聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
(およそ23年ぶりの日本。いいや、前世だね。)
『大洲栞子』は23年前の夏、羽田空港から飛び立った123号機の墜落により、マイヤ=カモセンブルグとしての次の人生に入った。
物見遊山の間にその23年前の東京と、2005年の今の東京を比べてみた。
(昔からのものもあるけど、まるで見たことが無いものもある。)
車、ファッション、行き交う人々の顔立ちもかなり違うように感じられた。人々が全体的にスマートになったように思える。特に若い人たちの背が高くなった。
ただ、はじめに寄った浅草の雷門や東京のど真ん中にある母校の大学の大講堂は、古びていたけれど相変わらずだった。それと、空気が昭和60年よりも澄んでいるように思えた。空気のうまさは今の世界とは比べ物にならないぐらい、劣悪だが。
(けど……前より暑くなった?)
確かに空気は23年前よりきれいになったと感じる。けれど、前よりもカラカラに暑くなって、しかも息苦しくなったようだ。理由は大きなビルが増えたせいだろう。昭和60年やもっと前は、都心でももう少し空は近かった。でも今は、コンクリートジャングルの度合いが増している。
車を運転する魔竜に頼み、子供の頃に連れてもらったり、学生時代にお世話になった店や劇場をまわってみた。特に上野だ。上野公園やアメ横はあまり変わっていなかったけれど、たまに行っていた映画館が無くなっていた。
親友だった高坂昴が『お高い夜のアルバイト』をやっていたと記憶している、赤坂や六本木はがらりと変わっていた。見たこともない姿の超高層ビルが建っていた。あの頃とは別種の成金っぽい男女も闊歩していた。ツダサンチョーが『セレブ』という連中だと教えてくれた。
「なるほど。ホーデンエーネンで言うと、カントニアの『おしゃれ番長』のイーズィ王国の最新モードで着飾ってる、そこそこなお金持ちというわけなんだね?」
「……イーズィ王国、そうなってんのかい? カイロネイアとナハリジャーヤのエルフどものチンポの漁り場、っていう認識しかないんだけどな」
しかし魔竜以上にツダサンチョーは、東京に詳しかった。理由はこの街に『貢がせ役』という女たちがいるからだ。彼は自分のような姿格好の男が好きなニンゲンの女をこまして欲求を充足させ、高い金をもらっているそうだ。
「早く魔族になってしまいなよ? この街の連中は金持ちで欲深いからね。君みたいな美人さんでしかも、どすけべで『障がい』がある子なら、ド変態どもがとんでもない高値で君を求めて来るだろうさ」
「そりゃあ、お金がなければそうするけど、そのつもりは無いよ。どうせなら私は、イズヴァルトと一緒に来て住みたいよ……東京は嫌だけど」
実のところ『大洲栞子』は東京に憧れていなかった。ファッションと素敵なお店は、子供のころから川崎や横浜で事足りていた。滞在は1週間だから後半はそちらに行くつもりだが、この2日は東京だ。
東京には魔族の『監視官』たちの支部があった。万世橋の南にある中華料理店がその集合場所だった。会わせてもらった彼等は下級の魔族ばかり。この世界は魔法抵抗が殆ど無いので、彼等でも事足りるという話だった。その魔族たちに『大洲栞子』はこんなことを教えてもらった。日本人に化けている、マヌール猫の獣人の男にこんなことを語ってくれた。
「東京にはサキュバスもたくさんいるよ」
「そうなんだ! 1000万人もいるから独身の男の人も多いもんね!」
「そうそう。錦糸町にこの日本での彼女達のサークルの本部があってね、彼女達は夜のお仕事や破格の安値の娼婦としてうろうろしているのさ」
吉原で働く者もいるが、大抵は街娼か一般企業のOLをやっている。あるいは無職。各種のイベントでボーイハントもしているそうだ。特に『コミックマーケット』は絶好の狩場という。
「『アラレちゃん』と『ラムちゃん』が好きだったから行ったことあるよ。確か、川崎市民会館と晴海でやってたかな」
「今はお台場のビッグサイトですね。彼女らはコスプレイヤーをやって男を引っかけるんですな。それ専門のサキュバスが言うには、あそこの会場の空気で子宮が疼くらしいんですよ。排卵しちゃいそうなぐらいだと」
ついでだが万世橋の北側にある、同人誌やパソコンのゲームソフトのお店にもよく通うそうだ。女体に恵まれぬ牡の発情のにおいで濡れまくるんだとか。ツダサンチョーは鼻をつまんで聞いていた。あの手の店の悪臭を思い出したからだ。
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お台場のレインボーブリッジの上に来て、車から降りてみた。昭和60年には無かった橋だ。南を見れば川崎の街が見える。ここは湿っぽくも心地よい風が吹いていた。また車に乗って埋立地のほうへと向かう。今日はそこにあるホテルで泊るからだ。
しかしお台場もかなり変わったと『大洲栞子』は思った。特にあの大きなテレビ局だ。なんであんな設計にしたのかがよくわからない。球体の何かがわからない。レーダーでも入っているんだろうか。
「ねえ、ところでツダサンチョーさん。私の『今の世界』と同じ時間の流れだと、西暦2005年の8月になる、というわけなの?」
お台場のテレビ局がうかがえる広場に来た時、マイヤはツダサンチョーに尋ねた。同行する魔竜やとこの世界の外国人の子どもに化けたサキュバスのヴァネロペもよりも、東京に詳しかったからだ。
「……異界同士の時間の流れの統一はできていないんだよ。100年ぐらいのプラスマイナスの誤差があるんだ」
ただ、転生者の魂は別。この世界の1000年昔や2000年先のニンゲンの魂が、マイヤと同じ時代のあの世界にたどり着いたりする。
「大雑把に言えば空間はボクたち魔界の者でも把握できるけど、時間の流れについてそれぞれの世界の神の手に依る、ってわけさ」
「ものすごいいい加減なんだね。でも、2005年は私にとってはすごい未来だよ!」
何もかもが目まぐるしく変わっている。彼女は21世紀というものを強く感じていた。彼女にとって前世の世界は、1985年で止まっていたのだ。転生人たちが残した数々の書籍で、いくらかは断片的に識っていたが
しかし時の流れが違う、となれば、その世界の『未来』の時点にも行けるのだろう。そう思ったマイヤは魔竜に尋ねた。
「魔竜さまはいつぐらいのここに来られるの? 100年先とか、前とか……」
「せやなあ、この世界のこの年やと、せいぜい5年先ってところやで。過去は逆に……100年ぐらい前に行けるで。といってもなぁ」
実のところ役目を与えられている異界以外は、そんなに1つの世界に構っていられないものである。この世界はゲーム機を求めるぐらいにしていた魔竜は、『大洲栞子』がいた世界について、あまり詳しくは知っていなかった。
「ヴァネロペちゃんは?」
「……ごにょ」
変装しても眼鏡をかけていて地味な風貌の彼女は、全く知らないと答えた。この世界はとにかくひどい、という話を聞いてこれまで来たことが一度も無かったからだ。
「……ごにょごにょ」
「空気は悪いしニンゲンの男達は精液が薄そうなのばっかりだし、自分達を滅ぼしそうな破壊兵器を沢山作ったクソみてーな世界だって?」
そりゃあそうだ。事実、『大洲栞子』の時代は平和な日本にいてさえも、核戦争の恐怖が心の奥底に潜んでいた。それと公害もあった。実家があった高津区のほうではそうでもなかったが、川崎でも海側は空気がひどく汚れていた。喘息で苦しんでいた友達も多くいた。
「……ごにょ」
「確かにそうだね」
ヴァネロペが指さすほうにマイヤは目を向けた。東京の夜景だ。地上に星々が降り立って光っているようだった。沢山の恒星なんぞが地球に近づいたら全生命体はおしまいになりそうだが、星空が地表に来たように見える。
(これはまず無理だろうけどいずれ、ヨーシデンをこんな感じの街に……。)
ちょっとした夢を抱きつつ、マイヤは現実に戻った。同行していなかった1人の顔を思い浮かべた。
「はーあ。ブライアンくんも連れてきたかったなあ」
「……よしたほうがええで。そないなことすると、あの子は前世が恋しゅうなるで」
それと。魔竜は携帯電話の画面に映る【平成17年8月6日】の文字を見て呟いた。
「ご家族全員、震災で全滅してもうたんや。きっと落ち込むでぇ……」
「……」
何も言えなかった。この前日、マイヤは神戸に行った。ブライアンの前世の故郷だ。震災は彼だけでなく父親と母親、実の姉の命を奪っていた。仮に前世に戻ったとしても、彼を迎えてくれる家族はもういなかった。
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飛行機事故と同じ日。
御巣鷹山の事故の慰霊公園でマイヤは打ちのめされた。詩織の従弟の正尭という少年から、聞きたくなかった事を聞いたのだ。
この世に遺した娘、詩織の死。正尭は遠慮がちに語ってくれた。もう1人の深雪という女の子は、四肢が無いマイヤにそっぽを向き続けて黙っていた。
それから親友の昴の姿を久しぶりに見た。どこか険があったあの頃より、かなり柔らかな表情をしていた。彼女は今は『他人』だが、詩織の知り合いという嘘の話を信じてくれた。
詩織が眠っている場所を教えてくれた。三郷近くの霊園だ。そこで夫だった男とその兄と妻と一緒に眠っているそうだ。
教えてもらってすぐ、魔竜に頼んで転移魔法で霊園に飛んでもらった。高坂家の墓の場所は知っていた。墓碑に刻まれた娘の名前と戒名を見て、マイヤはその場で慟哭した。
「嬢ちゃん……」
「そんなあ、そんなあ。ひどい、ひどいよ! しんちゃんも詩織ちゃんも、私が死んだらその分まで生きてくれると思っていたのに!」
夫と娘の死。その事実に殴り飛ばされた。しかし何故死んだのかを知りたい。正尭と昴はそこまで教えてくれなかった。その場にいた三晃や、顔を見ただけで抱き着きたい衝動が起こった、前世の実の弟さえも。
「まあ、キミの前世の旦那と娘のことなら調べてあげるよ。日本に住むボクの友達なら、いろいろと情報があるかもしれないしね」
そう言ってくれたツダサンチョーだが、その情報のいくつかを紙にしてマイヤの目の前に突き出した時は、目の奥が怯え切っていて青ざめていた。これから彼女が知ることが、どれだけおぞましいものなのかを暗に示していた。
「……とりえあえず昨晩調べたものだよ。ボクやみんなを恨むなよ?」
「わかってるよ」
もう終わった『生涯』のことだ。そして読んだ後、『大洲栞子』はこの世界を恨んだ。
(知り過ぎてしまった私への、この世界の神様が与えた罰なの?)
前の人生のことに関わるより、今の生涯を大切に生きるべきだと、ブライアンが言っていた事は正しかった。