聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
土煙が失せた。その姿が鮮明になった5頭のモディア=ケレスニは、明らかに目を怒らせて殺気を放っていた。
うち1体、ローラの『エルフ狩りの王の弾弓』の直撃を食らった最初のやつは、鱗がはげて肉がえぐられる大怪我をしていたが、傷口から黄色い粘液を垂らして流れる血を止めていた。
「超回復でござるか!」
エルフやドワーフら、亜人の身体にある特質だ。亜人らは骨を断つぐらいまでにならないと、優れた身体治癒力で元通りにしてしまう。ニンゲンのように1週間も2週間も傷にさいなまれる事は無かった。
トドメを刺さなければ。イズヴァルトは皆に呼びかけようとした。反対側にいた
早まるな、とは叫ばなかった。イズヴァルトは剣を掲げて走るあのエルフに心強さを覚えた。ここにいるどの『ゆうしゃ』たちよりも遥かに強い。そう確信した。
「『
輝く球体の表面から炎が起こり、それらが雨となって負傷していたのと他の造魔に降り注いだ。矢が表面に当たると小さな炸裂が起こった。造魔たちの動きが止まった。
この技はDSの得意魔法だった。類まれな力を持つ彼しか扱えぬ。この炎の雨を受けたものは、早々に無事では済まされなかった。
【ギルバート=カツランダルク注:単に威力の弱い『爆炎弓箭』を重ねがけしただけだという。ディム=ルースも彼の造語で世間一般的には使われていない。】
おおっ!
これがエルフの底力というものか!
『ゆうしゃ』たちの中から驚きの声が続いた。誰もが
だが、その時は長くは続かなかった。炎の雨の中でじっとしていたモディア=ケレスニが、まるで効かぬ素振りを見せていた。『ゆうしゃ』たちはおろか、イズヴァルトも首を傾げた。
激しく燃え盛る炎の矢はまだ降り続いているのに。だがその炎で目がごまかされていた。この造魔らの身体の表面が、薄っすらと体液で濡れていたのが見えなかった。
それで炎から身体を保護していたのだ。おかしい、と思ったDSがとうとう気づいた。この男は得意の笑みを浮かべる真似はしない。いつも無表情、あるいは不愉快そうなかおを他人に見せるだけだが、今、闘志をむき出しにした時の顔をイズヴァルトらに伺わせた。
「あの炎を恐れぬ者だけ私に続け!」
彼が手にする『包茎くちばし丸』もとい、『ガンダルーヴ』の刀身に紫色の電光が奔った。
「『
通常の『紫電砲』の倍の力を刀身に纏わせて斬る、DS得意の斬撃技だ。斬られた者は深い刀傷を受けるどころか、弾け飛ぶ。一撃必殺の魔法剣であった。
だが、この造魔相手にはそうはいかなかった。刃は確かに肉まで斬った。なのに、ぢりりとした痺れをモディア=ケレスニに与えただけで、肉を切り裂いて傷口を破裂させるまでには至らなかった。
「……なんということだ!」
硬い。硬すぎる。鱗は岩石どころではなく鉄鉱石だった。DSは次の一撃を加える。今度は突きでだ。けれども刺し通せなかった。では鱗同士の隙間なら。しかしぱっと見ではわからない。動くところを観察しなければ、その隙を見切れなかった。
一方、一部始終を見ていた『ゆうしゃ』達は勇んでいた。「俺ならやれる」。皆がそう思った。あいつの魔法は派手なだけで大した威力は無いと勘違いした。
彼等は造魔の驚異的な防御力が理解できなかった。それからDSの腕力もだ。エルフというのは大概が細身である。DSも筋骨隆々とした彼等から見れば、まるで細長い虚弱体質者の様に見えた。
「あのエルフは口ばかり勇ましいな」
「どうせ大した奴じゃないだろう。鱗も叩き割れる程度に違いない」
この異界の猛者達は数々の激戦を潜り抜けて来た。その世界の最大の悪を討った英雄であった。DSの剣が通らないのを見て一旦下がれと叫んだイズヴァルトとブライアンの声を聞かず、闇雲に突っ走って魔物の身体に各々の渾身の一撃を食らわせた。
が、その
洞の竜達が動き出した。しかもとんでもない素早さでだ。槍の穂先の様な鋭い爪で、厚い鱗に覆われた尻尾で薙ぎ払われていった。特に爪だ。それは彼等の鎧や鎖帷子を切り裂き、中から臓物を引きずり出した。
「……参る!」
イズヴァルトは駆けだした。彼等を守るため、いや、退かせる為にだ。うち1頭の鱗を叩き、弾き返された。それが彼の目論見だった。自分の力でも打ち破れないのを見せ、彼等を怯えさせる。そうすれば退いてくれるだろう。だが。
「ここでくじけるんじゃねえぞ! お前ら、世界を救った『ゆうしゃ』だろうがっ!」
「イズヴァルトさんと共にかかれ! 必ず倒せッ!」
逆効果だった。とうとうブライアンも動いた。漆黒の『トシゾウ』と『ソウジ』であれば斬れるかもしれない。だが杞憂だった。顔を狙っての一撃も、地竜が素早く首の向きを変えていなされてしまった。鱗をかすったが、魔界の剣をもってしても削れなかった。
「……ううむ」
イズヴァルトは唸った。如何すべきか。手こずり反撃を受け、深い傷を受ける『ゆうしゃ』たちに怒号を放つ。早く退け。予想外の難敵だとやったわかり、闘志がくじけ始めた彼等は、負傷した仲間達を担ぎ上げて逃げ始めた。
それを見ると印を切り、『紫電砲』を造魔達に向けて撃った。自分に向け注意を引くためにだ。彼が扱うこの術は、DSはおろかオクタヴィアと比しても数段劣っていた。
だが、その
「……攻撃、あるのみでござる!」
今は猪のように攻めるのみ。おのずと勝機を見いだせるだろう。猪武者となって作り出してやろう。そう意気込んだ時、彼の脳裏にローラの声が響いた。
「下がっていてください!」
念話魔法で呼びかけた彼女は、空を飛ぶ1人の『ゆうしゃ』に背負われ、スーワシューロの弾弓を
弓がたわみ、小石が放たれた。かたまっていた格好の造魔達の足元が大きく揺らぎ、土砂が噴出した。彼女は地面を狙ったのだ。
その爆発力は竜達を傷つけはしなかったが、ひっくり返す事はできた。彼等はもがいたが、なかなか体勢を戻せなかった。イズヴァルトはようやく理解した。
「厚い鱗が邪魔をしているのでござるな!」
岩石のようなそれは、想像以上に重いのだ。頭の中で響くローラの助言をもとに、やってみようと意気込んで一番近くの一体の胸を突いた。これまでの苦闘が嘘かと思えるぐらいに容易かった。造魔は末期の咆哮を放った。
「やれる! やれるでござる!」
DSが、ブライアンがイズヴァルトに続いた。『ゆうしゃ』たちの中の手が空いていた者も。
モディア=ケレスニたちは心臓を貫かれ、腹を切り裂かれ、喉笛をかき切られた。呆気なく終わった。イズヴァルトはやって来たローラになぜこの作戦を思いついたのかと尋ねた。
「それはですな……なんとなくそうなのではないのか、と思ったまでですよ」
「ううむ。失敗を覚悟してでござったか! いやはや、これは博打でござったな!」
かくしてクエストは成し遂げられた。自分の名を高める大仕事を終え、勝利を祝う気になっていたが、そうはいかなかった。
この戦いで運悪く治療が遅れ、命を落とした『ゆうしゃ』が2人出てしまった。祝いは止め、彼等の遺体をニラッサまで運んで葬る事となった。決して浮かれられぬ勝利だった。
ともあれ、イズヴァルトはこの一件でますます武名を轟かせることができた。有望株の『ゆうしゃみならい』としてだ。彼はいよいよ真の英雄になる為の地固めを為し終えたのだ。
【ギルバート=カツランダルク注:もちろん、このモディア=ケレスニ討伐はサーガの作り話である。同行していたミツクニュモスの手記だと、カイロネイアの滞在中、イズヴァルトは仲間達とエルフ達のおつかいをして方々を回っていただけであった。しかしその日々で2人の『ゆうしゃ』が命を落としたことは本当だった。どちらも心臓発作だった。女エルフ達との交合につい入れ込み過ぎてしまったのが真相だった。】
だが、このクエストの後、イズヴァルトとローラは『スーワシューロの弾弓』を再び宝物庫におさめることとなった。オクタヴィアらエルフの首領たちが危険視したからだ。この弾弓はもしもの時にしか使えぬ、エルフ達にとっての禁じ手だったのである。
「とほほ。使えるのがローラどののみであれば、致し方がござらぬな」
『獄炎の凱歌』に代わるものは未だ見いだせず。イズヴァルトは残念がったが、新たな困りごとのせいで、ゆっくりと感傷に浸る日々は送れなかった。
さて、この男に降りかかろうとしていた火の粉は、一体何だったのか?
その続きについてはまた、次回にて。