勝てないな」

「えへへ。高坂さんの御兄弟を越えちゃいましたね」

「栞子もきっと喜びますよ。麗乃さんの分も含めて、10人ぐらい作ってもいいんじゃ?」

 

 昴が年配のおばちゃんのようなことを言って見せ、三晃と大洲を笑わせた。正尭も笑ったが深雪だけは違った。小さな声でぼそりとつぶやいた。

 

「子沢山だなんて、豚みたいね。豚みたいなやつは無能だって言ってたわ。パパは」

 

 風でかき消されるのを目論んでの声だったが、正尭の耳は拾っていた。どこまで歪んだことを教えるのだろう、深雪の実父は。

 

(深雪の親父さんは、娘をどんなふうに育てたいんだ?)

 

 自分と違い成績優秀で上昇志向もある深雪は、歪んで育ちそうに思えてならなかった。あれこれと考えているうちに呼びかけがあった。合同祭がそろそろ始まる。遺影に正尭は呼びかけた。

 

(もう少しで始まるよ……あれ?)

 

 誰かに見られている気が。あたりをきょろきょろと見回した。特に印象的な……それどころか、はっきりと記憶に残りそうな一団を、仮設トイレのあたりで目にしてしまった。

 

 その一団は外国人ばかりだった。アラブ人のようなくどい顔の黒いスーツ姿の中年女と、背負われた手足の無い黒髪の少女。

 

 それから、性格が悪そうな感じのする自分と同い年ぐらいの金髪の少年と、メガネをかけた地味で小柄な、中学生ぐらいの年齢の栗色の髪の女の子という、どうにも目立ちそうな4人連れだった。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 慰霊祭が終わった。母と三晃叔父が喫煙コーナーに向かった。その間正尭と深雪は、仮設テントの休憩スペースで、賢也が持ってきてくれたお菓子を食べていた。子供向けの駄菓子だ。

 

「大洲さんち、貧乏人ね」

 

 深雪が愚痴った。お菓子をくれた賢也はトイレに行ってここにいなかったから良かった。大洲さん家は高坂家よりは経済力は無いのは確かだ。でも、収入は昴と賢也で同じぐらいだ。大雑把に年に600万はあった。

 

「そういう事言うもんじゃないよ、深雪」

「私、本当のこと言っているだけなんだけど?」

「本当のことでも言っていいことといけないことがある。頭のいいお前ならわかるだろ?」

「パパとは違うね。正直にものをいいなさい。しょうもない遠慮はするな。劣っている人はとことん馬鹿にしてもいいって」

 

 やはりあの父親からの影響か。正尭はますます嫌になった。会うのは嫌だが三晃おじさんに頼んで、メールをやり取りできるようにしてもらおう。余計なことを妹に吹き込むな、と送ってやる。

 

 駄菓子に愚痴を言っていたが、深雪はもしゃもしゃと食べ続けていた。うちの一家は名士なんだからそんじょそこらの駄菓子じゃ満足できない。京菓子ぐらいを寄越せよとか煩くてたまらない。またいつものように引っ叩きそうになったが、こらえることにした。

 

(賢也おじさん、戻ってこないかな。でも深雪、平気で相手の前で悪口を言うやつだからな。)

 

 母と三晃叔父もまだ、タバコから戻ってこない。母は三郷に戻ってから吸うようになった。仕事は残業があんまりない方だが、家政婦がいるとはいえ、育児との両立でストレスが溜まっているのだろう。叔父は「僕は執筆業だからね」という理由をつけていた。これが一番よくわからない、と正尭は思っていた。

 

 空が曇り始めた。雨もちょっとばかりちらつきだした。高いところの天候は変わりやすいものだなと正尭が空を見上げていると、眼の前にさっき見た、女の子を背負うくどい顔立ちのアラブ人の女が視界に入ってきた。

 

「あんさん。ちょっとええかしら?」

 

 へったくそな関西弁だと思った。でも聞きやすい声で温かみが感じられる響きがあった。深雪は眉間に皺を寄せ、菓子から口を離した。

 

「あっちいって! 知らない人に話しかけられたくないの!」

「……あらまあ。お顔はえらい可愛げあるのに、口はずいぶん大人びて達者そうですわなあ」

「しっしっ! けーさつの厄介になりたいの?! ガイジンだったらなおさら不審者扱いよ! どう見ても白人じゃないし!」

 

 それに背負われている娘を指さした。黒い服を着ていたが明らかに異様だった。両手足は肘と膝の関節のあたりで失われ、左目が常に上を向いていた。顔がとても可愛いのにもったいないと正尭は思った。あと、蒼に見える黒髪がとてもつややかできれいだった。残念だ。

 

「その人を見せびらかしにきたの? 身体障害者を連れて物乞いをしているわけ?」 

「あんさん、人格っちゅうもんが随分と個性的でおまんなあ……さしずめ、人を小馬鹿にしくさってる、チョーシこきがちな金持ちの娘さん、といったところでっしゃろ?」

 

 深雪の顔が凍りついた。

 

「ああそれと、あんたはんのお父さん、あんまり人に言える様なお仕事はしてなさそうですわなあ……日本にいた時も、圧迫面接っちゅうまったくアホの極みにしか思えんことして若い子をいじめたり、社員さんをこき扱ってええ評判を聞いておりまへんで?」

「なっ、なによ! パパのこと、知らないくせに!」

 

 深雪はがなり散らした。正尭はアラブ人の中年女を信じられない、といった目で見ていた。

 

(三晃おじさんが教えてくれたこと同じじゃないか……。)

 

 深雪の実父の評判は確かに悪かった。ひどいことをやり過ぎて、日本に居られなくなったのだ。三晃叔父は「あの世代の一番悪いところが凝縮されている人」と評していた。

 

 このおばさんと背負われている女の子は、きっと何か掴んでいる。よくはわからないが正尭は警戒を解いた。彼女たちを信頼してみよう。

 

「あのう、すみません……」

「あら、ぼうや。この妹さんは賑やかで毎日が楽しいでっしゃろ?」

「ええ、まあ」

 

 一応は皮肉だと受け止められた。それよりも女の子だ。その右目はテーフルの上にかけられている、詩織の写真に向けられていた。紅を塗っていないけれど艷やかなその唇が動いた。

 

「ねえ。その写真の子は誰かな?」

 

 とても可愛らしい声だった。外国人なのに明瞭な日本語。それを聞いて何故か頭の奥が晴れ渡る様な気がした。それから冷たい空気のようなものが脳内に巡り、感覚が研ぎ澄まされた。

 

「この女の子をご存知なのですか。お姉さんは?」

「昔の知り合いだったの。ちょっと横に座っていいかな?」

「どうぞ」

 

 正尭は右隣りに置かれていたパイプ椅子を指さした。アラブ人の女は背負っていた女の子をその上に座らせた。隠れて見えなかったがとても大きな胸をしていたのが目に焼き付いた。

 

 それだけじゃなかった。彼女の身体からとても甘い匂いが漂っていた。洋菓子のお店のようだ。同時に、若い女というよりも自分ぐらいの年頃の女の子が放つ、穏やかな生々しさが伴った匂いもあった。

 

 座った女の子は16ぐらいになるだろうか、と正尭は思った。どこかで見たことがある顔立ちだ。深雪は彼女を見て、あからさまに嫌そうな顔をしていた。

 

「キモい……」

 

 正尭は思わず引っ叩きそうになった。でも女の子が「だめだよ」と小声で諭した。

 

「兄妹なんだから仲良くしようね。写真のこの女の子は、高坂詩織ちゃんでいいんだよね?」

「うん。詩織おねえちゃんだよ。おねえさんは知っているんだね」

 

 女の子はうなずいた。詩織が養護学校の頃に知り合い、遊んだ仲だったと答えた。詩織とほぼ同い年だと教えてくれた。四肢が欠損しているのは、赤ん坊の頃に交通事故に遭ったからだと言った。

 

「そうなんだ……」

「詩織ちゃんはこんな身体の私にも話しかけてくれたよ。いっぱい遊んでくれた。あなたは詩織ちゃんの叔母さんの子どもで良かったかな?」

「はい。高坂正尭です。母は詩織ちゃんのおかあさんの親友だったって聞きました」

 

 それから、詩織は幼い頃の自分の姉代わりだった、と正尭はその女に語った。

 

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